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十八章 吹雪




 ホテルの一階に行くと、カトレアさんがお上品に紅茶を飲んでいた。


「あら、レイさんごきげんよう」


 レースのクロスが掛かった丸テーブルも良い雰囲気を醸し出している。


 今日はそういうキャラで行くのか? とりあえずスルーすることに。


「雪ですね」


 紅茶を一口、こくりと飲む。栗色の髪がさらさら揺れる。


「そうなの~。よりによってこの街で雪が降るとか、カトレア困っちゃう~」


 キャラぶれがひどいな。私がつっこむまでやる気なのだろうか?


 当然ガン無視でそのことにはつっこまない。


「雪が降ると何かまずいんですか?」


 いつもの人差し指ポーズが出たので、ボケるのは諦めたっぽい。


「ん~、ラングスター方面に抜けるにはね、レファレテレ大森林ってところを通らなきゃなんだけど、そこは普段奥地に入らない限り魔物の出ない安全な森なの。でもね、雪の日だけ森の全域で出る魔物がいて、それが結構強いからレファレテレを抜ける馬車は全部運行停止。雪が止んで溶けるまで、ラングスター方面には進めないの」


 マジか!? こんなところで足止めとか困る。


「どうするレイちゃん?」


 馬車が動かないとか想定外だが、馬車が動く動かないに関係なく、やろうと思っていたことがあるのでそれをまずやる。


「仲間が立ち寄っていないか聞き込みをします」


 カトレアさんは、茶葉の香りのする息をほ~っと吐く。


「そっかぁ。はぐれちゃったお仲間さんもこの街にいるかも知れないもんね」


 ポジティブだな。私はいるどころか立ち寄ったとも思っていないが。


 そんな都合よくトントン拍子に展開したら苦労はない。それでもダメ元で聞き込みはする。


 ホテルから出ると、冷たい空気が全身を包む。冷えた空気がツンと鼻の奥を刺激した。


 寒ッ!


