第二話:〝ゲーム〟
「えっと……新規まき直し政策ハーゲンダッツさん?」
「うわあ凄い、そんなに見事に名前を間違えられたのは初めてです。僕の名前はディール=ハーゲンデイツですよ」
人好きのする笑みを浮かべたまま、新規巻き直し政策さん改めディールさんは私に手を伸ばした。
「?」
その手が表す意味が分からず、小さく首を傾げる。突然出てきて、金が欲しいとでも言う気だろうか。
怪訝そうに目を向けると、ディールはくすりと笑い、心配しなくてもとって食いやしませんよと私の頭を撫でた。
「掴まってください。貴女はここが何処か知りたいんでしょう?」
「……うん、まあ……」
貴方の頭から生えている白いモノについても知りたいんだけど、と言いかけたが、もう少し親しくなってから聞くほうが賢明だろうと思い直し、咳払いで誤魔化した。
「それなら、僕に着いて来てください。詳しい事は歩きながら説明しますよ」
その爽やかな笑顔に有無を言わせぬ迫力を感じて、私はその手を掴み、引っ張られるがままに歩き出した。
少し余裕も出てきた私は、ディールさんを少し観察してみようとその端正な横顔を眺める。歳は18か19くらいだろうか、透き通るような白い肌に、ルビーのように澄んだ赤い目。長めの銀髪は、後ろで一つに纏め三つ編みにしてある。
一言で言えば、超洋風で貴族風の超美形。
我ながら稚拙な表現だとは思うが、他にこの男を説明する言葉が思いつかない。男の人の顔は全部レタスに見える私でも格好良いと思うのだから、クラスの女の子達が見たら卒倒するのではないだろうか。
「どうしたんです?」
「あ、ううん、何でもない」
心配そうに顔を覗き込んできたディールさんに、慌ててそう返すと、彼はほっと息を吐いた。
どうやら、本気で心配してくれていたようだ。少し申し訳ない気持ちになる。
「それなら良かった。では、約束でしたし、貴方のおかれている状況についてお話しましょう」
その声音に、嫌な予感を感じた。喩えるなら、教師が急な小テストを告知するときのような、躊躇いがちで、でも事実は変えられないから渋々伝える。そんな調子だ。
「まず、貴女はゲームに参加しなければなりません」
……ゲーム?
「すみません先生、いきなり意味が分かりません」
「え! う、うーん、そうですねぇ……では簡潔に説明しましょう。まず、ここは、貴女達の世界で言うところの“異世界”。名を“狂いの国”といい、赤の女王によって治められています。そして、この国では100年に一度あるゲームが行われるんです」
命がけのね、と小声で付け足し、ディールさんは溜息を吐く。
溜息をつきたいのはこちらの方だというのに。
「簡単な話です。ゲームのルールは、1、“アリス”役となる純血の少女を召喚する。2、“アリス”の血を汚せばその者の勝ち。そして、貴女は“アリス”役に選ばれたんです。ね、簡単でしょう?」
確かに簡単だ。わかりたくないがよくわかった。
でも、今度は新しい疑問が幾つか出てきた。
「幾つか質問しても良いですか?」
嫌な予感に、なぜか敬語になってしまう。
「はい、どうぞ」
先程から口をはさんでばかりの私に嫌な顔一つせず、ディールさんはにこりと笑って先を促した。
「“純血”って何なの?」
「ああ、処……」
「ストーップ!!! まさかその後に“女”が来るんじゃないでしょうね!?」
「ご名答! よく分かりましたね」
ディールさんはパチパチと拍手をしながら流石です、と私の頭を撫でた。
どうやら、私の望む否定の言葉は口にしてくれないようだ。
「じゃ、じゃあ、私が“アリス”だっていう証拠は? どうしてそんな事が分かったの!?」
つい語勢を強くして言うと、ディールさんは困ったように笑う。
「そうですね……では、貴女の名前を思い出してみて下さい」
「……名前? 何で? 私の質問と関係ないじゃない」
「いいから」
何となく、嫌な予感がする。
「えっと……私は……、あ……れ……?」
何故だろう、自分の名前が思い出せない。
「何で!? 学校やお母さん達の事は思い出せるのに……!」
私の頭の中の消しゴムの仕業……!?
以前に見た映画の内容が頭に浮かび、全身から血の気が引いた。
「……分かったでしょう?だから、貴女はアリスなんです」
軽いパニックに陥った私に、ディールさんが悲しそうな笑顔で言う。
だから、と言われても、何が何だかさっぱりだ。
私が思わずしゃがみこんだ時。
「あんたはまさか……アリスか?」
突然掛けられたよく通る声に顔を上げると、蛍光ピンクの物質が目に飛び込んできた。