怠惰の毒
※この作品内に登場する人物名、地名、施設名は全てフィクションとなっております。
僕は今、中学一年生。現在の時刻は午前十時。クラスメイトは既に学校で座学を始めている時間だ。にも関わらず今僕は自宅のベットで寝転がっている。それには訳がある。そう、今日は体が怠くて重いのだ。
僕がこういう風になってしまったのはいつからだろうか。確かそれは去年…つまり僕が小学六年生の頃のある出来事からだろう。
小学校六年生の時、僕は初めて学校を休んだ。そう、初めてだ。その日までは僕は毎年皆勤賞を貰っていた。勿論幼稚園で風邪を引いたことはあったが、小学校に入学してからというもの一度も重度の風邪は引いてこなかった。しかし、この日初めて風邪で学校を休んでしまった。その日の違和感というものは今でも鮮明に覚えている。いつも通っていた通学路、それを通らないで家で寝ているのだ。学校で友達と話すこともできなければ野球やサッカーをして体を動かすこともできないのだ。僕ができたのは…寝て風邪を早く治すことだけだった。今思えばこの時点では直接的な原因にはなっていなかったかもしれない。
それからというもの、ひと月に一度くらいのペースで体調不良に陥り、学校を休むようになっていった。僕の両親は疲れすぎじゃないか、たまには遊んでいいんだぞと言ってくれた。
それから暫く経った頃、父さんが出張することになった。場所は今僕が住んでいる埼玉県から少し離れた神奈川県だそうだ。そしてそれと同時に母さんも仕事が忙しくなっていった。今まで親と日常的な生活を楽しく過ごし、また支えてくれた存在が僕に構っていられなくなってしまったことによって、だんだん僕は苛立ってきた。そして両親に対し不信な思いを持つようになっていった。
中学に入学した時、僕は剣道部に入部した。…否、正しくは入部させられた。僕は両親に、家で勉強したりゲームしていたりしたいと意見を主張したが、母さんは、
「父さんも私も忙しいんだし、一人じゃ不安なの。あとは、しっかり体を動かさないと不健康でしょ」
と言って全く聞いてくれなかった。
僕が中学生活を始めて一か月後。僕は熱が発症した。幸い小学校の時に勉強をしっかりやっていたおかげか、学校を休んでも勉強に支障は無かったが、僕は小学生の時と違ってこっそりとゲームをやってしまった。親もいないしばれないだろうという気持ちと、”暇”に対する欲望からこういうことをやってしまったのである。…もう大丈夫だと言い訳をして。
そしてそれから一週間後。僕にはどうしても嫌な授業があった。それは美術だった。あいにく芸術に関する才能は一切と言っていい程無かった。そしてその日は描いた絵の発表会だったのだ。僕はどうしても嫌で、嫌で…休んでしまった。その日自宅で何をしていたのか、言うまでも無かろう。次の日、学校に行った時、親切にも友達が、
「昨日は大丈夫だったか?お大事にな」
と言ってくれた。普段は嬉しい筈のその言葉がしんみりと心に響き、複雑な気持ちが渦巻いた。
その後も僕は休み続けた。本当に具合が悪いこともあったが、殆どが仮病やズル休みだった。自分でも分からない。なぜ自分がこうなってしまったのか、それは分からない。しかし原因は分かっている。不思議な感情だ。行きたい、でも行きたくない。悔む、でも良かった。
そして今に至るという訳だ。
時には部活が嫌で休むことがあった。時には授業が嫌で休んだ。時には具合が悪い気がして休んだ。時には学校が面倒くさくて休んだ。時に自分は考えることがある。自分は異常なのだろうかと。しかし答えは返って来ない。今更学校に行っても元友達に軽蔑の視線を浴びせられるだけなのだ。そう考えると恐怖の念が湧いてくる。
僕は今日学校を休んだため、早速とゲーム機を手に取る。ゲームに関して廃人という程やり込んではいないが、普通の中学生よりは何倍もやり込んでいるだろう。家には両親がいないため、僕はいかんせん何をやろうかいつも迷う。
僕がゲーム機の電源ボタンを付け、ソファに座った瞬間、それは鳴った。
ピロロロロロロロ。
家の固定電話だ。おかしい、こんな時間に鳴るなんて…。いつもは学校が放課となった時に担任から電話が来る。しかし今は午前十時。何事だと思い、今だ尚鳴り続ける電話へと近付く。見たことのない電話番号だったが、取ってみる。
「もしもし、埼玉総合病院です。鶴川さんのお宅でしょうか?」
非常に切羽詰まった声でその声は僕に問うた。
「は、はいそうですけど」
「良かった、学校に電話したんだけど来てないって言われて…」
僕はキリキリと胸が痛むのを我慢して聞いた。
「それで、何の用でしょうか?」
「あなたのお母さんが原因不明で倒れたそうなの。今すぐ埼玉総合病院のXX棟XXX室に来れる?」
僕の頭に電流が流れたかのような衝撃が迸った。電話越しの女性は何を言っているんだと。
「…すぐ行きます」
何とかそれだけ絞り出した僕は電話を切る。その後すぐに父さんから同じ内容の電話がかかって来てこれは嘘ではないということを痛感した。
埼玉総合病院へと到着した僕はすぐに教えられた病室へと向かった。そこには意識が回復した母さんの姿があった。僕は一先ずふぅと溜息を吐く。
「…父さんが少ししたら帰って来るから仲良く暮らすんだよ」
母さんはそれだけ呟くと窓の方を向き、目を瞑ってしまった。…恐らく寝たのだろう。医者によればストレスによる負荷らしい。僕は医者にそのことを聞いてから自分のことについて考えた。自分のせいで倒れてしまったのではないかと。
それから一週間後、父さんが帰って来た。母さんのお見舞いをするためだ。久しぶりに帰って来た父さんの顔は何だか疲れていて、且つ神妙な面持ちに感じられた。父さんは僕に、
「しっかり学校行って勉強してるか?学校は楽しいか?」
そう聞いた。僕は…反射的に頷いてしまった。そうすると父さんが少しだけ笑顔になった。それが僕には辛くて…それと同時に嬉しかった。
父さんが埼玉に戻って来ても仕事はあって夜までいないことが多かった。でも、僕は学校を休むということを止めることができなかった。家でゲームしているのは楽だし楽しい。その状況から僕は足掻けなかった。
でも僕は一つの思い出ができた。それは父さんと作った料理。二人とも不器用で一緒に作った料理は不味く、でも何かほっこりした。その時に使ったフライパンは僕のお気に入りだ。
やがて母さんが退院するとなった時、同時に父さんは神奈川へと旅立った。しかし、父さんがいなくなっても僕は変わらず学校を休み続けた。既に僕は学校に週一回しか顔を見せなくなってしまっていた。僕の心の内で、惰気と勇気が闘っているのが目に見えるように分かる。僕はもう耐えられなくなっていった。
いっそこのまま引き籠ってやろう。そうすれば楽だ。そう思った時、不意に家族旅行に行った時の写真が目に映った。キラキラとした僕の目、凛々とした母さん、父さんの目…。ふとその時、父さんの顔が頭を過った。
楽しんで頂けましたか?
この作品に込めた想いをぜひ読み取ってみて下さい。