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姫パーティは楽しくも楽じゃない  作者: 犬之 茜
始めてのVRMMORPG
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初フレンド

 この日、首都『アルナード』にて幼女が泣いて歩いていた。

 その幼女と言っても過言ではない女の子LiLiも何故涙が出るのか不明だった。

 確かに悲しい事はあった。だけど、泣くまでいくとは思わなかった。


 遠巻きに見るだけのプレイヤー。NPCはお構い無く日常を過ごす異常さに、迷子で泣いていると思われる幼女プレイヤーにどう対応しようか迷う人たちは結局声すらかけ損なっていた。

 近くに親なり兄弟がいるのではないか。幼女への声掛け事案は時にリアルでの異常な暴走を両親に生む事もあった。

 男性プレイヤーなら寂しさで抱き付いてくる可能性のある異性はある意味脅威にもなるので、下手に近寄ることも出来なかった。過剰な異性の接触による警告は避けたいと。


 LiLiこと小沢優理も泣き止もうとしているが、どうにも涙が止まらなかった。尻尾もシュンと垂れ下がっている。


「なんで」


 感情がコントロール出来ないというわけではない。脳波のスキャンにエラーがあるのか。ゲームだから大袈裟に表現はされるかもしれない。だけど、理不尽な感情の表れではある。悲しくても泣くほどではないのだから。


 実際にはエラーなんて存在しなかった。脳波が読み取った感情を表出しているだけであった。

 それは本性や本能に近いものなのかも知れない。

 理性で抑えている感情の枷を外された状態。

 だけど、そこまでしたら本当の自分を知れるかもしれないがゲームとしては破綻するので、本来はここまで表現されなかった。

 ひとえにLiLi……優理の精神年齢や感情の方向性、性格などが加味された結果に起きた特異な現象だった。

 幼く純粋と読み取った結果、こうして理性で抑える悲しみが涙として表れた。ゲームにおいて嘘を付けない存在となっていた。

 もとより読み取り易い表情と、それを感情とリンクした尻尾だけでも感情が見えやすい状態だったが、スキャンによってより一層感情を隠せないアバターとなっていた。


 そんな迷子のような女の子に女性が近付いてくる。もちろんプレイヤーだった。


「ね、どうしたの?誰かとはぐれちゃったかな?」


 この人も僕を迷子と思ってる。

 そう思いながら、嗚咽に紛れてなんとか言葉を口にできた。


「ち、ちが……」

「ん、違うの?なら、どうしたの?」


 膝を屈め頭を優しく撫でてくる女性は、完全に子ども扱いをしてきた。


「いど、みず」

「ん?えと、なに?」


 どうやら聞き取れなかったらしい。


「井戸水、ない」

「井戸水?……あー、回復するやつ?」


 僕はコクッと頷く。

 実際LFが黄色の状態で必死に愛用の中毒性のある井戸水を探したが、首都にはそれらしい物がなかった。回復アイテムは二つあるが、首都にいるのに使うのも勿体なかったので、探したが見付からなくて悲しくなって、とうとう泣き出したのが十分位前だった。それからも、泣きながら井戸水を探したが見つからなかった。


