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六章 爆




 暗い暗い暗い。


 一片の光源もない完全な闇。


 死んだのだろうか?


 ずいぶんと地味な冥界だなと、死んだことよりも冥界の地味さに対する悪態が出て来る。


 私のタルタロスのイメージは、ギリシャ宮殿のような荘厳な建造物を、黒曜石で造った場所。


 こんなただの暗闇ではない。


 その時、コツコツと足音が聞こえて来る。


 トンネルか地下道で聞くような、反響する響き。ここは、洞窟のなかかも知れない。


 そして私は、この足音を知っている。乱れのない均一の歩幅とバランスで体重を地面に伝える歩き。


 足音を聞くだけで誰かわかるくらい、付き合いは長い。


 漆原美輝うるしはらみきの足音だ。


 こんな綺麗な足音で歩くのは、ミキ以外いない。


 自分の姿も見えないので確信はないけれど、これはいつもの半透明な夢だと思われる。


『ミキ!』


 あるいはミキなら、この不確かな声に反応するかと思ったけれど、なんの返答もない。


 黙々と進むミキの足音を私も追う。


 何も見えない闇のなかを、なんの迷いも淀みもなく進む足音。


 そういう超人的なことをいとも簡単にやりそうなやつなので、別に驚きはしないが、ここが魔法の世界であることを考慮するならば、なんらかの魔法を使っているとみるべきだろう。


 そのミキが、舌打ちと共に足を止める。


「チッ、またか」


 カチャリと鍔の鳴る音と、シャーっと金属が擦れる音。ミキが刀を抜いたのだ。


 それと同時に、ボフボフという羽ばたくような音と、キャキャキャという奇妙な鳴き声がしだす。


 羽に覆われた翼のはばたきではない。薄い皮が広がった翼がはばたく音。


 次の瞬間、目を焼くような光が生まれる。


 ミキが刀を炎で包んだのだ。久々に見るミキは、あの日の姿のまま。漆黒の着流しを着た侍の風貌に、精悍なまでの凛々しい表情。


 周りに目を向け、その光源に照らし出された光景に言葉を失う。


 ゴツゴツとした青い岩で出来た洞窟に違いないが、広さは想像を越えていた。


 優にドーム球場くらいの広さがある。


 そこにバサバサと飛んでいるのが、体毛ひとつないつるりとした生き物。


 青白い肌をし、人とコウモリを合わせたようなフォルム。特に頭は、大きさも形も人にそっくり。ただし、顔には目と鼻がない。


 頬が裂けたような大きな口にはギラギラと牙が並び、長く尖った耳を持つだけで、後はのっぺらぼう。


 一般的婦女子ならば悲鳴を上げ卒倒するようなホラーな外見だが、ホラー小説も書く私は“そっち側”を考える立場なので、特になんとも思わない。


 悲鳴を上げるどころか、怖がっているところすら見たことのないミキも、当然なんの反応も示さず燃える刀で斬り伏せる。そもそもミキの反応からしても、初見ではない可能性がある。


 キキャーッ!


 空中のワーバットが叫ぶように鳴くと、ミキがいた場所の岩盤が砕け散る。


 何で攻撃したかもわからない攻撃。


 ただ砕けたという感じではない。まるで磨り潰したように微細な粉末にまで破壊されている。


 炎の残光だけを残し、ミキの姿はそこにない。


 広い広い洞窟内で、炎が踊る。演舞のように舞うミキが、ワーバットを次々倒して行く。


 その戦いぶりたるや、軽く引くほどの狂暴さ。


 飛び掛かり、空中のワーバットを掴むと、バランスを崩しくるくる落ちる最中に斬り裂き、絶命し消えるまでの一瞬の間に足場代わりに蹴り付け、次の獲物に襲いかかる。


 なんだろうこの異常なまでの戦い慣れた感じは? ミキの基本スペックか? 

