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四章 周




 いつまでも笑っている場合ではないので行動を開始する。


 荷物や保存食は泉に置いて来たまま。


 取りに戻らなければならないし、どの方向に進むかも決めなければならない。


 たまたまここだけが礫砂漠に面しているだけで、反対方向に出れば街道があるなんていうラッキーもあるかも知れない。


 森を一周する必要がある。


 広さ次第では、まる一日走り続けることになるだろう。


 方位磁石が役立たずなのは立証済みなので、この世界では方角を知る術すらない。なので、ここを“暫定”北とする。


 やれやれ、燃えて来るじゃないか。


 適当に木に印を刻み、来た道を戻る。


 何百メートルかの間隔ごとに、目印として木を数本ずつ斬り倒して来た。迷うことはない。


 来た時とは違い、全速力ではなく軽く走る歩み。


 体力の消耗や疲労は命取りになる可能性がある。


 聖泉はもうない。


 私はこの先、いつ安全に眠れるかわからない。


 襲い来るブレードモンキーを一匹斬り伏せ、後続にトニトゥルスを連射。


 空から突撃して来るフライスネークを星球ステラ・スパエラで迎撃。


 マッドフロッグの泥弾を見もせず回避。


 ここの魔物には、もう苦戦はしない。だが、どの攻撃も直撃すれば致命傷は裂けられないだろう。


 私の防御はレベル2のまま、3にするには他に振り分けているロファルスをだいぶ注がないと無理。なぜなら、私のステータスで一番上がり難いのが攻撃と防御だから。


 そして、防御のレベルを3にしたからと言って、私を真っ二つにするであろうブレードモンキーの斬撃が効かなくなるイメージも、私の骨や内蔵を安々と砕くであろうフライスネークの突撃やマッドフロッグの泥弾を防ぐイメージも、全くわかない。


 寝込みを襲われ、不意打ちを受ければ即死亡は充分あり得る。


 つまり、安全な寝床を確保しない限り、私は眠れない。


 焦りか緊張か? ヒリヒリと意識が集中する。


 大丈夫。私なら全て上手く出来る。だから、大丈夫。


 そんな自己暗示を掛けながら泉に帰って来た。


 残して来た保存食やリュックに荒らされた様子はない。


 人間を襲うこと以外興味がない魔物という存在。まさに生物兵器。


 この往復で、その思いは一層強まった。


 これだけ森を移動して、私はあの三種類の魔物の子供を見ていない。


 余程巧妙に隠れているのか? あるいはそもそも繁殖などしないのか?


 倒すと死骸すら残さず消えてしまうような存在なので、他の生物の常識など一切当てはまらない可能性が高い。


 さて、そんなことより眠る方法を考えなくては。


 泉にイカダを浮かべて眠る案を考察。普通にフライスネークの突撃や、マッドフロッグの泥弾で狙われるだろう。そもそもマッドフロッグのフォルムからして、水中移動とか得意そうなのでまるかじりされてしまう。


 地中にあなぐらを掘る案も、マッドフロッグが穴堀りして強襲してくる気がする。


 木上で睡眠は、考察するまでもなくブレードモンキーに真っ二つだろう。


 眠る方法はひとつ考えてあるので、取りあえず必要な物だけをピックアップし、荷物はそのままに直進する。


 また魔物退治に退治を重ねる行進。


 移動と戦闘を繰り返すと、エンカウント率が跳ね上がる。


 戦闘音に集まって来るのか? はたまた別の理由かはわからないが。


 楽に倒せる魔物を大量に倒せるのはロファルス稼ぎになるのでいいが。


 汗が滝のように流れる。


 走り続け、戦い続けている。疲労困憊。


 もうひとつの実験を実施することに。


 ペットボトルホルダーから500ミリリットルのペットボトルを取り出す。


 かさ張るので唯一のペットボトルと、そこに入った貴重なミネラルウォーター。


 けれども、本当に貴重なものは水などではない。


 その水を一気に飲み干す。


 空になったペットボトル。この入れ物がかなり貴重。


 水の精霊魔法は、文字通り水を生み出す。


 水弾として放てば攻撃に。レベルが高ければ、津波のような圧倒的質量で敵を呑み込むことも出来るのかも知れない。


 けれども、魔法で生み出した水は、魔法力を解くと消える。


 魔物が呼吸をしているのなら、溺れさせることは出来るけれど、飲み水としては使えない。


 あくまでも、魔法力で生み出された水であり、本物の水ではない。


 それは木の魔法でも同じ。蔓や木などあらゆる植物を生み出せるが、それらが存在しているのは魔法を発動している間だけ。その植物を食べても栄養になることはない。


 ならば、本物の水ならばどうなるか?


