こちらにメリットが何一つ無い、そんな決意を宣言されてもありがたくない。むしろ去ね。
あれだけ大騒ぎしていろいろと気をもんで、本来なら必要無かった大立ち回りをやった揚げ句。結局レスティナードが総ての結論を掻っ攫って終わったお見合い騒動の数日後。
フィセードは相変わらずミーノム診療院の通院患者だった。
「あーあぁ、コレはまた地道に包帯生活になるわねぇ…」
開いてしまった顔の傷に薬を塗りガーゼを当てながら、リュレーナがぼやく。
「えー…未だこの包帯続くの?最近闇討ち馬鹿が増えてるんだよねー。動くのに邪魔で邪魔で……」
「フィセード、そう思うんなら、早く治さないとね~。」
二度に渡る隣国の国軍壊滅の結果。すっかり『最強』という称号が定着してしまったフィセードに、挑戦者という名の闇討ちは続いている。
そして今日は早く政務を終えたらしい、アルフェストが診療院に遊びに来ていた。
「でも怪我の量は前回より少ないんじゃない?防具してたお陰ね。」
「流石にこれ以上は、怪我させたく無いよね~。フィセードも嫁入り前なんだから~。」
「アルフェスト様……その話題、私達全員にタブーだと思うんですけど…」
リュレーナは十九歳、アルフェストは十八歳、フィセードは十六歳。この国ではいずれも、とっくに結婚して子供がいるような年齢だ。
「へぺぺ軍に居る女の子は、あんまり結婚してないもんね~…」
のんびりと三色団子を頬張りながら、アルフェストが言うと、リュレーナがくぎを刺す。
「アルフェスト様も気をつけておかないと、その内お見合いの申し込みが山ほど来るかも知れませんよ。」
「リュレーナは、そういう話無いの?」
「もしあったら今頃は、新しい婦長教育して引き継ぎ出来るようにしてるわね。」
「ごもっともで…」
そんな話をした後の王城で。
「結局フィセードは骨折り損のくたびれ儲けをしてきただけか。」
「身も蓋も無い事言うな……」
休憩が重なったイルフィノースの率直な感想に、フィセードはがくりとうなだれた。
「そういや、連続誘拐事件の犯人捕まったんだっけ?」
「動機は未だ話さずらしいけどね。ソリュエレィーズの御家騒動に関連あるんじゃないかって話だよ。」
言いながら、フィセードはふとあの老人がわめいていた事を思い出した。
「そういやあの時、あのジィ様変な事言ってたな…十年前に邪魔をして、また今も邪魔をするのかって。
私、エルザラなんて行った事も無ければ誘拐被害に遭った事も無いのに…」
「へぇ~………」
イルフィノースが明後日の方を見ながら返事をするが、フィセードは気付かない。
「そもそも十年前の事件は黒髪の女の子が誘拐された話なんだから、髪の毛染めた事もない私は条件に当てはまらないのに、変な事言うよなぁ。」
「ホントに、とんだとばっちりだな…」
そうこうしている内に時間は過ぎて、二人とも次の用事を済ませに行く。
手を振り別れた後、イルフィノースは内心呟いた。
(すまん、フィセード……その爺さんの恨みの矛先に居たのは、多分俺だ………)
とはいえ、自分の女顔にコンプレックスを持っている彼は、ソレを表立って言う事は全くなかったので。真相は闇の中だった。
そして夜、帰途についたフィセードは、闇討ち馬鹿の団体を退治していた。
「コレで良いか…」
彼らを縛りあげて、近くの役場にでも放り込もうかと思った耳に、ガサリと物音が聞こえた。そちらを振り向くと、先ず真っ先に視界に入ってきたのは、バラの花束。
「こんばんは、フィセード。」
聞き覚えの無い声に気安く名を呼ばれて視線を上げると、見覚えのある顔が居た。柔らかな黒髪と水色の瞳をした、柔和な笑顔をした青年。
しかしそれが猫かぶりだという事は弟から聞かされていた、見合い相手の王族だった。
「わざとらしい登場は逆に嫌味でしかないが、何か用でも?事の発端。」
じろりと睨みあげれば、彼は驚いた表情をして、次いで納得したように頷いた。
「あぁ、なるほど。フィセルヴァインに聞いてたんだな。だったら素で喋らせてもらおう。」
にっこりと人目を引く笑顔で花束をフィセードに渡すと、彼はこう言った。
「最初は単純に会ってみたかっただけなんだが、こないだの一件で気が変わった。」
その表情に妙な既視感を覚えて一瞬考え込み、数週間前の悪夢を思い出し、一気に鳥肌を立てたフィセードは。
「本気になったから。全力で落とし…」
「 誰 が 落 と さ れ る か あ あ あ あ っ っ ! ! ! 」
みなまで言わせず、全力で貰った花束ごと殴り飛ばしていた。放物線を描いて地面に落ちた彼は、未だ言う。
「ふ…諦めんよ。俺は打たれ強いんでな…」
「大嫌い要素満載の、マゾのストーカーになんぞ、用は無いっっ!!」
この日を境にフィセードには、見栄えはとてもよろしいストーカーが付きまとう事になった……。
同時にフィセード隊の面々が、嫉妬の闇討ちに遭うようになるのだが、その報告を受けても。
「良いんじゃないですか?抜き打ちの訓練だとでも思えば…平和すぎるのは衰えの始まりですから。」
(被害喰らう方は良くないです、レスティナード参謀っっ!!)
そんな内心の訴えは、全く汲んでくれない国王補佐官だった……。
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そんな騒がしい『最キョウ』の国から遠く離れたある場所にて。
「なるほど…問題はその身体能力であって、ソレを発揮する人格さえ取りはらってしまえば、全くの無力である…という事だな?」
どっかりと椅子に腰かけた男が、報告者に問うていた。
「はい。理論上は、ですが…」
「ではその理論を現実にして見せよ。そのための資金は出そう。」
「は…ありがとうございます。」
「良い結果を待っているぞ。」
報告者が退室すると、彼はにやりと片頬を釣り上げた。
「これが成功すれば……」
未だ想像でしかないが、ソレは彼にとって実現できる現実となっていた。
ひとつ問題を解決しても、次の問題が持ち上がって、全く休む暇がない様子だが。
それでも、この国は平和らしい。