 これはもうミキが魔物に襲われているというより、ミキに魔物が襲われているようにも見える。それくらいの野獣ぶり。


 超音波攻撃のような見えない攻撃を、かすらせることもなく回避し続けている。


 ミキなら勘だけでもかわしそうだが、おそらく私と同じで心のレベルが高いのだろう。


 大広間には大小様々な横穴や縦穴があり、そこから次々とワーバットが現れるので、倒しても倒してもきりがない。


「うっとうしいやつらだな。お前らにもこの洞窟にも飽き飽きだ」


 不機嫌そうに文句を言ったミキの左手に、深紅の光源が生まれる。


 なんだあれは? 火の魔法とは明らかに違う。


 球状の光は、中心に向かって渦巻くように光が収束し、ソフトボールくらいの大きさで安定する。


 それをワーバットの群れに向けて放った。


 流星のように赤い尾を引きワーバットに直撃した光球は、閃光と共に大爆発。


 周りにいた十数匹のワーバットを一瞬で殲滅するほどの爆発力。


 洞窟全体が揺れ、天井の一部は崩落さえ始める。


 いくつもある横穴のひとつを、ミキがニヤニヤと見詰める。


 粉塵が凄まじい勢いでそこにだけ吸い込まれていた。


 空気を一気に膨張させる爆発。その空気の出所こそ、ミキの目指す場所だったようだ。


 その穴に飛び込み、追って来るワーバットを洞窟ごと爆破。


 爆風の流れを道標に、ミキは洞窟から脱出した。


「やっと出られた」


 ミキの辟易したようなつぶやき。


 洞窟探検してみたものの、道にでも迷ったのか?


 それはミキらしくないなと思った時、さらにミキがつぶやく。


「さて、ここはどこだ?」


 心なしかニヤニヤと楽しそうな顔で、何もない荒野を見詰める。


 私のいる礫砂漠とは少し違い、大きな岩や、ちらほらと草も見えるが、不毛な荒野には違いない。


 ここから入った訳ではない? いや、そもそもミキがこの世界でたどり着いた場所が、この洞窟のなかだったのかも知れない。


 だとすれば恐ろしい難易度だ。突然暗闇の洞窟に叩き込まれ、今初めて日の下に出たとか、常人では耐えられないだろう。廃人になってもおかしくない経験の疲れもなく、ミキは晴れやかな表情をしている。


「とりあえずカナから見付けるか。カナがいそうなのはこっちか?」


 そんなことを言い、迷いのない足取りで歩き出す。


 ミキなら本当に、カナの元へ向かっている気がしてならない。ミキとはそういうやつだ。


 そう。今まで見た三人の夢は、本人たちの本当の姿のようでもあり、私が想像する三人らしい姿でもある。


 カナは怖がって泣いているのではと思う反面、真の強い子だからひとりでもたくましく冒険していそうとも思っている。それこそ、生き物はなんでも大好きな子だから、魔物さえ味方にして。


 サヤも寂しがりやだけど、それだけではない。行動力の塊で、その前向きさは天下一品。優雅にこの世界を闊歩していそうとも思う。


 夢か? 現実か?


 “夢が現実でないとなぜ言い切れる?”不意に、黒ドレスの言葉が脳裏に浮かんだ。




 目覚めた瞬間感じたのは、花のようなフローラルな香り。こんな砂漠の真ん中に花などある訳がないから、だいぶ脳がやられている証拠かも知れない。


 酷いめまいで世界が回る。


 回ると言っても、土煙しか見えない視界だが。


 耳鳴りも酷く、何も聞こえない。だが、生きている。


 全身激痛しかなく、痛みのない箇所がどこかもわからない。けれど、手も足も欠損することなく付いている。


 咳き込むと口に当てた手には収まらない血がこぼれるが、それすらはっきりとは見えない茶色の視界。


 どれくらい意識を失っていたのだろう? 長い時間なら生きている訳がないから、ほんの数秒か、長くても数分か? だとすれば、ずいぶん長い夢を見ていた。


 キングアースビートルは何をしている? 追撃がないのはなぜか?


