買い物とワンピース
イベントも順調に進み、残すとこ数日。二日目以降も二度の雨により【雨の雫】も順調に集まっている。ログインしていない時間もかなり雨が降っている──雨天日時の集計と兆候データスレッド参照──ようなので、プリハ内はすっかり梅雨。リアルじゃまだまだ梅雨の傾向がないどころか、都心では真夏日を記録している日があるくらい。
「ユーリちゃん、空なんて見てどうしたの?」
「ん?雨降らないなって思って」
「雨なんて面倒なだけじゃん。髪ボサボサになるし……」
「私は好きだけどな、雨」
イベントも重要だけど、リアルも疎かにはしていない。久しぶりにウサミミ、あーや、桜と遊ぶ約束をして日曜日の今日こうして皆で集まっている。
夕方からパーティーが集まる予定なので、朝からこうして買い物などを行っている。
「映画は十一時過ぎだから、先にご飯にする?」
「朝食べて来たから、観てからかな」
「僕も同じかな」
今日一番のメインは恋愛映画。だけど、時間的にお昼に掛かる微妙な時間。ウサミミとあーやが朝は弱いからと、初回を諦めたことで中途半端なスケジュールになってしまった。
「映画観てからご飯で良いね。時間余るからどっか見て見よ」
「……ご飯」
ウサミミだけは朝食を抜いてきたみたい。でも朝食を食べてきた僕らはそんなに空腹でもないので我慢してもらおう。
「夏物でも見てみる?」
こうやって四人が集まる時は桜が意見を聞いて来ることが多い。テニス部に入って、すでに一年生の纏め役になっているらしいので適任だね。でも、クラスや部活仲間の友達居ないのかな? 結構僕らと遊んだり、クラスに遊びに来ているから少し心配。余計なお世話かもしれないけど、中学の頃は交遊関係が広かったように思えるのに、今じゃ僕らとばかりいるイメージ。本人が楽しいなら詮索はしないけどね。
「賛成」
「いいよ」
「……うん」
こうして女子たちと買い物も慣れてきたけど、服を見る時は当然のように女性向けの店舗ばかり行くので流石に気後れする。だって、何度も試着させられるしね。
「キャミでも買おうかな」
「私はボトム系かなー」
「ラーメンでも良いかな」
若干一名は服よりもご飯のことを考えているけど、皆で移動する。
「ウサミミ、はいこれ」
「ユーリ、飴くれるの!? ユーリ、好き!」
飴一つでテイム出来そうなくらい喜ばれた。たまに餌付けもしていたから、こうして遊ぶ時は鞄にお菓子を持ち歩くことが増えた。女子はこっそり? 学校にお菓子を持ち込んでいるので、貰うだけじゃ悪いと思って僕も持ち歩くことにしたが、ウサミミに食べられる事が多い。ちなみに僕は部員に餌付けされてます。
僕も飴を一つ口に入れて、あーやと桜にも一個ずつ渡す。
「ありがとう、ユーリちゃん」
「ユリちゃん、ありがとね」
こうして喜ばれるので僕としてもおこずかいを使ってもお菓子を買っている。最近体重が心配。
「取り敢えず、またファッション対決ね」
コーディネート対決が最近テレビでやっているので、それを真似してここ数回はこうして遊ぶ事がある。僕は初回で惨敗だったので、二回目以降は審査員になっている。
三人が選んでいる間に僕も店内を見て回る。
レディース専門店に入るのも抵抗がなくなってきているが、服を見るのは楽しい。元よりユニセックスの服ばかり着ていたので、僕が気に入る服もあるので何度か買ったことがある。レディースだからって抵抗が減ってきてはいるが、流石に女の子っぽいものは買っていない。
だけど、一つの服が目に止まった。
「あ……これ」
それは形や色使いが違うけど、プリハ内で着る事が多い【新緑のワンピース】と同じセーラーワンピース。
ノースリーブではなく半袖であり、黄緑色のラインや襟の代わりに黒や紺に青などのカラーバリエーションがある。
「そう言えば、プリハじゃ領によって色と名前が違うんだったっけ」
オリヒメが情報を広めてから各領ではその違いが判明した。
フィールドボスやドロップの違いもあり、ワンピースのタイプも違う。もちろん、男性はワンピースじゃない。装備スレッドに各スクショが掲載されていた。他の色も可愛く欲しいと思ってしまったのは内緒。
「ユーリ、それ気に入ったの?」
「ユーリちゃんなら似合うと思うよ」
「買っちゃえユリちゃん」
気が付くと三人が近くにいた。それぞれが籠に服を入れているのでコーデが決定したみたい。
「え、えーと、これは別に……」
