舞って踊って演者は大変、有給休暇が欲しいくらい
「ほう…ビスターとミルがソリュエレィーズ国に、ですか…。」
王城跡地に建つ、へぺぺ軍砦の会議用大テント。
そこを四人は訪れて、事の次第を目の前に座る青年に話した。
彼はレスティナード=シルヴィクト。へぺぺ軍で参謀を務め、総司令のアルフェストが国王になった今は、国王補佐官としても働いていた。へペペ軍最初期からの参加者で、二十五歳という若さからは想像できない程修める知識は幅広く、そして彼の立てる策は非常に効果的で……人死にが少ないのが不思議なくらいに、 凶 悪 だった。故に彼はへペペ軍『最凶』の参謀と謂われている。
話を聞いた彼は軽く瞼を伏せ思考して。結論が付いたらしく、あちこちへと跳ねるその様すら美点となる――似た髪質の者たちからは『解せぬ』と言われる――赤い癖毛を軽く掻き揚げ、こう言った。
「では、ソリュエレィーズ国に引き取る旨の手紙でも出しましょうか…アルフェスト様、こちらへ…。」
レスティナードはアルフェストを呼び寄せると手紙の文面を伝え、その通りに書かせた。
「…相変わらず字はお綺麗ですね。それでは出しましょうか。」
褒めているのか貶しているのか良く判らないコメントの後。手際よく蝋封をして彼が手紙を渡した相手は。配達便の業者でもなく、伝書鳩を管理する『鳥材班』の班員でもなく。大 砲 兵 だった………。
「レ…レスティナード参謀……手紙を、今、誰に………」
イルフィノースの顔から冷や汗がだらだらと流れているのを知ってか知らずか。レスティナードはあっさりと言った。
「大丈夫ですよ。火薬は抜いてありますから…。」
『…………………………。』
四人はとてつもなく、不安になった…。
-○○○- -●●●- -○○○-
そして大砲兵が手紙を出して、二時間が経過した頃、伝書鳩がやってきた。
レスティナードは伝書鳩に託された手紙に目を通し、何でも無い事の様にさらりと言った。
「…どうやら『宣戦布告』に勘違いされたようですね。これから三時間後…つまり今から一時間後に、開戦するつもりみたいです。」
『何ぃぃぃいいいっっ?!』
手紙を出すにあたって大間違いも甚だしい事をしたので、当然の帰結と言えばそれきりなのだが。問題解決のために此処を訪れたはずの四人は、絶叫を上げた。
『どーするんですか、レスティナード参謀ォォオッ?!!』
思わず叫んだ問いに、彼は拳を握って、ハッキリと答えた。
「仕方ありません。応戦しましょう。」
更に「大丈夫、勝てます!!」とまで言ってのけた。
『 違 う で し ょ う が ぁ ぁ ぁ ぁ あ あ あ あ あ ッ ッ ッ ! ! ! 』
四人が力の限りに叫んだので、応戦案は立ち消えた。
「冗談です。まぁとにかく、誤解を解かなくてはなりませんね。」
「本当に冗談なのか?」と疑ってしまう程、宣言した彼の赤味がかった茶色の瞳はマジだったのだが…。あえて其処にツッコむ勇者は居なかった。
「そんな訳で、フィセード。行ってらっしゃい。お土産はいりませんから。」
そして唐突に、レスティナードはフィセードを指名した。『保護者ではない』という条件ならばリュレーナも居るのに、だ。
「何故にそうなるんですか。」
「暇そうですから。」
至極まっとうなフィセードの問いに、レスティナードは笑顔で即答した。
