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幼馴染だった過去

病室にて。2.5

作者: 遠藤 梗一郎

あのころは、楽しかった。

いつも悪ふざけして……磨織くんには、いつも悪いことをしていた。

本当に、あのころに戻りたい。心から。

戻れるのならば、もっと美咲さんに勉強を教えてあげるのに。

……磨織くんの本も、しっかり読んでおけばよかった。十坂さんなんかより、ずっと落ち着いた話だったのに。

ブログなんか、やるんじゃなかったかな……?

みんなと会えたのは楽しかったけど、その分アルピンには苦労かけてたし……儀式先生からはホームページの更新まで請け負っちゃったし。

機械いじりなんて、できるんじゃなかった。

本当に、毎日が楽しかったんだ。

芸術部も、作るんじゃなかったかな……?

磨織くんと一緒に、文芸部でも入ればよかったかも……。

後悔したって、なにも、変わらないのだけれど。

また、磨織くんに会えたらなんと言おう。

頑張れ、かな?いっつも難しく考えているから。軽くちょっとずつ考えていけば、磨織くんならば絶対に答えへたどり着けるはずだから。

美咲さんには……ありがとう、かな……?でも、ごめんなさい、かも……。やっぱ、言葉になんかできない。

でもこれで、一人になっちゃうな。ごめん、美咲さん。僕は狂った梗一郎のまんまだったよ。キョーにはなれなかった。

美咲さんは咲になれたと思うよ、きっと。

磨織くんはずっと前から凍だったから、折になってもいいと思ったんだけど、なかなかうまくはいかないものだね、人生って。

バイバイ、みんな。むこうで迎えて。






──誰だろう。

……うるさいよ。

僕の耳元で叫ばないで。

キョー?どこにいるの?

僕は、キョーじゃないんだ。

きょー?

今日は、もう来ないの……?

もう、会えないの?

美咲ちゃんにも、磨織くんにも、もう、会えないの……?

「ーー!キョーくん!」

キョー、起きて。今は、もう起きる時間だよ。

──……キョー。今は眠る時じゃないですよ。

「み──……」

「キョーくん!わかる?」

「っ……アミ、か……さん」

編花さん──磨織くんのお姉さんで、僕のお母さんと歳が近くて、磨織くんのお母さん代わりで、僕にとっても、大切な、特別な、落ち着く人だった。


 * * *


 雨の日の朝、梗一郎は傘も差さずに公園や懐かしい中学校の屋上を歩く。

 進入禁止でいつも鍵のかかっている扉は、今日に限って開いていたわけではない。彼の無駄スキル、ピッキングによるもの。

 磨織は高校を出てから病気で死んだ。

 中学の頃、わかっていたらしい。

 美咲は中学も卒業できずに事故で死んだ。

 三人で出かけ、帰りに青色信号を走ってわたった。

 赤色信号を急いで曲がろうとした車にはねられた。

 梗一も足を骨折したが、命に別状はなかった。

 美咲が目を覚ますことは、一度もなかった。

 そのころから、病気が治らないことがわかっていたらしい。

 梗一郎はそれ以来大きなけがも病気もなく大学へ通い、ネガティブで、心配性で、被害妄想も多い。

そんな昔のようになってしまった。

 ポジティブで、いつも明るく、悩みなどとは無縁の存在。そう作り上げてきたのは、美咲だった。磨織も、支えてくれた。


そんな過去を思い出したって、思い返したって、何も変わらない。

変えることもできない。

僕は、無力だ。


──……・・・・・・・・・・!!!


大きくなる。

 雨。

うるさい。

 なぜ。

この世界は。

 続くのか。

全て。

 消えた。

誰も。

 神は。

みゅーは。

 マオは。

目の前から。

 みんな。

うるさい。

 うるさい。

うるさい。

 うるさい!

うるさい

 うるさい!!

もう、……意味なんて、無いのに






 梗一郎は雨に打たれながら、それを全く意に介していない様子で屋上を真っ直ぐに進んだ。

 頼りない足取りで、それでも一直線に。

 いつか3人で過ごしたあの場所へ向かって。

 抑えられていない長い髪が風に浚われ、雨に打ち落とされる。


 やがて転落防止の、梗一郎の背丈以上の高さのあるフェンスにあたると、そのまま倒れ込んだ。

 気付く者は、誰もいない。

 今は校舎が閉鎖中だから、敷地内にいるのは巡回の警備員だけ。

 誰も、屋上には近寄らなかった。


 雨が弱まり、風が強まる。

 どこからか飛ばされてきた葉が、梗一郎の頬に張り付いた。

 目を閉じていた梗一郎は瞼をゆるりと持ち上げる。

 雨が目を打つ。

 痛みになのかどうかは判らないが、顔をしかめ、手で額を覆った。


 風が止み、辺りが静かになった頃。

 梗一郎はゆっくりと立ち上がった。

 フェンス越しの町を見下ろし、昊を見上げ、校庭を眺める。

 自分の手首を見て、両手の平を並べ見て、握る。

 あったかなかったかすら思い出せなくなった幻の温もりを感じながら、顔に張り付いた髪を両手でどかし、耳にかける。


 再び昊を見上げた。

 ついで閉じられた両の瞳からも、額からも、滴が絶え間なく流れる。

 もしかしたら、泣いていたのかもしれない。

 昔の彼のように。


 そのままどれほど時間がたっただろうか。

 雨が大粒になってきた頃、梗一郎はフェンスを手で辿りながら屋上の端を歩き始めた。

 足を止めたのは、屋上を半周ほどした位置。

 そこはフェンスが壊れており、人がくぐれるほどの穴があいていた。

 正しくは、梗一郎が在学中に、もともとあった野球ボールが通るくらいの穴を少しずつ広げた結果、人が通れるほどの大きさになったもの。


 その穴を通り、梗一郎はフェンスの外にでた。フェンスを辿って半周戻り、3人で過ごしたあの場所を眺めながら、フェンスから手を離した。


 * * *


「……編花さん」


「なに、キョーくん」


「僕は、何で……」


言い切る前に、頬に衝撃があって、顔の向きが変えられた。

顔の向きを直すと、編花さんが、目に透明な滴をいっぱいためて、微笑んでいた。


「それより先は、言っちゃだめ。

──キョーくんには、オルの分も、サキちゃんの分も、生きてもらわなきゃならないんだから。」


半分くらいしか、聞き取れなかった。

途中から声が震えてきて、よくわからなかった。


「ここは──地獄ですか」

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