荒れてる舞台を更に引っかき回してる自覚はあるケド、反省するのはむしろ向こうだ
控室周辺で企みが進行している頃。
フィセルヴァインは違う部屋で、フィセードとしてお見合いをしていた。
フィセードの違う心配が、見事に的中してしまっていたのだ。
(なんで…何で見合い相手が存在してるんだよーーっっ?!)
商売人らしい人当たりの良さでごまかしているが、僅かに笑顔がひきつっていた。
「何か?」
「いいえ、何も……」
穏やかな笑みで問う青年に慌てて応え、気を取り直したフィセルヴァインは、前から気になっていた事を聞くことにした。
「このお見合い話は何処からお聞きになられたんですか?」
「私からですよ。かの有名な『灰眼の戦鬼』、是非一度お会いしたかったので、父に頼みました。」
「だったら、お見合いじゃなくても良かったんじゃ……」
「ああソレは…申し訳ありません。個人的にお会いしたいという意味で父には頼んだのですが、どうもそれがそちらへ行くまでに見合いになってしまったようで…。」
貴族とは思えない程、腰の低い態度を取る青年に、フィセルヴァインは内心首を傾げる。彼が貴族のご婦人がたから聞いた話だと、最初から見合いと銘打たれていたのだ。
「では、会えたという事で、このお見合い止めましょうか。」
もともとフィセードは破談にすると言っていたので、フィセルヴァインもこれ以上茶番に付き合う気が無くなっていたのだが。
「もうしばらくお付き合い下さい。こちらとしても、一つ終わらせておきたい用事がありましてね。」
席を立ちさらりと手を差し伸べる姿は、優雅な王子様といった風なのだが、差し出された相手はフィセルヴァインなので、数瞬固まって背に走った悪寒と鳥肌を追い払ってから、手を乗せた。
「……此処は?」
そうやって連れてこられた部屋は、この屋敷の主の書斎で。
到着した途端、青年は口調を変えた。
「この屋敷で今のところ一番安全な場所だな。先刻までの部屋じゃ、確実に戦闘が起こるし。まぁそうなってあいつ等が同行のご婦人を人質に取っても、彼女が勝つんだろうけど。」
何か探し物をしている彼の言葉に、フィセルヴァインは驚く。
「丁度此処の因業ジジィも下の部屋で馬鹿の親玉二人と皮算用してるから、誰も来やしないし。探し物するにはぴったりなタイミングだから、避難ついでにお前も付き合え、フィセルヴァイン=バスラェーン。」
案内人は二人を見分けられなかった。だから初対面の相手に入れ替わっている事を見破られるとは、思ってもいなかったのだ。
「なんだ、バレてたのか…だったらあんな茶番頑張る必要無かったなぁ…」
ため息を吐いて、フィセルヴァインは包帯を解く。広く明快になった視界に満足してから、探し物に付き合うことにした。
一方の控室では、準備を整えていたフィセードの一人勝ちで、戦闘が終了していた。
「うぅ…い、入れ替わっていたなんて…」
「防具など…なんと、卑怯な……」
「『卑怯』?」
呻きながら手前勝手な事を言う負傷者たちに、ソファに座ったフィセードが問う。
「だまし討ちで人質取ろうとしたり、関係無い一般職員巻き込もうとしたり、今日だって楽に勝とうとして睡眠効果の煙玉放り込むし、やっぱり人質取ろうとするし……これらの事は、『卑怯』とは呼ばないのか?」
化粧で隠していた傷が開いたらしい、額から右頬に向けて、赤い血の筋が出来ていた。
「う…うるさい!貴様の所為で、我らがどれほどの苦渋を飲んだか、分かるのか!!」
「あれから国軍と御側衆は、一般職員から屈辱的な仕打ちを受けているのだぞ!」
「自業自得だろうが、そんなもの。国民を守ろうともしない国軍なんて、只の暴虐の徒だ。理解なんかされるもんか。」
すっかり血染めになった顔の右側で、ぎろりと灰色の眼が睥睨し、彼らを萎縮させた。
三か月前の戦闘時、彼らから一般職員を庇って被った傷だが、奇跡的に眼球は無事だった。
手早く止血処置をしながら、手近な一人にフィセードは言った。
「さぁ、案内してもらおうか。こんな事しようと言いだした大馬鹿野郎の所へ。」
階下で次なる戦闘が起ころうとしている頃、上階の書斎では、フィセルヴァインに青年が説明をしていた。
「我が国の国王陛下には御子が無い。しかもアレムゼナートと違って王族頂点にしてる国だから、後継者争いが凄くてなぁ…」
他人事のように言っているが、彼自身も継承順位が割と高い王族である。
「で、王位の欲しい奴と権威の欲しい奴と甘い汁吸いたい奴が結託する訳だ。此処の因業ジジィは十年くらいおとなしくしてたんだけど、またぞろ動き出しやがってな。」
やれやれと肩をすくめる青年を、フィセルヴァインは呆れた目で見た。
