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二十六章 騎士長




 頭の中に地図を広げる。


 馬車の停留所ならどこにでも世界地図があり、何度も目にした。思い浮かべることは難しくない。


 ファーザード共和国は、ラングスター王国の北に位置する国。


 それくらいしか知らない。とはいえ、なぜラングスター王国でもネルダーハ首長国でもない国の騎士がこのラナーシャで、しかもネルダーハの事件を捜査している?


「何者かはわかりましたが、なぜファーザードの方がネルダーハ国内のことを調べているのですか?」


 この世界の常識がわからないので、国境の垣根などなく何かがあれば調べるものなのかも知れないが、それでも一国一国がかなり広いこの世界にあって、ひとつの国を飛び越えてと言うのは違和感がある。


 イリスの表情は変わらない。


「もっともな疑問だが、国家機密に関わることなので詳しくは回答出来ない。答えられる範囲で述べれば、ネルダーハのことだけを調べている訳ではない。ここ2~3週間の間、世界各地で天使、悪魔、移動型の魔物の目撃情報や戦闘が相次いでいる。ネルダーハにおいても、これらの大規模戦闘があったのではと調査しているのだ。今、世界で何かが起きている。世界平和の為、協力しては頂けないか?」


 心当たりのあることばかりである。私がこの世界に来て、今日で丁度3週間。夢で見たことが現実のことなら、悪魔が3週間前から各地で“エリオット・ティセル”なるものを探しているのだろう。


 世界平和の為とか言われたら無下には出来ない。


「わかりました。私に協力出来る範囲で協力させてください」


 イリスは、突然バシッと私の手を握る。


「感謝する」


 ただの握手がすでに暑苦しい。赤い瞳の目力も凄いし。


 この人のペースだと話が進まない気がするので、こちらから話を進める。


「先程のご質問ですけど、アセラでは防壁が焼け崩れたのを見ました。後は遠くにキノコ雲が出来ているのも。それだけなので何があったかはわかりません。ファイラスタでは、レファレテレ大森林の北西側に巨大な白い何かが飛び交うのを防壁の上から見ましたが、雪もだいぶ降っていて視界が悪かったので、街からでは何かまではわかりませんでした」


 無下にはしない。だが、洗いざらい真実を語る気はない。今日初めて会った彼女のことを、どこぞの国の騎士だという理由だけで信用することなどありはしない。


 イリスはしばし考える。


 真実は語らなかったが、嘘でもない。今話したことは全てカトレアさんから聞いたこと。つまり、当事者ではない大多数の人々が感じたことの全て。


「なるほど。小生がアセラやファイラスタで聞いたことと同じだ。他に特質すべき事柄は?」


 何を聞き出したいか知らないが「何も」とだけ答える。


 私を真っ直ぐ見る目力が強いが、ミキの目力の方が何倍も覇気があるので、この程度の眼力を真っ直ぐ見詰め返すことなどわけない。


 しばしの見詰め合いの後、イリスが口を開く。


「ファイラスタとウルガゼラを結ぶ街道に、ナハタナと言う宿場町がある」


 はい? なんの話だ? ウルガゼラは街の名前か?


 黙って聞く私にイリスは続ける。


「その町で先日結婚式があった。父と暮らす新郎の元へ、奉公先から母が駆け付けた。母の名はオリビア。アセラへ向かう街道で火鳥イル・フィーアに襲われ、死を覚悟したと言う」


 ちょっと待て、それは、あの服を貸してくれたおばさんの話か!?


 私の動揺に気付いているのかいないのか、イリスは話を続ける。


「だが、遥か遠きファディアから“旅する泉”で飛ばされて来たと言う少女が火鳥イル・フィーアを倒し、九死に一生を得たそうだ。オリビアから、もしその少女に会うことがあったら、“本当に感謝している”と伝えて欲しいと頼まれたが、貴殿のことではなかったか」


 なかなかの食わせ者だ。私に気付いたあの瞬間から、私が何者か確信していたのだろう。それこそ、私の人柄さえも。この流れで、私が名乗り出ない訳がないと言う追い込み方だ。


「私です。おばさんには同じことを散々言われました」


 驚く芝居さえしないイリスは、ただひとつうなずくだけ。


「貴殿に聞きたいのは、火鳥イル・フィーアをどう倒したかと言うことだ」


 知りたいのはそこ?


