メインクエスト3
新薬はハジリ村限定で暫く売れ行きの推移を見てから量産の目処を付ける。そう思っていたのに、すぐに完売する毎日。一日各二本しか販売していないのもあるが、原因は見守り隊が開店と同時に買い占めるせいだ。
「テスターになって貰ったせいで余計にかな……」
価格設定や味の感想とかを聞くために見守り隊のギルマスとサブマス三人にテスターを依頼した。
まったく参考にならなかった。ベタ褒めに、高額でも買うという意見が感想を占めた。
だけど、ギルマスが最後に価格は効果や素材費などを見て二百リゼくらい上乗せしても売れると言ってくれた。これは、ゼメスやファル・店員との意見とも一致していたので安心する。
「高額で回復量が少ない代わりに飲みやすいか、不味い代わりに少し安くて回復量が高いか。プレイヤーの好みに任せる……か」
たかが二百リゼの差だが、これからは活用する機会が増えていく。その僅かな金額差でも塵も積もればだ。前衛は安くて回復量があるほうを、後衛は高いが飲みやすいほうと別れるんじゃないかとも意見を貰った。回復薬の種類が少ない現在、好みで選択幅が拡がるのは良いことだと一プレイヤーとしての意見もしっかりと言うギルマスは一番良識的な人物かもしれない。
「でも、全員に一種類ずつ行き渡るまでは買い占めるのはマナー違反じゃないかな」
新薬や化粧品が販売されていることを知っているのはプレイヤーでは見守り隊のみ。結局、オリヒメやヴィーナスには意見は聞いていない。そうそう会えない二人よりは、すぐに会える見守り隊が便利過ぎる。
なので、売り上げを見るのは見守り隊に行き渡ってからで良いとも思える。なにせ、中間考査期間に入ってからプリハに入れない日もあった。流石にテスト勉強はサボれない。日曜日にはウサミミが泣きついて、彼女の家で桜やあーやを含めて勉強会まで行った。
ウサギだらけの白とピンクを基調としたメルヘンな部屋はウサミミらしいと言うか、兎好きじゃないと言ったウサミミの発言が嘘だとバレた日でもあった。まあ、いつも身に着けているカチューシャが兎耳のワイヤーカチューシャなのでバレバレだったのだけどね。
「おこずかい程度の収入にはなっているし、テストもなんとか終わったし。借金返済も順調」
テスト終了日は四人で遊んで疲れたので一日ぶりにプリハへとやって来た。テストはそこそこ大丈夫だと思う。思いたい。ウサミミよりは良いはず、きっと。桜とあーやがチートなんだ。文武両道なんて、巨乳の付与効果なのだろうか。
「今日、明日の分を納品してからメイン進めようかな」
最近は完売しても、翌日プリハに来られるか不明だったので店員に相談して一日の販売数を明確に決めて、翌日は納品分からまた販売数を店頭に並べる形を取っている。今までは販売期限内にこれだけ売ると決めて、売り切れたら追加をしていた。だけど、テスト期間もあり生産効率は落ちたので一日の販売数を決めた。各店で数は変わるが確実に売り切れる数を平均化して割り出すのは大変だった。なにせ、追加販売の数まで把握せずに売っていたのだから。ここでも見守り隊が助けてくれた。あのリサーチ力には驚くね。見守り隊様様です。
ちなみに味付き水薬は一本千二百リゼで、化粧品は趣味アイテムだけど需要があるからと女性見守り隊員からの進言で二千リゼという高額でも売れると言われ、その値段にした。男性隊員も買うらしいけど、あの集団はどこからあんなに資金を手に入れているのだろうか。
「そんなことよりも、メインしなきゃ」
