噂の襲撃
悲鳴、絶叫、雄叫び、断末魔、剣檄の音、倒れる人々、燃え盛る家屋、倒壊した建築物の数々
「なに、これ」
九月下旬。大型連休の二日目正午過ぎにそれは起こった。
九月に入り囁かれ初め、拡大した噂と痕跡。それが現実となった。
首都『アルナード』と副都市『アネサス』への襲撃。
初めは首都への襲撃だったらしい。いや、それは囮か。現に敵はすぐに引いていったとの事だから。だが、プレイヤーは首都に集合したことで初動が遅れた。
敵─人間─の狙いは初めから副都市だったのだろう。
プレイヤーを首都に惹き付けた隙に一気呵成に副都市を襲撃したのだから。僅かなプレイヤーと副都市の住民による籠城の暇も与えない電撃作戦により、あっという間に市内が戦場と化した。
「だ、だめっ!」
プリハのメール機能を携帯端末と連動していたから襲撃に気付き、出来るだけ早くログインしたがそこはもう地獄だった。
ログインして、現状に呆然としていると泣き叫ぶ住民の女の子が見えた。それは僕だけではなく、敵の兵士も同様だった。
「あぐっ!」
素早さは僕の方が上だったから、なんとか女の子に覆い被さるようにして守れたが、背中に受けた剣による衝撃でLFが減っているのは確実。
まだ泣き叫ぶ女の子に逃げるように伝えても逃げられないと思う。すでに三回も背中に剣が振り下ろされ、僕も長くは守れない。
「やめて! 《ポイズンクロー》!!」
剣を振り上げた隙に兵士の脚に攻撃を加える。
ろくにダメージは与えられなかったが、バランスを崩すことに成功した。
「《突進》」
すかさず技能を発動し敵を女の子から引き剥がす。
この後どうするか一瞬迷ったが決心する。
《仔犬化》を解除し、本来の子牛サイズになり敵の頭に噛み付き、噛み砕く。ゴリッという嫌な感触と同時に敵が粒子のエフェクトを撒き散らしながら消えていく。
《仔犬化》はステータス半減だったから本来のサイズになったが、その巨大さにより周囲で戦っていた兵士の眼を引いて槍が矢が、魔術が僕に向かって来るようになった。幸い女の子は半壊した家屋の陰にいたのでまだ気付かれてはいない。
ならばと、敵の注意を僕に集めるしかない。
「《突進》」
包囲の薄い場所に狙いを定めて、その場を駆け出す。そして覚悟する。人間を殺すことを。さっきは咄嗟だったので覚悟なんてなかったが、これからは住民たちを守るために敵の人間を殺す必要がある。
これはゲームだと思っても躊躇してしまう。
プリハは、いやR18の殺害ができるVRゲームは基本人型の敵がいない。リアルで殺人に少しでも興味を抱かないように。倫理的な規制でそう設けられているらしい。
ただ、人間の格闘ゲーム以外にPKが行えるゲームもある。また、イベント限定で人型が現れる場合もある。プリハもその一つ。しかし、基本PKには旨みがないので今まで出会わなかった。
これが人型、いや人間に対しての初めての戦闘なので一瞬躊躇ってしまった。携帯ゲームではないリアルな感触が先ほどから口に残っているが、自分の暮らす獣人領を、自分と知り合った人々を守るには戦い殺すしかなさそう。人間は兵士だ。それは計画を持って襲撃していることを表す。話し合いでは終わるはずがない。既に住民は殺され、建築物には槌を穿たれ、火を放たれているのだから。
「《風扇》」
図体が大きくなったことでステータスは本来の値に戻ったが、被弾がその分増えた。間に《応急手当て》をしているが、防戦一方になると不利だ。幸いにも首都に向かったプレイヤーもこちらに来ているが、転移装置が使えないのか外から向かって来ているので時間が掛かっているみたい。それでも少しずつ戦況がこちらに向かっている。
住民もただ殺られているわけではない。戦える者は戦っている。弱い兵士はすぐに討たれるが、指揮官などは強いのか徒党を組んで戦っている。
実際に兵士にもレベル差があるのか、一撃で沈む者もいるが、完全に塞ぐ猛者もいる。僕の前にも隙がない大剣を構えた巨漢が立ち塞がり、周囲に槍や弓を構え、杖を突き出し狙いを付ける兵士達が取り囲んでいる。
