謝罪と理由
「すまなかったな、嬢ちゃん。まずは謝らせてくれないか。ジルとガルも」
「すまなかった」
「ごめんねー」
長と名乗った筋肉の引き締まった老人に促されて、長身で落ち着いた声のジルと、スラリとして軽薄そうな若者ガルが頭を下げて謝罪してくれた。ガルは心が籠ってないように感じたが。
「う、うん。いいよ」
どうして三人が謝っているのかと言うと、先の二人が警戒し過ぎた結果で、こちらの言い分を聞かなかった事と雑な扱いをした事が原因。確かに警戒するのは当たり前だけど、やり過ぎだと長が叱っていた。あとは、僕の見た目によって罪悪感を感じたみたい。
現在、僕は丸太に大きな葉っぱを何重にも重ねたクッションの椅子に座っている。勿論、拘束はされていない。見た目と経緯を聞いて、最低限の警戒をしながらもなんとか信じてくれた。
「本当にすまなかった。だが、こちらにも事情があったんだ」
長──バールによって、どうしてこんなにも警戒しているのかを説明してくれる。
「事の発端は一週間前。いや、痕跡を発見した十日前から。まず十日前に、何かに裂かれた獣の死骸が複数見付かった。どれも内臓と脳のみ食い荒らされる悲惨なものだ」
それを想像して吐き気が込み上げるが、なんとか我慢する。僕だって生で食べたことあるしね。プリハの中だけだよ。
「その近くに真新しい糞もあった。未消化の繊維質が含まれていたので、雑食だろう。だが、この森で大型の獣を喰らう雑食は見たことがなかった。単に知らないだけとも思えるが、この何十年と暮らしていた森に知らない生物なんて殆どいないだろう。まして、内臓だけ食す生物なんて今まで見たことがない」
それは外来生物が来たってことなんじゃないかな。
「ああ、この話の前に我らの事を言わないといけないな。我らを見て何か気付いた事はないか?」
「……原住民?」
「おい」
「焼いて食べちゃうよー」
「ひっ!」
「こら、お前ら」
どうやら原住民呼びはダメらしい。
「我らは自分たちを精獣族を自ら言っている。単にエルフと獣人の混血なんだがな」
ああ、通りで獣耳があるのにプレイヤーよりでスタイルも良いんだね。エルフは森の精と言うこともあるから、そこからたぶん来ているんだね。
「各領が長い間いがみ合っている。混血は迫害の歴史があったから、こうして隠れて生き延びた一部が我らだ。大昔はエルフと獣人が善き隣人で、協力しあっていたと伝えられているがな」
んー、なんか複雑なストーリーがありそうだね。獣人プレイヤーは獣人と人間の混血って話だし。
プレイヤーの元となった混血と獣人も昔は敵対していたけど、大戦を経て共存するようになったんだよね。なら、彼らも共存出来ないのかな。それとも、共存している事は知らない?
「我らはこの森と周辺の草原のみで全てを終える。故に、ここは我らの家同然だ。稀に突然変異した生物が現れるが、それでも主体となる生物くらいは特定出来るくらいには、この森と一体である」
あれ、話が元に戻った? もっと詳しく話してくれると思ったんだけど。なにか、イベントがありそうだし。共存イベントとかないのかな。
「聞いているのか?」
「あ、はい! でも、元の生き物も想像付かないのが出てきた?」
「そうだ」
危なかった。聞いてなかったら食糧にされたかもしれないしね。ちゃんと人の話は聞こう。
「不気味だが、それくらいなら問題はなかった。栄養価が高い内臓だけ食べる生き物がいても不思議ではないとも考えたからな」
「何かあったの?」
「ああ。一週間前に、一人で出掛けた若者が夜になっても帰って来なかった。食糧調達に行ったから、しくじって怪我を負ったと思い翌朝捜索に二つの組に分けて集落から出した。先に帰って来た組が、若者の遺体を持って帰ってきた。内臓と頭がなかったが、若者で間違いなかった」
一人で狩りに行って、そこで死ぬ事もあるよね。でも、死に方が十日前から見付かる遺体と一緒。
「それから暫くして、もう一組も帰還したが三人で行ったのに二人しか帰って来なかった。その一人も血に塗れており意識を無くしていた。無事だった奴に聞くと、見たことのない白い生き物に襲われたらしい。傷痕を見て獣の攻撃だと確認したので、その者を疑う事もなかった。その翌日に負傷した者も意識を取り戻して、話を聞くと同じ生き物を見たので間違いないようだ。もう一人は初めの襲撃で傷を負い倒れた拍子に岩に頭をぶつけて死んだようだ。それからさらに二日。いくらその生物が怖くても我らの食糧を得る為に三人で狩りに行った時にも襲撃されたようで。幸いにも一人が意識を失っただけで無事に帰って来てくれた。その者も翌日には意識を取り戻した」
ここまでを一気に説明したバールは水を飲む。集落側に小川があるようでそこで汲んでいるらしい。
「白い生物が嬢ちゃんのその服の色と同じだったから二人も警戒したのだろう。集落を中心に罠を仕掛けた腕利きの二人も、脅威になる程の生物と遭遇したことがないからな。嬢ちゃんが先祖返りしていたから余計警戒したようだ」
僕が拘束を解かれ丸太の椅子に座るまで《獣走》を使用したから先祖返りと思われたみたいだ。ゼメスも先祖返りしていると言っていたし、間違いではないけど。
それにしても、この森は弱い生き物しかいないのかな? あの蛇や蜘蛛は強そうだったのに。それとも、この二人がすごく強いのかな。ジルは解るけど、ガルは強そうに見えない。
