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十章 鳥




 ガラガラと車輪の音を響かせ、闇を疾走する馬車。


 黒犬アインリの気配が近付くが、めんどくさいのでみんなが気付く前に倒す。


 そんなことを何度か繰り返していると、夜空に赤い光を見付ける。雲の向こうがぼんやりと光っている。


 礫砂漠で見た光とは明らかに違う。


 あの時に見た光点よりずっと明るい。なんだろう? 火球か隕石か? いや、もっと直接的に横移動している。


 とりあえず、この世界初心者の私があれこれ考えるより、地元民の意見を聞く方が正しい。


「あの光はなんですか?」


 夜空を指差し言った言葉に、車内のみんなが空を見る。


「何かしら?」


 若い女性は首を傾げる。


「何か移動型の魔物じゃないだろうね?」


 おばさんはやや怯え気味につぶやいた。移動型の魔物とはどういう意味だろう?


「なんだったかな? なんか不吉なものだった気がする」


 偽ロビンフッドは不安気にそんなことを言う。


「初めて見る光だ。御者さんは見たことあるかい?」


 中年男性の言葉に、御者のおじさんも空を見て悲鳴を上げる。


 何事かと理由を聞く前に、馬車の速度が跳ね上がる。見れば、バシバシと手綱を振り速度を上げていた。


「どうしたんすか!?」


 偽ロビンフッドの呼び掛けに、御者のおじさんは悲鳴に近い叫びで答える。


「移動型の魔物だ! 火鳥イル・フィーアって名前くらい聞いたことあるだろう!? 見付かったら全滅だ!」


 頭に浮かんだ字面は“火鳥”。


 火の鳥なのか? もう一度夜空を見上げると、雲の切れ間に姿を表す。


 夜とは思えない光が満ちる。


 燃え盛る鳥がいた。


 小太陽のようなその姿は、息を呑み、思わず見入るほどの美しさ。


 広げた翼を包むたなびく炎が線を引く。


 羽ばたけば火の粉が舞い、花火の錦冠菊のように散り落ちる。


 全身が炎に包まれているのか? そもそも体そのものが炎で出来ているのかわからない燃えっぷり。


 まさに火の鳥。


 強さの方はまだ距離がありよくわからない。強いとは思うが、キングアースビートルほどの危険は感じない。


 速度は、この馬車とは比較にならないスピード。


 全速力の馬車にみるみる迫る。


 完全に狙いを定めている。逃げられない。


 時折、ピーヒュルルーと、トビと笛の音を合わせたような鳴き声を上げる火鳥イル・フィーア


 近付いて来ると、気温がどんどん上がり出す。


 車内は阿鼻叫喚の騒ぎ。


 見た目的に火を吹きそうなので、魔法力を集中し、いつでも発動出来る準備をする。


 いよいよ迫る火鳥イル・フィーア。間近で見れば見るほど美しい。


 温度の違いからか、羽は先端に行けば行くほど赤みを増し、胴体の中心部は白に近いくらいに輝く炎。


 長い首と長い尾羽。白鳥と孔雀を足したような姿の鳥。


 肌がチリチリと焼ける。真昼のような光が馬車を照らすほどの距離。


 100メートルを切ったくらいの位置で、火鳥イル・フィーアの首が、魚を呑み込んだ鵜のように膨らみ、その膨らみを吐き出すように炎を吹いた。


 ファイヤーブレスの着弾と、私が水と風を合わせて魔法を発動したのは同時。


泡壁フォーム・パリエース


 馬車を包むように生んだ泡の壁に炎が直撃。真っ赤に染まる視界とジュウジュウと蒸発する泡の壁。その蒸発した水蒸気も火避けの壁になる。


 火災の消火には水より泡が効果的。まあ、馬車全体を包めるほどの水の壁を生み出せないから、空気でかさ増ししたとも言うが。