 技カードに“集中”というものがある。ロファルス・エンテリアの作中に描かれるこの能力は、力を集中して高めるというもの。


 その能力を別の角度から解釈するならば、大気中の水分を集中して水にすることが可能なのではないか? という推論の実証実験。


 ペットボトルの口を開けた状態で、その中に水の魔法力を集中。


 生まれたのは淡い淡い青白い光。そこから、ひた、ひた、と水滴が落ちる。


 魔法を解くが、落ちた水滴は消えない。実験は成功だが、これは時間が掛かりそうだ。もう一度魔法を発動し、そのまま森を進む。




 森を抜けると、反対方向で見たのと同じ礫砂漠。


 やはり稜線ひとつ見えはしない。


 天気はいい。秋空のように渇いた空気。湿度計がないから正確にはわからないが、視界をさえぎる水分は少ないだろう。


 それでも稜線が見えないほどの平地。


 日本より広い荒野のど真ん中にいる可能性がある。


 ペットボトルを見る。半分ほど水がたまっていた。


 雨の後の湿度の高い森で、1時間ほどの移動中でこの量。


 砂漠ではこの半分以下と見積もるべきだろう。


 一日平均4リットルは必要な砂漠での水分補給を考えるとだいぶ少ないが、それもやり方次第だろうとこの問題はクリアとする。


 次の実験の為に、礫砂漠を少し進む。


 砂を含んだ風がカラカラと吹き荒れるだけの世界。すごい場所へ来たものだ。


 ポケットから種芋を取り出し、その渇いた大地に植え、ペットボトルの水を掛ける。


 いくらでも吸い込むような硬い土。


 雨は、森にだけ局地的に降った訳ではないだろうから、ここにも降ったはずなのにこの有り様。


 さて、実験その二。木の魔法で生んだ植物は消えるから食べられない。ならば、木の魔法で育てた植物はどうか?


 種芋を植えた場所に木の魔法力を込める。


植物創造プランタ・ゲネシス


 薄い銀光が大地を包み鈍く輝き続けるが、変化は起こらない。


 水と違いこちらはさすがにだめか。


 諦め掛けた時、土が少し盛り上がった気がした。


 込めるロファルスの量をさらに上げると、ゆっくりと芽が出て、にょきにょきと伸びる。


 頭が痛い。目の前が一瞬白くなり、魔法を解く。


 全力疾走したように荒い呼吸で息を吸う。


 なんだ? 何が起きた?


 目眩でくらくらする。


 しゃがんでいる姿勢さえ辛く、横に倒れた。


 全身の力が抜け、手足どころか、指先さえ動かない。


 状態の最悪さと反比例するように意識は明瞭さを増す。これは私の性分の分野。


 何事だろう?


 飲み食いしたものの毒素が今になり効果を表した?


 否、タイミング的には魔法の発動が原因とみるべきだろう。


 ロファルス・エンテリアの主人公ギルは剣士で、光の魔法を使えるがほとんど使わない。その為、魔法についての記述は少なく、この世界の魔法というものを知るには情報が足りない。


 魔法については、まだまだわからないことが多い。


 気絶はまずい。消えそうな意識をなんとか踏み止まる。


 症状としては血圧低下に似ているが、同じではない。


 深呼吸をし、回復魔法を発動しようとするが、その瞬間目の前が白む。


 やはり魔法か?


 魔法の発動を諦め、深い呼吸を繰り返す。


 今、魔物に襲われたら完全にアウトだ。


 動け。動け。動け!


