三十九章 屍山血河
あれは小学五年生の夏休み。
母と妹と弟と出掛けた帰りで、駅のホームで電車を待っていた。
妹の真凛が「トイレ~」とぐずり、それを聞いて弟の海斗も「ぼくも~」と言った。左手首を見て何時か確認する母。
「レイ、荷物見ててもらっていい? まだ電車来るまで時間あるからトイレに連れて行くわ」
デパートで買ったおもちゃや衣服の買い物袋を指して言った。
うなずく私を残し、母さんはまだ幼い二人を連れてトイレに向かう。
そこで、特急電車の通過を知らせるアナウンスが流れた。
この特急の後に、私たちの乗る電車が来る。だから、まだ時間がある為、母さんは二人をトイレに連れて行ったのだろう。
そんなことをぼんやり考えていた時、上着を小脇に抱えたサラリーマン風の男性が、線路の方へフラフラ近付くのが見えた。
夕方にはまだ早い時間。傾いた太陽から眩しい日射しがホームを照らす暑い日。
白線の内側に下がらないと危ないのに、いい大人が何をしているのかと、ただ不思議に思った。小学五年生の私の発想には“自殺しようとしている”と言うものはなかったから。
そして、その男性がホームから飛び降りた瞬間に特急電車が来て、ドンッ! と言う鈍い音と、急ブレーキの激しい金属音が鳴り響いた。
ホームと電車の隙間から、血がシャワーのように吹き出し、あちこちから惨劇を目撃した者の悲鳴が上がる。
私は、止まった電車に近付き、その隙間から線路を覗き込んだ。
薄暗い線路脇に、傷だらけの生首が転がっているのが見えた。それは、滴る鮮血も生々しい人体の頭部。
映画で見る作り物とは違う、本物の生首を見れた喜びで興奮し、断面や色つやを脳裏に焼き付ける。ボコボコに殴られた人の顔なら腫れもするが、そういう生態反応を示さない生首は、本物なのに作り物みたいな違和感を覚えた。これがリアルかと納得しながら見詰めていると、強い力で腕を引かれた。
「危ないから離れてッ!」
泣き出しそうな母が、悲鳴のような声で言ったのを覚えている。
止まっている電車は危なくないのに、何を言っているのだろう? と、あの時は思ったが、別な意味で“危ない”と言う意味だったのかも知れない。
私はたぶん“危ない子供”であっただろうから。
目の前で戦士団の団員がひとりバラバラになり、そんな昔のことをふと思い出した。
思い出したのは、たぶんこのニオイのせい。
記憶とニオイは密接に関係している。視覚や聴覚よりも、嗅覚による記憶が遥かに鮮明に過去を呼び戻すスイッチになる。
血や生肉に、汚物を混ぜたようなニオイ。大腸や膀胱も刻まれ混ぜられた物なので、当然と言えば当然。人間のバラバラ死体は、単純にクサイ。
鉄の鎧さえ斬り裂いた疾風が、血煙と共に運ぶニオイは、あの日ホームと電車の間から立ち昇っていた悪臭と同じだ。
故に、プルースト効果であの日のことを思い出した。
状況は、極めて緊迫中。
「散開しろッ! 木や岩の陰へ!」
アストリアが指示する中、私は土の魔法力を
集中しながら戦士団がいる窪地に飛び込む。
着地と同時に、その力を大地に叩き付けた。
「大地壁」
風弾が飛んで来た方向に、長い土壁を生み出す。
その一部に二射目が直撃。あっさり斬り砕かれる。10数メートルの幅でせり上げた内の三分の一は吹き飛んだ。
土壁ではとても防げない。上位属性である氷の魔法力を集中。
「氷壁」
発動した魔法力が大気に無数の水滴を
生み、それらが六角の氷結となり、繋がり合い壁へと急成長。
集中した魔法力でも、壊れた部分を埋めるのがやっとの大きさの壁。ムドベラス湿地では材料になる大量の水があったが、ゼロから創るのは厳しい。
次の風弾が飛んで来ると、その氷の壁さえも粉々に砕かれる。
威力が、明らかにおかしい。水宝玉の水の矢をある程度防いだ氷壁がこうもあっさり破壊されるなんて。
「君は!? リーヤムで会った子か!?」
私の存在に気付き、アストリアが驚きの表情を浮かべるが構ってはいられない。
まだまだ風弾の気配が迫っている。
「追撃は止みません。備えて!」
害意はない。いや、この場合“危険な気配”と言った方が正確だろうか? 敵意はあるが、迫る攻撃に、私自身はまったく危険を感じていない。スライムの消化液に危険を感じなかったのと同じなら、おそらくこの風弾は私に効かない。
けれども、誰かが危険に晒されるぶよぶよした不快感が離れない。あれは、この場にいる他の者にとっては致死性の威力。