「魔法が使えたのか!?」


 偽ロビンフッドの驚きの声にうなずきを返し、馬車の出入口で振り返り言う。


「私はあれを倒します。みなさんを守りながらで勝てるかわからないので、このまま全速力で逃げてください」


 カーディガンを脱ぎ、貸してくれた女性に返して言う。


「ありがとうございました。燃やしてしまったら申し訳ないのでお返しします」


 何か言いたそうな女性に、慣れない笑顔だけを向け、出入口から飛び出すと同時に星球ステラ・スパエラ火鳥イル・フィーアに連射。


 その燃える体にドスドスと当たるが、なんの反応もない。効いていない?


 効果があったかはわからないが、注意は間違いなく引けたようで、火鳥イル・フィーアは馬車を追うのをやめ、私の前に降り立つ。


 地面に生える僅かな草はたちまち燃え尽き、焦げ臭さと黒い灰が風に舞い上がる。


 キングアースビートルほどではないがデカイ。博物館で見るプテラノドンの化石くらいはある。


 目の前にして思うが、気配が読み難い。包む炎の影響か、それとも馬車で聞いた“移動型”というタイプ違いの魔物の為か。


 さてと、大怪獣バトル第二戦の開幕と行こう。


 火鳥イル・フィーアが大きな両翼を振り上げ、地面に叩き付けるように振り下ろすと、私の火嵐イグニス・テンペスタースのように炎が荒れ狂う。


泡鎧フォーム・アルマ


 炎が直撃する前に泡を鎧のようにまとって防ぐ。


 これは大変な敵と戦うことになったかも知れない。


 火の精霊がある私は、この程度の炎にまかれたくらいでは即死しない気がする。理由はあまり“危険”を感じていないから。スライムの粘液を危険に感じなかったのと同じ理論。


 スライムの粘液と違い、この火力ならもちろん火傷くらいはするだろうが、治療サナーレで楽に治せるので然程の危険はない。


 むしろ、フライスネークの尾撃とかの方がまだ危険なイメージ。防御を3にしたとは言え、あの木さえ粉砕する一撃を受けて無事なイメージはわかない。無論、ブレイドモンキーの斬撃で即死しないイメージも。とすると、単純な危険度ではこの火鳥イル・フィーアなる魔物は、私にとってフライスネーク以下の危険度しかない相性抜群の敵なのだが、それはあくまでも私自身の話。


 目前で泡の鎧を蒸発させる炎の流れに、私のぼろぼろのセーラー服が一瞬でも耐えられるイメージはまったくわかない。これは、全裸の危機をはらんだ一世一代の大勝負である。


 息が出来ず、熱くもなって来たので後退して炎の中から離脱。


 泡鎧フォーム・アルマはほとんど蒸発しているので脱ぎ棄てる。一回でダメになる使い捨て耐火魔法だな。


 水の魔法で攻撃したことはほとんどないが、攻撃してみる。


 手のひらに生み出した水を弾丸として打ち出す。


水弾アクア・グランス


 闇夜に彗星のような尾を引き飛翔した水の弾丸は、火鳥イル・フィーアに触れた瞬間に蒸発。


 え~と、この世界の精霊の属性優劣はわからないが、水は火に弱いのだろうか? それとも私の単純な出力不足だろうか?


 首が膨らむのを見て、大きく移動しながら泡鎧フォーム・アルマをまとう。


 直後に大地をなめる火炎の息。家が何軒か灰になりそうな勢いの炎。


 飛び火だけでまとう泡が蒸発して行く。


 じり貧だな。防戦一方ではラチがあかない。


 出力の問題ならば、最大火力を撃ってみる。


 手を包む泡が弾けるほどの魔法力を集中。


大爆発マーグヌム・エールプティオー


 紅蓮の光球が炎を避け、火鳥イル・フィーアの胸元に直撃。


 ゴグガァァーッ!


