十一章 地図
車内に戻ると感謝の雨霰に続き、質問責めにあった。
そのやり取りの中でいくつかわかったことがある。
誰も私のレベルやロファルス量を聞かない。
ロファルスは力であり財産。
地球の感覚で近いのは、貯金額をいきなり聞くようなものなのかも知れない。
他にも魔物には定住型と移動型の魔物がいることも聞いた。
定住型は読んで字の如く、その地域に定住し、決してその地からいなくなることのない魔物。ほとんどの魔物がこの定住型に分類され、逆を言えば、危険な魔物の出る地域にさえ行かなければ、その魔物に出会うことはないということ。
そうではなく、世界中を移動する故に危険度が高いのが移動型の魔物。いつどこで出くわすかわからず、凶悪な魔物に襲われれば街が壊滅することさえめずらしくはないという。
この世界では“死”がそれほど身近な危険として存在している。
まだまだ質問タイムが続きそうななか、道の先に明かりが見え出す。
それを見て御者のおじさんが言う。
「お客さん方、苦難の旅で申し訳なかったが、宿場町アセラに到着ですぜ」
振り返り破顔した表情を、ランプの明かりが優しく照らした。
あれが宿場町。段々近付き見えて来たものは、私の“宿場町”のイメージを大きく覆す。
簡素な木の柵で囲われ、宿屋や酒場が旅人の疲れを癒す中継地点。そんな町並みを想像していたが、見えて来たものは要塞のような石壁。
いや、ただの壁ではない。城を支える石垣のように、僅かな傾斜があり、その上にはいくつかの櫓。
櫓の周りには煌々と篝火が焚かれ、兵士のような甲冑姿の人々が見える。おそらく壁の上は万里の長城のように通路になっていると思われる。
城塞都市さながらの堅牢な造り。だがそれは“宿場町”のレベルですら、ここまでしないと人が住めない世界であることを意味していた。
防壁の高さは10メートル近い。けれど、ひとつも繋ぎ目のない一枚岩を削ったような造り。こんな巨大な岩を削った訳がないので、おそらく私が土かまくらを作ったのと同じような原理の物と思われる。
馬車はそこにある巨大な両開きの扉へ進み、目前で止まる。青銅っぽい青緑の色合いの味のある扉。
門の上の櫓から兵士が顔を出すと、御者のおじさんは通行手形か何かと思われるノートくらいの大きさの銀盤を掲げる。一瞬しか見えなかったが、文字が書かれている訳ではなく、女性の肖像画のようなものが彫られていた。
松明を振りながら、「通ってよし!」と声が掛かると、大きな扉が開く。どんな原理で開いたのかと思ったら、普通に二人の兵士が左右の扉を押し開けていた。まさかの人力。
門のなかが長い。壁の厚さはいったい何メートルだ?
防壁を抜けると、町並みが広がる。
あぁ、言葉が出ない。
例えるものが見つからない光景が広がる。
初めて見る異世界の町。
地球ではあまり見ない形状の建物だ。
地面と一体化していて、ぬぺっとしている。泥の家のようにも見えるが、防壁と同じ原理のものだろう。家はきっと、土の魔法で建てている。
砂と石しかない砂漠で建材になるものは限られている。賢い建物造りと言える。
その町並みのそこかしこにランプが吊るされ、煌々と夜に輝きを落とす。
防壁の高さに比べ、建物は低い。二階建て以上の建物は見受けられない。
町行く人々は、おじいさんや中年男性が着ているような衣服の人が多い。色はほとんど白か黒。
二人はこの国の人らしいので、ネルダーハの一般的な衣服なのかも知れない。
「停留所に行く前に服屋に寄ろう」
御者のおじさんがそういい、一軒の軒先に馬車を止める。
商店街のようで、看板の出ている建物が多い。
けれどウィンドウショッピングには向かなそうだ。店にはショーウィンドウはなく、外からでは看板をよく見ないと何の店かもわからない。
「あたしも服選ぶの手伝うわ」
カーディガンの女性がそう言って一緒に馬車を下りる。
硬く踏み固められた道。その道と地続きの建物の扉を開ける。この扉も町の門と同じ青銅のような金属の扉。
カランコロンと鈴の音を響かせ扉は開き、明るい店内が広がる。
いくつも吊るされたランプの明かりが、店内の商品を照らしていた。
衣服は、全て金属や石の棚に置かれている。
色とりどりとは程遠いカラーバリエーションの衣服が並ぶ。白か黒しかない。
黒いアバヤに似た衣服の店員さんが「いらっしゃいませ」と声を掛ける。おじいさんが着ているものより細かな刺繍がされ、裾や袖口にはレースが施された綺麗な服。
「こんな時間でもお店開いてるんですね」
言った瞬間、迂闊なことを口にしたと思った。この世界の時間を知らないし、時間でこの世界の店が閉まったり開いたりするのかさえ私は知らない。
「ん~、ファディアじゃどうか知らないけど、この辺りはだいたい朝の10時には開店するわよ」
そう言って笑った。
朝の10時!?