「グルルッ!」
「デカイだけの犬っころが」
《威圧》を込めて唸り牽制するが、巨漢には効いていない。ただ、周囲の兵士には効いている。膝を着いている兵士がレベルが低そうだと当たりが付けられるだけでも助かる。少しでも削らないと。
「皮を剥いで飾ってやるから、大人しく死ねっ」
《番犬》などの技能が使えたらもう少し楽だったのにな。
魔術での回復が間に合わない。薬を飲む暇なんてない。この姿だと飲みにくいのが欠点だね。
今までの攻防で既にLFはイエローゾーン。数の暴力で少しずつ削られ、巨漢に隙を衝かれ今にいたる。僕が倒したのは弱そうな兵士が10人少しか。倒せなくても巨漢に致命傷は与えたいと思いながら、向かってくる巨漢を睨む。
その間にも《威圧》を耐えた兵士からの攻撃を受けるが、そちらに対応して巨漢に攻撃をされるのを既に経験している。次の攻撃を受けたら死ぬ可能性が高いので、巨漢から目は反らせない。
「《鎖縛》」
クローからのファングで噛み殺そうとした所で、巨漢に無数の鎖が絡み付き動きを止めた。
「今よ!」
そして、僕よりは身長があるが幼さが残るプレイヤー達が兵士を次々と相対または討ち取っていく。
「……オリヒメ?」
巨漢に繋がる鎖を辿れば、久しぶりに見るオリヒメがいた。
「リリ、お久ー。ずいぶん大きなぬいぐるみになって」
「ぬいぐるみって。……それよりも!」
巨漢が鎖を解こうともがいているが、腕の自由も奪われているのでなかなか抜け出せないでいる。
「モフるのは後でね。先にこのムサイのを殺すから」
そう言って笑いながらオリヒメも大剣を片手で持って巨漢に急接近し、その首をあっけなく断ち斬った。
「……つよい」
たった一撃。いくら不自由な敵の急所を攻撃したとしても、あれだけ苦戦した敵を一撃で倒すなんて。しかも、両手でしか使用出来ないような大剣を片手で操り、左手で鎖を操作して残敵の妨害を行い、仲間なのか少女たちのサポートをしている。
「リリ、今の間に回復しといてね。ホントは私が軟膏塗って上げたいけど、まだ戦闘続いてるからね」
「う、うん。わかったよ」
オリヒメに軟膏を塗って貰ったのは懐かしい思い出だ。戦闘中なのに、今の話が聞こえたのか近くにいた少女は顔を赤くしている。まさか、彼女もオリヒメの毒牙に掛かったのかな。
それよりも回復しなきゃね。
インベントリ操作して自作の回復薬を飲む。うん、味はかなりフルーティーだ。試行錯誤したかいがある。回復量自体は獣人領でも僕のより上の物が増えてきたが、値段と味はまだ勝っている自信があるからね。
とりあえずLFもMSも全回復はしたから、オリヒメと相談かな。
僕にメールをくれた見守り隊のメンバーはどこかで戦っているのか見掛けないし。
見守り隊は現在男性のみの『神護隊』と女性のみの『神癒隊』がいるが、メールは基本女性メンバーのみ。各所にそれぞれセーフティーハウスを設けて、それぞれの場所の情報を纏めたり、僕の護衛や薬の委託販売先に代行で行ってくれたりしている。現在は二つとも上限となるギルドメンバーがいる巨大組織。なにそれ、怖い。
そのメンバーが一人もいないのは、入り口近くのここよりも避難先の方となる奥の建物に向かうとメールには書いてあった。情報を得るには住民との良好な関係が大事だし、それがなくても既に親しい住民を放置出来ないから救援に向かっているようだ。
「リリ、後できちんと紹介するけど。みんな、きて。この子たちが私のギルドメンバーだから、よろしくね」
九人の少女たち。みんな幼さが残っており、リアルでも小中学生かなと思える。ロリコンの欲望のまま、よくここまでメンバーを集めたね。いや、だから僕は加入しないよ。暫くはソロかアリスンのペットの二足のわらじでいいから。
「……リリ」
「なに? なんか顔が怖いけど」
オリヒメの視線は僕の顔に向いている。なにか付いてる?