 耳をつんざくような爆音と共に爆炎が弾ける。


 火の上位属性だが、炎は発生しない。あの炎は火鳥イル・フィーアのものと思われるが、問題は効いているかどうか。


 燃え上がる炎が消えると、羽根をむしり取ったような見た目の鳥がいた。


 なんだあれは?


 疑問の答えの前に炎が再び包み、羽ばたきで炎を撒き散らす。


 実体はあるのだ。


 星の魔法力を集中しながら荒野を駆け抜ける。


星弾ステラ・グランス


 速度も威力も現状最大の星の弾丸は、光線のように火鳥イル・フィーアを貫通し、バシャバシャとマグマのように赤く光る血を流させるが、すぐに出血は止まる。


 こぼれた血は、焼夷弾のようにしばらく燃えている。どんな成分が体内に流れているのだろう?


 火の活力か何かで回復魔法が常に掛かっていて再生でもしているのか?


 スタミナ勝負の消耗戦などしていられないので、一気に決める。


 キングアースビートルもそうだったが、この世界の魔物は基本的に私を見くびり過ぎだ。


 こいつも私を侮っている。圧倒的な機動力を駆使して翻弄する気などなく、地表で火を吐いたり、羽ばたきで炎を撒いたりを繰り返す。


 土の魔法力は十分集中した。


 放つのは火鳥イル・フィーアの真下。


石柱ラピス・コルムナ


 キングアースビートル先生も納得のサイズの石柱が、地中から勢いよくせり出し、火鳥イル・フィーアを貫いた。


 ピギャキャー!


 叫ぶような鳴き声と悶え苦しむ動き。効果は覿面のようだ。


 再生出来るものなら再生してもらおう。高みの見物を決め込むと、火鳥イル・フィーアが大きく翼を広げるのでダメ押し。


石十字ラピス・クルクス


 石柱にさらに土の魔法力を送り、その先端を十字に伸ばす。直後、羽ばたいた火鳥イル・フィーアが飛び上がるが十字にぶつかり地に落ちる。逃がしはしない。


 ほっといても死にそうだが、更なら対策の隙も与えない。


 抜いた備前長船に手を添え、魔法力を集中。


風刃ウェントゥス・ラーミナ


 かつて風手裏剣として放った魔法を備前長船に装着。


 備前長船の刀身が淡く光を放ち、ヒョオオーと風を切る静かな音を響かせる。


 さあ、何が起きるか実験だ。


 地を蹴り、トップスピードで火鳥イル・フィーアに向かってダッシュ。


 その勢いのままとび跳ね、長い首を斬り付ける。


 風で鋭さを増した備前長船は、火鳥イル・フィーアの首の炎を吹き消すように退け、その首をやすやすと切り落とした。


 首の切断面から吹き出すマグマのような血を避け、着地。


 落ちた頭も、頭を失った体も、じたばたと暴れている。


 なんだこいつ?


 なぜ黄緑の光に転じて消えない?


 まさか不死身の不死鳥なのか?


 そう思った次の瞬間、火鳥イル・フィーアの体が風船のように膨張。


 次に起こることの予感に、慌てて魔法を放つ。


水壁アクア・パリエース


 私の前に水の壁が生まれるのと同時に、膨張した火鳥イル・フィーアが大爆発した。


 やられた。まさか自爆するとは。


 目の前どころか、辺り一面が炎に包まれる。水の壁など一瞬で蒸発。炎の突風は容赦なく私を吹き飛ばした。


 熱い。いや、熱い程度なのはおかしい。


 こんな炎に焼かれ続けたら、正気でいられないくらいの激痛でショック死するだろう。


 数秒間に渡り吹き付けた炎が消えると、火鳥イル・フィーアの姿はなかった。


 自分の姿を見て、自分の火耐性を大きく修正する。セーラー服は跡形もなく灰になり、火に炙られ続けたせいか、全身すすまみれで真っ黒だが、火傷どころか髪の毛一本焦げていない。


 私だけじゃなく、備前長船もその鞘も溶けていない。どういうことだろう?