 耳鳴りが少し収まると、カラカラと石の転がるような音があちこちから聞こえ、断続的に地鳴りも響く。


 遠くで、激しい破砕音がしているのも聞こえて来た。


 くらくらする意識を奮い立たせ起き上がると、煙る視界の先、巨大なキングアースビートルの輪郭があらぬ方向を攻撃していた。


 でたらめに逃げたことで、だいぶ横に逸れていたようだ。それが命運を分け、今私はこうして生きている。


 それを喜んでいられる状況ではない。依然窮地に変わりはないのだから。


 だが、私の居場所を見失っている今なら、逃げられるかも知れない。


 再生の魔法で傷の治療を続けながら、ぼろぼろの身体を引きずるように歩く。


 ほんの数歩を歩いたところで、壁のような岩の塊に出くわす。


 それを避ける為、岩に手を添え歩くが、その終わりがない。


 空が暗い気がする。


 見上げてみて、おかしなことに気付く。


 空の明暗が、真っ二つに分かれていた。


 土煙がゆっくりと薄まり、次第に全景が見え出す。


 絶望はしない。絶対に絶望などしない。けれども、震えが抑え切れない。


 壁だ。


 空を割る程に高い壁がそびえ立つ。


 直径にして2キロはあろうかという範囲を、100メートル越えの岩壁が囲んでいた。


 こんなものは、この礫砂漠のどこを見渡してもなかった。キングアースビートルが魔法で生み出したものと思われる。


 ある意味感動だ。あの地鳴りがこれを生み出していた音で、私の気絶時間が数分だったとしても、その数分でこの壁を築いたということ。


 魔法とは、それほどのことが出来る力。そして、キングアースビートルは、私ひとりを逃がさない為にここまでのことをしたということ。


 こんなところで死んでたまるか。


 なんとしても生き残り、私もいつの日かこんな魔法を使ってみたい。


 壁は高く、硬い。とても越えられそうにはない。だが、天命はまだ尽きていない。足元に転がる備前長船を拾う。運良くこんなところに飛ばされていたようだ。


 スカートの裾を千切り、柄を握った手をがっちりと縛る。


 試しに壁に振るってみるが、軽く弾かれる。逃げられないなら、倒す。


 キングアースビートルに気付かれない内に、なんとか怪我だけでも治さないと戦うどころではない。


 骨折はしていないが、あちこちヒビくらいは入っているかも知れない。


 怪我が熱を持ち、身体中が熱い。朦朧としかける意識を、なんとか維持する。


 気合いを入れろ野村礼瑚のむられいこ


 ここの踏ん張りで、私の人生が後5分かそれ以上かが決まる分岐点だ。


 ミキの夢を見たのは僥倖。あいつが洞窟を爆破した魔法は火の上位属性“爆”だ。


 精霊にはその精霊そのものと、その精霊に付属する属性がある。


 複合魔法に匹敵する効果があるのがこの上位属性。


 同じ時に来たミキが使えたなら、私に使えない道理はない。いや、やつは天才だからとか、探せばいくらでも理由はありそうだけれど、出来ない可能性など並べて限界を決めていても始まらない。


 現状、私が使える魔法は全てキングアースビートルには効かない。なら、まだ使えない魔法に懸ける。


 破壊力において爆の魔法はおそらくトップクラス。雷も威力の上ではトップクラスなはず。それが効かなかった。


 ゲームではないから、道なりになど魔物は強くならない。私が戦うには、遥かにレベルが足りない。冒険を始めて、城から出たら突然ラストダンジョンの敵が出た感じか? 勝てる訳がない。即全滅間違いなし。


 弱気になる気持ちを振り払う。だからなんだ? それがどうした? そんなことは、私が諦める理由にはならない。


 相性の問題もあるだろう。キングアースビートルは雷に強く爆に弱いということもあるかも知れない。


 期待と楽観的推測。けれど、何の希望もなく挑むとしたら、この震えは止まってくれないだろう。


 何が怖いのだろう? 死ぬことか? みんなに会えないことか? それとも生物的本能が畏れているのだろうか?


 哲学は好きだ。地球上のあらゆる宗教も学んだ。生死になどこだわらない。悟りなら開いている。その上で生きたいと望む。勝ちたいと望む。欲望の愚かさを悟った上で、我欲を突き通す。それが私のたどり着いた“生きる”ということ。


 私の回復魔法は、なかなか優秀だ。痛みと怪我を的確にイメージし再生を試みる医学知識も影響しているのかも知れない。


 大きく深呼吸。咳も吐血もない。


 というか、咳が出ないのは逆におかしい。


 これだけの土埃のなか、なぜ息苦しくもないのか?


