思惑も心配も、人それぞれということで
ソリュエレィーズ城内で、フィセードがヤケになって、軍隊相手に暴れている頃。
アルフェスト達三人はラフェスティの空間移動でアレムゼナート国内に到着し、変なポーズで姿を消した彼女にお礼を言ってから。へぺぺ軍の砦に向かって歩いていた……。
「…………あのさ…」
ビスターが、上目遣いでアルフェストに声を掛けた。
普段なら年上のお姐さんやらお母さんやらを一発でノックアウトできる可愛さなのだが、今回は後ろめたさと気まずさが、その幼い顔に浮かんでいた。
「なに?」
対してアルフェストは『何も考えていません』という顔で、ビスター達を見た。
「…………アルフェスト、おこらないの?」
「何で?」
速攻で聞き返されて、ビスター達の方が言葉に詰まる。
「だ…だって、カッテにでかけて……まいごになって………あげくに、せんそうのげーいんになるし……」
「あたしも…皆にきっと心配かけちゃっただろうし……」
「なんだー、そんなコトかー。」
落ち込む二人とは対照的に、アルフェストはにっこりと笑って言った。
「ぼくは怒る必要ないもん。怒んないよ。」
「なっ、なんで?!」
今度はミルが勢いよく聞くと。
「だって、ビスター達を一番一杯に叱るのは、一番心配した保護者のカルサやイルフィノースだもん。二人が一生懸命謝らなきゃなんないのは、『国』じゃなくてカルサたちに、なんだよ。…………それともー、ミル達はぼくにも怒られたいー?」
前半は真面目に真面目に、諭すように、後半は元に戻って、アルフェストは言った。
「「お…おこられたくない、怒られたくないっ!!」」
ビスターとミルは同時に答えて。
「ねー?だからー、ぼくは怒んないよー。」
アルフェストは笑いながらそう言った。
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一方、砦の方には先刻別れたラフェスティが来ていて、フィセードの暴れっぷりを楽しく語って帰って行った。やはりと言うか何と言うか、見ていても助けてくれないスタンスは健在だった。
「……あの、レスティナード参謀…」
回りながら空中で布に埋もれて消えていくラフェスティを見送りつつ、リュレーナは問いかけた。
「なんですかリュレーナ?」
「あの時は皆と一緒にツッコんでて気づかなかったんですけど……ひょっとして今回の件、大砲使うあたりから企んでました?」
子供たちの無事を確認できたので、カルサとイルフィノースはほっと胸をなでおろしている。ソレを見て。
「イヤ、もういいです……。」
気になったので問いはしたものの、明確な答えが欲しいわけでもない。とりあえず無事なら良いかと、リュレーナは話題を切ることにしたのだが。
「内戦が終わって、国内は今疲れきっています。諸外国もその事は知っています。場合によってはこの国を切り取りにかかるかもしれません。」
敢えてリュレーナの問いに乗ったのだろう。最凶の男はやはり、碌なことを言わなかった。
「それは、確かにあるでしょうけど…」
「王城も無い、国王は『王族』でもない。議会の復活にはもう少し時間がかかる。圧倒的に不利な状況ですが、周りにこの国が国として機能すると知らしめる必要がありました。」
出来れば知りたくなかった事情を聞かされて、リュレーナはやや非難含みの視線を向けるが。レスティナードは涼しい顔のまま続ける。
「迷子になってしまったあの子達には申し訳ないのですが、これは良い機会でした。」
「だからフィセードに行かせたんですか。アルフェスト様がくっついて行くのも承知してたんですね。」
「フィセードなら、もし向こうでトラブルになっても、あの戦闘力で切り抜けることが出来ますからね。アルフェスト様の外交手腕も見せる必要がありました。この国へ手を伸ばそうとする輩への牽制ともなりますし。ソリュエレィーズは、ある意味見せしめです。」
「アルフェスト様が外交とか交渉に向いているとは思わなかったわ…」