 まだ、イリスの目的がわからない。火鳥イル・フィーアの“イ”の字も出していなかったから、おそらくこれが本命の問いだとは思うが、そんなことを聞いて何を知りたいのだろう?


「普通に」


 真意を探る意味も込めて、それだけの答え。


火鳥イル・フィーアの自爆には巻き込まれなかったと言うことか?」


 ん? 間髪入れず飛んで来た問いに、さらなる疑問符が浮かぶ。


 あのおばさんに話を聞いているのなら、私が自爆の炎で衣服を失ったことなど知っているだろうに、なぜそれを確認する?


 ただの情報の擦り合わせとは思えないが、相手がすでに知っていることで嘘を付いても仕方がないので正直に話す。


「自爆には巻き込まれました」


 イリスは、しばし考え込んでから口を開く。


「能力に関する踏み込んだ質問をする非礼を先に詫びたい。申し訳ない」


 突然そんなことを言い、身体を90℃近くまで曲げて頭を下げた。


 今まで黙って私たちのやり取りを聞いていたカトレアさんも、非難の声を上げる。


「え~! レイちゃん、そんなことにまで答える必要ないよ」


 二人のこの反応はなんなのだろう? この世界の常識を知らないので、能力を聞くことがどれだけ失礼なのかわからない。


 ってかカトレアさんに“どれくらい速く走れるか?”と言う間接的に速度のレベルを問うようなことを過去にしているんですけど、あれも実は超失礼な問いだったのか?


 カトレアさんの反応に、イリスはやや慌てながら言う。


「いや、聞きたいことはただひとつだけだ。自爆の炎を“防いで浴びなかった”のか“浴びて防いだ”のか。これだけを聞きたい」


 イリスの知りたいことが何なのかはっきりとわかった。“トロワのマーキング”の有無だ。


 私の服が灰になったことはおばさんから聞いて知っていても、どの炎で灰になり、どの炎を防いだかはわからないから確認している。


 しかし、それはそのままあのトロワとの接点でしかなく、その危険極まりない接点をなぜ調べる?

 火を防ぐ術がないから衣服を灰にされたことはわかっていて、確信を得る為の確認。嘘を付く意味はない。


「浴びました。だから衣服を灰にされたんです」


 私のその言葉にひとつうなずくイリス。


「如何なる手段で炎に耐えたかは、能力に踏み込む問いなので聞かない。代わりに聞いて欲しい話がある。先程国家機密故に話せなかったことなのだが、我がファーザード共和国で英雄とさえ呼ばれるロイド騎士長が殺された」


 カトレアさんが口に運び掛けたソーセージを落とす。見れば驚愕の表情を浮かべている。


「あのロイド騎士長が!?」


 隣国の一市民にまで知れ渡る名声が如何程かわからないが、有名人であることは確かなようだ。


 小さくうなずくイリス。


「うむ。ロイド騎士長は殺害される数日前、火鳥イル・フィーアを討伐し、自爆の炎を浴びていた。古来よりの言い伝えなのだが、火鳥イル・フィーアを倒した者の所には悪魔が現れると言う。もし火鳥イル・フィーアがただの移動型の魔物ではなく、悪魔の操る魔法生物であったならば、自爆の炎により自分にだけわかる印を付けることも不可能ではない」


 それはもう、トロワがファーザードの騎士長を殺したと言う話ではないか。それを聞かされて、私はどんな反応をすればいい?