飛来する風弾が岩を切り裂き、隠れていた団員の鎧にも大きな傷を付ける。
大木に直撃したものは幹の三分の一を抉り、おがくずの吹雪を生む。
気配の索敵を広げ、捕らえた。
六匹の気配が密集している。
やはりかと言う思いが大きい。5秒くらいの間隔で飛んで来るが、実際には30秒間限界まで“集中”した風の魔法。
威力が異常なのもうなずける。水宝玉の能力は水の精霊と形状の技カードだったが、風宝玉の能力は風の精霊と集中の技カードと思われる。
私自身かなり助けられている技カードだけに“集中”の能力は敵に使われるとえげつない。
などと分析しながら、爆の魔法を集中。赤い輝き灯る手を森の奥にかざす。
狙うは、六匹の風宝玉。
「大爆発」
飛び出した紅球は、木々の間を縫いずんずん進むが、風宝玉の群れに到達する前に爆発。森に凄まじい速度で粉塵を広げる。
爆の魔法の爆風だけではない。それを迎撃した風弾の突風も加わった風。
連射の為に集中していたもう一発の大爆発も放つが、同じ末路を辿る。
これは、非常にまずい。
こちらの攻撃が届かないと言うことは、一方的に攻撃を受けると言うこと。あの、必殺の一撃をである。
考えている間にも風弾が飛来し、抉られていた巨木に直撃。大きさ同様、ビルの倒壊クラスの轟音響かせ倒れる。
視界を強奪する粉塵と土煙が辺りを包む。
まずい。まずい。まずい。
気配の読める私はこんな視界何も困らないが、戦士団にとっては致命的な悪条件。
風の魔法で視界を回復したいところだが、範囲が範囲だけに、集中しないと難しい。ひとつも無駄な一手を打てない中では厳しい。
そんな中でも風弾は容赦なく撃ち込まれ、被害を広げる。その突風が粉塵を晴らすことはなく、新たな残骸を巻き上げ視界を悪化させる。
ここで防戦一方では、じり貧で全滅は避けられない。
決断の時だ。
「風宝玉を倒して来るので持ちこたえてください!」
それだけ言って走り出す。
流れるように過ぎ去る景色。迫る風弾の気配。ドクドクと高鳴る鼓動。
私には効かない。そう思ってもバラバラになった戦士の姿がちらつく。
何を恐れる野村礼瑚? 私に恐れるものなどない。
覚悟を決め、接近する風弾に飛び込むようにジャンプする。
風の強い日、突風に髪やスカートを巻き上げられた時に感じる風圧。それだけだった。
なんちゃってセーラー服は切り刻まれたが、魔法で作り出しているので、ほつれた糸同士が瞬時に絡み合い、散らばることもなく元通り。
たった、それだけのことだった。鉄を紙切れみたいに斬った風の刃が、ただの強風にしか過ぎない程の風属性耐性。
私は、やはりおかしい。ただそれは、今考えることではない。
再び飛来する風弾をこの身で受けて防ぐ。まったく効かないと言う事実が、鼓動を重くする。
死んだ。
"助ける"などとなんの力もないのに、空の自信で嘯き、こんなところまで駆け出して来てこの様。
顔を拭うと、その手が赤く染まる。私の血ではない。血煙をどこかで浴びたのだ。
私が死なせた誰かの血。私が、死なせた。
あの時、私が1秒早く到着し風弾の前に飛び出せていたら、守れた命。
斬り刻まれた戦士の姿が繰り返し頭に浮かび、さっきとは別の理由で鼓動が不規則に高鳴る。
迷うな。惑うな。振り返るな。私が折れたら、アストリア戦士団は全滅してしまう。
その揺れる想いを嘲笑うように、ジャンプしても届かない高度で風弾が過ぎ去るのが見えた。枝すら遥か高みの巨木なので、いつもの蔓でハイジャンプ戦法も使えない。
あれがまた、新たな戦士の命を奪うかも知れないと思うと、胸に鋭い爪を立てられたような痛みに苦しくなる。
呼吸が乱れ出す。また、届かない軌道で風弾が通過。
私は無力だ。なぜ助けられるなどと過信したのか?
苦しみを吐露するように叫びが漏れる。
「ああっ、うぁーっ! あああーっ!」
無意識に叫んだことなど、生まれて初めて。そんなの私のキャラにはない。
自分の思考に自問が生まれる。キャラってなんだ? それはただ、私が本当の私を知らなかっただけのこと。私は無力さに叫びを上げるような人間。新たな自分の一面を発見した訳だ。
苦しみ叫ぶ自分と、そんな自分を冷静に分析する自分が混在する。
思考を乱している場合ではない。判断をひとつ見誤るだけで誰かが死ぬと思った方がいい。否、すでに何人死んだかわからない。意識は前方の敵だけに集中し、あえて後方の戦士団には向けていない。
怯えか? 不安か?
知れば挫けるのか? 絶望でもするのか?
私は、そんなに弱いのか?
