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二十一章 八仙花




 真っ暗で何も見えない。


 真下から吹き上げる強風は、耳が痛くなるくらいゴウゴウと鳴いている。


 不確かにさまよう足は、地面をとらえない。


 何もかもわからない現状のなか、唯一しっかりしているものは、私の右手を握る手だけ。この手の支えがなければ、錐揉み回転で飛ばされるくらいの風に晒されている。


 しっかりと繋ぐ手は、私と同じくらい小さい。


 手を繋ぐ人物が、腕を絡めるように引き寄せ、耳元であたたかな吐息と共に言う。


「大丈夫ですか? 意識はありますか? 目は見えていますか?」


 気遣いに満ちた優しい声は、少女の声だ。


 その言葉の内容で、自分の身に起きていることを理解する。


 ブラックアウトだ。強力なGが掛かり、脳への血流が滞ったのだ。


 暗闇の中心に光が生まれ、そこから広がるように視界が回復。


 意識することで症状が改善されたのは、ロファルスの力か精霊の加護か? はたまた自然回復のタイミングが今だっただけか? とにかく戻った視界で隣を見れば、強風で髪が真上に逆立つ少女が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


 乾いた唇を動かし答える。


「大丈夫」


 ほっと胸を撫で下ろす少女。


 視界一面に広がるのは、飛行機の窓から眺めるような雲海。見上げれば雲ひとつない青空。


 ここは、雲の上だ。


 高度にして、現在1万メートルと言ったところだろうか?


 この世界の酸素がどの高度までどれくらいの濃度であるかわからないが、息苦しくはない。そもそも風の精霊の加護で、多少のことでは呼吸に支障を来すことはないかもしれない。


 何があったか整理する。クロエの魔法が私を呑み込む前に、少女が私を掴むか抱えるかし、高速で移動。その負荷で私はブラックアウト。その間に瞬間移動魔法でこの上空に到達したと言ったところだろうか?


「逃げ……」


「……てませんよ。ここはレファレテレ大森林の上空です。これからクロエを抹殺します」


 私の言葉を奪って、少女はそう説明した。相変わらず殺伐とした台詞であることを忘れるような美しい声。


 強風の中でも聞こえるように、私の耳に唇が触れそうなほど近付き少女はさらに言う。


「あなたは以前、命を救われた恩を返すと仰っていましたので、さっそく今日返して頂いてもよろしいですか?」


 その言葉の意味を瞬時に理解する。やはり少女ひとりの力ではクロエの命にその刃は届かないのだ。


「何をすればいい?」


 時に言葉以上にものを語る眼差し。私の目を見てその意思を感じ取り、少女は微笑む。


「まずはあれを防いで頂けませんか?」


 すっと指差す先、雲海がダイヤモンドダストと化して消え、大穴が空いてどんどん広がる。


 クロエが放ったあの冷気が雪雲を凍らせているのだ。


 あれを防げとは無茶を言うが、期待には応えたい。


 防ぐ防がない以前に、確認したいことがある。


「私はクロエに心が読まれますけど、大丈夫ですか?」


 協力するのはいいけれど、私を通して作戦が筒抜けになっては意味がない。


「心配いりません。“心視”の名の通り、見える位置でなければ心を読まれることはありませんから」


 それを聞いて安心した。


 少女の手を離し、両手を広げる。


 スカイダイビング中の風の抵抗は凄まじく、ロファルスによる闘気がなければ自由に身動きすら取れなかっただろう。


 試したい魔法がある。


 風に負けないよう、声を張り上げて少女に言う。


「もしも駄目そうだったら教えてください! 別の手段を考えるので!」


 あの冷気でも凍らないものに心当たりがある。元から凍っているもの。


 クロエがたくさん見せてくれた。氷の魔法のお手本を。今なら使えるはずだ。


 頭の中で、水のカードをブラッシュアップ。凍てつく氷のカードをイメージする。


氷球壁グラキエス・グロブス・パリエース


 大気中の水分をより集め、固めるイメージ。


 私と少女をすっぽり包み込むサイズの氷の球体を生み出す。


 空気を切る風の抵抗からも解放され、氷球の中は静かな無重力状態。


 無風になると、少女の守護香しゅごこうの甘く優しい花の香りが漂い出す。


 氷風船とかの方があっていただろうか? そんなことを考えていると、少女が目を輝かせる。


「素晴らしい。完璧です」


 及第点を頂いた。


 見た目ではわからないが、冷気が迫っていることが殺意の波によってわかる。


 その冷気の中へ落ちると、氷の壁はピキピキと僅かに軋んだが、あの一瞬で血も凍るような冷気を氷球の中へは伝えない。


 見た目は透明で一枚に見えるけれど、この氷球は二層式で、大きさが僅かに異なる二つの球体で形成されている。心配だったので一応魔法瓶構造にしてみた。


 少女は完璧と言ってくれたが、初めて使った氷の魔法なので不安もあったが大丈夫そうだ。


「次は何をすればいい?」


 少女は薄く笑う。間近で見れば見る程、美しい顔立ちだと見惚れてしまう。


「その前に、来ます」


 来る? 何が?