 カトレアさんも同じことに気付いたようで、動揺を悟られない為に無反応を決め込む。


 私たちの無言をどうとらえたのか、イリスは話を続ける。


「ここからが本題だ。小生はロイド騎士長を殺害した者を探している。貴殿が火鳥イル・フィーアを倒しているのならば、その者が貴殿の元に現れる確率は高い。貴殿の旅に同行してもいいだろうか?」


 これは困った。そのファーザードの英雄さんの仇ならば、とうの昔に天使の少女に殺されている。しかし、そのことを話していいかどうかはまた別の話。


 私はまだイリスのことを1ミリも信用していない。


「構いませんけど、もし悪魔が現れた場合、全員死にますよ。イリスさんはなんの為に死出の旅に同行するんですか?」


 イリスは揺るがない力強さで私を見詰めている。


「悪魔と戦ったことはないが、ロイド騎士長が殺されたのは何か卑劣な策に嵌められたからかも知れない。小生に勝機がないとは思えない」


 トロワやクロエの規格外の強さを目の当たりにした身としては、キングアースビートルも倒せず壊滅する国の一軍の戦力などチリ程の評価。なので、イリスの強気の根拠はかなり謎だ。


 “悪魔と戦ったことがある”などとは説明出来ないので、同行を許可し、間近でイリスの目的を探ることにする。


 とりあえず、今日はこのラナーシャに泊まるので宿屋の客室に入った。


 部屋に入った瞬間から香るのは、ストロベリーみたいなラナーシャの花の香り。


 入口やテーブルなどの花瓶に大量の花が生けられていて、宿屋も花の都だなと感動。


 カトレアさんとは相変わらずの相部屋。イリスは隣の部屋に泊まっている。


 私はメモ帳を取り出し、さらさらと文章を書きカトレアさんに見せる。


『カトレアさん、イリスさんのことで当たり障りのない会話をしてください』


 怪訝な顔をされるかと思ったら、カトレアさんは何か新しい遊びに誘われた子供のようにわくわく感あふれる嬉しそうな表情。


「あのロイド騎士長が殺されたなんて驚いちゃったわ」


『ありがとうございます』


 カトレアさんの対応に対する反応を書く傍ら、カトレアさんの言葉にも答える。


「そんなに有名な方なんですか?」


 カトレアさんも私のメモ帳に字を書き入れる。


『これはなになに?』


「移動型の魔物とかが出た時、近隣諸国の精鋭が討伐隊として集められるんだけど、ロイド騎士長はいつもその隊長に任命されるような生きた伝説。あたしでも名前を知っているくらいだもの」


 カトレアさんも器用に筆談と声による二重会話をこなす。


『“音”の魔法による盗聴の可能性があるからです。核心に迫るような際どい内容は口にしないでください』


 そう。イリスが音の魔法の使い手である可能性もあるし、音の魔法を使える補助能力装備を身に着けている可能性もある。用心に越したことはない。


「そんな方が殺されるなんて、悪魔を倒せる人間なんていないんでしょうね」


 “盗聴”の文字と私とを交互に見て目をくりくりさせるカトレアさん。


『了解』


 短い返答に、本題を提示。


『私に“さっきから何書いてるの?”と聞いてください』


 うなずくカトレアさん。


「ところでレイちゃん、さっきから何書いてるの?」


 ペン先が紙の上を滑る音のカモフラージュ。


「日記です。マメに書いてるんですよ」


 さらに私の荷物をあさり、“日記帳”を盗み見ようと言う行動を取れば現行犯。


「へ~、レイちゃんは豆っ娘だね。一緒の部屋になるの初めてだから知らなかった」


 話を合わせるのはさすがだが、私たちが宿泊して来た宿屋でもイリスが聞き込みをしていた場合、嘘であると気付かれる。


「なんのボケですか? くっつき魔のカトレアさんはいつも相部屋にするじゃないですか。読まれたくないからいつも隠れて書いていたんです。でも今日はイリスさんからいろんな話を聞けて書くことが多いので、もう隠れるのはやめです」