 なんとか指先は動くが、まだ起き上がるのは無理そうだ。


 心の感覚に意識を集中する。害意を漏らさないようにつとめる。


 永遠に近いような緊張状態。時間にすれば僅か数分で動けるようになった。


 まだ軽い目眩がするが、立ち上がれる。


 致命的な危機の成果を大地から引き抜く。


 四個の芋が根の先に出来ていた。


 経過には不安しかないが、これで一応食糧問題も解決。


 単純にレベル不足なことをした為に、精神がオーバーヒートしたのかも知れない。だとすればレベルを上げれば解決する問題。


 もちろん楽観的推測だが。


 心配ばかりしていても始まらない。不安でがんじがらめになり、四肢の働きや、思考の柔軟さを欠けばそれこそ命取りになる。


 頼れるものは、この身体と心だけ。


 頭痛も倦怠感もなくなったので、行動を開始。


 立ち止まっている時間はない。


 ここの木にも印を彫り、“暫定”南地点として森を一周する。


 理想は一周など出来ず、礫砂漠ではない場所に出くわすことだが、さてどうなることやら。




 時折森から魔物が現れるくらいで、森を突っ切るよりエンカウントは少ない。


 木を砕いたり斬り倒したりが魔物を呼ぶのか? あるいは森の外周にはあまり近付かないのか?


 礫砂漠からは魔物は現れない。“現れない”イコール礫砂漠には魔物がいないという判断は早計。


 まだ見ぬ未知の魔物がいるとみるべきだろう。


 森の外周を進みながら、礫砂漠の観察も怠らない。


 何もない。どこを見ても変わらない景色。


 まともな人間なら正気を保てる状況ではないが、もちろん私はまともな人間ではない。


 まともな人間は、家出先に異世界は選ばないだろう。


 そんな物思いの最中、礫砂漠の果てに異変を見付ける。


 一部にだけ、異常な砂煙が上がっているのが見えた。


 僅かに地響きのような音も聞こえる。


 ピックアップアイテムのひとつ、双眼鏡で確認し、しばし思考停止。


 異世界である。剣と魔法のリアル幻想世界である。


 大抵のことは想定しているが、それでも驚きを隠せないものが移動していた。


 巨大なイモムシのようなもの。遠目なので“ようなもの”以上の特徴はつかめない。テンプレに近いくらいメジャーな砂漠の魔物サンドウォームが、実際に異世界の砂漠にいることにも驚きだが、サイズがおかしい。


