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第五話:遠い日の幻影

「……ここ……どこなの……!?」

 地獄のような光景の中で、私はただ立ち尽くしていた。

 聞こえるのは親と引き離され泣き叫ぶ子供の声、全身を走る激痛に誰にでもなく許しを請う声。

 目に映るのは、町を焼く業火と積み重なる死体、逃げ惑う人々、飛び散った血の鮮やかな紅。

 鼻を突くのは蛋白質が焦げる不快な匂い。

「アリス」

 名前を呼ばれて振り返ると、赤い炎を背景に、ディールさんが立っていた。口元には、この状況には不似合いな穏やかな笑みが浮かんでいる。

「ディール!」

 私の口から言葉が漏れる。でも、私の意志じゃない。

 とっさに指を動かそうとするが、ぴくりとも動かなかった。

「ディール、会いたかった」

 また、私じゃない『私』が言う。

 自分の体なのに、他の人の意志で動いている。その事実が、私の不安を煽った。

「僕もですよ、アリス。でも――貴女は僕を裏切った」

 笑顔を浮かべたまま、ディールさんは懐から小さな銃を取り出す。


 ――殺す気だ、私を。


 頭の隅で警鐘が鳴る。


「さようなら、愛しいアリス」


 銃音が響き渡った。


◇◇


「嫌――ッ!」

「アリス!? 大丈夫か!?」

 ガチャリとドアの開く音がして、シェイドさんが私の目の前に現れた。

「怖い夢でも見たのか?」

 『夢』?

 辺りを見回すと、本が入った棚や高そうな絵画など、趣味の良い調度品が並んでいる。どうやら、ここは部屋の中らしい。その中央に置かれたベッドに、私は寝かされていた。

「あれ、おかしいな……。……そういえば、シェイドさん、その口調」

 別に敬語を使って欲しいわけではないし、こちらのほうが気が楽だ。是非今後もその方向でお願いしますと言おうとして、シェイドさんのあっけにとられた表情に気づき思わず口を噤んだ。

「何を言っているんだ? お前が敬語は止めろと何度も頼んできたのだろうが」

 そんな事を言った覚えはない。それに、シェイドさんとはついさっき会ったばかりで、まともな会話もしていないというのに、どうやって『何度も頼』むというのだろうか。

「惚けるのも大概に――、……そうか……。お前は、アリスであってアリスではないのだったな」

 そう言って、シェイドさんは悲しそうに笑う。

「え?」

「いや、何でもない。私は少し頭を冷やしてくる。夕食の用意はできているから、お前は下で先に食べていてくれ」

 シェイドさんは右手で頭を抑えながら、部屋を出て行った。

「なんだったんだろう……」

「テメェはホントに何も知らねえんだな」

 背後から聞こえたアルトに振り向くと、ウサ耳少年がベッドに腰掛けて足をぶらぶらさせていた。体の動きに合わせて、ウサギ耳がぴょこぴょこと揺れる。

「あいつは“狂って”るんだ」

 狂ってる?

 とてもそうは見えない。挙動不審具合で云えばむしろ私の方が勝っているくらいだ。

「ま、あのウサギ野郎やこの国のほかの住人達にに比べたらマトモな方だけどな」

「比べたら、どころか、すごくまともな人に見えるけど……どう狂ってるって言うの?」

「それは言えねー。ルールだから」

 ウサ耳少年はニヤリと笑う。その笑みは挑発的で、でも、わかりにくい優しさを秘めているように思えた。

「また“ルール”……。この世界で会った人は、みんなそう言うけど、どういう意味?」

「どういう意味、か。お前、なかなか鋭いのな」

 ウサ耳少年はぼそりと呟くと、私の問いには答えずに、逆に質問をしてきた。

「っつーか、お前、異世界に来たっていう事を、何でそんなアッサリ受け入れてんだ?」

 ……そういわれてみれば。

 普通、突然見知らぬ男の人に、ここは異世界ですと言われても信じないだろう。しかも、男の人には可愛らしいウサギ耳というオプション付き。納得するのは私くらいだろう。

「多分、慣れてるから……かな」

「慣れてる?」

 ウサ耳少年が、可愛らしく首を傾げる。

「うん。私のお父さんはとにかく転勤の多い人でね。何度も何度も引っ越しを繰り返すうちに、環境の変化に鈍感になっちゃったみたいなんだよねー」

 初めは友達を作ろうと必死になっていたけれど、途中から、そんな努力も無駄に思えてきて。諦めて、全てに無関心になっていた気がする。

 「へー、寂しいヤツ」

 「ま、また私のガラス・ハートを……」

 「どーせ防弾ガラスだろ」

 ……返す言葉もございません。

 顔を上げると、ウサ耳少年は優しげな笑顔を浮かべていた。

 うっかりそれを直視してしまい、なんとなく気まずくて目線を逸らすと、ベッドの脇に小さなカップが置かれているのに気付いた。

 「あれ。コレ、きみが置いてくれたの?」

 「いや、シェイドじゃねーの」

 シェイドさんか……意外にマメなヒトなんだな。

 私はそのカップに手を伸ばす。淹れてから結構な時間が経過しているのか、立ち上る湯気はごく少量だった。

 一口含むと、程良い苦味と独特な香りが私の心を落ち着かせてくれた。

「コーヒー?」

「や、紅茶だと思う。あいつ、飲み物は紅茶しか飲まねーから」

「そりゃまた独特な趣味だね。あ、そういえば、きみいつからここにいたの?」

 この部屋の入り口は、見たところ先ほどシェイドが出て行ったドアだけ。

 しかし、彼が出て行った直後に背後から声がしたと言う事は、少なくともこの少年はドアから入ってきたわけではないということだ。

「いつからって……ホント鈍感だな。最初からいたぜ。お前のジュゴンっぽい寝顔も見た」

 うわあコイツインド洋に沈めてもいいですか。

 殺気をこめて睨むと、ウサ耳少年は勢い良くベッドから飛び降りる。

「それからな、“アリス”。俺はお前をアリスという名で呼ぶつもりはねえぜ。お前はアリスじゃないからな」

 ……どういう意味だろう。

「さー、飯飯。お前も早く来ねーと全部食っちまうぜ!」

 そう言うと、ウサ耳少年は目にも留まらぬ速さで部屋を出て行った。


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