 設定の修正の意味を察し、カトレアさんは“めんご”と言う言葉が聞こえて来そうな“てへポーズ”で苦笑い。




「日記書くのに集中したいから話しかけないでください」


 キラーワードをぶち込み、筆談に専念する環境をセッティング。


『いくつか聞きたいことがあります』


 カトレアさんはこくりとうなずくので、ペンで質問を書く。


『イリスさんの話を率直にどう思いましたか?』


 まずはこの世界の人の常識に照らし合わせてどんな印象かを確認。カトレアさん本人は変な人だけれど、世間の常識を推し量る能力が欠落している訳ではない。自分が変なことを自覚している変態なので。


『悪魔に勝つ気でいるのは自信過剰だと思うけど、普通だと思う。若くして特務騎士になるような子だから、才能に恵まれた実力者なんだろうし、自信過剰になるのは無理はない気がする。逆に不思議なのは、レイちゃんがどうしてそこまで警戒するのかかな』


 書き終えたカトレアさんは首を傾げて私を見る。


 なぜ警戒するか? か……。ミキではないので、ただの勘で疑っている訳ではない。


『“私たちが何者か聞かないから”警戒しているんです』


 目をぱちくりしたカトレアさんは、さらさらと筆を走らせる。


『それでどうして警戒するの?』


 この世界の常識はわからないが、自らの身分を明かしたのなら、相手の身分を訪ねるのが普通だろう。


 何せ“怪しい人物”な私は、それを警戒して胃が痛くなったくらいなのだから。


 なのに、イリスは私たちの出自を一切聞かなかった。


 特に、おばさんから聞いたとイリス本人が言っていたように、“旅する泉”などと言う一般人はほとんど知らないような伝説級の怪しい泉で、ファディアから瞬間移動して来たなどとのたまう怪しいことこの上ない私のことを聞かないとか、あり得ない。


 私がイリスの立場だったなら、こいつこそ悪魔ではないのか? と、いの一番に疑う。


 あれほど頭の回る人物が、そんなことを失念する訳がない。考えられるのは“あえて”聞かなかったと言うこと。


 その理由として考えられるのは、“私が素性の知れない怪しい人物”であることをすでに知っているから。そう、例えば“異世界から来た人物”であることすでに承知している可能性。


 そこまでわかっていれば、素性の怪しい人間の身の上を根掘り葉掘り聞いた場合、逃げ出す可能性をまず想定するだろう。


 イリスには私と行動を共にしたい理由があり、逃げられる訳には行かない。むしろ友好的な関係を築きたいのだろう。そうなると必然的に、身の上を問うことが出来なくなる。


 これが、予想出来るイリスが私たちの出自を聞かなかった理由。


 もう一歩踏み込んだ予想としては、イリスこそが“悪魔”だから、私が悪魔でないことを知っている。とも考えられる。


 さて、私が如何に怪しい人物か説明せず、カトレアさんにどうイリスを警戒する理由を説明しようか?


 あれこれ考えて説明過多になるより、カトレアさんの理解力任せの丸投げの方が信憑性が出るだろう。


『私がイリスの立場なら、まず始めに私が悪魔でないかどうかを疑う。私が悪魔でないことを知っているのなら、イリスこそが悪魔の可能性がある』


 予想通り、深読みしてくれたカトレアさんは、神妙な顔でうなずく。


『明日、取り繕うように私たちの出自を聞いて来たら逆に怪しいです』


 私は、この筆談がイリスに露見していない可能性すらあまり想定はしていない。魔法と言う力の汎用性を侮ってなどいない。隣の部屋にいるイリスが、この場にいるかのように見聞きする魔法があったって不思議ではない。故に、あなたが知っていたらおかしい“内緒話ですよ”と言う体裁の為だけにやっている。


 なので、このやり取りを見て私たちの出自を聞くと言う選択肢を先に潰しておく。


 一番は、イリスの言葉にひとつとして嘘はなく、今頃明日の旅の支度をしているだけで、このカトレアさんとのやり取りの全てが無意味なことであるが。さて、イリスは一体何者か?






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