 おかしいのは今だけのことではない。森を焼いた時も、煙でむせたりしなかった。


 思い当たる理由は、私が煙の魔法を使えるから煙でむせない。土の魔法を使えるから土埃でむせない。


 魔法や精霊には、まだまだ秘密がありそうだ。


 なんにせよ。このバッドコンディションのなか呼吸に支障が出ないのはありがたい。


 ミキが生み出した紅い爆の魔法をイメージする。そもそも爆の魔法が使えなければ話にならない。


 火の精霊カードをより強く頭に思い浮かべると、ボンッと弾けるように散り、濃い深紅の別のカードが頭に浮かぶ。


 感覚的に理解する。これだ。これが爆の魔法カードだ。


 その力を解放し、左手に集中。ミキが生み出したものより遥かに小さいが、発動出来た。


 そう。まったく同じ色合いと光り方の爆の魔法を発動出来た。やはりあの夢は、ただの夢ではなく現実ということか?


 その深紅の光球を、集中の技カードで限界まで強化。


 それでもまだミキが生み出したものには劣る。これが今の私の最大火力。


 キングアースビートルは、円形に築かれた岩壁の中心辺りに二足モードで立っている。そこから岩や烈線であちこち手当たり次第に攻撃中。


 私を追っていた時は六足で走っていた。


 寒気がする。熱が出過ぎたせいかと思ったが、吐く息が白い。


 急激な気温の低下? 今更異常天候には驚かないが、比喩などではなく、あっという間に暗雲が立ち込め、雪まで降り出す。


 灼熱の砂漠が、1分で吹雪とか、もはやこの世界はなんでもありだな。


 キングアースビートルの様子がおかしい。明らかに雪を嫌がっている。弱点は冷気か?


 だが、冷気を生む魔法は使えない。


 水の精霊の上位属性は氷。その発動を試みるが、イメージがまったくわかない。やはり見ているかどうかは重要かも知れない。爆の魔法は見よう見まねで習得出来た部分が大きい。


 一度にいくつまで魔法は発動可能なのか?


 イメージが可能なだけ発動するのだろうか?


 もしくは消費ロファルス量に上限があるのか? 実験しておけばよかったが、今実践する。


 刀を縛った右手に、土と風の魔法力を別々に集中。


 一瞬めまいを感じたが、キングアースビートルの動きが鈍っている気がする。この好機を逃す訳には行かない。全速力で駆け出す。


 散らばる岩でゴツゴツとした大地は走り難いが、キングアースビートルの周りは岩が降っておらず平ら。あそこまで気付かれずに行ければ、トップスピードに乗れる。


 気付くな。気付くな。気付くな。一歩ごとに心に刻み、願う。


 キングアースビートルは、私より降る雪に気を取られ、空を恨めしそうに眺めている。


 土の力を砂に。風の力を突風に。ギリギリまで粘った魔法をキングアースビートルに放つ。


砂嵐サブルム・ニンブス


 ざらつく風が吹き荒れ、流れが渦を巻き、砂嵐となってキングアースビートルの体躯を呑み込む。


 図体がでかく、硬くて異常な魔法力を有するが、心の能力は私に劣っている。


 私の気配は微塵も感じてはいない。


 だから、こういう原始的な目眩ましが効果覿面なはず。


 さらに降りしきる雪も舞い上げているので、冷気攻撃にもなっているかも知れない。


 砂雪嵐に包まれるキングアースビートルには私が見えなくとも、私はその巨大な気配を手に取るように感じている。


風壁ウェントゥス・パリエース


 風の魔法を前方に発動。空気の層を切り裂き、スリップストリームの原理でさらに加速。


 この攻撃に、全てを懸ける。


 ドクドクと高鳴る鼓動は、猛ダッシュばかりが原因ではない。


 私はこの世界で、後何度こんな局面に出くわすだろうか?


 先があると思っているとは、私も案外余裕がある。自嘲の笑みをこぼし、決死の突撃を仕掛ける。


 六本ある足の内、二足歩行時の主軸となっている二本の内の片方に狙いを定める。


 まずは機動力を削ぐ。


 爆の光球をその足目掛け放つ。


爆発エールプティオー


 砂雪嵐をかき分け直進する紅い輝きが、太い足に直撃すると閃光が弾けた。


 大地が弾け、砂雪嵐も一瞬で吹き飛ぶ程の威力。


 足が吹き飛んでいればよし。外皮だけが砕けたならば、備前長船の追撃で切断する。


 トップスピードのまま爆炎に突っ込み、光球の着弾点目掛けて刀を振るう。


 ギンッ!