 マントにくるまっても刺すような冷たさに震える。


「レイちゃん大丈夫?」


 強がりでこくりとうなずく。全然大丈夫ではない。


「ロファルス・エンテリア」


 最近稼いだロファルスを全部注ぎ、防御のレベルを5まで上げると、寒さが消える。


 寒くない訳ではない。触った雪も冷たいのはわかるが、雪に触れている手が赤く悴むことはない。


 防御5が安全の目安な理由がわかる思いだ。


 熱の魔法を装着でもいいが、それだとロファルスをずっと消費し続けることになるし、おそらく別の弊害もあるのでこの手段。


 いつから降り出したかわからないが、積雪は10センチ以上。


 宿屋や馬車の停留所を周り、聞き込みをするが収穫はゼロ。


「雪の日に出る魔物ってどれくらい強いんですか?」


 カトレアさんはいつものポーズで考える。


「ん~、よく知らないけど、氷連塊ゾフ・ラノロって言う氷の魔物が出るみたい。火鳥イル・フィーアより強いはずないから、レイちゃんなら楽勝じゃないかな?」


 まあ、数にもよるが、やってみるか。


 防壁を指差し言う。


「ちょっと倒せるか戦って来ます」


 ヒューと口笛を吹くカトレアさん。


「さすがレイちゃん。気を付けてね」


 カトレアさんに見送られ、防壁を上る。


 誰の足跡もない雪をサクサクと踏み締め、アセラの倍の階段を上って防壁の上に立つ。


 風が冷たい。と言うか、これは吹雪だ。


 街では防壁があるからわからなかった。


 防御5を突き抜ける冷気がマイナス何度かわからないが、吐く息が凍りそうなほど白く、あっという間に流れ去る強風。


 この防壁のお陰で風が吹かない市街地とは雲泥の差。


 「熱皮膚カロル・クティス


 魔法で熱気だけを身にまとい冷気を遮断する。


 すると、予想していた弊害が起き出す。


 ジュワジュワと足元の雪が溶け出す。


 今はまだ積雪量が10センチくらいだからいいが、これがさらに増えたら歩くのも困難になる。


 かと言って足元だけ熱で包まない訳にもいかない。凍傷は末端から起きる。足元など一番温めなければならない箇所だ。


 砂漠の街ファイラスタを囲むセーゼーセ白砂漠の先、一段高くなり、僅かに緑が覗く場所がある。あれがレファレテレ大森林。


 反対を見れば、ファイラスタの全貌を望める。


 白い街をより白く染めあげる雪。


 街には等間隔で、防壁と同じ高さの塔が見える。見張り台か何かだろう。


 あまりここに長居をしたら、オール15とか言う騎士が来るかも知れない。やり取りが面倒そうなので出来れば会いたくはない。


 防壁の端により、柵の上に乗る。柵に積もった雪が溶け、滑り落ちそうになる。


 やっぱりこの防寒対策は危険かも知れない。


 代替え案は移動しながら考えるとして、とりあえず大森林へと向かう。


 目測20メートルの高さからダイブ。


 これに少しも恐怖を感じないのは、私の感覚が麻痺しているからか? それともロファルスの力に心と体が馴染んだからか?


 風を切り、防壁すれすれを垂直落下。


 防御5で落下の衝撃をどこまで緩和出来るかわからないので、木の魔法力を、万歳をするように掲げた両手から発動。


巨大葉ベルグランデ・フォリウム


 生み出した巨大な葉っぱをパラシュート代わりに滑空……のつもりが、凄まじい追い風を浴び、森に向かって飛ばされる。


 まあ、街に戻されるよりはいいから結果オーライか?


 地面が全然近付かない。むしろ遠くなり、私をぐんぐん上空へと運ぶ。


 下りる方法はいくらでもあるので、雪のなか走るよりはいいと割り切ることに。


 突風に煽られると姿勢制御が難しい。


 運動神経抜群コンビのミキやサヤならこんなの余裕だろうが、私は自分の力量だけでは無理なので、道具の方を改良して凌ぐ。葉の大きさや形、ツルの長さなどを微調整してバランスを保つ。