新しい自分を知れるチャンスであると、楽しみにするくらいの胆力がなければこの先の戦いを生きては行けない。何も守れはしない。
集中しろ野村礼瑚。
魂を研ぎ澄ませ。
ここからは、ひとつのミスも許されない。
緑の大神殿の奥、白い光が薄ぼんやりと見えて来る。宙に浮く六つの宝玉だ。
20メートルは上にいるので、風弾の高さもうなずける。そして、"風"のイメージとは程遠い鈍足でゆらゆらと浮遊している。砲台としての攻撃力特化の為に動きは遅いのかも知れない。
これほど接近しているのに、私を攻撃して来ない。"退魔の護符"の効果故か、あるいは攻撃が効かない為か。
集魔体質なら、私が囮になるという手もあるが、それで山中の全ての魔物を集められる訳でもないので、戦士団を孤立させるだけになる。
攻撃してこないのなら、逆に好都合。走っている間に左手に集中していた爆の魔法を風宝玉の群れに放つ。
「大爆発」
斜めに放った緋色の光弾が上空で爆発。撒き散らす赤い噴煙から、真っ白なボーリング玉みたいな風宝玉が飛び出すように落ちて来る。
おそらく水宝玉と同じく"装着"の技カード持ち。風を身にまとい浮力とバリアにしている。ならば、倒し方も同じ。
走っている時からここまでの流れは予測済み。右手に集中していた土の魔法を発動。
「多石柱」
地面スレスレまで引き付け、キングアースビートル先生直伝の魔法を放つ。
大地から突き出した六本の石柱が、六匹の風宝玉を一匹も漏らすことなく砕く。
キラキラと散る破片は、黄緑の光へと転じて私のロファルスとなる。
余韻や感想は後回し。即座に踵を返して駆け出そうとした時、膝から崩れ落ちるように座り込む。
何事かと思ったら、足がガクガクと震え、完全に膝が笑っていた。
ミキなら不敵に笑い、"限界は越える為にある"なんて言うことだろう。強がりでもいいから、今はその言葉を信じたい。
疲労には効果は薄いが、回復魔法を掛けながら戦士団の元へ駆け出す。
向かう方向に心を広げ気配を探ると、即座に異変に気付く。
気配がおかしい。戦士団があの窪地に集まり、周りを大量の悪鬼に囲まれていた。
なぜだ? 散開して逃走したはずなのに、悪鬼に包囲され、交戦している。
それに、あの数はなんだ? 私が集魔体質で呼び寄せる数といい勝負だ。
来た時にはいなかった悪鬼の気配が間近に迫る。不意討ちの大爆発で倒すが、頭は対策を思慮しフル回転。
数がやばい。大爆発では、一匹ずつしか倒せない。しかも不意討ち限定の話。防がれれば仕損じる。戦士団を囲む悪鬼の数は、交戦中のものだけでも10匹以上。さらに集まって来ているものは数十。最終的な集結量は100を越えるだろう。
大爆発を100発以上も放つなんて無理だ。先に限界が来て昏倒する。
もっと効率的な殺戮方法が必要。
何をすればいい? どうすればいい?
動きは遅いが、攻撃力と物理防御が高く、抜群の打たれ強さを誇る生命力。
生半可な攻撃では倒せない。
属性の多さが、手段の多様性を生み、まとまらずに頭が混乱して来るが、もっと頭をやわらかくして考えればいい。
もしもこれがゲームで、スキルポイントやマジックポイントを節約して経験値稼ぎをしたい場合ならどうするか?
答えは簡単"私自身を強化する"だ。
"装着"の技カードは上がり難いが、現状最大火力の魔法を100発放つより現実的。
「ロファルス・エンテリア」
言葉に呼応して現れた黄緑に光る宝玉を操作し、能力を変換。
今いらない能力を下げ、"速度"と"装着"を上げる。ついでに索敵範囲拡大の為に"心"の能力も上げる。
速度の向上により加速する中、抜き放った備前長船の刀身に"溶"の魔法を装着。
現状、おそらく一番切断力の増す組み合わせ。
「溶解刃」
深緑の鈍い光が、白銀の刃をじくじくと侵食し、殺傷だけを目的としたキルソードを生み出す。
事態は一刻を争う。こうしている間にも、戦士団の気配がひとり、またひとりと消えて行く。
悪鬼の咆哮が聞こえだし、血のニオイが濃くなる。
私と同じ方向に走る悪鬼が見えたので、アシッドブレードで斬り掛かる。まるで溶けかけのバターのようにその肉を裂く。
効果は予想以上。吹き出す赤黒い血と、でたらめに振るう腕を避けて距離を取る。
狂ったように暴れるが、バケツをひっくり返したような血の勢いが増すだけで、次第に弱り出し、その動きは愚鈍になって行く。
止まっているように錯覚する悪鬼に駆けより、腹の切れ目から斬り上げるように刀を振るう。
ゴリッと僅かな抵抗感はあったが、胸も顔面も真っ二つ。骨も問題なく切れる。
絶命して私のロファルスへと変わる悪鬼を見ている時間も惜しいので、斬ってすぐ駆け出し、惨劇の窪地へ飛び込む。
