オリヒメとの狩り
「うー、見られてるよ」
涙目で顔を赤くしたLiLiが周囲の視線に耐えられずにいた。
樹の家を出て、自宅で昼食を摂った後に恐る恐るログインしたが、思った以上に露出狂LiLiの噂は広がっていたらしく、昨日ログアウトした魔導店からずっと誰かに見られていた。
初期とあって、掲示板や攻略サイトを見る人が多かったのが噂以上の伝播率を高めていた。
その噂そっくりのアバターが実際に現れたのだから注目もされるだろう。知らない人たちも、コソコソと聴こえる話し声から説明され、情報が今現在も拡散されていっている。決して気のせいではなかった。
だが、僕に話し掛けてくる人はいなかった。
それは一重に元凶とも言えるオリヒメが「これ、私のものだから。君たちには興味ないよ」と真実とかけ離れた説明で彼らをあしらってくれていたからだ。
ログインした時、複数のプレイヤーの視線に混じってオリヒメがいた。
僕を待っていたと言い、プレイヤーを掻き分けて手を引かれながら店を出た。その手は今も繋がっている。
リアルならドキドキと嬉しくなるのだが、今はそんな気分にもなれなかった。ただでさえ姉妹に見える身長差に露出狂幼女の噂が気になって仕方がなかった。
これからどうしよう…………。
「いやー、思った以上に噂が拡がってるね。どう?露出狂幼女のリリちゃん」
オリヒメが嬉々として話し掛けてくる。
この人は危険だ。ある程度予測が付いていたようで、何が目的か分からなかった。そのせいで、下手にブラックリストに入れるのもやめている。
そのオリヒメと恩返しの名目でパーティーを組み、クエストを幾つか受けてフィールドにやって来た。
「リリちゃん、全裸戦闘したかったらしていいよ」
「しないよ‼」
ここまでの短時間でもオリヒメの性格は理解出来た。この人隠す様子が全くないのだから。
「オリヒメ……お姉ちゃん。ドSだよ」
ロールプレイの一貫としてそう呼ぶように言われていた。
別に従うつもりはなかったが、弱味を握られていたのでこの程度は許容することにした。呼ぶとすごく悶えるオリヒメに白い眼を向ける。
端的にオリヒメの性格を言えばロリコンでドS。もちろんリアルでの性別は歴とした女性。
小学生までは美味しく、中学生も条件によっては美味しく頂くと自慢していた。隠す様子なく今は養護教員を目指している大学生らしい。ついでに保育士も目指したいとか。自分の性癖に正直な人だった。
裏表がない分、自分にとっては大変危険な存在だった。
「しかし、かなりスクショ皆に撮られてたんだねー。良かったね」
「全然良くないよっ!これからどうしたらいいんだよ‼」
「大丈夫、私が養ってあげるから」
気安く頭を撫でられた。
そして弱味はこのスクショにあった。異性の場合は下着や裸だと規制が掛かりその人物が写らないようになっている。そう、異性に限っては。つまり、オリヒメがこっそり撮影していた何枚ものスクショには全裸で悶えている幼女がはっきりと写し出されていた。それを盾にお姉ちゃんと呼ぶことになってしまった。
最悪、運営に通報することは出来るが装備解除は本人にしか行えない。つまり、自己責任として対応されないだろう。または、僕を含めた二人が何かしらのペナルティーを課せられると思うので通報も考え物だ。
小学生にお兄ちゃんと呼ばれたいと朝言っていた樹と話が合いそうだった。だから、決して二人を合わせる訳にはいかない。この世界が崩壊するまで、一度も。
「昨日は興奮して眠れなかったんだよね。リリのをプリントアウトしてラミネート加工までしてたらね」
怖すぎる。そして、自分の身体がどうなるのか不安だ。いつか襲われそうで。
「取りあえず、リリを強くしなきゃね。怪我したら、またお薬塗ってあげるからね。セーフエリアで」
強くならなきゃいけない理由がある。こんなフィールドで全裸にされる訳には行かなかった。
「取りあえず、素材集め系をしながらレベル上げて行こう。ドロップ素材と討伐も並行してね」
性癖を抜かせば頼りになる存在なので、大変残念だ。
朝、満光が言っていた懸念はオリヒメ自身から今日忠告してくるくらいに、プレイヤーとしてはマトモなのだ。
懸念されていた幾つかを言えば、タイムリミット間近にパーティーになるのは出逢いを目的にしているのが一番可能性が高いらしい。