メインを進めていないのは別に今の所問題ないが、魔術はメインに合わせて購入できるので進める必要がある。なにせ、僕が買った土地の周りはややモブが強いらしいと、土地の現状調査をしてくれた棟梁に聞いた。ヴィーナスと行った小川の向こうよりも強いなら攻撃手段は多いに越したことはない。新たに手に入れた風属性魔術が防御系だったので、未だに攻撃魔術は《つむじ風》のみ。落ち込んで魔術について調べた所、メインクエスト3クリアで範囲攻撃魔術が販売されるみたいなので是非とも手に入れたい。
「イベント前に少しでも強くならなきゃ」
メインを進めるに置いて急ぐにはイベント告知も理由がある。
テスト期間中に六月上旬にプリハ初のイベントがある。まだ内容は知らされていないが、期待は膨らむばかり。初開催記念としてかなり簡単なイベントらしいとは告知されているが、それでも楽しみなのは全プレイヤーの総意だ。
「えっと、坑道の蜘蛛モブ五十体討伐だったよね」
さらにその後にボス討伐と、討伐後にボーナスでモブを倒すほど追加報酬。ボーナスに魅力はあんまりないから、見付けたら狩る程度かな。
暫く拠点にしているハジリ村から離れて、首都で納品と借金返済をして、炭鉱街に転移する。
メインクエスト3の坑道近くの転移装置には以前よりはプレイヤー数が減ってはいるが、それでも結構な数がいる。ギルド勧誘の声も聞こえてくるが、初期ファッション装備に変装した僕に気付く人は今の所いないみたい。先入観って怖いね。
「先に納品済ませなきゃ。あとは……LiLi坑道についてもかな」
廃坑を解放した僕の名前が付けられた坑道の復旧度合いも聞いておきたい。それに、ここでも【LiLiの潤滑水】が売れるかも知っておきたい。棟梁にはうれたけど、こちらで必要かは解らない。
「二日分の納品ね。もう少し増やしても売れそうだけどね」
「うーん、売れ残った時の手数料が怖いから」
「ははっ、確かに。じゃ、預かった」
「うん。お願いします」
納品を済ませて、炭鉱長を捜すとまたガチムチ眼帯豚さんと話していたみたい。うーん、恋人……ないね。たぶん。一瞬二人が絡む所を想像して首を振って危険なシーンを消去する。創作部で見たBL本の影響だね。副部長がまさかそんな本を描いてるとは最近知りました。そして、読まされて感想を聞かされた。僕含めて一年三人にこんなセクハラするなんて。そして、優希がBL好きになるなんて。いや、GL好きな部員もいるみたいだし、あそこはかなり魔窟かもしれない。新入部員が来ない理由が何となく解ったけど、もうそこに入部してしまったので手遅れだよね。子供と遊ぶのは楽しいんだけどね。
「どうした?そんなとこに突っ立って」
「ひゃふぁゃい!」
いつの間にか目の前に炭鉱長が立っていた。
「具合悪いのか?」
「あっ」
屈んで額をくっ付けてくる。目前に炭鉱長がいる。厳つい顔だけど、こんなことされるとドキドキしちゃう。
「熱はないな。おい、大丈夫か?」
「ふぁい」
「そう言うなら良いが。ああ、そういや坑道は復旧したから何時でも入っていいぞ」
「ふにゃ……ひゃっ!え、今なんて?」
ポーとなっていたら、話が進んでいた。
「本当に大丈夫か?まあ、LiLi坑道が復旧したから入って良いって言ったんだ」
「大丈夫だよ!そか、開通したんだ」
「ああ。彼処は貴重な紅水晶が採れたから、復旧出来て良かった。ありがとな」
「うん」
ポンと頭に手をやってから撫でてくれる。撫でられることは恥ずかしい気持ちから好きな気持ちになったけど、やっぱり照れる。
「あ、そだ」
向こうから坑道について話してくれたけど、もう一つ話があったんだ。
「潤滑水か。潤滑油よりはサラッとしているな。これなら油分で余分なゴミが付着しないか。どれくらい卸す?」
「買ってくれるの?」
「ああ。初めは少し試してみるがな」
「うーん。なら今ある五本だけ、とりあえず良いかな?」
