二十四章 現実夢
シャンシャンと鈴の音を響かす馬車は、ゆらゆらと散る雪の中を疾走する。
ホロがしっかりと閉まっている訳でもないので、雪混じりの冷たい空気が物凄い勢いで吹き込む。だが、氷の魔法を使えるようになった影響か? 冷気耐性が付いたようでまったく寒くない。
馬車の外の御者さんはさすがに防寒着を着ているが、カトレアさんは薄着で寒そうだったので、空気の層を装着して置いた。
閑散と並ぶ木々と、高い位置に伸びる細い枝。ここはレファレテレ大森林。
後方から雪崩のような雪をまとい迫る氷連塊を、爆の魔法の乱射で粉砕。カトレアさんや御者のお姉さんが拍手で賛辞。
もはや照れもしない。なにせ数十回目。ネタのようなルーティンと化している。
定期運行の馬車が雪で動かないので、徒歩で次の街に行こうかと思ったけれど、カトレアさんがどれくらいのスピードで走れるかわからず聞いたら、走ってくれる馬車を見付けると言った。
氷連塊を警戒してなかなか走ってくれる馬車は見付からなかったが、そんななか女は度胸と引き受けてくれた御者さんと現在走行中。
車内には私とカトレアさんのみ。他の乗客は氷連塊を恐れ乗車していない。なのに、私たちをタダで乗せていたりする。
一文の得にもならないのに何故か聞いたら、乗客の運賃で収益を得ている訳ではないのだと説明してくれた。
定期運行の乗り合い馬車はそもそも国営で、運行実績が収入となるので、足止めされるのが一番痛いらしい。
「女の子の二人旅なんてめずらしいね」
御者さんの言葉に、カトレアさんはもじもじと照れながら言う。
「かけ落ち中なの。ぽっ」
“ぽっ”とか口で言う人初めて見たんですけど。
狂喜乱舞する御者さんに、冷たく「嘘です」と言っておく。
カトレアさんの“おふざけ”を除けば旅は快調。
誰かを背負っていなければ、氷連塊など敵ではない。
その誰かさんは今頃何をしているのだろう?
何も言わずに消えるとか意外と薄情者だ。
トロワとクロエの抹殺が目的とか言っていたが、案外まだ私をストーキングしている可能性もゼロではない。私が“エリオット・ティセル”を知っていて、悪魔に狙われていることを勘付いているかも知れない。
あの少女に尾行されていたとしても、私の心の能力では気付きようもない。
白く代わり映えのない視界を眺めながら、私と同じことを考えていたのか、カトレアさんがぽつりと言う。
「あの子、今頃どうしているのかしら? 身体、大丈夫だといいけれど」
瞬間移動魔法の名手故に、何の疑いもなく気が付いた少女が“瞬間移動魔法で立ち去った”と思い込んでいたが、別の可能性もある。
「もしかしたら、天使の仲間が連れ帰ったのかも知れません」
それだと、あの律儀で気遣い屋の少女が無言で消え去った説明が付く。
「そう言えば、部屋が寒かったわ」
寒かった?