濃密な血臭にぶつかる。辺りは一面血まみれ、生者の気配は僅か四名。
そのひとりの気配が吊し上げられる。あのスキンヘッドのグランとか言う戦士が、悪鬼に足を掴まれ逆さまに振り上げられたところ。
もはやどれだけの握力か想像もしたくない怪力に足を握り潰され、グランが苦悶の表情で叫びを上げる。
「ぐぎぁぁーッ!」
野太い悲鳴と、私がその腕を切断したのは同時。
今度は悪鬼が騒ぐが、その口を塞ぐ為二太刀目を振るうが、浅い。胸元をざっくり斬り裂くが、絶命には至らない。
私のリーチに対して、悪鬼が大き過ぎて急所まで届かない。
吹き出す血は悪臭に近いひどいニオイだが、気にせずその中に踏み込み、備前長船をねじ込むように刺して倒す。
倒せば血もニオイも消えるが、一瞬の激臭でも精神にダメージを受けるほど。爆の魔法で倒した時にはこんなニオイはしなかったので、純粋な血のニオイではなく、溶かしているせいでこんなニオイになっているものと思われるが、倒し方を変える訳にもいかないので我慢するしかない。
呻くグランを治療したいところだが、新手が迫る中ではそのスキがない。
リーチ問題を解決する為、備前長船の柄にいつもの木の魔法で蔓を巻き付け、迫る悪鬼に投げ付ける。
ざくりと刺さり、刺さったまま走って来る安定の生命力を見せる悪鬼。蔓を振り上げ、その"しなり"が備前長船に到達すると、パンッと頭を裂いて刀が飛び出す。
その蔓を手の平の魔法発動点へと収納し縮め、反対から迫る気配に振り投げる。
鞭のようにしなって伸びる蔓が刃を遠くまで運び、悪鬼の隆起した肩ごと首をはねた。
一段落とは程遠いけれど、一拍の間にグランに問い掛ける。
「いったい何があってこんなことに!?」
アストリアは何をしているんだ? あいつなら悪鬼に遅れを取りはしないだろうに。
喘ぐグランの右足は、ふくらはぎの先から潰され跡形もなくなっている。そんな状態でもグランは答えてくれる。
「血だ! 鼻の利く魔物の中には、血のニオイに集まるやつらがいる。あの風の魔法で血のニオイをばらまかれた! ちくしょう! それがいくつもの戦士団が全滅したからくりだったんだ! 六足馬も全部やられちまうし、逃げることも出来ねぇ!」
私の問いへの答えと言うより、自らの無謀な行動への嘆きかも知れない。
グランの言う通りであれば、悪鬼と風宝玉の組み合わせは悪意と殺意しか感じないほど最悪である。
僅かに言葉を交わす間にも、別の悪鬼たちが寄って来るので、蔓付き備前長船を振り回す。
一体がその斬撃を避けて飛び込んで来るので、ひらりと回避。間近で過ぎる拳が空気を切る音を響かせた。
精霊魔法が効かない私だが、打撃にはめっぽう弱い。心の能力は、常に"死"の危険を伝えるように赤いシグナルを灯す。
けれど、当たらなければいいだけのこと。横断歩道で信号待ちをしている時、目の前を走る車に恐怖など感じないのと同じ。
速度を上げたことで感覚はより鋭敏になり、悪鬼の動きは止まっているように遅く感じている。当たる訳がない。
脇を抜ける時に腹をかっさばき、よろめく悪鬼の背中に備前長船を投げ刺し止め。
「嬢ちゃん、つえーなんてもんじゃねーな。俺はもうダメだから、俺のロファルスを全部受け取って、俺の代わりにアストリアさんを助けてくれ」
町で顔を合わせた程度の知り合い……しかも、一触即発になった相手に持ちうる全てを与える意味の重さはわかるが、そんなの知ったことではない。
「あなたたちを助けに来たから助けるけれど、ロファルスなんかいらない」
軽く止血だけをし、備前長船を包むのとは別の蔓でグランを縛り、引き摺りながらダッシュ。
大きくジャンプして他の生存者を目視確認。
重症で倒れる少年戦士と、その傍らで膝をつくアストリアがいた。
だが、それ以上に目に付くのは凄惨と言う言葉だけでは足りない惨状。バラバラにされた人体の肉片や、頭部を殴り潰された首なし死体。切り裂かれた鎧の破片を樹に突き刺す程の突風が撒いた赤。
どんな光景であろうと、目を背けはしない。自らの未熟さの結果だから。
しかし、アストリアはいったいどうしたんだ? 背後からドカドカと悪鬼が迫るのに無反応。あの騒音で気付いていない訳がない。
少し緑色が薄くなった備前長船に溶解刃を重ね掛けし、その悪鬼に投げる。頭蓋を貫くように突き刺さると、一撃で仕止められた。
二人の間近に着地。グランもバウンドしながらついて来ているが、雑に扱い過ぎたせいか気絶している。
「何をしているんですか!?」
暗くうつむくアストリアに反応はない。目の前の少年戦士に意識はなく、右腕は切断され、脇腹にも深い裂傷。出血量が多く、分単位で命の危険が迫っている。早急に治療が必要だが、そのスキを与えぬ密度で悪鬼が襲って来る。