言葉の意味を計りかねる。10時とは、私の認識する10時であっているのだろうか?
店内の壁に、見知った形の丸い盤に、1から12までの数字と、三本の針がある物を見付ける。秒針と思われるものが、秒刻みに、数字と数字の間の五つの目盛りを時計回りに回る。
バクバクと高鳴る鼓動。
なんだこれは?
どういうことだ?
どうして時計がある?
若い女性は、慌てたように話し出す。
「あっ! そうか。ずっと砂漠にいたから時間がわからなかったのよね。ごめんなさい。今はシザリス暦1670年9月15日よ」
!?ッ
9月15日だと!?
店内の時計の時刻を再度確認する。9月15日で、朝の10時。
馬車を下りる前に携帯電話で確認した時刻は、日本時間の9月15日19時11分。
約……否、ぴったり9時間のズレ。日本時間と9時間ズレている時刻で一番に思い当たるのは、あれしかない。
過呼吸でも起こしそうな程混乱する。
なぜグリニッジ標準時がこの世界の時間なんだ!?
この世界はいったいなんなんだ?
偶然の一致とは到底思えない。この世界は、確実に地球と関わりがある。
おとぼけな雰囲気を醸しながら探りを入れてみる。
「ふと思ったんですけど、シザリス暦って誰が定めたんですかね?」
女性は一瞬きょとんとした顔をし、声を上げて笑う。
「あははっ、そんなのシザリス様に決まっているじゃない」
おっと、まさかの人名由来の暦かい。
暦に名前が残るような人物では、誰もが知っていて当然の人物なのだろう。その人物のことを何も知らないのを隠してこれ以上つっこんだ質問は難しい。
混乱と謎は深まるばかりだが、今はこれ以上の手掛かりは探れない。
諦めて本来の目的である買い物に集中。
一緒に服を選ぶと言った女性は、私に白い服ばかりすすめる。
白い服なんて一着も持っていない。
黒いゴスロリチックなワンピースと、三角帽子を選ぶ。
おばさんの物と違い、コスプレ臭がするくらいレースやらひらひらの付いた可愛いデザインのドロワーズなので、完全に魔女っ子コスチューム。
まあ、異世界だしいいけれど。
これだけだと雪の日は寒そうなので、ベストとマントも買う。どちらも色は黒である。
靴は丈夫そうなブーツっぽいものを選択。もちろん色は黒。
後は、その場しのぎの補強をしているだけのリュックに代わる物として、肩掛けの黒いバッグを購入。
ぼろぼろのリュックを、じっと見詰める。真凛と海斗が、去年の誕生日にプレゼントしてくれた大切な物。けれど、物は物だ。大切なのは二人が私を祝ってくれた想いであり、リュックではない。リュックがなくなったからと言って、その想いが消える訳ではない。「ありがとう」と、そっとつぶやき手放す。
さてお会計。ブラジャー。ショーツ。タイツ。ドロワーズ。ワンピース。ベスト。マント。帽子。ブーツ。バッグ。以上の10点でしめて5万6000ロファルス。物価がわからないので高いのか安いのかもわからないが、まあガスタンクスライム数匹分と思えば安い買物。
支払い方法は、レジカウンターのような場所にある宝玉に商品を触れさせると、宝玉に値段である数字が浮かび、その宝玉に触れてロファルスを注ぐことでお支払い完了。
まんまバーコードを読み取るレジと変わらないシステム。
これも地球と関わりがあるのではと疑ってしまうレベルの類似。
「ネルダーハはやっぱり衣服が高いわね」
女性はやや値段に不満気な感想を口にした。
「そうなんですか?」
小さくうなずき答える。
「うん。ネルダーハは土地柄農地が少ないから、麻や綿が貴重なのよ」