 鋼を叩いたような硬い音で弾かれる。


 千切ったスカートで縛っていなかったら、刀は弾き飛ばされていただろう。


 即座に撤退と同時に砂嵐サブルム・ニンブスも放つが、害意が降る。


 ブオンッ! と空気を切り、ズガンッ! と大地に突き刺さる黒い物体。


 寸前でかわしたのは、立つのとは違う方の足。


 大木のようなそれは、当たっていれば突き刺さるではすまない。ぺしゃんこだったに違いない。


 足元から大急ぎで逃げる。


 魔法を矢継ぎ早に発動。


 木の魔法を辺りに放ち、丸太を突き刺し、その丸太を絡めるツルで身体を高速で動かす。


 死地しかない。心の感覚が示す、僅かな安全地帯を渡り歩くような綱渡りの回避。


 空から烈線や岩が雨霰と降って来て、辺りはたちまち砕け飛び土煙が覆う。


 怪我を治したばかりなのに、砕けた破片をこめかみに受け出血。


 頭がぐらぐらするが、ダメージだけが原因ではないかも知れない。


 魔法を連続して放つと熱を持ったように、ぼーっとして来る。


 丸太とツルと砂嵐を放ちまくり、なんとか死地から脱出。


 キングアースビートルが大量に降らせた岩陰まで、なんとか撤退出来た。


 やはり動きが大分鈍っている。そうでなかったら何度死んでいたかわからない。


 呼吸さえ忘れていたかのように、激しく息を吸う。


 まったく効かなかった。まったく効かなかった。まったく効かなかった。


 私を見失い、ウニウニ触覚を動かしているキングアースビートルの足には、キズひとつ付いていない。


 なんていう装甲だろう?


 ダメージも与えられないとか、強制全滅イベントではないか。


 ピギギギキィー!


 聞くだけで悪寒が走るような甲高い鳴き声が響き渡ると、恐ろしい光景が広がる。


 私はまだ。敵の能力を侮っていた。


 キングアースビートルを中心に、周りの大地が剣山のように石の槍を突き出す。


 太く、無数の槍は10メートル近い巨大さ。


 それが波紋のように周りへと広がって行く。


 なんてやつだろう? どこにいるかわからないからって、壁のなか全てを攻撃する気だ。


 ここにも石槍の波はすぐ届く。


トルンクス


 最大限に集中した木の魔法で、10メートル越えの丸太を生み出し上に逃れる。


 居場所がばれるが、串刺しよりはまし。いや、槍のサイズ的に、数本に貫かれたら人の原型を保てるとも思えない。


 槍が近付いて来ると、あちこちに転がる岩が貫かれ粉々になる。


 岩などまるで豆腐か何かのような壊しっぷり。


 これが、放置され魔法力の失われた岩と、現在発動中の魔法との強度の差。


 10メートル、5メートル、3メートル、大きな丸太の上でかがみ、石波の衝撃に備える。


 ズンッ!


 真下からの突き上げに、丸太ごと跳ね上げられるが、想定内。


 石の剣山への落下を防ぐ為、丸太に魔法力をさらに送り込み、枝葉を生やしクッションにする。


枝葉ラームス・フォリウム


 落下する丸太にザクザク石槍が突き刺さるが、枝葉に包まれた私の身体には届かない。


 とりあえず第一の攻防クリア。


 破砕音が私の後方で今も響いている。


 見渡す限り地面から突き出す石槍に覆われた世界。


 圧倒され、言葉を失う程の奇景が広がっていた。


 キングアースビートルが、私の方を向く。


 距離は、約1キロ。


 なんの対処も出来ない攻撃など、そうそう見舞える間合いではない。


 その時、地鳴りが響き出す。


 ここに来て新手の出現かと思ったが、違う。


 石槍がガタガタて振動している。それが地鳴りを響かせていた。


 これはなんだ? 何をしようとしている?


 キングアースビートルが上体を倒す。


 ダッシュモード以外では、基本二足歩行の大怪獣なのに、何をする気だ?


