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幸せのホワイトアウト

 サラリーマンの視線は運転中でありながらガソリンメーターと暖房のスイッチとで行き来している。足先はかじかみ感覚が薄くブレーキを踏むのが少し心もとない。11月の始まりに買った厚手のソックスは染み込んでくる雪解け水にはとことん弱く、それでも脱いで裸足になるよりはマシだった。

 呼吸するだけで運転席の窓が曇る。コートの肘で乱暴に音を立てて拭くと視界が拓けるがサイドミラーの鏡面に雪が付着し使い物にならない。この軽自動車を買う時にオプションでドライブレコーダーか、ヒートサイドミラーかで悩んだが答えは両方だったかと後の祭り。

 ひとまず。スピードを出そうにも出せない状況なので窓を開けて落とすことはせずに放置しておく。どうせ落としたとしても目を離したらまた同じ状況になるに決まっている。

 時間はたっぷりある。自然の猛威と付き合っている暇ならいくらでもあった。

 風よけの下をくぐってきた雪風、突風が軽い車体を揺らす。なるほど、これだけ軽いのだから燃費が良く安上がりなはずだ。

 長時間と瞳に付着しているコンタクトレンズの存在感、異物感が増し目がしょぼしょしてくる。かれこれ何分立ち往生しているのだろうか。首都圏の渋滞ほどではないはずだ。距離も、台数も、何かもスケールが小さいはずなのに動けずにいる。

 全部雪のせいだ。何もかも雪のせいだ。

 行ったことのない遠い遠い北の国に居座っている爆弾低気圧は遠い遠い南の雪国にまで影響を及ぼしていた。というかなんで”爆弾”低気圧というのだろうか。爆発低気圧ならばまだ腑に落ちるのだが。由来を調べようにもスマートフォンが鞄の中だ。運転中の携帯電話の操作は法律によって禁止されている。

 最近台頭を始めたスマートスピーカーを車載できたらな、と考えていると前の車が走り始めた。着雪でナンバーが読めなくなってしまっている。

 それからというもの、サラリーマンの運転する車は信号以外で停まることはなかった。待ちぼうけにされていた場所は国道でありながら片側一車線であり右折レーンもないので交差点でとにかく詰まってしまうドライバー泣かせの難所と言える場所だった。

 家に着く頃には心配の種だったガソリンメーターは2本残っている。明日は土曜日、休日なので昼からにでも給油に行こうと決めた。

 家の前の駐車スペースには増設した屋根があり、雪を踏まずに駐車できた。


「ただいま……」


 明かりは灯っているもまだ寒い玄関。用途によって使い分ける雪かき用のスコップが壁に立てかけられている。ポリタンクケースを開き、3つのポリタンクを持ち上げる。2つは空になっていた。


「これも明日だ……」


 肩こりの原因になりそうなくらい重いコートを脱いでから洗面台へ。手洗いうがいしてからコンタクトレンズを外して眼鏡をかけた。


「あぁ……」


 体のあちこちが冷えてるのに目だけは熱い。相当疲れが溜まっている。

 洗面台を後にして台所へ。いい匂いがした。そして少し温かい。

 まだだ、まだ温かい場所が、この極寒の冬でも存在する。

 台所と居間の境の引き戸をずらすとグツグツと沸騰する音が聞こえた。


「あら、ちょうどよかった。今から始めますよ」

「待っててくれたのか」

「ええ。お酒は自分で出してくださいね」

「鍋といったら日本酒に決まっている」


 冷蔵庫から一升瓶を取り出しコップに注ぐ。白濁の日本酒をコップいっぱいに注ぐ。

 居間に戻り、自分の席に置いた。そしてコタツ布団をめくってかじかんでいた足を突っ込む。中は火傷するくらいに熱い。そこがいい。

 テーブルの中心には吹きこぼれ始めた土鍋が乗ったコンロ。


「さて、今日は何鍋だと思いますか」

「早く知りたいから開けてくれ」


 蓋が開かれた。もくもくと煙たくない蒸気が舞い上がる。


「あなたの大好物ですよ」

「あぁ……なるほど。そうなのか。よくわからないや」


 彼の眼鏡は着雪したサイドミラーのように真っ白だった。

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