「ああ、それくらいなら。販売値は決めてるのか?」
「棟梁……建築現場なら一本千五百リゼで買ってくれたけど」
「決めて貰ったのか」
本当は借金分から減らして貰いたかったが、五万単位でしか支払えないので結局現金を貰った。値段は参考がなかったので言い値で売った。
「その辺で妥当か。なら、こちらもその値段で買い取る」
「ありがとう」
こうして開発した物全ての値段と販売先が決定し、いよいよメインクエストの坑道へと戻ってくる。
「ソロが見当たらないね」
坑道前までは皆他のプレイヤーと雑談をしたり、行動を共にしていた。ソロもいるはずだけど、MMORPGはやっぱりパーティーを組む方が楽しいし安全だしね。
「パーティーにギルドかー」
ソロは自由でいいが、やっぱりパーティーの楽しさも知っている。きっといつかは何らかの形で組むだろう。ソロだと限界はあるし、かといって今は組む利点はない。少なくても借金返済が終わるまでは固定パーティーは組めない。
「今出来ることから進めないとね」
オリヒメやヴィーナスのギルドに入る可能性はあっても、今はソロを思う存分楽しもう。そう思って坑道へ入っていき、暫く進んでから少し濡れた。
「ひゃー!《つむじ風》……《つむじ風》!」
廃坑以上の蜘蛛の数に、恐怖した。
廃坑に存在したクレイスパイダーに、新しく加わったポイズンスパイダー。魔術《解毒奉》はこれ対策で販売されたのかもしれない。
だけど今はそんなことは関係ない。大きいクレイスパイダーには慣れたけど、手のひらサイズのポイズンスパイダーがウジャウジャいる。そりゃ、濡れちゃうよ。どうしてそんな嫌なシステムかも今は考えられない。
「はあはあ《解毒奉》……《つむじ風》」
魔術と物理攻撃を織り混ぜて進んでいく。簡単に五十体の討伐は終わった。だけど、ボスが出現する最奥までが精神的にキツい。でもこれで戻って報告しても、再度ボス討伐に入る必要があるみたい。
なので泣く泣く進む。
「うー、帰りたいよー。ぐずっ」
よく皆平気だよね。リアルでも虫は苦手なので、僕には鬼門だよ。
「あう、《スラッシュ》」
直に触れるおぞましさ。大きいとなんとか虫という認識から外せるようになったけど、手のひらサイズはどうしても虫に見える。
「ああ、もう!《獣化》出来たらもっと楽なのに」
《獣走》だって使用していないので、進む速度は遅い。だって、視点が低ければそれだけ蜘蛛の視点と重なるんだよ?無理でしょ!
「ヴィーナスはソロで大丈夫って言ったのにー!」
確かに単体は弱い。だけど、その分数は多い。そして何よりも虫。蜘蛛だって聞いていたけど、その数は虫嫌いには恐怖のなにものでもない。とくにソロだと、毒を受けやすいし進む速度は遅くなるのでその分、この坑道にいる時間は長くなる。はっきり言って拷問だ。
「誰かー、ひぐっ、うー!」
どんどんリアルに近付くプリハがこんな所では怨めしい。
手当たり次第に討伐しながら進むが、奥に行くほどプレイヤーを見掛けなくなってくる。坑道前にはあんなにプレイヤーがいたのに、どうして中にはプレイヤーが少ないのだろう。時々見掛けたパーティーは泣きながら進む僕を見て怪訝な表情をしながら、結局声を掛けるようなことはしなかった。
「あっ」
そして、進んだ先には壁があった。行き止まりの道を歩いていたらしい。ボスまでほぼ一本道だと書いてあったが、混乱した僕は脇にそれて行き止まりに辿り着いたみたい。
「もう、やだよー」
討伐したのに、何処からともなく姿を現す蜘蛛たち。
もう立つことも出来ずに座り込み、涙の向こうの恐怖に抵抗すら出来なくなった。
「たす、たすけて」
僕はもうそれしか言えなかった。