笑って誤魔化そうが、無理だよね。だって、両手に色違いのワンピースを持って身体に宛てながらミラーを見ていたのだから。
自分でもびっくり。いくら着なれた装備にそっくりでも、リアルでそれが似合うか見比べてしまったのだから。いや、ゲーム装備がリアルにあれば気になるよね。
「取り敢えず着て見ようね」
桜に試着室に押し込められてどうしようか迷う。
もう何度もこうして試着を迫られているので試着は別に問題じゃない。問題だけど、もう抵抗感はない。なにより、着なれたワンピースとそっくりなら抵抗感なんて零。
問題なのは試着を終えて出ると、三人に写メを撮られること。後で送られてくる写真を見て毎回恥ずかしくなる。
「んー、でもな」
「あの、ユーリちゃん。また手伝おうか?」
何もしないとこうしてあーやが試着室に入ってこようとしてくる。運動時と違い、おっとりして押しの弱そうなあーやがそうやって退路を絶つので試着を拒否するのも躊躇われる。
「ん、大丈夫だから」
入ってくる前にそう確りと伝える。ここで言い淀めばあーやが入って来て、本当に着替えを手伝おうとしてくる。本人曰く、「妹や弟の着替えを手伝うのと変わらない」とまったく平然と脱がせようとしてくる。あーやからしたら、僕は子供なのかと悩まされる。
「取り敢えず着替えよ」
別に着替えることには抵抗はない。かなり毒されて……調教されてきたと思う。まあ、嫌じゃないけど。
「やっぱり紺かな。でも黒も良いし。青も捨てがたい」
下着姿で服を見比べて、引き締まった黒を選ぶ。
サイズや肩幅は問題ない。スカート部分がやや短く膝上10cmくらいなのが心許ない。
「どうかな」
白地に黒の襟とライン。自分で鏡を見て変じゃない事を確認して試着室を出ると、案の定スマフォを構えて写真を撮りながら口々に褒めてくれてうれしいと思ってしまう。
「今日こそ買わないの?」
「うーん……えと」
普段なら即答で買わないと言う。だけど、愛用のワンピースと似ておりつい言い淀む。
「お金余ってるなら買っちゃお!」
ウサミミが言えば、あーやも続けて言う。
「今までで一番似合ってるよ」
二人が言えば桜も続く。
「そうそう。まったく違和感ないし、ユリちゃんらしいよ」
僕らしいってなんだろう。でも、答えが決まってしまった。
「買おうかな」
初めての女の子っぽい服だけど、これなら買っても良いと思えた。むしろ、こっちでも見つけて欲しいと思ってしまった時には決まっていたのだと思う。
「じゃ、会計しなきゃ」
それぞれがコーデ対決用の服を返して、買う物だけを籠に入れて戻ってくる。その間に僕も色違いのワンピースを元に戻す。
三人に強く頼まれて今日はワンピース姿になった。拒否も否定しない僕も何だかんだでこのワンピースが気に入ったから別に問題じゃない。この三人なら女装も気にならない。でも、クラスメイトや知り合いに出会うのは怖いかな。
「これを着ていきます」
本来なら脱いで会計をしないといけないけど、桜が店員に頼んでくれていた。三千円を払い、二十円を貰い財布に入れる。
「まだ時間があるから、ユリちゃんの下着だね」
「え、下着?」
「そだよ。それ着てるならやっぱり女の子らしい下着買わなくちゃ」
「私も手伝うね。妹ので慣れてるから」
下着を買うのが決定してしまった。
だけどなんで子供向け?あーやに連れられた店であーや主導で選ばれた物は、キャラクター物で女児下着を薦められたけど流石にね。
結局、サイズ160でもキツイと思ったのか中学生の時買っていた下着を薦められた。うん、あーやが中学にどんな下着を着ていたか知れたけど変な気分にはならなかった。
その中でも、白地でキャラクターが描かれている子供向けのデザインを厳選していた。あーやが僕を弟として見ていることが確定したと思う。
「ユーリちゃんは弟じゃなく妹かな。でも友達だよ」
複雑な心境でお姉ちゃんとからかったら、照れながら頭を撫でられた。プリハだけじゃなく、こっちでも最近は先輩から頭を撫でられていたけど同級生にまで撫でられるなんて。なんか凹む。
「ユリちゃん、私のこともお姉ちゃんて言って良いよ」
「なら、私も!」
なんで二人とも嬉々とした提案をするかな。丁重にお断りしました。
「これからは、彩お姉ちゃんね」
「え?」
「彩お姉ちゃんね」
「あ、うん。彩お姉ちゃん」
なんか強い意思を込めた眼で見詰められて、つい気迫に負けて言ってしまった。お姉ちゃんなんて言われ慣れているはずなのに、その拘りは何?