アストリアはダメだ。完全に戦意喪失している。口先だけのクズはあてにはしない。
盛り上がった根の上に立ち、蔓付き備前長船をぐるぐると回す。高さ的に丁度、悪鬼の顔の位置。長さを調整して周囲の敵はあらかた倒すが、この場所を目指す気配は途絶えることなく迫り続ける。
最後の生存者の気配は倒木の下。こちらも早急に救出しないと死ぬ。
戦略を練り直す必要がある。
血のニオイを嗅ぐ嗅覚はどれ程の精度か? あれは呼吸を必要とするイキモノなのか? 否、その是非は関係ない。ニオイを嗅ぐと言うことは、鼻から空気を吸って、体内に取り込んでいる。その事実だけで充分。
慎重派としては、実験する前に実践投入しなければならないギャンブルにゾッとするが、四の五の言っていられる状況ではない。これが決まらなければ、少年戦士と木の下の人物は救えない。
風と火の複合属性、"煙"の魔法力を集中。
地球なら、非人道的と後ろ指差されるだろうが、人道より人命救助が最優先。
「毒煙」
イリスが使っているのを見て思ったが、木の魔法ひとつとってもあの汎用性。
イメージ出来ると言うことは、造れると言うこと。幸いなことか最悪なことか、非合法な毒物の製造方法を知っている。個人が日本で作るには原材料や製造設備的に難しいけれど、魔法でなら、その行程を全て度外視出来る。
生まれた無色透明な"死"の空気を、風の魔法で慎重に操作して周りに広げる。うっかりこの場の怪我人が吸い込んだらとどめになりかねない毒性。
毒の主成分は神経毒。神経伝達を阻害し、あらゆる機能を停止させる。とはいえ、象よりもデカイ相手なので、毒になんの耐性がなかったとしても死にいたるまでにはかなりの時間吸い続けさせる必要がある。
目的は殲滅ではない。広範囲の悪鬼を無力化すること。
麻痺したり、動きが鈍るだけでいい。救出と治療の時間が稼げれば充分。
さあ、結果はどうだ?
ここへ向かっていた悪鬼の気配が、毒煙の気配に突入した瞬間、動きがほぼ止まる。
想像通りの効果に安堵するが、安堵している暇はない。
倒木を土の魔法で生み出した石柱で競り上げ、土に埋まり掛けていた女戦士を引っ張り出す。目立った外傷はないが、身体の中の気配が所々薄く感じる。この生命力の弱り方からみると、内臓を損傷しているのかも知れない。そんなことまでわかるのだとしたら、心の能力の汎用性はいよいよやばい。
弱々しい声だが、何か言っている。
「誰かわからないけど、あたいはもうダメだ。ロファルスを全部やるから、あんただけでも生き延びておくれ」
グランといいこの女戦士といい、そのセリフは流行りなのか?
アストリアが座り込んでいるところまで運びながら答える。
「ダメじゃないから、ロファルスはいらない。もう誰も死なせない」
それは、自分自身への決意表明でもある。何人も死なせた。何人も死なせた。失った命は戻らない。
深く息を吸い、吐き出す。吐く息と共に、「ロファルス・エンテリア」とつぶやき、治療に必要な能力に振り分ける。
大地の生命力と火の活力が合わさり生まれる複合属性"再生"と言う魔法。トロワが使っていたものがそうだったかはわからないが、あの少女は切断された手を再利用せず治せばよかったと言った。それはつまり、欠損した身体がトカゲの尻尾のように再生出来ると言うこと。
毒煙の効果がどれくらい続くかわからない。風宝玉が再び現れる可能性もある。時間が限られていることには変わらない。
負傷者三名を集め、治療に全力を注ぐ。
外傷から、それが治る行程を明確に想像。集中する再生の力をその想像の実現の為に練り上げる。
「完璧治療」
座り込み、集めた力を放つと、弾けるようにあふれた橙色の光が負傷者三人を包む。
みるみる傷口をふさいで行くが、欠損部が再生して行かない。
その様を見て、放心していたアストリアが初めて反応する。
「君は、回復魔法が使えるのか? ロランを救えるのかい?」
目の前の少年戦士の名とおぼしき名を口にしたアストリア。
腕を元通りとは行かないが、脇腹の傷はふさがって行く。造血もしているので、取り敢えず出血性ショック死はないだろう。
「全力を尽くします」
何も考えず出たのは、手術前の医者が言いそうな台詞。
ガシッと、アストリアがすがるように私の腕を掴む。
「頼む。助けてくれ。弟なんだ」
これだけ仲間が犠牲になった中で、弟だから助けてくれとは、なんたる甘ちゃん。ますますその腐った性根に嫌悪感が増すが、先程クズ呼ばわりしたことは訂正する。私も、真凛や海斗が目の前でこんなことになったら正気でいられる自信はない。
三人いっぺんに回復している為か、治癒速度が明らかに遅い。否、三人分だからこその出力で掛けている。回復魔法は、自分と他者とで効果に差があるのか?