そう言えば、この町に来てから木材すら見ていない。おばさんから服を借してもらえ、ここで服を買えて本当によかった。下手したら数千キロさまよい衣服に出来る植物を探す羽目になっていたかも知れない。
しかし、普通に麻とか綿とか言っているし。言葉として言っている訳ではないが、初めて聞く言葉が私の頭の中で漢字のルビが付くので、そういう植物があるということなのだろう。
馬車に戻り借りていたおばさんの服をお礼と共に返すと、返ってくるのは更なら感謝の言葉。
「礼にはおよばないよ。あんたのおかげで旦那や息子に生きて会える。本当に感謝している」
そこからぶり返すみんなの感謝攻撃。
こういうシチュエーションに慣れていないので、むずがゆさに居心地が悪く、言葉はよくないがある意味針のむしろ状態である。停留所に着いたことで、その針のむしろから解放される。
少し開けた更地に何台かの馬車が停留し、乗車する客を待っているものや、完全に六足馬を馬車から外し、車両だけが止まっているものもある。
今生の別れかというくらいの熱意で別れの挨拶を述べて下りて行く客たち。
最後に下りる私には、御者のおじさんが何度も礼を言った。
さて、再びひとりだ。
舗装されている訳でもない土の道だが、コンクリートみたいに硬く、爪先でつついたくらいでは削れもしない。
おそらくロファルスで強化されているのだろう。
外の道と見た目は一緒なのに、町の中の道には轍がない。
丁寧に守られた空間なのだと、漠然と思った。
それでも、移動型の魔物が来たら壊滅することがある。防壁の上の兵士たちが如何程の実力かはわからないが、火鳥などの移動型の魔物を倒せる程の実力はないのかも知れない。
あちこちに石柱が立ち、その先の看板に地名と思われる文字が並ぶ。おそらくその位置に止まる馬車に乗るとそこへ行くということなのだろう。
ただ、地名などまったく知らないのでどこに向かうべきかもわからない。
停留所内にひとつ建物があり、覗き込むとどうやら待合室のよう。
中には石で出来たイスとテーブルがいくつかあるのが見え、馬車の出発を待っている人たちが何人か座っていた。
入ると、室内に興味深い物を発見。
地図だ。ここネルダーハのものと思われる地図と、それ以外の地図。やたらとカラフルな彩色だが、地図には違いない。
それ以外の地図の最北に、“ファディア”の名称と、最南に“ネルダーハ”の名称を見付け、世界地図であることがわかった。
しばし、言葉を失い地図を凝視。
変な世界であることは、ここまでの旅で重々承知しているが、それを差し引いても“おかしな”地図である。
丸い。
地図自体は、絨毯みたいな質感の2メートル四方の布に描かれているのだが、そこに描かれている世界は、ドーナツのように丸い世界。
中心に丸い海が広がり、その周りの陸地は、ドーナツ状に人の国があり、その周りは危険地帯として地図の端まで赤く染まっている。つまり、人類未踏の地。
どう贔屓目に見ても自然物の造型ではない。明らかに人為的な作為を感じる。
「世界地図を見るのは初めて?」
不意に掛けられた言葉にびっくりする。
振り返ると、乗り合い馬車で一緒だったカーディガンの若い女性がいた。
世界地図の普及率がどれくらいかわからないが、馬車の待合室に普通に飾ってあるくらいなので、かなりの周知率と思われるが、あの問い掛けが冗談の類いでなければ、見たことない人がゼロという訳ではないだろう。下手に嘘を付くより正直に答える。
「はい。初めてみました」
にこりと微笑む女性。
「あなたの国がここで、今いるのがここ。地図で見るとこれだけの距離だけど、ネルダーハからファディアまでは馬車で三ヶ月は掛かるから、大変な長旅よ」