男性プレイヤーに女性プレイヤーから近寄る場合は、貢がせる人を捜している可能性もあるとか。
その他にもPKに向けてその人物の情報を集めたり、押し売りや寄生目的だったりと色々な理由があるようだ。いずれも短時間でやれることは少ないが、短時間なりに幅広く、そして気付かれずに少しずつ情報なり集められることにあるらしい。
タイムリミット制限が付くこのゲームにおいて、パーティーを組む時には大体の残り時間を伝えるのが暗黙のルールみたいになっていた。でないと、パーティーを組んですぐに落ちられたら不快になり、トラブルにまで発展する可能性もあるのでその対策としてプレイヤー達が始めに決めたルールであった。
「お、あそこにイエロービーがいるね。たしか翅を10個と20匹の討伐だったね。蜂だけど毒攻撃はないから、安心して刺されに行こう!」
僕のレベル上げを優先にするにしても、攻撃されるのを前提なんてヒドイ。いや、きっとその先の治療というセクハラが目的なのだろう。
だが、オリヒメの本来のパーティー目的は序盤の難クエストに向けた強化らしいので、僕もそれに励むだけなのだが。もちろん、最小限のダメージで。
「っええい!」
それにしても可笑しなことになったと思う。こんなに早くパーティーを組むとは思わなかった。
始めだけでもソロで頑張ろうと思っていたのに。
「しっかり見ないと当たんないよ」
オリヒメも同じくイエロービーを狩っている。この採集と討伐は何回でも受けられるクエストだったので、すでに二回クリアしたと言うオリヒメも受けていた。三回目と言うだけあって、敵の特長をしっかりと知っている。ステータスも合わせて攻撃を受ける事もなく倒していく。
一方の僕は攻撃がほとんど当たらない。短剣とクローのリーチの短さが不利となって、空飛ぶビーには届かない。近付いて来てもその速さに空振りばかりしてしまう。そのくせ、針攻撃を確りと当てていく。
「リリにはまだ難しいかな?リリもちっこいしね」
身長差は飛行モンスターとも相性が悪かった。すでに三割もLFが減っている。
「はふっ、えいっ」
当たると思わなかった《スラッシュ》がビーの針攻撃を掻い潜って当たり、そこでようやく一匹目を倒すことが出来た。いくら紙防御でも、こちらも素早さに振っているのだから速さは拮抗している。飛行がこんなに厄介だとは思わなかった。難易度が高いのではなく、相性が悪いのだろう。一匹目でこんなに食らうのだから。
「リリ、どうする?残り七割切ったんじゃない?」
「まだ大丈夫だもん!お姉ちゃんのお楽しみなんてないよ。ここから、大激震の始まりだよっ」
「そう?楽しみにしてるからねー。あと、大激震じゃなく大逆転とか快進撃って言いたかったのかな」
「う…………」
オリヒメは再び片手剣を構えてから、新たなビーに挑みに行った。
「負けないもんっ」
自然と出る言葉が、どうしてもここでは幼さが混じってしまう。そう思いながら僕も短剣とクローを構え、ポップしたビーに斬りかかる。
オリヒメの殲滅力が散漫に飛ぶビーのポップを押さえてくれているので、アクティブでも集中攻撃を受けることがないのは救いだった。
「せーいっ」
リチャージした《スラッシュ》を放つが交わされてしまう。次に放てるのは五秒後。
しかし、《スラッシュ》を交わしたビーに隙が出来た。ややリーチに不安があったので試しに短剣を投げて見るとビーの頭に当たった。顎の硬い所に当たったのか跳ね返されて地面に短剣が落ちたが、どうやら有用そうだ。威力こそ低いが、相性の悪さを考えるとこれから練習する必要があった。
「ぅわっ、いたっ、ちょ」
滑空してくるビーを避けて短剣を拾い立ち上がると、背後から攻撃を受けた。転がりながら見ると、新しくポップしたビーだった。
「えーと、ヤバイ?」
起き上がり状況を確認。バックアタックでクリティカル攻撃を受けたらしく、一気にLFが五割になっていた。そして挟み撃ちの状態。
視線を動かせば、オリヒメとかなり離れてしまっていた。向こうも戦闘中で気付いていない。
「デスペナ……かな」
諦める気はないが、圧倒的に不利。オリヒメの治療を受ける前に街に戻されそうだ。
デスペナか。やだなー、時間がなくなるよ。