 もちろん距離があり正確な体躯など測れはしないが、普通に地球上最大の恐竜であるサウロポセイドンを軽く丸呑み出来そうなサイズ。


 もしかしたら全長1キロとかあるかも知れない。


 そんな化物が、地平の彼方を地響きと共に移動している。


 ある意味壮観な光景に圧倒されるが、同時にバクバクと心臓が高鳴る。


 距離感から移動スピードを測るが、決して遅くはない。


 到底私に倒せる魔物には見えない。“アレ”がいる砂漠に足を踏み出すのが次に予定しているミッション。


 これはゲームではない。攻略チャートに添って敵が強くなって行くことなどありはしない。


 もしかしたら魔物ではなく、超文明の移動要塞という可能性もゼロではないが、そんな限りなくゼロに近い可能性にすがり“アレ”に近付く危険は侵せない。


 とりあえず、“アレ”が確実にいる“暫定”西には余程のことがない限り踏み込まない決意をした。




 普通に夕方の時刻に日が暮れだし、その頃に暫定北に到着。


 ここまでの道程から推測すると、暫定西側はほぼ半円に近い形。


 未開の暫定東側がどこまで広がっているかはわからないが、南北の直線距離は推定50キロ。泉はその中間付近にある。


 樹海と言っていいほどの広大な森林。泉周辺の木の上から見たって、森以外見える訳がなかった。


 夜間に外周探索をしても遠くは見えないので、森に入り木の伐採を開始する。


 何百本と木を斬り倒し、その騒音に集まる魔物も片っ端から撃破。


 2時間近く掛かり、いい感じに汗もかいたが、濃密なフィトンチッドの香りにリラックス。


 伐採し開けた空間の中心に、木の枝を三角に組み合わせ、簡易テントのようなものを作る。風雨対策の布などないので、あくまで“テントのようなもの”である。


 その周りに柵のように枝を立てて囲う。


 そして、伐採した木々の一番外側に火を付けて行く。


 フライスネークは煙を越えない。


 マッドフロッグの泥弾は火に弱い。


 ブレードモンキーは火を嫌う。


 火円内にいれば安全。ただし、これは万全とは程遠い。


 どこかが燃えず隙間が開けば侵入される。逆に燃え過ぎればすぐに燃え尽き、炎の囲いは消える。


 そもそも生木は燃え難い。しかも雨が降ったばかり。


 ぱちぱちと爆ぜながら燃え広がる木々を見詰め思う。まあ、なるようにしかならないか。


 火円内に入り込まれたとしても、枝の柵でガサガサすれば目覚める。よしんばテントまで来られても、寸前で目覚めればまだ回避の可能性がある。


 大きく息を吐く。これだけの準備をしても、安心安全とは程遠いねぐらだ。


 緊張感が半端ではない。今まで生きて来て、こんな命懸けの眠りはない。


 心配なので心のレベルも10まで上げる。眠っていても害意に気付けるかも知れないので。


 とても眠れそうにない緊張状態と焦げ臭さだけれど、横になると溶けてしまいそうな睡魔に包まれる。


 疲れている。本当に疲れ果てている。この世界に来てからの眠りは、いつも気絶に近い眠りだ。




 カラカラと枯葉が転がる音がする。


 青葉ではない。この独特の渇いた音は間違いなく枯葉。


 開いた目に映るのは、紅く燃える紅葉の美しさ。


 巨大な木々と、そこから舞う落葉が、緩やかな風のなか踊る。


 はたと自分の姿を見ると、透けていた。


 現在、異世界に来てから見ている夢は100%この半透明の夢。


 朱と黄金をまだらに散りばめたような落葉の絨毯。


 私がいる森と違い、メタセコイアくらいの巨大な木々がまばらに立ち並ぶ。


 どの木も同じくらい大きいが、一種類の木ではない。


 幹の質感や枝の生え方が違い、落葉の形や大きさもまばら。何種類かの木々で形成された落葉樹林と思われる。


 ここはどこだろう?


 地球にいた時のも含めれば六回目。


 黒ドレスが出て来た夢。老婆が出て来た夢。闇の中で球体に照らされた夢。空で大男の背中を見ていた夢。光の大地で少年に殺意を向けられた夢。


 今回は何が起きるのだろうか?


 若干の期待に胸を膨らませていると、背後からカサカサと足音が迫る。


 振り返り、しばし言葉をなくす。


 去来する郷愁にも似た感情と、あふれ出す愛情。


 あの日あの裏山で見たのと同じ、シスターコスプレの宮本加奈みやもとかながいた。


『カナ!』


 呼び掛け駆け寄るが、その勢いのまますり抜ける。


 カナには、私の姿は見えず、くぐもったような私の声は聞こえていないようだ。


 ミキに渡された脇差しをぶんぶん振りながら、楽しそうに歩いている。


 いつものカナに安心する。ひとりぼっちの寂しさと恐怖に泣いているかと思ったから。


 カナの進行方向、森の奥からガサッ、ガサッ、と大きな足音が聞こえて来る。


 見れば、木の陰から巨大なひとつ目熊が現れたところ。


 グリズリーより大きな黒毛の熊。


 大きく血走ったひとつ目をギョロギョロさせてカナを見る。


「でっかーい! ぞうさんみたい」


 悲鳴を上げるどころか、動物園での感想みたいにそんなことを言う。


 グググゥゥーと、腹に響くような唸りを上げ、ギラギラと並んだ牙の間からよだれを垂らす。


 その体躯に似合わず、俊敏な動きでカナに向かって駆け出すビッグベア。


 咄嗟に魔法を放とうとするが、この不確かな身体では魔法が発動しない。


 カナが襲われるのを黙って見ているしかないのかと歯噛みした時、ビッグベアが真下から突き上げられたように大きく吹っ飛ぶ。


 見れば、どこから現れたのか? モーニングスターのような尾を振るったイノシンがそこにいた。


 そして跳ね上がったビッグベアに、こちらもどこから現れたかわからない空飛ぶエイが、体当たりの追い討ちを食らわし地面に叩き付ける。


 アンキロサウルスみたいな尾を振り、鉄球イノシンがカナを守るように前に立ち、鼻息荒くビッグベアに睨みをきかす。


 空飛ぶエイもカナのすぐ上でホバリング。


 なんだこいつらは? 見た目は間違いなく魔物だが、カナを明らかに守っている。


 ビッグベアがのっそり起き上がり、いきり立ち咆哮で威嚇。


 ビリビリ大気が震えそうな迫力なのに、カナはいつもの緊張感ゼロの声で言う。


「ほえ? 結構硬い子?」


 ビッグベアが飛び掛かり、カナたちの手前の地面を殴り付ける。


 ドゴォッ!