 吹き付ける吹雪が、熱皮膚カロル・クティスに触れて蒸発し、私の周りだけ濃霧が発生しているように蒸気に包まれる。


 足元のスリップだけではなく、視界もだいぶやばいので降りたら代替え案を試してみよう。


 そうこうしている内に、ファイラスタからはうっすらとしか見えていなかったレファレテレ大森林が目前に迫る。


 大きい。


 セコイアほどではないが、それでも50~60メートル級の木々がそびえる森林。


 パラシュート代わりの葉を魔法力の調節で慎重に縮め、浮力を弱め下降して行く。


 雪で真っ白なので、森の手前まで白砂漠が続いているのかもわからない。


 いよいよ迫る雪原を前に、魔法を解いて着地。


 同時に上がる湯気と、足元に覗く白い砂。


 砂漠と森が直で繋がっているとか恐れ入る。


 こんな視界では探索どころではないので、別の魔法を発動。


空気皮膚アーエール・クティス


 熱の代わりに、ただの空気を身にまとう。


 流動することのない空気の層は、魔法瓶のような効果をもたらす。


 雪が溶けることもなく、寒さも感じない。


 蒸気が消え、開けた視界に森の木々が映る。


 変な木だ。


 樹高に対してあまりにも細い。真ん中をくり貫いたら車が通れるくらいの太さがあってもよさそうな樹高なのに、その幹の太さは私の胴程もない。


 10メートル以上枝ひとつなく、高い位置から針金のように伸びる枝も長く、角度も水平に近い為、一本の木のシルエットは正三角形に近い。


 空から見た時はぎっしり木の生えた森かと思ったが、地上から見ると、地表付近は閑散とした大空洞が広がるだけ。


 観察もそぞろに、森の中へ足を踏み入れる。


 風避けとなるような枝葉がないので、森の中も変わらず強風が吹き荒れ、針のような葉しかない針葉樹らしく、あまり雪避けの効果もない。


 森の中に道らしきものは見えない。数十メートルか、下手したら100メートル置きにしか木がないので、道など造らずとも馬車が通れるのだろう。


 視界は良好。


 森をしばらく進むと、気配をとらえる。ゆらめくように森をさまよう気配。私にはまだ気付いていないようだ。不意打ちしてもいいが、観察したいので近付く。


 薄暗い森の奥、雪が舞い上がっているのが見えて来る。


 何かがいる。否、氷連塊ゾフ・ラノロなる魔物だろう。


 白い雪の塊がピタリと動きを止める。私に気付いたようだ。


 それはまるで、局地的な雪崩のように突進して来る。


 キンッとスイッチ音こと抜刀音で備前長船を構えるが、迫るそれの巨大さに飛び退く。


 戦法を変更。火と風の魔法力を放つ。


火嵐イグニス・テンペスタース


 回避する瞬間に放った炎が迫る雪の塊を呑み込む。


 爆発的に巻き上がる蒸気が視界を奪う。


 如何にも火に弱そうなフォルムだが、気配は消えていない。


 吹き荒ぶ風がその白煙を払うと、氷連塊ゾフ・ラノロの名の通り、氷塊が連なる姿の魔物がいた。


 十二面体サイコロみたいな氷の塊がいくつも繋がる長い体躯だが、顔も尾もわからない。その氷塊のひとつひとつは何の変哲もなく、大きさは2メートル強。大きな魔物だが、これだけ開けた森の中なら移動を阻まれることもないサイズ。


 その氷から、水が滴っている。炎に炙られ溶けたのだろうが、その全てを溶かすにはどれ程焼けばいいことか。


 見た目ほど火が弱点と言う訳ではなさそうだ。


 そもそも、氷系の魔物が火に弱いと言うのはゲームのテンプレで、実際氷は燃えたりしないから火に強い。毛皮のコートと氷の鎧。どちらを身に着けて炎に飛び込むのが安全かを考えればわかること。


 地を滑るように移動しているが、よく見ると浮いている。


 ぐるぐるととぐろを巻くように競り上がり、周りの雪を付着させる。まるで吸い寄せられるようなそのくっつき方は、魔法力で引き寄せたものと思われる。おそらく、それが雪の日にしか現れない理由かも知れない。


 北国で路上の雪が溶け掛けて凍り、溶けかけて凍りを繰り返すと、道は完全に氷の塊に覆われる。それをどう除去するか? 鉄のスコップで砕いて剥がす。


 氷は硬いけれど、割れる。それは即ち、衝撃に弱いとも言える。


 備前長船を納め、両手に集中するのは、爆の魔法力。


 そこで突撃して来る氷連塊ゾフ・ラノロ。回避と共に、その横っ腹に魔法を放つ。


大爆発マーグヌム・エールプティオー


 赤い球体が艶やかなボディーに触れると熱エネルギーが膨張し、強烈な爆発を生む。


 ゴグッガアァーッ!


 轟音と爆風の衝撃が木々から積雪を降らせ、直撃を受けた氷連塊ゾフ・ラノロの砕けた氷が飛び散り、それは黄緑の光へて転じ、私の力玉ロファルス・フェンサーに吸い込まれるが、何かがおかしい。


 黄緑の光に転じない破片と、いまだ消えない気配。


 爆風が巻き起こした雪煙が治まると、数珠繋ぎの氷連塊ゾフ・ラノロが姿を現す。が……さっきより短い。


 スライムと同じ集合系の魔物だったらしい。あの氷塊ひとつひとつが個別の固体と言うことだろう。


 また突撃して来る。単調な攻撃と思った瞬間、害意が広がりを見せる。


 突進の最中、連なる氷塊が連結を解き、バラバラに飛び散り体当たり。


 私より速度で劣り、予測も出来ているのでかすりもしない攻撃。だが、着弾点の雪どころか大地まで跳ね上げる威力。当然私の防御では一撃でぺしゃんこ。馬車も耐えられるイメージはわかないので、雪の日、このレファレテレ大森林を通る全ての馬車が運行停止する理由に納得。


 まあ、カトレアさんの予想通り、私の敵ではないが。


 一気に数個破壊する為に集中するのは時間の無駄。爆の魔法を乱射し、氷塊を各個撃破で殲滅。


 何個連なっていたか正確には数えていないが、全体で2万以上の獲得ロファルス。


 いいカモを見付けたかも知れない。


 両手に爆の魔法を発動。爆音と言う撒き餌に集まる気配を探る。


 観察は終了。ハンティングの時間だ。これだけ細い木しかないのなら誤爆の確率は低い。


 気配だけを頼りに、視界にも入っていない氷連塊ゾフ・ラノロを遠隔狙撃。


 緋色の光球を森の中へと次々放つ。


 吹雪を切り裂き彼方へ消え、轟音と共に爆発。


 四方八方へ放つ爆の魔法が、黄緑の光を集める。


 彼方の爆発がさらに新たな氷連塊ゾフ・ラノロを呼び、心の索敵範囲には常に氷連塊ゾフ・ラノロの気配。


 これはもしかしたら、無限経験値稼ぎかも知れない。





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