 疑問の答えは、殺意の海の中、突き刺すような新たな殺意と共に向かって来る。


 まるで軍事基地からの対空砲火のように、氷柱が無数に飛んで来るのが見えた。


 当たると思った次の瞬間、瞬きのような僅かな闇の後に目前の氷柱は消える。否、こちらが氷球ごと瞬間移動したのだ。


 氷柱の弾丸が迫る度、瞬きのような瞬間移動魔法で回避。かわしながら少女は剣を構える。


「氷球は傷付けないので安心してください。少し、威嚇します」


 無重力のなかを舞うように移動し、指を開いた手の人差し指と中指だけを氷球の壁に触れると、その全身が仄かな白い光に包まれる。


 その間にも、迫る氷柱の回避には余念がない。


 だいぶ落下していたが、景色が明らかに高空へと切り替わり、遥か眼下に氷柱の弾幕が過ぎ去って行くのが見える。


 そこで少女を包む闘気の光だけが氷球の外に流れ出て、輝く。


烈線れっせん周気しゅうき鳳仙花ほうせんか追連ついれん


 頭の中に響いた覇音と共に、輝きは咲き誇り、いくつもの弾丸と化してレファレテレ大森林の一点へと降り注ぐ。


 見渡す限り雪で白く染まる白銀の世界だが、私が焼き払った場所だけが一段くぼんでいて、その中心にクロエがいると思われる。闘気の弾丸は全て、そこを目指して突き進む。


 着弾まで後僅かと言う時、氷で出来た巨大ドームが出現。


 私が焼き払った範囲をすっぽり包む程の大きさ。


 ドームに闘気の弾丸が当たっていると思われるが、焼け石に水と言う表現さえ当てはまらないくらいの微々たる攻撃。


 瞬きのような闇が過ぎると、別の場所へと移動し、その位置から先程の場所が見え、“間欠斬”と同じ持続性の技らしく、闘気の弾丸が今なお放たれている。


 同じ技を、何度か移動しては放つ少女。


 まったく効いていないと思われるのに、なんの意味が?


 私のそんな思いを察したように、少女はささやく。


「道化に徹しているんです」


 ピエロ的な意味だろうか?


 次の転移で、かなりの高空に移動。


 遠くファイラスタの街とおぼしきものも見える。


「もうひとつ威嚇をしておきましょう」


 身震いする程の闘気が少女からあふれ出し、細身の剣に集まる。


「少し穴を開けるので、塞いでください。ここまでは冷気は届いていませんから、凍える心配はありません」


 凍えなくても、いきなり穴を開けるとかなんなんだこの人? 塞ぐけども。


 その瞬間響く覇音。


烈線れっせん皇気おうき天世竜咬てんぜりゅうこう!』


 氷球の一点だけを貫いた剣先から光線のような闘気が撃ち出され、遠く地表の氷ドームに直撃したと思うが、いかんせん距離があり過ぎてよくわからない。


 氷球に空いた僅かな穴を塞ぐ私に、少女は言う。


「鳳仙花追連は、256個の闘気弾を放つ技で、それを計4回……1024個の弾丸は、誤差10センチの範囲内に直撃。同じ場所に今の技も当てました。このことをあなたならどう思います?」


 なんだろうその質問は? 烈線と言うものの命中率を知らないけれど、そんなあり得ない精度のワンホールショットを1000以上出来るものではないだろうから、賞賛して欲しいと言うことだろうか?


「すごいと思う」


 氷球のなかに、軽やかな笑いが響く。


「あははっ、そう言うことではなくて、クロエはきっと“一点集中で破ろうとしている”と思うでしょうねと言うことです」


 そっちですか。


 少女はさらに続ける。


「しかし、私の攻撃力ではあれだけ一点攻撃しても10センチ削れたかどうかと言うレベル。そして、クロエのあの防御魔法は、氷の巨大な壁で包むものではなく、巨大な氷の塊。まさに氷山の一角ほども私は削れていない。あれはトロワの紅蓮爆リズフィム・ラウズファーを数十発防げる強度があります」


