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第三話:蛍光ピンクの悪夢

「よお、アリスのお嬢さん。オレはクレイってんだ、よろしくな」

 派手なピンク色の服に身を包んだその人は、歳は三十くらいで髪はオールバック、そしてやはり形容し難い美形。頭からは、二つの三角――俗に言う“猫耳”がついていた。

ディールさんのウサギ耳もかなりアレだったが、こっちはピンク色の服の相乗効果で物凄くイタい。 “クレイ”は“クレイジー”から取ったのではないだろうか。

「ふふふ……そうか……これは夢なんだ……どうして今まで気がつかなかったのかな……」

「何の用ですか、“チシャ猫”。アナタのせいでアリスが異次元に逝ってしまったじゃないですか」

 現実逃避している私を生暖かい目で見て、ディールさんは静かにピンクい人――クレイさんを睨み付ける。

 あなたのウサギ耳にも責任がありますよという言葉が喉まで出掛かっていたが、なんとか飲み込んだ。

「ったく、ディールちゃんはノリ悪ィな。あんたもそう思うだろう、お嬢ちゃん」

 はっはっは、と豪快に笑いながら、私の背中をどんと叩く。

 なんてテンションの高い人なんだろう。

「それにしても、この嬢ちゃんが“アリス”ねぇ」

 そう言って、クレイさんは私の顔を覗き込んできた。

「へェ……あんたさ……」

 この展開はもしや。

 少女漫画でよくある、「へー……お前……結構可愛いな」かっこ微笑かっことじ、みたいなアレ!?


「大した顔じゃねえな」


 …………拝啓、お母さん。

 私は生まれて初めて、豆腐の角で頭を打って死ねばいいのにと思うくらい腹の立つ奴に会いました。


◇◇

 いい歳してピンク塗れの人に言われたくない、と反論しようと思ったのだが、私が口を開くより早く、ディールさんがクレイさんの頭を叩いた。ぱん、といい音が響く。

「貴方という人は……」

 心なしか、ディールさんの周りに黒いオーラが見える気がする。

「オイオイ、そんなに怒るなよ! ちょっとからかっただけじゃねえか」

 クレイさんは笑いながら弁解している。

 からかうにしても失礼すぎるだろうという言葉を呑み込んだ私は、とっても空気の読める偉い子だ。

「そんな事は関係ありません」

 ディールさんがクレイさんに詰め寄った。なんとなくクレイさんが可哀想になるくらい迫力がある。

「う。……そ、そうだ、お嬢ちゃんにゲームの説明はしたのか!?」

 クレイさんはなんとか話を逸らそうと必死だ。

「そういえば説明の途中でしたね」

「だ、だろだろ!?」

「では貴方へのお説教は後でのお楽しみにしておきましょう」

 ディールさんはにっこり笑ってそう言うと、私の方に向き直った。

 ……もしかすると、この人は腹黒いのかもしれない……。

「えーっと、どこまで話しましたっけ。ああ、そうだ、名前の事でしたね。何故名前を思い出せないのか、についてはルール上言えません。というわけで、貴女は今日からアリス=リデルです」

 いや、どういう訳で?

「因みに反論は認められねーぜ、ルールだからな」

 私が理由を聞こうとすると、クレイさんが口を挟んだ。

 どうやら、何を言っても無駄、ということらしい。仕方無く、私は口を噤んだ。

「…それから、先程、僕が言った“アリスの血を汚す”という事の意味はお分かりですか?」

 意味?

 純血、があれだという事は、まさか…。

「キスだぜ」

「へ?」

 もっと過激な行為を想像していた私は、予想外の単語に間の抜けた声をあげてしまった。

「だから、このゲームの参加者の誰かにキスされたらあんたの負けってこった」

 そんな馬鹿な!!

 大声で叫びそうになるのを必死に堪える。

「クレイ、余計な口を挟まないで下さい。大丈夫ですよ、アリス。ゲームの参加者は、貴女が嫌がる事を無理矢理にはしません。キスだって、貴方が拒めばいいんです」

 ディールさんが、優しくあやすように言ってくれる。

 何故か懐かしいような不思議な気持ちになって、少しだけ心が安らいだ。

「それって、『ルールだから』?」

「それもあります。でも、一番の理由は――貴女の事が好きだから、ですよ」


 殺してしまいたいほどにね、と、彼は笑った。


◇◇

「それって、どういう……」

「それは言えません。ルールですから」

 ディールさんはにこりと笑って、人差し指を唇に当てる。

 感情のこもらない笑み。何故か、背筋に悪寒が走った。

 不自然な沈黙。

 それを破ったのは、クレイさんだった。

「おい、そろそろ日が暮れるぜ。行かねえとマズいんじゃねえか?」

「本当ですね。じゃあ行きましょうか、アリス」

 私の手を掴んで歩き出したディールさんの笑顔には、もう怖さなど欠片も存在していなかった。


「着きましたよ」

 薄暗い森の中をすいすいと進むディールさんに手を引かれて歩くこと約一時間。

 やっと森を抜け、草原を歩いていると、前方に大きな屋敷が見えた。

「え……あそこは……?」

「“帽子屋”シェイドの屋敷です。彼になら安心して貴女を預けられます」

「信頼できる人って事ですか?」

「いえ、信頼など微塵もしていません。寧ろ嫌いです」

 予想外の返答に、驚いてディールさんを見ると、爽やかな笑みを返される。

「僕はこれから城に帰らないといけないので。貴方を連れて行きたいのは山々なんですが、うちの女王陛下はヒステリックなうえにツンデレで首刈が趣味なのでそういうわけにもいかないんですよね」

 ディールさんは大袈裟な溜め息を吐いた。

 今、物凄く物騒な単語が聞こえたんですけど気のせいですよね。

「ま、せいぜい頑張れよ、お嬢ちゃん。あいつ愛情表現下手だけどいいヤツだから心配いらねえぜ。……多分な」

 クレイさんがひらひらと手を振ってウインクする。

「大丈夫です、帽子屋はかなりお堅い人ですから」

 ちょこちょこ様子を見に来ますから心配いりません、と私の肩に手を置くと、ディールさんはクレイさんを連れて遠くに見える城の方へ走って行ってしまった。


 ……神様、私にどうしろと……?


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