「えーと、なくて泣いちゃったのかな」


 再び頷くと、困ったような面倒な表情をされた。それは、自分よりも抑えられた表情であった。


「このアルナードにはないよ。そもそも、よくある始まりの村の無料回復だし……あ、えと、泣かないで」


 真実を聞き、涙が浮かんだのを見たのか女性はオタオタと頭を撫でてくる。


「もう、のめない?」


 味なんてない、ただの水。何回もお腹一杯にならないと全快しない非効率なものだった。

 だけど、十数回も満腹になるまで飲むと不思議と好きになり、中毒性は大袈裟だがまた飲みたいと思ってしまう魔の水だった。

 ただ、回復=井戸水という刷り込みかもしれないが。


「飲みたいの?あんな、ただの水……あー、ごめん。好きなんだよね。LFヤバイのかな」

「黄色」

「なら早く回復しないとね。それで不安で泣いちゃったんだね。よし、私も貧乏だけど一つあげるよ」


 女性はボロボロのバッグから軟膏を取り出した。

 それはクエスト報酬の【薬師の軟膏】で間違いなかった。


「えっと……子どもでもさすがにここで脱ぐわけにいかないよね」


 周りにはいまだに成り行きを見ているプレイヤーたちがいる。先の迷子事件?を知らないプレイヤーもこんな首都の大通りには大勢移動していた。

 【薬師の軟膏】は受傷箇所に直接塗るタイプの回復薬だ。故に服を脱がなければならない。いくら男でもこんな人目の多い所で脱ぐ訳には行かない。

 一度、自分も持っていることを伝えて断ろうとしたが、女性が僕を抱き上げて移動を始めた。


「痛かったよね。怖かったよね。でもお姉ちゃんが治してあげるからね」


 チュートリアルでは痛みを感じなかったが、攻撃を受けると静電気や、足が痺れた時のような痛みに襲われた。さすがに痛み無しだとゲームでも実感が湧かないとして実装しているのだろう。


「ここなら……んー、さすがにまったく人が来ない保証はないけど」


 女性に連れて来られたのは路地裏だった。路地裏なのに明るいのは、建物から灯りが漏れている為だろう。

 そこそこ広い路地裏はまれにプレイヤーやNPCが通り過ぎていく。ここが行き止まりなら誰も来ないだろうに。

 女性は早く安心させようと思ったのか、大通りから少し入った所で僕を下ろしたので、たまに訪れる通行人が出るし、少し大通りを見ると大勢の往来が見られた。


「まずはパーティにならないとね」


 オリヒメが何かを操作すると、メッセージがポップした。


『オリヒメからパーティー申請が届いています』


 パーティーになれば、トレード機能を使わずにアイテムを使い合えるので、その為の申請なのだろう。僕はゆっくりとYESをタッチする。


「お薬塗るから脱いでね」


 僕を路地裏にある木箱に座らせてから、軟膏を取り出して笑顔を向けてくる。

 さすがに涙はもう止まっている。さぞかし、不安や不満を表情に出していることだろう。


「ほら、早く。また誰か来ちゃうよ」

「うー」


 なら、こんな所でしなくても。と思ったが、女性は善意で回復薬を使ってくれるのだから無下には出来ない。アイテムを使い合える事を恨めしく思いながら装備とファッションアイテムを外していく。

 帽子以外の防具がないので選択箇所は三ヶ所だけ。それを解除してみると、自分でも驚く程に全身のいたる所が傷口を示す赤いエフェクト光が見られた。


「ずいぶんやられたね。でも、お姉ちゃんが優しく治してあげるからね」


 軟膏を指に着けて僕の右腕に走る傷口に塗っていく。


「んんっ」

「冷たかった?それとも痛かったかな」


 冷たかったけど、それ以上に蜂蜜のようにトロトロした軟膏がくすぐったくて声が漏れた。もちろん、口にはしない。


「顔真っ赤にして涙まで浮かべて、ごめんね痛かったんだね」


 軟膏を塗った所をフーフーと息を吹き掛けてくれる。それには何のゲーム的効果もないが、優しさを感じた。順番に傷口を軟膏を刷り込んでいく。


「あと、塗ってないところは……」


 くすぐったさに耐えていると、女性が僕の下着─ブラとパンツ─を見ている事に気が付いた。

 

「そこも赤く光っているから塗ってあげるね。ほら、脱いで」

「え、や…」


 さすがに人通りゼロではない所で、いや女性の前でいくらアバターでしかも女の子でも抵抗はある。


「言うことききなさい。治してあげてるんだし……二つ目も使ってるんだから」


 突然のキツメの言葉にビクッと震える。女性は子どもを叱るような仕草で僕をみている。


「二つ目?」

「そだよ。君の傷が多くて一個じゃ足らなかったんだし。全快させなきゃ損じゃない」

「ご、ごめんなさい」

「あとで色々付き合って借りは返して貰うからいいけど……それより早く脱いでね。皆にこれ以上見られたいのかな」


 恩返しはまだいいが、くすぐったくて眼を閉じている時に何人かに見られていたらしい。そりゃ、大通りのすぐ隣と言ってもいい近さの路地裏なら当たり前だけど、恥ずかしすぎる。