「窓が開いていたんですか?」
ふるふると首を振る。
「窓は閉まってたけど、外の空気が入ったみたいに寒かったの。あの子が窓から出て行ったのかと思っていたけど、そうよね。瞬間移動魔法が使えるのにわざわざ窓から出て行くのは変よね」
なるほど。そんなことが。話はよく聞いてみるものだ。だとすると、迎えに来たのは瞬間移動魔法の使い手ではなく、飛行魔法の使い手だったのかも知れない。
けれど気になるのは、仲間がいたのなら、なぜ少女は単独行動をしていたのかと言うこと。仲間が瞬間移動魔法を使えなかったとしても、あの少女の瞬間移動魔法なら、一瞬で仲間と合流出来たはず。
当事者抜きであれこれ考えたところで、答えなど出ない話。つまり、全ては想像の域を出ない。
想像には限界がないけれど、レファレテレ大森林には終わりがある。
森を抜けると、平地の先に宿場町サイズの防壁が見えた。
幸いなことは、クロエと戦った場所がルートからだいぶそれていたようで、戦いの痕跡には出くわさなかったこと。
あんな地形が変わってしまった場所、何があったか詳しく説明したら心配されそうだし、しらばっくれてもそれはそれで事件になりかねない。
アセラと同じ茶色の防壁だと思うが、叩き付ける雪が張り付き、所々風の形のように白い模様を描いている。
この地域は、単純に風が強いのかも知れない。あのレファレテレの木々にしたって、風の影響を受けないように出来るだけ細くなっていったようにも思う。
いくらロファルスで強化された丈夫な木でも、地球の常識を超えるような強風が吹く世界かも知れない。そうなれば、如何に丈夫な木でも折れると言うことはあり得る。
そんなことを考えている間に景色は流れ、次なる宿場町の門を潜る。
透き通る空から、冴え冴えとした空気が落ちる。
錆び掛けた門扉を北風がゆらし、ギギィーと軋んだ音を響かせた。
ここは我が家の庭先。
納屋の隣には年期の入った軽トラック。
後ろを見れば古びた家。
庭と境のない花壇には、雑草と区別なくパンジーやビオラが咲いている。
見上げれば、白く霞むような残月が青いキャンバスに浮かぶ。ぼんやりとそんな空を眺めていると、待ち人が到着。
初冬であることを忘れたような薄着のミキは、ブラ紐が丸見えのタンクトップに短パン。長髪をポニーテールにまとめ、片手に持ったシェイクをちゅうちゅう吸っている。
どんだけ暑がりなのだろう?
私は寒がりなので普通にダッフルコートとか着ている。
「アホは遅刻か?」
その第一声はどうなのだろう?
一般的な女子高生の待ち合わせ場所到着第一声は、可愛く「お待たせ」とかではないのか? ミキに“可愛さ”までは求めないが、せめて“常識的”な台詞のチョイスをして欲しい。
「“アホ”とは誰のことですの?」
続いて現れたのは、真っ白な毛皮のコートを着たサヤ。こいつもこいつで、コートの前は閉じず、胸の谷間が見えるような薄着とミニスカート。
「動物虐待コートを着ているやつに決まっているだろう?」
サヤは頬をぷく~っと膨らませる。
「失礼なこと言わないでくださる? 生きとし生けるもの全てを愛するわたくしが、本物の毛皮なんて着る訳ないじゃありませんの。フェイクファーですわ」
コクコクとうなずくミキ。
「なるほどなるほど。つまり好き過ぎてお前も動物になりたくなったんだな」
「もう! ああ言えばこう言う!」
そんな調子で“口論”と言う名のじゃれ合いを始める二人。
私はシュピッと肘を45℃に曲げ、目線くらいの高さの挙手をし言う。
「ひとつ、言いたいことがある。そんな生産性のない口論は、せめて目的地に向かいながらにしてもらえる?」
私の本気が伝わったようで、二人は若干ひきつりながらうなずいた。
すでに現地集合にすればよかったと後悔し始めているが、現地集合にしたら現地集合にしたで、道中なにをしでかしながら来るかわからない二人なので、やはり監視するしかないのかとため息が出る。
大通りに出て、バス停でバスを待って乗り込む。
「バスに乗るのなんて何年ぶりかしら?」
サヤの言葉にミキが鼻で笑う。
「フッ、この前乗った時も同じこと言ってただろう。記憶喪失にでもなったか?」
またプリプリするサヤ。
「もう! 比喩的表現じゃありませんの!」
この二人はいつもこんな調子だ。