「その赤い首輪どうしたの? 私の情報だと、首輪していない小さいワンコまでしか掴んでないんだけど。まさか、私以外に誰かに飼われてる……なんてないよね」
「それは……それよりもオリヒメはお姉ちゃんて設定で飼い主じゃ」
「設定じゃないよ! しかも普通に名前呼んで悲しい。あと、誰かに飼われるなんてお姉ちゃんが許さない! リアルで飼いたいのに」
オリヒメが暴走し始めた。いや、メンバーの君たちはなんでキラキラした眼で僕を見るのさ。羨ましいって、聴こえたのは幻聴だよね。
「それよりも、はやく敵を倒さなくちゃ!!」
「後でしっかり聴くからね。みんな、行くよ」
オリヒメが皆を連れて走りだし、後から追及がないように走る方向を変えようとしたら睨まれた。うん、この巨体は隠密性に欠けるよね。技能はあるけど、初めから認識されてたら効果が出づらいし。
「はああ!」
「これで最後!!」
それから更に一時間は経過した頃に、周囲の兵士は見掛けなくなった。怪我を負いながらも戦い抜いた住民とプレイヤーたちがまだ潜んでいないか確認したがもう残敵がいないことが確認し、他の場所からの報告も受けて緊張が解けたのはさらに一時間は経ってから。イベントの開始も終了のアナウンスもなく、こうして九月上旬から始まった噂の襲撃は幕を閉じた。
後には半壊した副都市『アネサス』と、怪我を負った住民、亡くなった住民と遺族。これから哀しみに包まれながら、復興が始まっていく。
プレイヤーの一部は大量の経験値と兵士のドロップアイテムに喜んでいるが、大半は喜べない状況だった。
その夜、獣人領が一番被害が大きかった。大半が首都に集まったせいで初動が遅れた事が原因だった。条件はだいたいは各領で同じだったのだから。
『不定期イベントについて。
不定期イベントは事前に痕跡や噂として徐々に情報が開示されます。その対応によって、潜入、拠点攻撃、奇襲、拠点防衛等に発展します。
敵性因子のレベルはイベント発生時(例として本日の拠点防衛発生時間)にログインしているPC全体(領単位)、発生中にログインしたPC全体(領単位)の-5から+10レベルです。
敵性因子の数は上記のPCから+50から500となっています。
戦闘はPCと住民の合同となります。
住民は戦闘にて死亡しても復活致しません。また、倒壊した建築物等の被害状況もイベント終了後に元に戻らない為、復興が必要となります。
復興に際して、物価の上昇、流通の停滞及び品薄、人件不足が発生する可能性があります。
ギルドハウスには被害が発生致しません。
復興内容によってイベントが発生する可能性があります。
又、防衛時には敵の利用を防ぐ目的の為に自動的に転移装置が使用不能となります。
以上に関してヘルプにも記載されます。』
被害状況
人間領21%、獣人領68%、エルフ領33%、小人領51%
獣人領
首都『アルナード』
防壁損壊:軽微
人的被害:皆無
副都市『アネサス』
防壁損壊:全壊
建築損壊:六割
人的被害:死者47名・重傷者28名・軽傷者118名
物価上昇・食料不足・家屋不足・物品不足・人件不足・防衛力低下・重軽傷者多数・孤児発生中
ステータス見直し中です。