 あんな核爆弾並の魔法を数十防ぐとか、核シェルターもびっくりの防御魔法だ。


 そして、ワンホールショット自慢の後は自虐? この少女が何を言いたいかわからないけれど、自虐的な台詞とは対照的に嬉しそうだ。


「倒せないってこと?」


 少女は笑い声を漏らす。


「ふふふっ、普通はそう思いますよね。ここで追撃が途絶えれば、“手をこまねいて、次の一手を思案している”と思われるような状況です」


 まさか、今までの一連の攻撃はそれだけの攻撃と言うこと? 私も大概いろいろ考え、策を労して戦うが、少女がどれだけ先を見据えて戦っているのかは予想出来なかった。


 視界の端に何かが見えた瞬間、瞬きの間に移動。


 どこに移動したかわからないが、移動した瞬間にジェット機の飛行音のような轟音が鳴り響く。


 音を追うように見上げると、晴天の空に山のような氷柱が飛んでいた。あの位置がおそらくさっきまで私たちのいた場所なのだろう。


 氷のドームに視線を移せば、二発目が放たれたところ。こちらは無音で迫る。音より速いから、音が聞こえないのだ。それが届く前に再び転移。


 あり得ない戦術を駆使する少女も異常だし、スカイツリーのような氷柱をバカバカ撃って来るクロエも異常である。


「クロエの予想は当たらずとも遠からず。理由はスキを作る為ではなく、クロエを本気にさせ、あの防御魔法を使わせることですが。作戦通りに事が運んでいるので、ここからが本題です」


 氷柱ツリーなど意に介さず、少女はマイペースに説明に入る。


「ここまでくれば、すでに“詰み”の段階です。これに火の魔法を装着させることは出来ますか?」


 そう言って、鞘に納められた剣を私に差し出す。


「やってみる」


 少女から細い剣を受け取る。真っ白な鞘が美しく、実戦用と言うより、まるで儀式か何かに使う飾り剣のような彩飾がされている。


「装着は、鞘の内側と剣の表面にお願いします。火が見えないように。後は、時間を掛けて構わないので、限界まで集中してください」


 なかなか難しい注文をして来る。


 そんな私の不安を察してか、少女は私の目を真っ直ぐ見詰めて言う。


「大丈夫。あなたなら出来ます」


 そう言われると、出来そうな気がして来るから不思議だ。


 柄と鞘を手で握り締め、火の魔法を集中して装着。


 自身の魔法による熱なので、例えこの剣が数百度に達しても火傷などしないから安心だけれど、おそらく少女が求めていることはそんな単純なことではない。ただ剣を熱くして欲しいなら、火で炙ればいい。


 もっと強い火のエネルギーを剣に染み込ませて欲しいのだ。


 少女は変わらぬ軽やかな声で言う。


「あまり魔法の集中に適した環境ではありませんけど、気にせず集中してください」


 どういう意味だ?


 間近の美しい顔は微笑み、私の疑問の回答を口にする。


「私の攻撃を防ぎ切り、クロエは防御から攻撃に転じます」


 散々規格外の攻撃をされた気がするけれど、つまりそれらが牽制程度の攻撃だったと?


 見下ろす眼前に、天地を逆転して降る雪のような白が迫る。視界の果てまで埋め尽くすそれは本当に雪のようだけれど、ただの雪を逆さまに降らせただけで、こんな殺意が迫る訳がない。


「大きさは“雪”。威力はこの氷球を砕く程でしょうか? まずは小手調べと言ったところでしょうね」


 これが小手調べ? その感覚にも驚く。どう見ても瞬間移動でどこに移動しても回避出来ない範囲の攻撃。


 完全にかわす為には、ファイラスタの辺りまで移動しなければならない。


 少女は氷球に腕を伸ばし、手のひらをピタリと触れる。その瞬間に響く美しい覇音。


烈線れっせん周気しゅうき八仙花はっせんか


 膜のように白く光る闘気が氷球を包み、埋め尽くす散弾のような雪の中に落下。


 何が起きているかよくわからないが、雪の弾丸は氷球の周りを滑り、一周して打ち出される。


 目前で激しい雪の激突が展開され、1分以上にも及ぶ雪の弾幕を無傷で抜けた。


 なに今の技? 仕組みも原理もまったくわからない。


 散弾の吹雪を抜けたのも束の間、先程と同じ範囲で無数の氷柱が向かって来る。


 小柄な私達でも、十数本は突き刺さる程に氷柱同士の間隔は狭い。


 後続する氷柱はないので、少女が一瞬の瞬きでその氷柱の奥へ移動。


 しかし、すぐさま第二波の氷柱の波が押し寄せる。


 それを何度かかわすとようやく止む。


 そのタイミングで少女は笑う。


「ふふっ、私の瞬間移動の連続発動の時間を調べる為なので、今のも小手調べです」


 あのレベルの攻撃が“小手調べ”とか、本気の攻撃はどんなものが来るんだ?


 私の不安を他所に、少女の余裕の笑みは崩れない。




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