さらに出力を上げた瞬間、目の前が暗くなった気がした。それだけではない。視界がぐるぐると回り出す。息苦しさから呼吸は乱れ、さらに猛烈な耳鳴りと頭痛が襲う。
魔法を多用すると起こる体調不良が早くも来た。だが、治癒を止める訳には行かない。
鼻の下に、滴りを感じて触れると血だった。鼻血まで出だしたようだ。
漫画や映画なんかでよく見る演出に、超能力や魔法を多用すると鼻血を出すと言うものがある。まさに今自分の身に起こってわかったことだが、あながちいい加減な演出でもなさそうだ。
動悸が速く、血圧の上昇を感じる。その高血圧により、粘膜の弱い鼻腔内から出血。可能性としてはそんなことが考えられるが、"防御"により強化された中で出血するというのは、ただ事ではないだろう。
無茶なことをしている。無謀もいいところだが、それでもやる価値がある。
治療は終了。イメージしていた効果とは程遠いが、一命をとりとめたロランを、アストリアが抱き締め泣き咽ぶ。
「あぁ、うあぁ、ロラン、ロラン!」
感動ものの場面なのかも知れないが、そんなことどうでもいいくらい意識が混濁して行く。
深緑の苔に血が滴り、赤く染まった苔が珊瑚のようだなと思う。まるでスマホで撮った写真をスワイプしたように、そんなどうでもいい場所に意識が集中して行く。そのまま点にまでなりそうな視界を気合いで戻す。
何か話し掛けられていたようだが、何も聞こえなかった。
「大丈夫かい?」
アストリアにそんな心配をされてしまう。助けに来ておいて心配されるとか情けない。
「大丈夫です」
答えた声が、誰の声かと思うほどに、掠れてか細い。
見れば、女戦士は立ち上がり、グランの方も意識を取り戻しこちらを見ている。一様に浮かぶのは心配そうな顔。それが、ぐらぐらと揺らぎ、声もよく聞こえなくなる。
いよいよやばいが、じっとしている時間はない。
「アストリアさん、三人を連れてリーヤムの町へ引き返してください。私は心覚者なので皆さんの身辺を守りながら移動します。さあ、早く」
自分の言葉さえ不確かで、ちゃんと言えているか怪しいが、アストリアはロランを背負い、さらにグランに肩まで貸して歩き出す。女戦士の方も、全快とは程遠いが自分の足で歩いて行く。
だいぶぼんやりしている。大事なことを伝えなくては。
「悪鬼の動きを封じる為に毒を撒いています。空気中のものは風で流していますが、地面や幹には残っているので、数キロ進むまでは絶対に触れないようにしてください」
三人が神妙な面持ちで振り返り、うなずいて先を急ぐ。魔法を解けば毒は綺麗さっぱり消えるだろうが、それだとせっかく動きを封じた悪鬼たちも復活してしまうかも知れない。
アストリアたちの姿はすぐ見えなくなる。"歩いている"と言っても、それは闘気を持つ者の歩み。普通に競歩のような速度。とはいえ、私が彼らに追い付いたのはこのフィボル山に入って約30分後。
私の全速力に比べたら10分の1くらいのあの速度では、普通に5時間は掛かる。
さあ、グロッキーになっている場合ではない。ここからが本番だ。
敵の気配は変わらずうじゃうじゃ。走り続けて体力はへろへろ。キャパシティー越えの回復魔法で、意識も気絶寸前。それでも限界の先へ進む為、立ち上がる。理屈ではない。最早この身体を支えるものは意地だけ。
無惨な最後を遂げた戦士たちに僅かな黙祷を捧げ、走り出す。
代わり映えしない苔生した世界の先、悪鬼を発見して備前長船を投げ付ける。
運動神経人並の私にはめずらしく、一撃で急所を貫いたようで瞬殺。さっき一撃必殺した時はまぐれかと思ったが、疲労の限界で逆に無駄のない最善の動きをしているとかならば、この疲れも悪いことだけではないかも知れない。
戦士団の周囲を護衛とか簡単に言ったけれど、一方向に倒しに行くと、反対方向からだいぶ離れる。一番危険な風宝玉が発見出来ない距離になる。ロファルス量をやりくりし、さらに心のレベルを上げて索敵範囲を広げる。
レベルを上げた瞬間、僅かな変調を感じる。魔法の使い過ぎで起こっていた体調不良が和らいだ気がする。心と精神は密接な関係があり、心のレベルであの不調を抑える効果でもあるのだろうか?