 爆発音のような轟音と共に、その一撃で大地が爆散。


 土の散弾を目隠しに、ひるんだイノシンとエイを弾き飛ばす。


 衝撃で粉々に飛び散った落葉が、紅い雪のようにはらはら舞うなか、カナは怯えることもなく笑う。


「あははっ、つおいコ好きだよ」


 カナの左腕に魔法力が集まり、パピースリーブのような岩の小手になる。そこにビッグベアが噛み付いた。


 ガギキィーッ!


 金属を擦り合わせたような甲高い音が鳴り響く。


 すかさずカナはビッグベアの頭に右手をかざす。


 そして、諭すように優しい声で語り掛ける。


「しー、しー、いい子、いい子」


 そして、驚くべきことが起きる。


 カナの腕を噛み砕かんとしていたビッグベアが、噛むのを止め、その場にうずくまった。


「えへへ、いい子だね。あなたの名前は~、グリちゃんに決定」


 はい? 何が起きた?


 頭の中はクエスチョンマークだらけなのだが、てくてく歩くカナに寄り添うように、“グリちゃん”と命名されたビッグベアはカナに付いて行く。


 何がなんだかわからないが、ひとつ確かなことは、あの三匹は私が倒している三種類の魔物より明らかに強い。


 間近の陥没した地面を見る。こんな芸当私には到底出来ない。それをあっさりやってのけるビッグベアの噛み付きに、カナはびくともしなかった。


 これはただの夢なのか? それとも現実で起きていることを夢に見ているのか?


 その判断の前に、視界が赤く点滅する。まるでパトランプのような瞬き。それはまるで、危険を知らせるシグナルのようだった。




 ぱちりと開いた目には、闇のなか燃える炎の柵が見えた。


 それと同時に、感覚の全てを埋めるような敵意の存在。


 目を閉じると、闇のなかにいる自分を俯瞰で見ているように感じ、その自分を囲むように存在する無数の赤い点が見えた。


 魔物に囲まれている。数は10や20ではない。数百はいる。


 この数はさすがに想定を越えているなと、それでも苦笑い程度のこと。


 燃え落ちる木々と、弱まる火の勢い。

 火の囲いの一部が、今にも突破されそうだ。


「ロファルス・エンテリア」


 静かなつぶやきで黄緑に光る宝玉を喚び、能力値を変更。


 魔法攻撃のカードと集中の技カードを3まで上げる。


 右手に火を。左手に風を。


火嵐イグニス・テンペスタース


 まだ燃える炎の柵の火力も混ぜ込み、炎の嵐を巻き起こす。


 ボグフグアァァーッ!


