表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

第七話:セキュリティは計画的に

「むかしむかしあるところに、少女Aと青年A、B、C、Dがいました。青年Aは少女Aが好きでしたが、少女Aは青年Bに恋をしてしまいました」

「青年多いよ……というか、なんで私こんなよく分からない男に昔話聞かせてもらってるんだろ……」


 答えは簡単。『俺が泣かせてやる』――そう言われて、私はキスもしくはそれ以上の事をされるとばかり思っていたのだが、この猫耳男はそんな素振りは一切見せず、よく分からない話を始めたのである。

 いや、別にキスして欲しかったわけじゃないけど。

「あのー、セイ君? 何でいきなり昔話始めたの?」

 自分の質問に自分で答えるという悲しい行為にも飽きたので、とりあえずセイ君に疑問をぶつけてみる。

「何って、おまえを泣かせようと」

「そんな昼ドラ風昔話で!?というか、『泣かせる』って感動させるって意味!?」

 セイ君はきょとんとした顔でこくりと頷く。寝癖なのか、ところどころはねている黒髪がひょこりと揺れた。

 こいつは天然なのか、それとも馬鹿にしているのか。どちらにしろ、あっち方向に考えていた自分が恥ずかしい。

 なんとなく悔しくて、この猫耳男の頭を叩いてやりたかったが、まだ抱き締められているせいでそれは叶わなかった。

「でもおじょーさん、昔話っていっても、これは実……」

「そこまでだよー猫耳のおにいちゃん」

 セイ君は急に真顔になり何かを言いかけたが、綺麗に重なった二つの声がそれを遮った。驚いたのか、私を抱きしめていたセイ君の力が緩んだ隙に、私はなんとか腕の中から抜け出した。

 救世主とも呼べる声がした方に顔を向けると、夕日を背景に二人の男の子が立っていた。歳は十四歳くらいだろうか、片方の子は右目、もう片方の子は左目に、薔薇が描かれた眼帯をつけている。

 顔も、男の子にしては少し長めの髪型もそっくりで、服装も色違い。双子だろうか。

「こんにちは、“アリス”のおねえちゃん」

 私と目があうと、二人はにっこりと微笑んだ。

 ……可愛い。年下好きにはたまらない笑顔だ。

 右目に眼帯をつけた方の子がセイ君に詰め寄る。

「ヒントを与えるのは“チシャ猫”の仕事だよ。おにいちゃんは“ジョーカー”。ヒント出すなんて反則だよ、なり損ない」

可愛らしい見た目からは想像もつかない程に冷たい声。

「化け猫に告げ口しちゃおうかなぁ」

「クレイセンパイに? うわ、そりゃまずい」

セイ君は両手を肩の位置まであげると、右足で地面を強く蹴った。その勢いで、近くにあった木に飛び乗る。

「ごめん、有梨守。クレイセンパイが出てきたら、俺不利になるからさ。また今度迎えに来てあげるよ」

 そう言うと、セイ君はもう一度高く跳躍し、そのまま遠くに見える塀を乗り越えて屋敷の外に出ていってしまった。

「おねえちゃん、大丈夫だった?」

ぼうっと突っ立っていた私は、すぐ近くで聞こえた声に、はっと我に返った。

「はじめまして、“アリス”のおねえちゃん。僕はディーで」

「僕はダム」

 見事なコンビネーションで自己紹介をして、二人は私の手をとり甲に軽くキスをした。

「おねえちゃん可愛いね。アリス姫って呼ぼうか、ディー」

右目に眼帯をした子――ダムが、楽しそうに言う。

「そうだね、ダム。良い考えだよ」

 ……この世界に来て、可愛いなんて初めて言われた……!

 私が喜びに浸っていると、両手に軽い痛みを感じた。見遣ると、可愛らしい笑顔を浮かべた双子が私の手を凄い力で掴んでいる。

「ねえ、アリス姫。僕たち、ちょうどタイクツしてたんだ」

「だから、遊んで?」

そう言うと、二人は同時に首を傾げた。

「な、何の遊びがしたいの……?」

 本当は聞きたくないが、今までの経験上聞かなければ酷い目に遭いそうなので、恐る恐る尋ねると、二人はくすくすと笑いはじめる。

「何って」

「決まってるでしょ」

「アリスごっこだよ。僕らがウサギで」

「お姉さんがアリス」

 ……わけがわからない。

 けれど、この“遊び”に参加してはいけないと、私の頭の隅で警鐘が鳴り響く。

「アリス姫、逃げたら駄目だよ」

「僕らから逃げられると思ってるの?」

 二人の手が腕に食い込む。

 痛い。

 “痛み”なんて、久しぶりに感じた。痛い事や面倒な事は避けて生きてきたから。

「ディー、ダム」

 小さいけれど、どこか迫力のある声がして、腕から痛みが引く。

 ディーが小さく舌打ちするのが聞こえた。

 かなりガラが悪い。ゆとり教育はどうなってるんだ。

「……アリス。……あまりに警戒心がないのは、考えもの、ね」

 振り向くと、見知らぬ美少女が立っていた。12歳くらいだろうか。銀色とも灰色ともつかない短い髪に、ねずみのような耳が生えている。あどけなさの残る顔立ちに不相応な、感情のない瞳がやけに目立つ。

「邪魔しないでよ、ヤマネ」

「折角遊んでもらえそうだったのに」

 双子は口を尖らせて口々に文句を言うが、美少女は表情一つ変えずで私の手を取った。

「あの双子に何かされないうちに、早く行きましょう。……お夕食、なんでしょ?」

 

 ……そういえば、目的をすっかり忘れていた。

 それもこれも、ウサギや猫二匹や双子が邪魔するからだ。シェイドさんに会ったら、セキュリティ強化を薦めてみなくては。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