細かく検証しているひまはないので、戦士団の近くへ移動。そこから魔物の気配を発見次第近いものから倒しに行く。
毒煙の範囲外に出ると、やはりかなりの数の悪鬼がいる。幸いなことは、戦士団ではなくあの窪地を目指して移動していること。正面の敵を排除すれば安全は守られる。
戦士団を追い越し、進行方向へ先回りして悪鬼を殲滅しなければならないのに、足がもつれて転倒。
ままならない。それでも、這いつくばってはいられない。
立ち上がり呼吸を整える。白く煙る息が綺麗だ。そんな自分の呼気をなん呼吸か見詰める。
落ち着け。焦るな。全力で走ろうとするから失敗する。今の体力に見合った速度でいい。それでも充分戦士団を追い越せる。8割の力で走ることを心掛け、戦士団より先に悪鬼に遭遇。目視出来る範囲に三匹。その先には10数匹の気配。
目視出来る距離ではないが、後ろには戦士団がいる。絶対に引けない戦い。この連戦を切り抜けて道を切り開く。
本調子でないなら、頭を使って戦う。低出力の魔法でも、使い方次第。ヒントはどこにだってある。例えばさっきの息とか。
「熱風」
大地を舐めるように火の魔法で熱した風を放つ。火を放ったり、風で刃を生むことに比べたら魔法とも呼べないような芸当。だが、気温の低い中で苔だらけの湿った大地を熱すれば起こる現象がある。
視界は一瞬で、吐く息のような靄に包まれた。
視界ゼロの濃霧だが、気配の読める私には、サーモグラフィーカメラの映像のように、悪鬼の姿が手足の動きの細部まで見えている。
脇を走り抜けながら手足を切断。傾いて倒れかけ、低い位置に来た首を素早く斬り飛ばす。
視界を奪われキョロキョロしている二体目の背後へ回り込むと、振り返るが遅い。両足を斬り、倒れたところでとどめ。
ニオイか音かわからないが、その一瞬の反応の遅れがあれば木の蔓を使わなくても倒せる。
魔法は、少しでも節約する。この森には大きな魔法を二連続しないと倒せない風宝玉もいるから。
あれをアシッドブレードで倒せるイメージはわかない。ガラス玉をハンマーでなら砕けても、包丁で半分には切れない。攻撃属性にも相性と言うものがある。
熱風で視界を奪いながら、悪鬼を次々と倒して行く。
大地が乾くとこの作戦は使えなくなるので、迫る悪鬼たちに向かいながらの戦い。
時間との勝負。倒すのにてこずると進撃の時間がなくなりその場で戦うことになる。
ふらふらだが、なんとかやれている。
白い世界で、悪鬼がでたらめに振るった拳をかわした一拍後、こめかみに衝撃を受け倒れる。油断もいいところ。キングアースビートル戦から何も成長していない。
間近で岩を粉砕するような音がした。でたらめに振るった拳が大地か岩を破壊し、破片を飛び散らしたのだろう。
破片には、害意などない。私の心の網を素通りする。
だが、あの時よりも防御は上がっている。くらくらするが意識は失っていない。
節約している場合ではないので、蔓付き備前長船を投げ差し暴れていた悪鬼を倒す。
じんじんと痛み、滴りを感じる。手でぬめりに触れるが出血量はわずか。
出力を抑えた回復魔法で血だけを止める。怪我の痛みくらい我慢すればいい。むしろ痛みがある方が意識がはっきりするかも知れない。
止まっていられないので、即座に駆け出し次の悪鬼を倒しに向かう。
前方から迫る悪鬼をあらかた倒すと、斜め向かいに風宝玉の気配をとらえる。
風宝玉の気配は広範囲で探っているので、距離はまだまだあり、こちらに向かっている様子もないが、最大射程があの窪地と風宝玉がいた場所と言う保証はない。
危険は完全に排除する。
8割とか言っていられないので、転けないよう気を付けながら全力疾走。爆と土の魔法力を集中。
息も鼓動も乱れる。苦しい。学校のマラソン大会を思い出す。こんな遠くまで来ても、苦しみながら走っていることに苦笑いが漏れる。
空中にキラキラとほのかな光をまとい浮く風宝玉の群れは六匹。こいつらは必ず六匹で行動するのだろうか?
視界に入った瞬間、風弾が飛んで来るが効かないのでそのまま爆走。他の攻撃をして来る様子もなく、同じ方法で倒すが石柱を一本はずしてしまう。
やりそこねた一匹は地面に落下。傾斜があったのでゴロゴロと転がって行く。
どんぐりが転がるあの歌が頭に流れる。追うべきか追わざるべきか、それが問題だ。などとシェークスピアの台詞みたいなことまで頭に浮かぶ。
疲労で思考回路もだいぶやられている気がする。
追うと戦士団からかなり離れるので引き返す。
すると、戦士団の先、対角線上にも風宝玉の群れの気配を発見。
冷や汗が頬を伝う。
護衛開始から、まだ20分も経っていない。これは、私が想像していたより遥かに過酷なデスマーチになりそうだ。
何時間経っただろうか?
戦士団は、後どれくらいでリーヤムの町に着くのだろう?
意識も感覚も朧気で、白昼夢の最中のように曖昧。
失いそうな意識を何度も何度も拾い上げている。
真っ直ぐ走ることも困難だけれど、悪鬼に駆け寄り先端だけが深緑に染まる備前長船を突き刺す。これも魔法の節約。斬るのでなければ、刃全体に溶の魔法を張り付ける必要はない。
何匹も何匹も倒した中で学習した。悪鬼には心臓に相当する急所がある。胸の中心、背骨に近いくらいの奥、そこを一突きすれば倒せる。
最小の動きで倒したが、疲労のピークは遥か昔に越えている。悪鬼が消えたことで前のめりにたたらを踏み、そのまま手も付けずに顔面から倒れてしまう。
防御があるから痛みはないが、身体が大地に張り付いたかのように動かない。
胃がキリキリと痛み、吐き気がこみ上げ、惨劇の現場でも吐かなかったものが口からあふれる。
胃酸のニオイにさらに吐き気がこみ上げるが、もう何も出ない。
自らの吐瀉物にまみれ、私はいったい何をしているのか?
