白蟲
プリハ内で眼が覚めた。既に眠ってから二日目になっているはずだ。
プレイ時間を考えると昨日はあまり出来ないままにログアウトしたが、眠っている一日の間に変化はあっただろうか。
「起きたか。大丈夫か? かなり疲れていたんだな。俺たちのせいだな、すまん」
「おはよ。大丈夫だよ」
ツリーハウスから出ると、ジルが矢を作成しながら声を掛けてくれる。
ずっと座って見張っていたのかな。
「身体に問題はないか?」
「だから大丈夫だよ」
「そうか。その、支度が出来たら長が来て欲しいとのことだ」
「ん、わかった」
僕は客でもあるけど、監視対象でもあるみたいだし、きちんと顔を出さないといけないよね。
ジルに着いて行き昨日の長がいた場所にやって来ると、他にも数人の男性達がいた。中にはガルの姿も見える。
「おお、来られましたか。身体はもう宜しいですか?」
「はい、大丈夫です」
やはり、プリハにいない間の時間経過で状況は変わっている。その中で呼んでも起きない僕らプレイヤーは異質だと思う。
普段は数分で消える写し身だけど、イベント中はどうやら消えないらしく、昏睡しているように住人には受け入れられるみたい。全部のイベントがそうとは限らないけど、こう心配させるのは気が引ける。
「あなた……LiLiさんが眠っている間に、ついに白き生物が現れました」
「え、本当ですか!?」
それは僕の完全無罪を証明することになるので、確りと聞いておきたい。
ただ、今までの被害から今回は大丈夫だったのかが気になる。
「えと、怪我した人は?」
「幸いにも居ません。昨日、我らの畑に白き生物が現れましたが、村人達で弓を放ち殺す事が出来ました」
「本当に!?」
それはなんて嬉しいことだろう。僕の無罪と村の問題が片付いたんだから。だけど、長のバールさんや男性たちの顔に喜びが見られないのが気になる。
「ドドル。あの生物を」
屈強な身体をした男性がバールからの指示を受けて何かを持ってくる。それは白い……。
「うっ」
「今までに見たことがない生物です。我らは白蟲と呼ぶようにしました」
それは白い虫の死骸。三十センチ程の頭を抜かせばゴキブリの様に忌避感を感じるフォルム。頭はやや細長く、口に向けて細くなっている。ゾウムシやカミキリムシが細長い感じだったろうか。それより細長いので比較にならないか。
次いで足。左右に太い二対の昆虫らしい節くれた足。だけど、昆虫なら六本じゃないのか。
身体には矢が刺さり、黄色い体液なのか血液が垂れて乾いている。死んでも消滅しないのは、イベントだからなのか。
「こいつは多分子供だろう。以前に目撃したのはもっと大きかったようだ」
大人がいて、子供が生まれている。昆虫なら、沢山生む可能性があるから皆表情が暗かったんだ。
「これを検分した所、雌雄の特徴がどちらもあった。一匹いるだけで増える可能性がある。また、前の足二本が鎌状になって折り畳まれていた。これが仲間を切り裂いた獲物だろう。鎌からは催眠作用のある体液が分泌されるようで、鎌で攻撃して体力を奪って眠らせてから、その細い口で内臓や脳を食べるようだ」
うえ、なんて生き物なんだろ。一匹いたら何匹もって、本当にゴキさんみたい。
「とうとう畑まで来るようになった。直に集落まで来るだろう。そこで、総出の駆除を行う予定でいる」
「そなんだ」
「そこで、先祖返りするほどの力をもったあなたにも協力して欲しいと思っている。酷いことをしたのに、こんな事を頼む資格はないが、一族の存続の為にどうか力を貸してくれないだろうか」
「俺からも頼む」
バールさんが頭を下げて、ジルまで頭を下げると残りの男性陣も頭を下げてきた。
「う、うん。えと、僕に出来るなら」
この森に不用意に入ったのは僕なんだし、過失の何割かはこちらにある。それに、実際に被害が出て困っているなら助けたいと思う。
「いいのか?」
「うん。どこまで出来るか解らないけどね」
「ありがとう」
そこからは駆除作戦の話が行われた。
驚いた事に、この村はかなりの人数を抱えていた。
十数メートルおきにツリーハウスがあり、先日は姿を見かけなかったが百人近くが住んでいるらしい。殆どは家族親戚で大きな一軒で暮らしているとのことだ。
その中で、駆除に行くのは成人を過ぎた男性三十八人。ここに僕が組み込まれる。
村を護るのはバールさんと成人以上の女性たち。子供の頃から男女共に弓術と棒術を習っているらしく、全員一定以上の戦闘が行える。
その中から、子供や老人に怪我人の世話をする数人が抜けて残りが防衛要員として待機する。
「駆除隊は5人組になれ。一組と二組、三組と四組と言うようにお互いの姿が見える範囲で索敵を行え」
男性たちのリーダーがジルなのか、実戦については次々と彼が指示を出していく。
ガルと二人で行動していたし、罠を仕掛けたりもしたならその実力は確かなのだろう。
「八組は俺ジルとガル、ドドルとLiLiだ」
名前を聞いていて、この村の男性は皆名前の最後にルが付くことを知った。そして、僕はジルたちの班に組み込まれた。
「えと、よろしく」
「急で悪いな」
「また、漏らすなよー」
「がははっ、俺が護ってやっからな」
ドドルがバシバシと背中を叩くものだから、非常に痛い。絶対に背中に赤く手形が付いてるよね。
「俺たちは四人だが、一番実力がある。まあ、七組の近くで行動するし、発見時は七組と共に連携を取るから心配しなくて良い」
「うん」
「しっかし、いくら先祖返りでもこんな小さな女の子を連れていくなんて、長は何を考えてるんだ?」
「もう年だし、考えてないんじゃなーい?」
「ガル、滅多な事を言うな」
八組仲間でこのまま自己紹介を行い、陣形の確認までを行う。
前衛は槍が得意なジルと腕力自慢のドドル。ジルは弓術の腕前も高いが、今回は前衛で行くらしい。勿論、この村人全員が弓矢を携帯している。
魔術と弓術が得意なガルが後衛。接近も魔術も出来る僕は遊撃。まあ、村人の連携に部外者の僕がそこに入るのも難しいから妥当ではある。
「では、七組とも話し合ってから行くか」
七組と八組が担当するのは畑があった南側。そこに子供が出たから、巣が近くにある可能性もあるので、一番実力が高い者がそこに向かう事になった。
その他の組にも実力が高い者が一人はいる。二組ずつ東西南北に別れて索敵に向かう。
果たして、あの気持ち悪い白蟲が出るのだろうか。そして、何れだけいるのだろうか。どうか死者が出ませんように。