「ソレの証拠が欲しくてこの見合い話を組んだのかよ……俺ら良い迷惑だな。」
「彼女に会いたかったのは、本当だけどな。もう一回正式に見合い申し込もうか?」
「イヤ、無理だから諦めろ。」
肖像画を見た時点で全力却下されていた事を思い出し、フィセルヴァインは応えた。
暫く黙々と証拠になりそうな物を探していると、第三者の声が降ってきた。
「ところでコレが司法の手に渡れば、十年前の連続誘拐事件の解決も望めるのかしら?」
慌てて声の主を探すと、書斎机に腰掛けた黒衣の金髪美女が、手にした書類を斜め読みしていた。王城で彼女を見ていたフィセルヴァインが反応を示す前に、青年が動いた。
「きっとそうでしょうけど、出来れば先に此方へ引き渡していただきたい代物でしてね。お願いできませんか、お姐さん?」
にっこりと猫かぶり笑顔全開で申し出るが、カルサは応じない。
「残念ながら、此方にメリットが無いわ。散々引っ掻き回されたんですもの、これくらいは譲ってほしいものねぇ。」
「困ったなぁ…それがあればそちらへ迷惑を掛ける馬鹿は格段に減るのですが…」
書類を扇のようにひらつかせるカルサに対して、フィセルヴァインの肩に手を置いて、彼は交渉を続けた。
間にフィセルヴァインを挟んでの取引交渉が起こっている静かな上階とは対照的に、階下では騒がしい怒号が飛んでいた。
「貴様はっ!!」
「は、『灰眼の戦鬼』!何故此処に居る?!」
「兵士たちはどうした?!あれほど配備してあったのに……」
ズカズカと室内に進むフィセードに、慌てふためく首謀者達。
その様子を見て、フィセードは先ず真っ先に逃走しようとした中年太りの元御側衆筆頭を襟首掴んで引き倒し。
次に剣を握って襲いかかってきた元国軍の若い男を拳で倒して。
最後に何か喚いている老いた屋敷の主を一言で黙らせた。
「さて、聞かせてもらおうか。何でこんな茶番を計画したのか、その理由を。」
三人を床に正座させて問いただすが、誰も口を開かない。こいつら全員丸坊主にしてやろうか…などとフィセードが思った時、扉が開いて。
「理由はコレでしょう、御三方。」
カルサとフィセルヴァインと何故か一緒に居る見合い相手に加えて、本来なら此処に居ないはずの人間を見て、ぎょっとした。
「れ、レスティナード参謀?!何で…」
「どうやら此方の憶測で、弟さんにご迷惑をかけてしまったようですので一言お詫びにと思いまして、超特急で参りました。」
その割には馬車が来たような音は全くしていなかった。つまり、彼が移動手段としたのは、『ナゾの人』ラフェスティ=ヴェスの空間移動という事になる。
あの灰色の布がぐるぐるしながら消えていく姿に一緒にまぎれる『最凶』の男を想像して、顔に出さないように努力しながらフィセードは思った。
(なんか、ものすごくシュール……ていうか、謝りに来たってソレ絶対口実だろう……)
そんなフィセードを放っておいて、レスティナードは三人に言う。
「エルザラ領の外貨収支と外来貴族の横の繋がりは、なかなか興味深い所でしてね。聞けばソリュエレィーズの御二方もその繋がりに縁があるとか。
そして、十年前に起こった連続誘拐事件で、デレヴァンス卿。あなたが行く先々で黒髪の少女たちが攫われる為、最重要容疑者となっていますね。」
「あの容疑は晴れたのでは?」
老人がかすれた声で問うが、レスティナードは応えないで続ける。
「それともう一つ、面白い話があります。
その頃ソリュエレィーズでは国王陛下が体調不良で伏せている日があり、王族のどなたかが行方不明になる事もあったとか。まぁ其処はそちらの話ですが。
当時デレヴァンス卿は、王弟の御一人と懇意になさっていたそうですね。お二人も良く御存じの方かと思いますが?」
笑顔のままで問われて、中年と若者が慌てて眼をそらす。
「私欲のために国民を犠牲にしても構わないと思いあがるのは、『貴族』というのもはばかられる、只の愚者でしょう。
更に言うなら、その愚かな算段を潰されたと言って報復を企てる輩など、どんな国の重職に就けられましょうか?」
(うーん、相変わらずレスティナード参謀はキツイわねぇ…)
そんな感想を胸に、カルサは事の顛末を見続けて。
「ソリュエレィーズの国王陛下には此方の書面を原本で送らせていただきました。皆様、覚悟をなさってくださいね。」
(あの灰色オバサンで送ったのか……受け取る方にしたら一寸したホラーじゃないか、アレは……?)
フィセルヴァインは消え去るラフェスティを思い出して一寸現実逃避をして。
「此方の国王補佐官殿は、なかなかに苛烈な方ですね…」
他国の人間でもあっさりズッパリ完膚なきまでに断罪するレスティナードを見て、青年がぽつりと言った。