「私、保護者じゃありませんけど。」
との言葉には、
「関係無い者が行ったほうがよさそうですし。それに、あ な た だ け 無 職 で す か ら 。」
もっともな理由と共に、ざっくりぐっさり人が気にしている処を突いてきた。
フィセードは反論する言葉が出てこなかった…言ったら百倍になって返ってきそうな…否、確実に返ってくるのだ。レスティナード参謀という人物は。 特に今のような、免疫のない女性が見たら鼻血の流血大惨事を起こすだろう華やかな笑みを浮かべている場合は。先刻は一緒になって叫んでいた三人も、『さわらぬ毒舌最凶に祟りなし』とばかりに、冷や汗を流しつつも無反応だった。
「とにかく、そういう訳なので、お願いしますよ、ラフェスティ=ヴェス。」
黙っているが納得はしていないフィセードを前に、にこやかに問答無用の態度を示し、彼はフィセードの背後を見た。
「へ………?」
「はぃよぉ~♪」
いつから居たのか、言葉につられて振り向いた先にはラフェスティがいた。
空間移動を容易くこなす彼女がこの場に居る、ということは「否応無く強制送還させられる」ということだった。当然の事ながらフィセードは、今更文句を言ってもしょうがない状況へ追い込まれたのだ。
視界を全部灰色の布が覆って。
「え………?」
ほんの一瞬、目眩を覚えたその後に。
「ぢゃ、がんばってね。」
一変した景色の中で、ラフェスティはそう言った。
「ち…一寸、ラフェスティ?!」
フィセードが声をかけた時にはもう、ラフェスティの姿は無かった……。
「あ…………」
真っ白い風に吹かれて、フィセードのこげ茶色の髪がばさばさと音を立てていた。
ちなみに強制送還されたこの場所は、ソリュエレィーズ国の中心、王城の門前だった。
恐らく保護された迷子二人は此処にいるのだろう。確信もなく適当にほっぽり出しはしない。そういう変な処でラフェスティには信用があった。説明も何もないのがとても困るのだが…。
そして、ぼーぜんとしている所へ更に追い討ちがやってきた。
「こっちだよー、フィセードー。」
ソレは黒髪で深翠の瞳をした小柄でナイスバディな少女――別名『ぼけぼけナイスバディのお方』『妖怪食っちゃ寝様』『国務をサボりまくる国王陛下』等々――つまりアレムゼナート国国王、アルフェスト=リレィズ=ディルフェセーニその人の姿をして…言うまでも無く本人だった……。
「あ…アルフェスト様?!何故…イヤ、どーやってここに………」
もちろん、ラフェスティにくっついて来てしまったのだ。それ以外に方法がない。それも多分、面白半分に……。
「んふふ~♪フィセード知ってる?ここのお菓子は結構おいしーんだよー❤」
先の質問に答えるわけでもなく、どうしてそんなことを知っているのかと問いたくなる言葉を残して。
「知らなかったですけど、イヤそーゆーコトを聞きたいんじゃなくてっ」
彼女は城門をくぐって行ってしまい、慌ててフィセードは後を追いかけた。
「一寸待っ…ア…えーと……っっ」
大砲で手紙を出したこちらが悪いとはいえ、今ここでアレムゼナートの国王が居ると知られるわけにはいかない。うっかり名前を呼べなくて口をつぐみつつ、足を進めていくフィセード。
(こんな状況で、どーやったら誤解を解くことが出来るんだぁぁぁぁあああッッ!!)