攻略サイトに載っていたデスペナ経験者の情報を思い出す。
LFが0になると首都に強制転送される。通称ゾンビハウスと言われる蘇生部屋で目覚めるのだが、その死亡ペナルティが接続時間があるこの世界では重い。
蘇生後二時間は衰弱状態となり、物理・魔術攻撃力と防御力、さらに素早さの30%減。デバフの状態異常の確率アップ。運とドロップ率の半減。成長率と鍛練率の半減。蘇生時のLFとMSの40%、つまりイエローゾーンからのスタート。このように色々と重い設定だった。とくに小学生だと最高三時間のインなので、ほぼ一日無駄になる。途中でタイムリミットが来ても効果は翌日に引き継がれる。
こうして体当たり検証してくれた攻略組みによって細かい数値まで広まり、デスペナは重すぎる状態となっている。
これに問合せした人には、運営からきちんと本来の仕様であり、死亡はそう簡単なものではないとかなんとかの説明がきたとか。
小学生には特に厳しい条件だが、確かにその通りでもあると思う。そして、ゲームだからと言う理由で簡単に死を選ぶのも考えものと、共感するプレイヤーは複数いた。
こう言う部分で運営が信頼されるのも珍しいことだったが、リリースより丁寧な返信などもあり運営の信頼は高くなっている。それなのに、僕の女の子アバターはどうにもならなかったのだが。
「っ、とと、く、そっ!」
そんな事を長々と考えられる余裕もなく、ほとんど防御と回避に思考は割かれる。
それでも二匹は自分の攻撃エリア外にすぐ逃げ、そこからの針による刺突が徐々にLFを削っていく。
再び短剣を投げたが、今度は当たることもなく地面に落ちたまま。回収する暇なくクローで応戦するが、入れ替わりに襲いかかる針を避けながらの攻撃は弱い。クリティカルを貰うことがないだけの辛戦が続く。
「いっ、この!」
もうすぐレッドゾーンになりそうだ。一匹は半分以上削れたが、後から現れた一匹は二割削れたかどうか。
「もう、裸になってもいいからお姉ちゃん助けてー」
ついそんな気が狂ったことを叫んでしまった。
だが、性癖に素直なオリヒメと距離も離れており別のビーへと次々に攻撃を仕掛けておりすぐには来れないようだ。戦闘に夢中で相方のLF残量に気付いていないのかもしれない。
「もう、なんなの!」
デスペナになったら治療すら出来ないんだよ!と変な怒りが理不尽にオリヒメに向いてしまう。
「あー、もう。なに考えてるんだよ」
八つ当たりの感情を《スラッシュ》に乗せて、迫るビーに放つ。
「あたっ、たっ!?」
ビーのLFが七割になったのを確認する前に足が絡まり前のめりに顔から地面にダイブしてしまった。
「くゎ、うあう!」
そこに背後からの一撃。ついに自分のLFが二割になりレッドゾーンに突入。
「やば」
転がり、その場から離脱するが二匹が後を追ってくる。
絶望的に転がり逃げる。起き上がる間に攻撃が来そうなので、転がるしかなかった。その上を何かが飛び越えた。
「リリ、すぐ起き上がってバックアップ。LF低い方引き付けて‼」
片手剣をLFが七割残っているビーに叩きつける。不意の乱入に回避出来なかったようでクリティカルを受けたのか一気にLFが減っていく。
慌てて起き上がった所に、回避してこちらに襲い掛かるビー。まだヘイトが僕に傾いているようだ。
「しつこいのキライ!」
短剣はかなり遠くにあるまま。オリヒメが一匹を倒し駆け付けるまで回避に集中して引き付けなければいけない。
「一匹で、単純攻撃ならもう大丈夫!」
イエロービーは空からの滑空攻撃か二連続の突きしかしてこない。どちらもお尻の針からだ。
滑空による刺突は厄介だけど直線攻撃。重く速いが僕のステータスなら辛うじて交わすことができる。
二連続攻撃はまだ回避しやすく、攻撃中は背後に隙が生まれる。もちろん二回とも食らえば刺突よりダメージが大きい。
これまでのパターンを覚えたが、二匹相手では隙がなかなか生まれなかった。
「最後くらい!」
二連続攻撃が始まり、バックアタックから《スラッシュ》を叩き込む。
「やったー」
一度攻撃を擦ったがなんとか倒すことが出来た。
残り15%で死ぬギリギリの戦闘だった。
二匹を倒しただけで1レベル上がったので、推奨レベルに僕は届いていなかったようだ。オリヒメは知っててこのクエストをさせたのだろうか。たしかに効率はいいが、ハイリスクすぎる。