 風と火の援護を受けた炎の柵が、数倍に膨れ上がり、遠巻きにたむろしていた魔物の群れを呑み込む。


 自分の魔法に見とれるというのもどうかしているが、単純に最初に思ったことは“なんて美しいんだろう”という感想。


 燃えかけの枝なども舞い上がり、くるくる火の粉を散らし宙を回る。


 バトントワリングのエーリアルとファイヤーパフォーマンスを合わせたような光景。


 しかもそれを何百人もの演者が同時に技を繰り出したかのように、無数の枝が舞い空一面を火の粉の緋で染める。


 そこに加わるのが、炎に焼かれた魔物たちが消える時の黄緑の光。


 一斉に輝き、私の元へ流れて来る。


 天と地の光の共演は、美し過ぎるとしか言えない。


 同じ動作でもう一度炎の嵐を見舞う。


 警戒されたのか? 初撃ほどは撃破出来ず、舞い上がる枝も少なく、見た目的にも劣る。


 代わりに舞うのは、空一面の灰。魔物を焼き殺すほどの炎が、木々を瞬く間に灰にした。


 三度目は無意味と判断。炎の柵が完全に消える前に、集中した水の魔法で大量の水を辺りに放つ。


水流アクア・フルーメン


 津波にはほど遠いが、消防車の放水くらいには勢いも水量もある。


 迫る魔物の牽制をしつつ、雷の魔法を集中。


 副産物だが、辺りが灰まみれなせいか? マッドフロッグは土を食べれず泥弾を放ってこない。


 一網打尽のチャンスとばかりに、雷の魔法を備前長船の先端に集め、水がたまる地面に突き刺す。


剣雷グラディウス・トニトゥルス


 カッ! 地面が雷光に包まれ、数十の魔物を感電死させる。


 テントのようなものも、その雷撃で吹き飛んだので、迫って来たブレードモンキーを斬り倒しながら移動。


雷球トニトゥルス・スパエラ


 集中し、いつものトニトゥルスよりも大きな雷の魔法を、私を追い水を巻いた辺りにまで迫る一団に放つ。


 雷鳴と共に黄緑の光へと転じる群れには目もくれず、風の魔法の集中に入りながらさらに移動。


 次の標的は、ファラファラと多重奏を奏でるフライスネークの集団。


風刃ウェントゥス・ラーミナ


 羽を傷付ける程度だった無数の風手裏剣を放つと、空を埋めるフライスネークが気持ち悪いくらいの切断音を響かせ全滅。


 レベルアップを実感するが、ヘビのぶつ切り音がしばらく耳から離れないかも知れない。


 一連の攻防で半数近くを仕止めたが、まだまだうじゃうじゃいる。


 伐採していない森を背に、星の弾丸を連射。


 一列に並ぶ魔物の群れを次々貫通し倒す。


 速度は現在レベル6。連中より遥かに速い。


 伐採エリアの外周を駆け抜けながら、射撃を繰り返す。


 何組かに別れて挟み撃つなどの知恵が働かない集団を、翻弄して殲滅するのは然程苦ではなかった。


 新たに集まって来た魔物も含め、15分くらいで倒し尽くす。


 そこでようやく時刻を確認。まだ午前1時前。時間を見たら、どっと疲れと眠気が押し寄せる。


 焦げ臭さが届かないくらい森の奥まで入り、木に背を預けて座り込む。


 あの赤い明滅が“心”の危険を知らせるシグナルならば、寝ていても魔物が近付けば目覚める。


 まだ確証はないけれど、またあの規模の伐採をする体力がない。


 賭けだが、このまま眠る。




 何度か迫る魔物の気配に起こされたが、朝までなんとか眠れた。


 心の能力がかなり便利。これで就寝問題も解決。


 暫定北地点に行き、朝日の眩しさに顔をしかめつつ、昨日の続きの外周探索を開始する。


 何も変わらない荒野の風景。


 稜線もやはり見えない。


 これだけ空気が澄んでいるのだから、山の高さ次第では数百キロ先まで見えてもおかしくはない。つまり、少なくともそれだけの距離に高い山はひとつもないと言うこと。


 別に山を目指したい訳ではないが、目印が何もない。


 こんな森、数十キロ進めば見えなくなるだろう。そうなれば、完全に方角を見失う。


 方位磁石は役に立たない。日照時間が毎日違う世界。太陽の昇る場所も沈む場所もバラバラ。月齢も然り。


 それどころではない。今のところ同じ星空を見ていない。毎夜毎夜、星の位置が違う。


 これらを“異世界だから”のひと言で片付けるにはあまりにも不可解な現象。


 現象には必ず理由がある。いくつかの推測はあるが、どれが当たりか判断する材料はない。


 わかっているのは、航海術を応用してもこの世界では方角を知る術にはならないと言うこと。


 否、地球上のあらゆるサバイバル術による方位測定が役に立たない。


 開き直りではないが、考えても仕方がない。わからない以上、進む方向は勘で選ぶ。


 あれこれ考えながらの探索は、暫定南に到着し終わりを迎えた。


 ほぼ円形の広大な森林。


 これだけ広いのだから、くまなく探索すれば新たな発見があるかも知れないが、人がいるとは思えない。


 夜間には明かりが必要で、炊事には火が不可欠。なのに、私は光も煙も見ていない。ましてや、何時間も森を焼いたりしたのに接触してこないことなどあり得るだろうか?


 それらからの結論は、この森には魔物と私しかいないと言うこと。


 暫定南から泉を目指し移動。泉で荷物を回収。そのまま暫定北を目指す。


 始めから決めていた。何か僥倖的な目新しい発見がない限り、北を目指そうと。理由はひとつ。泉で水が止まった時、咄嗟に駆け出した方角がここだから。


 “心”と言う能力がある世界で、この勘と言うものは馬鹿に出来ない。


 無意識に“心”の能力が目指すべきだと告げる方角に進んだかも知れない。


 違ったとしても、大した問題ではない。


 何千キロか進んで何もなければ、引き返してもいい。重要なことは間違わないことではない。折れないこと。諦めないこと。絶望しないこと。


 頼るものなどない。助けなど来ない。ここで私が投げ出してしまったら、それこそが終わり。


 だから、どんな状況だろうと、何があろうと立ち止まらない。


 暮れ始める空。


 暫定北に到着。一晩寝て、明日にはいよいよ出発だ。








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