内心、大絶叫だった…。
普段のへれへれのてのて歩く姿からは想像できないスピードで進むアルフェストを追い城内に入ると、受付があった。受付嬢がにっこりと笑って定型の挨拶をする。
「ようこそ、ソリュエレィーズ城へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あ…いや、あの…こ、こちらに…迷子が二人、居ると思うんですけど……一応、保護者代理人、なんですけど…え…あ、…と、とにかく、迷子二人を引き取りに、来たんですけど…。」
しどろもどろになってフィセードが対応する傍らで、アルフェストは暫くは大人しくじっとしていた…のだがしかし。何処からともなく流れてきたお菓子の匂いに引っ張られ、独りでとっとこ歩いて行ってしまったのだ。
「あ… ア ル フ ェ ス ト 様 ぁ あ ! 一 体 何 処 へ 行 く 気 な ん で す か ッ ! ! 」
その瞬間、あからさまに引きつった受付嬢の笑顔と、ものすごい形相でこちらへ駆けてくる衛兵たちを見て、フィセードは今更ながら叫んでしまった事を後悔した。
後悔しても起こったことは取り消せないのが世の習いだが…。
それからしばらく経過した、ソリュエレィーズ国王城内謁見の間。
そこにアルフェスト、フィセード、ミル、ビスターの四人は立っていた。
事の審議を執り行うためである。罪人よろしく縛られてないだけましである。
その場に居る全員が彼らに視線を集中させている。その原因となった三人はどんよりと落ち込んでいた。
「大丈夫だよ~。気楽に気楽に。」
のほほんとアルフェストが言うのを見て、三人は思った。
(何処から出てくるんだろう…この人のこの余裕は………?)
「では、これより審議を執り行う!!」
御側衆の一人が声高に宣じた。
かなり高齢である国王の口調はおっとりとして警戒心はあまり感じられなかったが、嘘やごまかしは通用しない雰囲気がある。
「…つまり、そなたらは戦を行う気は無い、と申すのじゃな?」
「はい。ぼくたちは只、迷子になってこちらに保護された二人を引き取りたかっただけですから…あのような誤解を招く手段を取ってしまった不手際は、お詫び申し上げます。」
対してすらすらと、アルフェストの口からまともな言葉が滑り出した。
「ほぉう。それで詫びを兼ねて一国の王が自らこちらへ参ったとな?」
にっこりと、アルフェストは微笑む。
「道理に適っていると思いますが?」
「なるほどなるほど…。では、和議を結ぶとしようかの…」
老翁が柔らかく笑んだ。
「ありがとうございます。」
優雅にアルフェストが礼を返し、あわや戦争という事態は回避されたのだった。
そのやり取りを三人はあっけにとられて見ていた。
和議の書状を交わしあってから。
「………アルフェスト様…まともなこと言えるのなら、何で今までそうしなかったんですか?国民皆に誤解されているのに…」
心底不思議そうに問うフィセードに、彼女はこう答えた。
「ん~~~~~、あのねー、ぼく、堅っ苦しいのキライだからぁー。」
先刻までの統治者然とした態度は何処へやら。哀しくなるほど、いつも通りな口調だった。
-○○○- -●●●- -○○○-
戦争につながりそうな誤解も解くことが出来、迷子二人も無事引き取れたので。一行は早速帰りたいと思っていたが。
そうは問屋がおろさなかった。
あのあと御側衆の面々が何かにつけて引き留めにかかり。現在四人は『晩餐会の会場』なる場所にぽつんと待たされていた。
「…………あの~~、アルフェスト様…何だかすごおぉぉ~~く、イヤな予感がするんですケド……」
扉が全て閉まっているので、正直トラブルが起こることを確信した口調でフィセードが言う。
「ねー、アルフェスト。ナンかでてくほーほー、かんがえない?」
ビスターも何か不穏な空気を感じ取ったらしく、そう言った。何も装備らしきものを持っていないので、平穏無事に真正面から出て行くのは不可能だと思っているようだ。
……そんな事を当たり前の様に考える五歳児というのも、不気味だが……。イヤ、流石カルサの息子と言うべきか。
「ん~~~~、そーだねー……窓から出て行くのは~?」
「アルフェスト様、ここ、六階だよ………。」
首を振り、ミルが答える。