親切にそんなことまで教えてくれる。
馬車で三ヶ月……あの自動車並のスピードの馬車で三ヶ月というからには、一日ざっと400キロ進んだと仮定しても、3万6000キロか。
人の国がある領域は、地球より少し狭いくらいで、そのほとんどが陸なので、陸地面積は地球の2~3倍か? まあ、曖昧な数字での適当な計算だが。
私が走った方があんな馬車より速いが、それでも一ヶ月以上は掛かる。天候次第ではもっとか。
ネルダーハの方の地図も見ると、街が少ない。
「そっちはネルダーハ国内の路線図よ」
地図には、街と街を結ぶ道が色分けされて描かれている。
宿場町ですら、数百キロ間隔でしかない。
世界の広さに対して、人の居住区域が絶望的に少ない。
道に迷わない保証もなく、迷えばこの点を見付けるのは至難。走るか馬車に乗るかを迷うところである。
「そうだ。あたしと一緒に途中までいかない? ラングスター王国の貿易都市ラクリスに帰るところなの」
そんなことを言って、ネルダーハの隣国、ラングスターを指差す。
思案中の私の沈黙をどう勘違いしたのか、どうやら道案内を買ってでたらしい。いい人だ。
見知らぬ地をあてどなく旅するより、この世界を知る人から旅の知識を吸収する方が、旅路を急げる。
私は彼女の申し出を喜んで受けることにした。
手をパンッと合わせてにっこり微笑む女性。
「そうと決まれば自己紹介をしましょう。あたしはカトレア。よろしくね」
握手の文化はあるようで、手を差し出す。まったく別の意味で差し出されていたら赤っ恥だが。
名前か。ノムラレイコなんて名前が一般的とは思えないので、短く答える。
「レイです。こちらこそよろしくお願いします」
そして、差し出された手を握った。とくに不自然な反応はないので、握手であっていたようだ。
「さて、どの道からラクリスに行く?」
なんかやる気を出されているところ恐縮だけれど、無理は出来ないので正直に言う。
「実はここ二週間くらいあまりゆっくり休めていないので、宿屋へ行きたいんですけど、カトレアさんは急ぎの旅ですか?」
はっとしたような顔を浮かべた後、労るような優しい面差しで言う。
「気が利かなくてごめん。レイちゃん元気で、火鳥まで倒して来ちゃうから忘れてたけど、大変な砂漠を旅して来たんだもんね。疲れているよね。宿屋へ行こう。あたしもあの馬車が出発したの深夜だったから眠いし」
そして、ふぁ~っとあくびをひとつ。
この町に着いたのが10時で、出発は何時だったのかと思ったが、やはり深夜だったようだ。
「乗り合い馬車は深夜に出発することも多いんですか?」
カトレアさんは一瞬首を傾げたが、すぐに何かに気付きうなずく。その動作の意味のひとつひとつが、どうも地球のものと類似している気がする。
「そっかぁ、ファディアでは深夜に走ったりしないものね。御者のおじさんも言ってたけど、太陽が出てる方が危険な魔物が出ない路線が多いから、だいたい日の出と共に出発することが多いわ。まあ、その太陽も運が悪ければ1時間もしないで沈んだりするんだけど」
なるほどと納得する部分と、さらなる疑問も浮かぶ。“ファディアでは深夜に走らない”とはどういう意味か?
ファディア出身設定の私が聞くのはどうかと思うが、ラクリスまで数日の付き合いになるのだから、この際世間知らずのふりをして知らないことはガンガン聞いて行こう。
「ファディアではなぜ深夜に走らないんですか?」
カトレアさんがきょとん顔。
「えっ? だってファディアの街道にはそもそも魔物が出ないんでしょう?」
何? なぜファディアには魔物がいない?