 無事で何よりだが、あの炎で無傷なことに若干怖くなる。本当に、なんでこんなに火に強いんだ?


 精霊の耐性には驚くが、じっとしている訳にもいかない。釣糸で直したリュックを馬車に置いて来たままだし、みんながまた黒犬アインリに襲われているかも知れないので、すすを水の魔法で洗い流し駆け出す。


 荷物を馬車に忘れて来たのは幸いだったかも知れない。あの飯盒さえ溶かしそうな炎に巻かれていたら、魔法書以外の荷物は全てダメになっていただろう。


 大怪獣バトル第二戦は惨敗である。


 奮闘の甲斐もなく一張羅が灰にされた。


 こんな格好ではもう馬車には乗れないが、馬車から見えない距離でも犬ころくらいは倒せる。


 さて、困ったことになった。服すらなくては人里に行くどころではない。


 もう少し草木のある場所に行けて、そこに麻に似た繊維や綿に似た植物があれば、木の魔法で加工することで服が作れると思う。なくても、大きな葉やツルがあれば服っぽいものも作れるだろう。何も悲観することはない。私なら、なんでも出来る。


 走り出してすぐ、その歩みを止めた。


 わき起こるこの感情を、どう表現すればいいのだろう?


 道の先、ランプでピカピカ光る馬車が止まっている。


 最初スピードを出し過ぎて馬車が壊れてしまったのかと心配したが、木製だろうとロファルスで強化出来るこの世界の馬車は、地球の自動車よりも余程丈夫だろう。壊れるはずがない。


 何より、みんなが馬車の外に出てこちらの様子を伺っている。


 夜目が利くので私からは見えているが、みんなには私の姿は見えていない。


 地獄耳も備わっているから、話声もうっすら聞こえる。


「あの爆発じゃ、あの子はもう……」


 “もう”なんだ?


「わしらの為に、あんな若い娘が犠牲に……」


 生け贄になんかなった覚えはない。


 このまま死んだことにしていてはさすがに申し訳ないし、荷物の回収も出来ないので名乗りを上げる。


「みなさん私は無事です。服が燃えてしまい馬車には乗れないので、私の荷物だけ置いて先に行ってください」


 声を聞いた瞬間、二つの人影が駆けて来る。


 中年女性と若い女性だ。


 息を切らす程に駆けて来た女性は、私の肩に手を添え、悲痛な表情を近付けて言う。


「大丈夫? 怪我はない?」


 今にも泣き出しそうな程、その瞳は潤んでいた。


「ご心配なく。傷ひとつありません」


 同性とは言え、さすがに素っ裸は恥ずかしい。まあ、暗くて二人にはほとんど見えていないだろうけど。


「無事でよかった。本当によかった」


 おばさんの方はもう泣き出している。


 若い女性がおもむろにワンピースを脱ぎ出す。


 仰天行動をとなりのおばさんが止める。


「若い娘があられもない格好するもんじゃないよ。私の方が着込んでいるから」


 そう言っておばさんは上着を脱ぎ、その下のワンピースを脱いで私に差し出す。


 おばさんは肌着とドロワーズのような下着を付けているだけで、決して厚着などしていない。


「気にしないの。羞恥心なんか若い時分に置いて来たから。あんたは命の恩人よ。何か返させてよ」


 おばさんの意を汲み、受け取ってぶかぶかのそれを着る。


 若い女性も脱ぎ掛けの服を着る。チラリと見たけど、中にはブラとショーツくらいしかつけていなかった。


 私にワンピースを貸したら、その格好で馬車に乗る気だったのだろうか? 見掛けに寄らず豪胆な女性だ。それほどに、感謝しているということなのかも知れないが。


 わかったことは、この世界の人は胸が痛くなるくらいに優しく、親切ということ。僅か数人との接触で判断するのは早計とは思うが。今はとにかく、そう思った。




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