「ん~~とねぇー……それじゃあ…」
アルフェストが次の案を呟いていると、扉の鍵を掛ける音がした。そして、扉の向こうから、王様とは全く別の笑い声が聞こえてきた。
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「ぅだぁあああーっっ!!何時までも笑ってんなーっっっ!!!」
「ふふふふふぐぶふっ……………」
…あまりに長い間笑っていた人物――多分御側衆の一人だろう――を、割合若い声が遮って…どうやら殴りつけたらしい…。やっと、こちらの気に触る笑い声は聞こえなくなった。
一方の四人…特にフィセードと子供二人は、扉の向こうの『どつき漫才』を呆然として聞いていた。
「あんたら、扉越しに『どつき漫才』聞かせて、何が楽しいの?」
思わずフィセードが扉を叩き問いかけると。それを聞いたアルフェストが嬉々として言った。
「わーい♪ぼくも『どつきまんざい』するー。」
「ア、アルフェスト、しなくていい!しなくていい!!」
「アルフェスト様は、しなくていいの!!」
「アルフェスト様は、しなくて結構です!!」
結果の予想がつかない行動に、三人は慌ててアルフェストを止めた。……………この四人がしていることも、結構漫才である。
「何が『どつき漫才』だ!!」
どうやら『どつき漫才』と言われ、かなりプライドが傷ついたらしい――こんな事で傷つくプライドというのもナンだが……。先程、どつく側だった若い声が返ってきた。
「なにがって……アレはぜったい、『どつきまんざい』だよねぇ?」
「「「うん。間違いなく。」」」
ビスターが聞くと三人は首を思いっきり縦に振った。
「『うん。』ぢゃないッ!!」
若い声が尚も声を荒げる。
「まぁ、そのハナシはこっちに置いといて」
ミルがそう言うと、叫びが返ってきた。
「置くなッ!!」
が、まだ喚いている声を四人は無視して、交渉を開始する。
「そっちの責任者の人、ここ、開けてくれないか?」
すると意外にも返ってきたのは、喚いていた若い声だった。
「俺が責任者だ。この扉を開けるわけにはいかない。」
実に簡潔な答えだった。『取りつく島もない』とはこの事だ。
「……あの国に、どんな価値があるって言うんだい?」
ひとつため息を吐いて、アルフェストがまじめな声で問うと。淡々とした答えが届いた。
「大陸の約半分を国土としている大国が、内戦終了して間も無かったら。周りの奴等は便乗したがるに決まっているだろう。」
内戦が終了して未だそれ程日にちは経過していない。
この浮足立っている時期ならば、自国の領土を増やせるかもしれない。そう考える国もあるかもしれないが。
「そう…でもぼくは、これ以上国を広げる気も、狭める気も無いよ。」
「全く…欲の無さは、わが国の国王陛下と同じだな。」
アルフェストの応えに、半ば呆れた声が返されると。
「あ~、なんだー。王様の意思じゃないんだねー?」
途端、アルフェストの口調は元に戻った。
「え?!」
いきなり変わった言葉遣いに相手は慌てた声を出す。
「じゃー、みんなー。いこーかー。」
「なにを……」
嬉々として宣言された言葉に、思わず彼は扉を開いた。
部屋の中には、四人いるはずなのに、たった一人しか居なかった。言うまでも無く、他の三人はラフェスティの空間移動で外へ出たのだ。そして、残されてしまったのは…お約束と言うかなんと言うか……フィセードだった。
「お、おい、お前!他の奴等は……」
フィセードは暫く…といっても、ほんの一・二秒の間だけだが――呆けていたが。やがてくるりと扉の方へ顔を向けて、内戦中でもこれ程の殺意こもった声ではなかっただろうと、彼女の部下たちが居たら証言しそうなほど、低い声で宣言した。
「…………こうなりゃヤケだ。貴 様 等 全 員 、 ぶ ち 倒 す っ ! 」
「…は?」
そして彼女は、それを実行に移し始めた。
「な、え、ちょ…ぐはぁっ?!!」
とりあえず目の前いに居た黒髪で水色の瞳をした青年に、容赦ない一発を入れて武器を奪うと。扉の向こうへと躍りかかっていった。
たかが丸腰の小娘と高を括っていた軍人たちを、フィセードは遠慮会釈なく斬りつけなぎ倒していく。
その様子は正に、『鬼』のようだった……。