「そんな訳で、白くて先祖返りした嬢ちゃんを必要以上に警戒したみたいだ。謝って許される訳じゃないが、本当にすまなかった」
先祖返りして本能のままに生きる人もいるらしい。僕が《獣走》を使用してたから、獣のように本能で生きていると思ったのかな。失礼な。
たまにしか生肉食べたりしないよ。まあ、服着ない方が落ち着くとは思うけどさ。
「事情があったし、仕方ないよ」
「ありがとう。お詫びと言う程じゃないが、今日は泊まっていくと良い。明日の朝食は腕を奮わさせて貰う」
「あ、うん。ありがとう」
うーん、もうすぐ日が変わるよね。朝食なら六時過ぎかな。リアルタイムにすると午前三時。食べられそうにないね。
倍速二倍だと、こうやって辻褄合わせが不可能になる。ゲーム時間二倍だが、不在時の時間進行が大きすぎる。今までは辛うじて辻褄が合っていると思っていたけど、朝食を食べなかったらどうなるんだろうか。また、プリハ内ならば二日後に来る事にどうやって強引に辻褄を合わせるのだろう。
気になったら落ち着かなくなる。初めはプリハ内の時間進行が二倍に加速で、実質のタイムリミットが二倍になったと喜んでいたけど、こうやってみるとやはりおかしい。この世界の住人はどう思っているんだろう。
「どうかしたか?」
「あ。ううん、大丈夫」
「そうか。なら、ジルに今日の寝る所を案内させる」
「うん」
「よろしく」
バールたちと別れて、ジルに着いて行く途中に振り返って頭を下げられる。
「すまなかった。いくら脅威に脅かされていても、碌に信じようとしなかった」
「あ、大丈夫だから」
改めて謝られるなんて思わなかった。
「それと、言いにくいが。まだ、完全には信用も出来ていない。俺が表で待機させて貰う」
「え?」
「信じるとは言ったが、君の言ったことに関して。君の身元を保証するものがない。聞いた話だが、先祖返りで獣になる条件も色々あると聞いた。血の臭いだったり、満月の夜だったりと。中には寝ている時にだけ獣になる者もいたと言う。君が意識を失っていた時に何もなかったが、気絶と睡眠は違う。だから、まだ監視の必要がある」
「そう、なんだ。……なら、なんで僕に教えたの?」
「今の君は無害だと長は考えている。だが、睡眠中はどうか解らない。この話で抑止力になるかは不明だが、可能性は一つでも取り除きたい。集落の中で白き獣を解き放ちたくはないからな。だが、こんな小さな女の子を夜中に追い出すのも躊躇われる。苦肉の策だ」
「うん、解ったよ。ごめんね」
「いや。君は草原の覇者ランサーピグから逃げて来ただけだろう。あれは遠目で見たことがあるが、到底勝てぬ強者だ。仕方がない」
「ありがとう。あと、僕はLiLiだよ」
「LiLiか。改めてジルだ。この集落の戦士だ」
「よろしくね」
「ああ」
何だか大変な目にあったが、ジルは真面目で優しそうだ。僕ってチョロいのかな。
握手をして十歩も歩かない内に、大きな木の前でジルが立ち止まった。
「ここがLiLiが泊まる家だ。中は片付いていないが我慢してくれ。こんな女の子を泊めると思わなかった」
見上げれば太い枝に家がある。ツリーハウスだ。確かエルフ領の村はツリーハウスが主体だったね。混血の彼らはエルフの文化も混ざってるんだね。
「おお、おっきい」
枝を組み合わせて作った登り橋を上がっていくと、見上げた以上に大きくて確りとした家があった。
「そ、そのな。LiLi、早く上がってくれないか」
橋の天辺で立ち止まって家を興味深く眺めていると、下からジルの催促があった。途中で止まったら危ないもんね。
「ごめん。すぐ上がるね」
「ああ」
二人が家の前の踊り場に上がったが、ジルの顔が何か赤い。どうしたのかな。
「り、LiLi。散らかってるが、右手に布団があるから勝手に使ってくれ」
「うん」
まだ赤面しながら、ジルが家の入り口に座り込む。
「そこにいるの?」
「見張りだからな。大丈夫だ、途中でガルが変わってくれるから寝る事は出来る」
ガルはなんだか苦手だが、寝ずの番なんて出来ないよね。
見張らなきゃいけない原因が僕にあるし、なんだか悪いな。
「この家の借りて良いんだよね」
「好きに使ってくれ」
「なら、ちょっと待っててね」
ドアを開けて、言われた右手を見る。これが布団かな?
試しに左を見ると、木製の食器や石の鏃が付いた弓矢一式と牙か何かで作った槍などが置いてあった。
右手には複数の毛皮が重なり縫われた敷き布団のような物と、それより薄い布団のような物が三枚あった。温度に合わせて掛ける枚数を変えるのかな。
他には脱ぎ散らかした服の山。
「はい、ジルさん」
「布団を持ってきてくれたのか?」
布団で合っていたみたいだ。一枚を渡すと、ジルはそれを身体に巻き付けた。
「寒いかと思ってね」
「気を使わせたな。すまない」
「僕こそ、家借りてごめんね」
そう。家の中、特に布団と服の山からジルの濃い臭いがした。一人暮らしなんだろうね。他の匂いはガルのものが微かに香った。
「先祖返りの嗅覚か。気にするな、これも仕事だ。それより休め」
「うん。おやすみ、ジルさん」
「善き夢をLiLi」
ジルの匂いに包まれて、僕はリアルへ帰る。
帰る前にジルの匂いはシステム的にも記憶した。あの脱ぎ散らかした服でも、恩返しに畳んであげようと思いながら僕は眠りに就いた。