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第三八話

「グラス五個、食器二枚、会計ミス四件」

テーブルを挟み香澄さんは私へ顔を曇らせて読み上げる。

「この一週間に起きたミス。それも全てあなた。あなたらしくない失敗で首を傾げたくないわ」

なんでこのような失敗がたて続きに起きているのか分からない。故意(わざと)ではなく過失。ただ過失という範疇を超えた失敗。忸怩たる思いで香澄さんの目を合わせられない。

「どうせ、何かあったんでしょ」

やはり香澄さんだ。私のことを見透かしている。伊達に長い付き合いのことはある。

「言い訳になりますが、怖いです」

「怖い?」

「例の悪夢です。ただの悪夢だと分かっているのに、時折あれが正夢になるのではないかと胸騒ぎがして、不注意になってしまいます」

香澄さんと顔を合わせず下を向きながら、覚束無い回答を放った。

「まったく」

回答を聞いてすぐにため息をつき、天井を見上げる香澄さん。

「経営者としては『そんな』理由でと、言いたいところだけどあなたらしいと言えばあなたらしい」

「返す言葉もないです.......」

「何が怖いのかしら」

「.......」

口をつぐみだんまりをきめこむ。

香澄さんは私に目を向けて返事を待つ。長い。この沈黙の今が。店内音楽が流れない店内が。

「黙っていても何も変わらないわ。逆に言い訳してもらった方がまだ良い方だわ」

厳しい一言が身に入る。その場しのぎの回答を考えているうちに時間が過ぎていく。

「---怖いです」

「何が?」

「また嫌われるのではないかと」

「誰に?」

「みなさんに。また両親や幸恵さん、そして常連さんに」

必死に絞り出した回答を放ち、顔を上げると柳眉を震わせた香澄さんが目に入った。

「はぁーーーあんた、それ本気でそれ言っているの。ああー馬鹿馬鹿しい」

「そこまで言わなくても良いじゃないですか.......」

「腹の皮が捩れる程に馬鹿馬鹿しいわ」

「......」

「あのね。あなたには辛い目に合わせた人との出会いはあった。でも今のあなたの周囲にはあなたを信じ愛してくれる人がいるのよ。あなたが不信になってどうするの」


あの悪夢で私は彼女らへの信じる気持ちに揺らいだ。恥ずかしい。とても



「ただ会計ミスは客が気づいて訂正できたけど、食器類は店として痛いわ。しばらくは『一部の客』はジョッキ提供になるかしら。むしろジョッキ提供をメインにすれば提供回数を減らせ......る。居酒屋でメガジョッキのメニューがあるなら、うちの店でもやろうと思えば.......」

香澄さんが腕を組みながら一人でぶつぶつ呟いている。私のミスは厳重注意で終わった。次の日から試験的に一部の客にジョッキ提供したところ、文句なし何食わぬ顔で呷って店内が騒がしくなった。滞在時間が長くなり今まで以上にお客さん同士、自分との会話が楽しくなった。気がつけば時間の悩みも吹き飛んだ。

悩んでも何も変わらない。そうなるくらいなら些細なことをして微々たる変化も悪くない。






「里恵ちゃーん、メガハイボール おかわり」

「幸子、あなた まだ飲むの!?」

「香澄さーん、私 またフラれたんですよ。お酒で洗い流したいんです」

「お酒で洗い流さなくても、あなたはまずチャラチャラした性格を治せば良いだけよ」

「里恵ちゃん、モスコミュールとジントニック、モヒート ちゃーだい」

「はぁーい」

今日も店は賑やかで何時でもこの店とお客さんが好きだ。美幸さんの次に。

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