けれど、下りる時には子供連れのお母さんのベビーカーを一緒に下ろしたりと、そういうところは息の合っている似た者同士でもある。
「おっ! ケーキ屋だ。土産にケーキを買って行こう」
バスを下り、数メートルで発したミキの言葉に絶句。
「名案ですわね」
サヤの相づちに、こいつらの“ウケを狙った寒いボケ”を疑うが、ミキはすたすたとケーキ屋に入ってしまう。
今日のこの集まりは、胃腸炎が悪化し入院したカナのお見舞い。大事なことなのでもう一度言うが、胃腸炎が悪化したカナのお見舞いである。
急いで異常者二人の後を追い、お店の中なので小言で問う。
「何を言っているの? 正気?」
ミキは意味不明のドヤ顔を浮かべるだけで何も答えない。
甘くフルーティーな香りが満たす店内には、ショーケースに収められた彩り鮮やかなケーキが並ぶ。
左端にはプリンやティラミスなど、カップに入ったスイーツ。右端には、色とりどりのマカロンが十数種類。その間の大部分に、一種類ごと縦一例に綺麗に並んだケーキが飾られている。
妹や弟のバースデーケーキはいつもこの店で買っているので、美味しいのは知っているけれど、胃腸炎のお見舞いには向かない。
サヤは小首を傾げて唸る。
「う~ん。こんなに素敵なケーキがあると悩んでしまいますわね。カナはどんなケーキが好きかしら?」
ミキは相変わらずの不敵な笑みのまま、両手を広げ、ショーケースのケーキとマカロンの間を右手で指し「ここから」続いて左手でケーキとプリンエリアの境目を指し「ここまでを全種類」とかぬかした。
嗚呼、人目も憚らずどつき倒したい。
「あら、名案ですわね」
サヤはにこにこそんなことを言う。お前がさっきから言っているのは“迷案”だがな。
私は絶対零度の声音で言う。
「カナは胃腸炎で入院しているのよ? 消化の悪いものを差し入れる気なら怒るけど、いつもの“おふざけ”よね?」
二人が“おふざけ”であると認めたので、プリンを買い店を後にする。
ケーキ屋を出てすぐ、サヤが隣の花屋に気付く。
「お見舞いと言えば花束ですわよね」
病院の名前が付いたバス停から病院までの僅かな距離にケーキ屋と花屋が並んでいるのは、偶然ではないだろう。
意気揚々とお花屋さんに入ったサヤは、開口一番に言う。
「このお店のお花全部頂けます?」
真正の馬鹿がいる。頭痛がして来た。
バンッ! と効果音でも付きそうな勢いでブラックカードを突き出し続ける。
「支払いはこれでお願い致しますわ」
店員さんは苦笑を浮かべながら、「申し訳ありません。カードは使えないんです」と答え、微妙な空気が流れる中、私は目頭を押さえ、深いため息を吐いた。
とりあえず、バケットにアレンジメントされた手頃な花束を購入して花屋を後にする。
白く染まり、清潔な匂いが満たす病院内。
時折整理券の番号を読み上げるアナウンスが響く。
受け付けで病室を聞き、エレベーターで移動。
カナの病室は大部屋で、ひとりひとりのベッドがカーテンで仕切られており、そこの一番奥の窓際のベッドにいた。
やつれているのではと心配したが、退屈そうに窓の外を見ているだけで、いつものカナだ。
私たちに気付くと、太陽のように明るい笑顔を浮かべる。
「わあわあ、来てくれたんだ。嬉しい」
思ったことがそのまま口から出て来るカナ。
私はこくりとうなずき、ミキは「おう」とか言う。
「もちろんですわ。わたくしたち親友ですもの。地の果てからでも参りますわ」
サヤらしい大仰な挨拶。
プリンにも花束にも大喜びのカナ。来た甲斐があった。
もうひとつプレゼントがあるので、肩に掛けていたトートバッグから紙の束を取り出す。
「短編小説集だから、退屈した時にでも読んで」
カナの瞳がキラキラと輝く。
「きゃわあぁ、レイが書いたの? すごくすごく嬉しい。大事に読むね」
うなずく私の後ろ、サヤが拗ね出す。
「レイったらずるいですわ。手作りプレゼント贈るのなら、わたくしたちも何か用意しましたのに。ねぇミキ」
めずらしくミキを巻き込む。
ミキは何か考えがあるのか、僅かな思考の後にニヤリと笑う。
「だな。プリンも花もそこで買って来ただけだから、“自分で書いた小説”には負ける。悔しいなぁ~」
台詞と表情が合っておらず、ちっとも悔しそうではない。
「えっ? えっ? 全部嬉しいよ」
カナの言葉にも、「いやいや負ける」の一点張り。