「お、倒したんだね。でも、真っ赤だね」
ニコニコとオリヒメがやって来た。とても怖い。
「今回はさすがに私が悪いかな。あっちは少しポップ早いみたいで狩り場らしくてね。気付くの遅れた」
オリヒメはずっと戦っていた。それは狩り場に知らずに足を踏み入れて抜け出せなくなったようだった。
少し離れただけで、狩り場があるとはオリヒメも知らなかったのだろう。出現と同時にターゲットにされるオリヒメもかなり危険だったようで、よく見ればオリヒメのLFもイエローだった。
「ま、回復はしないとね。優しくしてあげるから。変わりに私にも優しく塗ってね」
自然と手を引かれてセーフエリアにたどり着く。移動中に短剣を回収して、二度の戦闘をオリヒメがあしらってくれた。
「さ、脱ごうね。こんな草原で脱いだら開放的で良いよね」
そう言ってセーフエリアに着くなり、パパッと装備を解除して全裸になるオリヒメ。
「ちょっ。いきなりすぎっ!」
アバターだとしても女性の裸を見るのは初めてだった。自分も女の子の身体だが、女性という感じは全くしないが、オリヒメはスタイルがよく胸も形が良い。腰も括れており、猫のような尻尾は艶がよく、一番大切な部分も綺麗なものだった。
「ん?おっぱい欲しいの?ごめんね、まだ出ないんだ」
「いやいやいや、って、まだ出ないって…」
「冗談だよ、半分は。それよりリリもほら」
オリヒメは気にせずに脱いだが、僕を女の子と思っているからなのだろうか。
一人草原で脱がせているのも悪く感じ、恥ずかしいのを我慢しながら装備を解除していく。
それをオリヒメが嬉しそうに見ていた。何か指が動いていた。怖すぎる。
「んゎー、やっぱ可愛い!ね、たべていい?」
「へ?だ、だめっ」
「ま、徐々にしていけばいいか」
何か不穏な発言が聞こえたが空耳としておこう。
「さて、昨日あれから狩りまくって軟膏たくさん買ったから気にせずに使ってね。どっちから塗る?」
「え、えと…」
本当に僕も塗るのだろうか。ドキドキしていると、焦れたのかオリヒメが薬を掬い僕に塗りつけ始める。
「ひゃっ」
「決めないから先に塗るからね」
塗り始めてからそう言われても拒否出来ない。
そして、昨日と同じように息が荒れた。時折オリヒメの指が何かを操作していた。
「役得役得。さ、リリ、私に塗ってね」
軟膏が手渡された。パーティ中はトレードなく消耗アイテムの受け渡しができる。
「えっと、いいの?」
「うん、リリのちっさい手で塗ってほしい」
なぜか小さいと言われてカチンときた。大量に手に軟膏を取り、感慨もなくオリヒメの胸に塗ってやった。
「つめたっ。リリ!」
「ふふっ」
「……もう、イタズラしちゃダメだぞ。次にしたら、私も悪戯しちゃうからね」
反撃の手が止まった。なんかニュアンスが違い、背筋に戦慄が走ったように感じる。
「ごめんなさい」
「ま、しなくてもするんだけどね」
「え?」
「ほら、手が止まってるよ」
所々漏れる発言に冷や汗を流しながら、オリヒメに軟膏を塗っていく。ビクビクと発言に怯えながらなので、女性の裸に触っても喜びも感想もない。
「リリ、下手だね」
「あう……」
「怒ってないからね。これから、私がするのを感じて上手くなればいいんだから」
恩返しの難クエストが終わるまで、いったい何回塗られることになるのだろうか。
「んー、気分的にもリフレッシュできたかな。リリ、記念に写真撮ろっ」
僕が反応する前に抱き寄せられてスクショを撮られた。草原で全裸の幼女が全裸の女性の足の間に座った状態で。
そして気づく。先程から動く指は、スクショを撮影していたことを。
「今日もリリの色んな姿が撮れたね。また、眠れないかも‼」
僕を足で挟んだ状態で後ろから頭を撫でられた。
その時、セーフエリアが一人分拡がった。
「……え?」
このセーフエリアでログアウトしていた男性プレイヤーなのだろう。再びログインしたその男性が固まり……再び消えた。
「ありゃ、驚いてログアウトしたみたいだね」
「落ち着いてる場合じゃないよー!」
僕は慌てて、オリヒメはゆっくりと装備を整えてその場を離れた。
その間に男性プレイヤーはログインしてこなかった。
ごめんなさいと、心で謝った。