こんなに頑張る程、私は人助けがしたい人間なのか? 自分がわからない。
本当に疲れた。何もかも投げ出し眠ってしまえたら、どんなに楽だろう?
気を抜けば、秒で意識を失える自信がある。
濃くて深い緑に染まる視界に、光が射し出す。
何が起きた?
見渡す限り、無数の光がいくつもの線として降り注ぎ、美し過ぎる世界が広がる。
ああ、真上に太陽が来ているのだ。100メートル上まで枝葉が覆い、薄暗い光しか注がない森に、真っ直ぐ光が降りて来た。
私が撒いた靄も幻想的な光景に拍車を掛ける。
ドーム球場くらいの高さの空洞がどこまでも続くフィボル山の森。そこに注ぐ光は、まるで荘厳な神殿を支える柱のよう。
いつ神が降臨してもおかしくない神秘的な光景。
泣きそうになる。ただの自然現象だとはわかっていても、"頑張れ"と"挫けるな"と励まされているような気がして。
後、少しでいい。後、少しでいいから、力を。
ずりずりと、ミミズのように地面を這う。
「ロファルス・エンテリア」
心のレベルを上げて体調が少し回復したことを思い出し、ここまで倒して来た魔物のロファルスでさらにもう1レベル上げる。
朦朧としていた意識が少し晴れ、手足の感覚が戻る。ふらふらなのは変わらないが、ゆっくりと立ち上がり、悪鬼の気配へ向かって駆け出す。
一匹、二匹と倒していると、風宝玉の群れの気配も確認。
大爆発を、後何発放てるだろうか? 否、何発ではなく、後一発放てるかすら危うい。
力が尽きているなら、頭を使う。
戦士団の周りに敵はいない。ゆっくりと軽いフットワークで風宝玉の群れに向かい、飛んで来る風弾は効かないので無視。
必ず六匹で行動するいやらしい魔物。
群れと巨木の位置を冷静に確認。風弾のタイミングを計り、巨木に次々当てさせる。"風"のイメージには程遠い動きの遅さで、果たして"倒木"をかわせるのか?
メキメキと軋みに合わせて位置を替え、轟音を響かせ倒れ出す巨木を背に風宝玉が私に風弾を放つ位置取り。
かなりの数倒して来たが、こいつらが何を基準に攻撃して来ているかがわからない。目かカメラに相当する器官か機関があの宝玉の中にあるのかないのか? それすらわからない。
だが、ひとつ確かなことは、背後から倒れる倒木には無反応。
「大岩」
木の丸みに合わせた岩を地面からせり上げる。
大地と言う材料があるので、大爆発に比べたら微々たる魔法。
その大岩を砕く程の倒木に巻き込まれ、間に挟まれた風宝玉の群れは全滅。
重い足を引きずり、次の気配に向かって駆け出すが、敵の動きがおかしい。
進行方向を急に反転して戻って行く。
私や戦士団がいる方向でもない。
何かと思った時、麓の方が明るいことに気付く。
もう木々の隙間からは光は注いでいない。
ゆっくりと、ゆっくりと緩やかな傾斜を下って行く。
重かった足も、今だけは少し軽くなった気がする。走る必要などないのに、自然と駆け出してしまう。
巨木の森の先、輝くように眩しい大地が広がる。
細く長い葉が直立する草原に到着した。
喜びに叫びを上げたいくらいだけど、そんな体力も残っていないくらい空っけつ。
無様な様は見せられないので、泥や汗を水の魔法で洗い流し、戦士団が出て来る位置へ移動。もう一歩も歩ける気がしない。
なんでもないってフリで、笑顔で彼らを迎えよう。私は森を監視しているとかなんとか言って、先にリーヤムの町に行かせて、倒れるならその後だ。
戦士団の気配が、もうそこまで迫る。
洗い流したばかりの汗が吹き出し、額から流れて行く。かなりやばい体調だ。
後少し。後少しの辛坊で、眠れる。
アストリアの青い鎧が日射しを照り返す。
気配ではない、戦士団の無事な姿を見て安堵の想いが込み上げるが、ごうごうと風の音がうるさくて彼らの声が聞こえない。
ふと、違和感に気付く。
周りに生える細葉の草は、ゆらゆらと僅かにしかゆれていない。
嗚呼、台風のような轟音は、私の頭の中だけで響いているらしい。緊張の糸が切れ、私を支えるものが何もなくなった。
アストリアが、背中のロランを下ろし、肩を貸すグランを置き去りにして駆けて来る。
その顔に浮かぶ表情は、再開を喜ぶような笑顔ではない。不安そうな、心配そうな、必死な形相で駆け寄り、倒れる私を支えた。
目の前で何か叫んでいるが何も聞こえない。表情も、突然真夜中になったのではないかと言うくらい暗くなり、真っ黒なフィルム越しに見るような鈍い太陽の光を最後に、何も見えなくなる。
締まらないな。完璧には程遠い救出劇。
今はもう何も考えられない。ただただ休みたい。