そこでカナが、何か思い付いたようにパンッと手を叩く。
「そうだ。じゃあ、お願いしていい? 歌が聴きたい。絵が見たい」
その“おねだり”の意味に気付くと、サヤは「えぇ、お安い御用ですわ」と答え、すくっと立ち上がるとアカペラで流行りの歌を唄い出す。
カナから“狙い”の言葉を引き出したミキは、何食わぬ顔で私のトートバッグをあさり、紙とボールペンを取り出すとさらさらと絵を描き出す。
幸福を折り重ねたような時間。
サヤの唄い終わりに、われんばかりの拍手が巻き起こる。ひとりは目の前のカナだが、それ以外は他のベッドから。
聴衆の心を鷲掴みにするカリスマボイス。
そして僅か数分で、ベッドのカナとその脇に座る私。歌を唄うサヤの姿を描いてみせるミキ。
ボールペン1本で描いたとは思えない写実的な絵。
それを受け取ったカナは一瞬笑顔を浮かべたが、その顔をすぐ曇らせミキに返す。
「ひとり足りないよ」
そう言ってふんわり笑うカナに苦笑を返したミキは、その絵に自分の姿を描き出す。
サヤの方を向いて、「アンコール」とかにぱにぱ笑顔で言うカナ。
なんの計算もなく、素で周りを幸せにする。それこそ、全てを見透かすミキの思惑さえ越えて。それがカナの凄さ。
サヤの二曲目が終わると、再びわき起こった拍手に混じり、看護師さんの注意が響く。
「病室ではお静かに」
その声音には、怒っているような雰囲気はない。
曲終わりに注意したと言うことは、看護師さんもきっとサヤの歌声に聴き惚れていたのだろう。
自分の姿を鏡も見ず完璧に描き込んだ絵も完成。今度こそ満面の笑みでそれを眺めるカナ。
元気そうな姿も存分に見れたので、別れの挨拶をして病室を後に。
大部屋から出ると、目の前に少女がいた。あの夢で見たエメラルドアイの少女が。
その緑の瞳からぽろぽろ涙をこぼし、ズビズビ鼻をすすっている。
私は今、カナの見舞いなどしていない。これは異世界で見ている夢だ。その夢の中、なぜこの少女がいるのだ?
「みんな素敵で優しい良い子だね。あたし感動したよ」
そんなことを、泣き笑いの笑顔で言う。
「あなたは誰?」
素朴な疑問を問いかけると、少女は目をぱちくり。
「あれ? まだ会ってなかったっけ? じゃあ改めて自己紹介。ルーンですっ!」
シュビッと二本指を額に添え、キメポーズのようにそう言った。
なんなんだこの子は? ペースが狂う。
「そう言うことじゃなく、何者なの?」
ルーンの表情は、むにむにと微妙な動きをして、首は斜めになって傾げる。
「何者? 何者なんだろ~?」
自分が何者かもわからないのかこの子は?
「誰ですのこの子? レイのこと知っているみたいですけれど」
サヤも隣で首を傾げている。
この状況で夢が普通に続いていることにも驚く。
「その内わかるんじゃないか?」
ミキはそんなことをぶっきらぼうに言い、ニヤリと笑う。
その内って、相手が目の前にいるのに、何を言っているんだ。それではまるで……。
気付いたことにハッとする。そう。“それではまるで、これが続かない”ことを知っているよう。
「二人は今、もしかして夢を見ている?」
目をぱちくりしたサヤは、ふわりと笑う。
「あら、レイっぽい台詞ですわね。さすがわたくしの夢。レイの再現度は完璧ですわね」
ミキが含むように笑う。
「くくくっ、間抜け。“夢”だが“夢”じゃない。私は今…………の街にいる。んっ? さすがに地名は伝えられないのか?」
これは、つまり、みんなも夢を見ていて、今、夢の中でみんなと繋がっている。気付くのと振り返り大部屋に飛び込んだのは同時。けれど、その中にカナのいる病室はなく、ただ暗い闇。背後から、ルーンの声だけが遠く響く。
「レイ、あなたに会える日を楽しみに待っている」
それはとても、慈しみに満ちた声だった。
開いた目には、すでに見慣れて来た宿場町の簡素な宿屋の天井。
いろいろと整理しなければならないが、ただの夢ではないと証明する方法はない。
せめてあの夢の続きが見れないかと眠ろうとすると、カトレアさんが覗き込み言う。
「レイちゃんが二度寝しようとしている~。襲っちゃうぞ~」
なんで?
寝れそうにないので、起きることにしたが、今見た夢のことが頭の中でぐるぐると回り続ける。
考えても仕方ない。“いつか会える”のなら、そこまで突き進むだけだ。