とても『良い笑顔』でのたまうレスティナードを見て、大きくため息を吐きつつ、リュレーナは呟いた。
「私達はあの重税圧政地獄から抜けられればそれで充分だったんだけど…」
「それだけで立ち行かないのが、『国』なんですよ。」
確かにそうだと、リュレーナはもう一度ため息を吐いた。
-○○○- -●●●- -○○○-
帰って来た子供たちを前に、保護者達はそれぞれの対応をした。
「ビスタァー!!あんたって子はぁあ!!」
言うなりカルサはビスターをげんこつで殴りつけた。割と良い音がしたので、結構容赦なく振り下ろしたのだと判る。
「いたいっ!!……イタ、イタいってばっ。かーさん、コブシでれんだしな……」
ビスターの言葉は最後まで続かなかった。
カルサは、ビスターの背骨を折る気なのではなかろうか…と、他者に思わせる程きつく、彼を抱きしめていたからだ。
「………私が、心配しないとでも、思っていたの?」
硬く目を閉じ、押し殺した声で、彼女は我が子を叱る。命懸けの任務も余裕綽綽でこなしてしまうカルサの、母親としての態度に涙腺が緩み少しだけしがみついていたが。ビスタ―は結局泣かなかった。
「……ごめんね、かーさん。でもぼく、あのもりでまよわないジシンはあったんだよ……シッパイしたけど…」
『自信はあった』と聞いて、カルサは息子の顔をじっと見る。そして次の瞬間、いつもの彼女に戻っていた。
「『自信がある』だけで初めてのものに挑むなんて、流石、私の子ね!!でも、今度からは、自信とそれに伴った技量も身につけてから挑みなさいよ。いいわね。」
「うん!」
ビスターは満面の笑みで母親に答えたのだった。
そして一方。
「みぃるぅうう~~、しんぱいしたんだぞぉお~~~」
イルフィノースは、だーだーと涙をこぼして心底嬉しそうにミルを抱きしめてから、長々とお説教を始めた。その泣きっぷりの凄まじさは、お説教されているミルが、周りにタライ数個と雑巾数枚を要求したほどである……。
「………だから、どっか遠くに行くんなら、絶対、お兄ちゃんに一言言ってからにしてくれよ。」
………この一件があってから、どうやら彼は『兄バカ』の称号を与えられた…らしい………。
更に場所は移り。
「…それで、全員帰って来たんですね、アルフェスト様。」
執務用テントで、改めて本人の口から事の顛末を余談交えて聞き終えたレスティナードがそう聞くと。途端、アルフェストはハッと我に返った。
「フィセード、忘れてきちゃったぁー……」
ばつの悪い笑みでそう答えると、ラフェスティからその話を聞いていたレスティナードは、あっさりと返事をした。
「まぁ、大丈夫でしょう。どーせフィセードですし。」
信頼されているのか、見捨てられているのか。少し判断に苦しむ言葉だった。
それから数時間が経過して。月がぽっかりと浮かんでいる夜中。リュレーナはミーノム診療院の前で待っていた。
「…もーすぐだと思うんだけど……」
じっと見据える闇の先で、ぼんやりと人影が近づいてきた。
それはかなり傷だらけで血まみれのぼろぼろになっていたが、なんとかリュレーナの目の前まで歩いてきた。
「おっ帰りぃー、フィセード。」
満面の笑みで、リュレーナは声を掛け。それに対したフィセードは、
「…たぁだいまぁ~~…………」
と、答えたきり、ぶっ倒れてしまった。
「院長ぉー。入院患者一名、今着きましたぁー。担架お願いしますー。」
リュレーナはぼろぼろのフィセードを起こしながら、診療院へ向けてそう言った。
結局フィセードの怪我は通常の人間なら全治半年となる大変なものだったのだが、彼女は二カ月で退院してのけた。金銭的な理由もあるのだが、ソレをも凌駕する驚異の回復力と気力だった。そして、その大怪我と引き換えに、ソリュエレィーズ国の国軍を壊滅状態に追い込んだ。
その噂が広がって近隣諸国で、「アレムゼナートには『最強』の『灰眼の戦鬼』が居る」と言われるようになるのに、そう時間は掛からなかった。
近隣諸国から恐れられるやら、敵意燃やされるやらしているが。
この国はそれでも平和らしい。