 ぐわんっと開いたハサミを、地面すれすれでバチンッ! と閉じた。


 放たれる烈線が石槍を切り離すと、ロケットのように上空に打ち出された。


 到達まで数秒。何もしなければ確実に死ぬ。


 思考が高速で対策を考えるが、ろくな案が浮かばない。


 吟味する時間、0秒。


 真っ先に考えた横に避ける案は、今までのとは違う扇状に広がる烈線を見て諦めた。


 ここに到達する時には、回避不能な横幅になる。


 活路は、前にしかない。


トルンクス


 生み出す丸太を前方に倒し、それを貫くまでの一瞬を利用し丸太の上を駆け抜ける。


 考えたプランの行き当たりばったり感に青ざめそうだが、そんな作戦さえ、予定通りに行う時間はない。


 丸太の成長が間に合わず、幅不足のまま倒す。


 私はカニじゃないので、のろのろ横歩きなんかしていたら貫かれる。


 “駆け抜ける”を側転に変更。


 広がり打ち上がる何千本もの石槍に、思わず見とれそうになる。本当にすごい世界に来たものだ。


 これが最後の光景にならないよう願うが、丸大を倒すタイミングが遅過ぎた。


 丸大がまだ水平にならない内に、下の石槍が打ち上がる。


 考える間もなく、即座に側転をした。


 ゴガッ!


 間近で響いた鈍い音。トラックに跳ねられたような衝撃。脇腹に激痛が走り、飛びそうな意識を必死で掴んでとどめる。


 砕け散る木片が見える。跳ね上げられた丸大が、次々と貫かれ、グレーの石片と真っ白な雪が舞うなか、そこに混じる薄茶色の木片。逆さまに回る視界の先、そんなモノトーンの色合いが散る。天地がひっくり返った世界で石槍の打ち上げが壁まで続いて行くのが見えた。


 私は体操選手ではない。まして、ほどく時間がなかったから手には備前長船を結んだままである。それではバランスのひとつも崩すというもの。おそらく側転が乱れ、石槍が脇腹をかすって私の身体に回転を掛けた。


 石槍の波と反対方向に回れば、キングアースビートルの姿も見える。


 被弾したが、なんとか切り抜けた。


 ここからが本当の正念場だ。


枝葉ラームス・フォリウム


 木の魔法で枝葉のクッションを生み着地。その衝撃で、脇腹からまた激痛が脳髄に伝達される。あまりの痛みによろめくが、手も足も無事。動ける。


 全速力でキングアースビートルの元へ駆け出す。


 時間がない。打ち上げたものは、落ちて来る。否、ちらりと見上げた上空の石槍は、明らかに先端を私に向けている。全てが私を狙って落ちて来ると思っていいだろう。


 追尾弾に狙われた時の対処法は決まっている。放った相手の元へ行く。


 キングアースビートルがハサミを閉じ、烈線を放つ。


 逃げながらの回避とは違い、向かいながらの回避な為、到達速度は極めて速いが、雪が切り飛ばされるので、半透明なそれが目視し易い。


 次々と飛来する烈線をかわしながら、距離を詰めて行く。


 烈線が命中しない為か? 焦れたキングアースビートルが鳴き声で大地を錐のように隆起させ私を貫こうとするが、心の危険察知能力と、ここでも雪が味方する。魔法力に反応するせいか? 大地が突き出す前に、そこにうっすら積もった雪が動き、舞う。どこからくるかわかっている攻撃なら、先読みでギリギリかわせる。


「はあッ! はあッ! はあッ!」


 肺が裂けそうな呼吸。脇腹は、焼きごてでも常に当てられているような痛みと熱。太ももにぺちぺち当たる感覚はないから、大腸は飛び出ていないようだが、足首まで生温かい湿りが伝う。知らない内に失禁していない限りは、それ程の出血。