「んー、ユーリちゃんは良い子だね。反抗的じゃないし」
あ、弟か妹が反抗期なんだね。だからって、頭を撫でられるのは恥ずかしいよ。
「さて、何処かで下着を着替えないとね」
「あはは、やっぱり着替えるんだね」
もう購入したので諦めていたけど、やっぱり最後の抵抗感はあるね。非常に薄い抵抗感だけど。だってねえ? あっちじゃ普通に着ていたしね。
「んじゃ、トイレで着替えてくるよ」
トイレで着替えるってのも変な感覚だね。多目的トイレじゃないと着替えにくいし。アメリカのヒーロー物ってこんな変な気分でトイレとか人目に付かない所で着替えてるのかな。
「んしょ。こんなものかな」
買い物袋に自分の下着を仕舞う。これが見られると危険だよね。
外見はワンピース姿のまま。下着と共に購入したニーハイソックスが絶対領域と言う部位を作っている。
「お待たせ」
「それじゃ、確認!」
「わきゃん!」
ウサミミにワンピースを捲し上げられた! 見られた!
「駄目でしょ!」
「ウサミミちゃん……」
「可愛い悲鳴だったね」
うー、と唸ってしゃがみこんでいると二人に慰められた。
「取り敢えず着替えは確認できた。ブラもしているみたいだし」
まったく悪気がないウサミミ。幼稚園の男の子かと叱りたいけど、恥ずかしくて唸り声しかでない。
「映画の時間も近いから移動しよう」
僕を立たせて時計を確認する桜。やっぱりこの中じゃ一番確りしている。でも、それならウサミミを叱って欲しい。
「はー。行こう」
女性に裸を見られるのは慣れたと思っているけど、リアルじゃまだ完全にとは行かない。でもまあ、高校入学前よりはマシか。
だって、部室には更衣室がないし。皆が脱いだ制服を見たり、一度は時間がないってことで仕方なくウサミミと同じ部屋で着替えたし。今思えば、他の空き教室で着替えれば良かったと思う。この時、他の部員達もいたから皆に見られてる中で着替えをしたんだよね。訪問時間に合わせて移動をするのに慌てて恥ずかしいなんて思わなかったけど。
それを思えば下着程度なら見られても問題ないか。いや、あるけど。皆が気にしないならいいや。
「何か買う?」
「私はドリンクくらいかな」
「僕も」
「私はポップコーンも」
ウサミミ以外はオレンジジュースだけを購入してチケットを見せて館内に入る。
恋人と女性が多い館内だったけど、僕がワンピース姿でも男性とは気付かれなかった。映画は一言で言えば感動した。なんで皆は泣かないの? 普通に感想を言い合っている。
「ユリちゃんは純情だね」
そんな事を言われる始末。皆も感動したらしいけど、泣く程ではなかったみたい。僕なんて、こういう映画はほとんど泣いてしまうのに。あんな恋をしたら、不安と幸せで押し潰されてしまう。
「んじゃ、ご飯だね!」
ポップコーンをモキュモキュ食べていたのに、まだお腹は減っているみたい。僕たちも丁度お腹が空いてきていたのでファミレスに入る事にする。
そこで各々食べたいものを頼み、少しずつ分けあって堪能した。ハンバーグ定食とバナナパフェは半分が三人の各料理やデザートに変わったけど、どれも美味しかった。
「ごめん。そろそろ帰るよ」
「また明日だね!」
「私も買い物して帰るね」
「私も夜にはパーティーをく……があるから帰る予定だったし大丈夫」
ウサミミは暇そうだけど、あーや……彩お姉ちゃんは家の買い物があるらしく、桜はパーティーがあるみたい。パーティーて何? お嬢様? 聞いたら友達の誕生日パーティーらしい。僕ら以外の友達の繋がりがあって良かったらよ。
こうして三人と別れて家に帰ると母さんがいた。日曜日だし不思議じゃないけど。
「優理、可愛いわよ」
そしてワンピース姿だったことを言われるまで忘れていた。恥ずかしい!
何か母さんの火を付けたみたいだけど、見ないようにして部屋に逃げ込む。
そして、そのままプリハへと逃げて予定より少し早かったこともあり温泉周りの整備を進めてリンゴ達が来るのを待った。
今日は一日中雨らしく、一度ご飯と御風呂休憩を挟んでフルでの狩りを楽しんだ。
リンゴ達成人グループはすでに目標数が集まっているが、この雨ボーナスで僕も目標数の達成目処がたった。残り日数で余裕を持って集まる計算なので、安心して皆と別れて眠りに就いた。