私の疑問符を感じ取ったのか? カトレアさんが補足するように世界地図を指し示す。
「地図に色が塗られているのがわかるでしょう?」
その声には、知らないことを馬鹿にするような響きはなく、丁寧に教えようとする真摯さだけがにじんでいた。
うなずきで促すと、さらに説明を続ける。
「赤は危険地帯で、誰も生きて帰れない場所。橙色は、そこまで危険ではないけど、騎士団でなければ侵入禁止。黄色は、実力者以外侵入禁止。それ以外のほとんどを占める水色は、十分な備えをして旅せよ。って場所。つまり、その水色の場所だけをぬって街道が通っている。だけど、ファディアにはその水色の部分がない」
そう。地図を見た時から不思議に思っていたカラフルさはそういうことだったらしい。そして、魔物がいないファディア。厳密には水色の部分がないだけで、他の色はある。
「どうして水色の部分がないんですか?」
心得ているとばかりにうなずき答えてくれる。
「ファディアだけが魔物の封じ込めに成功しているから。魔物には出現地点があって、そこから無限に現れる。そこを囲って倒し続けることで、魔物を完全に封じ込めることが出来る」
それが魔物に子供がいなかった理由か。あの泉の森での不可解だった遭遇率もこれで説明が付く。しかし、出現地点から無限に現れる? やはり、魔物は生物というより殺戮兵器に近い。わかったことと同時に疑問符も浮かぶ。街道で出るあんな魔物も倒せないなんて“この世界の人はそれほどに弱いのか?”と。
「他の国は、街道に出る魔物を倒し続けることが出来ないんですか?」
カトレアさんはふるふると首を振る。“いいえ”という意味の仕草なら、地球とまったく同じ意味。
「ううん、他の国が倒せないのは、その出現地点を守る固定型の魔物。出現地点には、そこを守るように動かない魔物がいる。なんとか倒せても、定期的にその出現地点から現れる。それを倒し続けるのが困難だから、他の国では封じ込めが出来ていない」
固定型の魔物か。あの泉の森にもいたのだろうか? 人の気配がなかったから、森を隅々まで探索はしなかった。まあ、あんな広い森を探索していたら、今頃まだ森をさまよっていただろうが。
「さあ、宿屋を探しましょう」
仕切り直すようにそう言って私を促す。
停留所から出ると宿屋はすぐに見付かった。
カトレアさんに聞けば、停留所の周りはだいたい宿屋が密集していて、日の出と共に宿屋から旅人が停留所に集まるものなのだとか。
カトレアさんは「急ぎの旅でもないし、安くて料理の美味しい穴場の宿にしましょ」なんて言って、停留所からは遠い防壁の近くの宿屋へ私を案内した。
外観は土の家だけれど、中は白壁の綺麗な内装。そのことを言うと、カトレアさんは笑った。
「火鳥みたいな飛行する魔物に見付かり難いように、宿場町みたいな小さな町は色を統一して目立たないようにしているのよ」
夜間はあれだけ篝火を焚いていて、そのことにどれ程の科学的意味があるかはわからないが、まあ、魔法の世界だし、迷信が真実より重要な比重なのかも知れないと気にしないことに。
屋内は硬い土か石のみで、木はなく、金属も扉だけ。
今のところ土と石の町という印象しかないが、カトレアさんの話を聞くに、それはこの宿場町だけのことではなく、ネルダーハという国全体のことなのかも知れない。
「あたしと一緒の部屋でもいい?」
実は悪い人で、荷物を盗んだりということもないだろうからうなずく。例え盗まれたとしても、あの魔法書の気配なら、離れていてもなんとなくわかる。なんせ500億もロファルスのある代物だから、気配の強さが違う。
10部屋となさそうな宿で、吹き抜けになっている一階部分にフロントと食堂。そこから見える二階の廊下にそって客室の扉が並ぶ。
廊下と吹き抜けの間の欄干すら石造り。白い彫刻のような柵は、ギリシャ宮殿の柱をミニチュアにしたような意匠。人の手で作るには途方もない労力を必要とするが、魔法で加工するならばその限りではない。生活に魔法が密着していることが見て取れる。
白く塗られた鉄の扉を開けると、簡素だけれどテーブルとイス。そして二つのベッド。やはり全て石。石のベッドなんてちゃんと眠れるか心配だが、分厚いマットレスがあるので心配はなさそう。
この建物だけで一体何千トンか知れない。ベッドだけでも2トンくらいはありそう。その重さを支える建物や地盤の強度。町ひとつ造るのに、どれ程の莫大なロファルスを要するか知れない。
その恩恵に預かる為に、服を脱いでベッドに倒れるように沈む。
コットンに似た布の香りが心地よい。ずっと硬い地面や丸太を背に寝ていた。やわらかい布団の感触がたまらない。
もぞもぞと布団の中に入り、至福に埋もれる。
「カトレアさん、先に……やす……み……ま……す……」
言葉尻さえ怪しいつぶやきで、意識を失うように眠る。地球にいた頃は、寝付きが悪い方だったが、この世界に来てからはこんな眠り方ばかりだ。