 傷口には常に再生の魔法を掛けているが、キングアースビートルの攻撃から目を離す余裕がないので、傷口は見ていない。


 傷の状態を未確認では回復スピードに差が出る。


 とりあえず、倒すまで動ければいい。その為だけの回復。


 キングアースビートルまでの距離が近付くと、寒さで動きが鈍っているとは言え、いよいよ攻撃は苛烈さを増し、かわせているのが奇跡のレベル。


 めまいでぐらついているのか? 地面の隆起で傾いているのかわからないぐらぐらの視界。それでもかわし切った。


 いよいよ大怪獣の目の前。直立する馬鹿デカイ怪物は、20メートルを超える。


 クワガタのハサミには、構造上挟めない部分がある。口元までは、閉じない。


 外皮に全ての攻撃を防がれた以上、私の攻撃ポイントは一ヵ所に絞られた。


 外がダメなら、中から攻撃する。


ウィーティス


 両手に白銀の輝きを生み、木の魔法でツルを生成。先端には鉤縄のような枝も作り、振り回す。


 石槍が空を切る音が、唸り声のように背後まで迫っている。キングアースビートルは余程装甲に自信があるようで、自分ごと攻撃する気らしい。


 隆起した錐のような大地に飛び乗り、さらにジャンプと同時に、鉤縄状のツルを投げる。


 しゅるしゅると伸びたツルが、くるくると絡まるが、右側は外れてしまう。


 その瞬間、落下により左側へと大きく身体が流れた。


 刹那、一番槍が降り注ぎ、キングアースビートルに直撃。


 砕けた石が飛び散るだけで、黒曜石のような外皮には傷ひとつ付かない。


 鉤縄が両方とも上手く掛かっていたら貫かれていた。


 次々と石槍が降り注ぐなか、右側にも鉤縄を掛け、一気に引き絞る。私がいた場所で次々と石槍が砕け轟音と爆風が押し上げる。


 目前に広がる大怪獣の顔。八方から伸びる牙がグネグネと蠢く口は、ネバネバのどろっとした黄緑の唾液を垂らす。


 キモいとか臭いとかは二の次。やらなければ死ぬだけ。


 やっても、タイミングが合わなければ咬み砕かれるだけ。


 否、タイミングを測る余裕すらなく石槍が降り注ぐ。爆風に合わせたタイミングでツルの長さを調整。一気に口に向かって突っ込む。


 牙には幸い咬まれなかったが、べっとりと生臭い液体を浴びる。


 吐き気を堪え、食道を通り胃のなかへと思ったが、口のなかで即座に行き止まりに到達。


 クエスチョンマークしか浮かばないが、すぐ理解する。“食べない”のだ。だから咀嚼しない。消化しない。口内にはわずかに光る空気が満たすだけで、何もない。否、空気というよりこれは、鳴き声で魔法を放っていたことといい、ロファルスそのものが濃密に満ちて光っているのではないだろうか?


 石槍の衝撃で、地震のようにガタガタ揺れるなか振り返れば、蠢く牙の構造はそもそも閉じて咬めるようには出来ていない。


 生物とは程遠い機構だ。最初に抱いた想像の通り、魔物とは生物に似た外見をしているだけの兵器。魔法生物というよりは、生物に“似せた”だけの魔法ではないかとさえ思えてくる。


 魔物の異常性についての感想や考察は後回しに、備前長船をその内部に突き刺す。


 硬い。硬いが、刺さる。縛っていた布を千切り、両手で押し込むように渾身の力を込め突き刺すと、深緑の液体が吹き出す。


「ロファルス・エンテリア」


 爆の威力を高める能力にほとんどのロファルスを注ぎ込む。


 備前長船で開けた傷口に両手を突っ込み、爆の魔法力を集中。


 ぐちゃぐちゃの傷の隙間から、赤い光が漏れ出す。


 これが効かなければ、また別の方法を考えるだけ。何があろうと諦めない。


 今持てる全ての力を込めた爆の魔法を放つ。


大爆発マーグヌム・エールプティオー


 ゴググガァァーッ!


 緋色の閃光と、鼓膜が破れそうな爆音。


 光と風が熱波となって押し寄せるが、自分の魔法だからか? あまり熱くもなく、衝撃も少ない。


 赤が治まると、黄緑の光に包まれ、支えがなくなる。


 周りに生まれた黄緑の光が、目の前に生まれた同じ色の宝玉に吸い込まれるように消えた。


 風を受けながら落下。


 防御も削っているので、このまま落下すれば即死もあり得る。この状況を想定し、残していた木の魔法を使い、背中に大量の枝葉ラームス・フォリウムを生みクッションを生成。その直後に衝撃が来た。


 全身に駆け抜ける痛み。たまらず咳き込めば血を吐く。治り掛けの肺挫傷がぶり返したのか、別の原因か?


 けれども、生きている。キングアースビートルを倒した。私が勝った。


 吐く息が煙るなか、はらはらと散る雪が目に染みる。


 寒さの為か? 感動の為か? 震える。


 言葉に出来ない感情の波にさらされ、涙ぐむ自分に気付く。


 喜びも恐怖も安堵も、全てがまぜこぜの涙がこぼれた。




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