「…………」


 だけど女性は諦めない。それを雰囲気で察して泣く泣く下着を解除する。

 ゲームを始めて三日。初日に全裸にはなってみたが、まさかこんなに早くなるとは思わなかった。しかも、こんな街中で女性に見られて。なんて変態だろう。


「……かわいい。あっ、じゃ、塗るね。眼でも閉じてなさい」


 始めになんて呟いたのか聞き取れなかったが、通行人にまで見られるなんて事実を無いことにする為に固く眼を閉じる。


「すべすべ……はっ、すぐ良くなるからね」


 眼を閉じているが、前面から不穏な気配が漂う気がする。怖くて眼は開けられないが。

 リアルでも慣れない感触に息が漏れないように手で口を塞ぐこと数分。

 女性に触られていない場所は無いんじゃないかと思われる程に長く感じられた手当ては終わった。


「さて、終わったよ。大丈夫?」

「はー、はーっ。らあ、じょーふぅ」

「ありゃ、やり過ぎたか」


 治療と言っていいのだろうか。マッサージのように全身を揉まれ息が絶え絶えになってしまった。


「早く着たほうがいいよ。見られるだけだけど…男性たちは残念だったね。異性だとスクショにも制限あって。ふふっ」


 女性が妖しく笑っている。背筋に悪寒が走った。

 それよりも、今も見られてるんだと知ってなんとか指を動かして装備を整える。

 そして女性は何か操作をしながら自己紹介を始めた。


「私はオリヒメ。宜しくね、仔猫……仔犬ちゃん?」


『オリヒメからフレンド申請が届いています』


「うん、僕はゆ……LiLiです」


 危うく本名を言うところだった。許可を出し、始めてのフレンドが成り行きで出来てしまった。


「僕っ娘なんてほんとにいるんだ。て、それがロールプレイでやってるのかな。とにかく、稀少な幼女ゲット」


 フレンドになったのは失敗だっただろうか。なんだか危ない女性のようだった。もしくは、リアルは男性だろうか。


「恩返しは……あー、変なことはあんまりしないよ。クエストとか手伝って貰うだけだから。たまにマッサージさせてもらえれば」


 なんだか怖い。けど、ゆっくりだが回復していくLFを見ながら悪い人ではないとも思う。

 改めて自分の下に新たなステータスバーが表れているのを確認。フレンドリストから見るとレベルは10と倍はあった。


「リリ、あとどれだけ入ってられる?」

「えと、もう一時間もないかな」

「……んふっ」


 なんだか嬉しそうな吐息が漏れた。怖いよ。


「あー、そんなに怯えないで‼味見しかしないから……たぶん」


 フレンド解除しようかな。


「取りあえず、リリの装備整えないとね。てか、なんで防具じゃなく帽子買うかな」


 僕の装備を見ての意見だった。これは参考意見になるので素直に聞き入れる。たしかに、初期なら防御を優先するべきだろう。所持金がなかっただけなんだけど。


「リリはなんかクエスト受けてる?先にそれ消化しよう。時間も中途半端だし」


 レベル上げなら一時間もないとさほど狩れない。


「村からのお使いだけ」

「あれかー、すぐに終わるね。ちなみに防具買えるお金ある?」


 ここは首を横に降ると、何故か頭を撫でられた。


「一日三時間位しかイン出来なきゃそんなもんか。私もまだレベル10だけど」


 一日三時間?


「お使いのお店はこっちだよ。お金貯まればそこで魔導書買えるからね。そこなら水筒もあるから、リリが泣いて探してた井戸水も入れられるはずだよ。誰も買ってないからわからないけど」


 これから行くのは魔術関係のお店らしい。

 だけど今は水筒に興味が湧いていた。


「いっどみず、いどのおみず。つめたくて、ぽんぽんぱんぱん。ちびちびごくごくー」

「えーと、何の歌?」

「井戸水の歌!」

「あ、そう。よかったね」


 頭を撫でられた。残念な子どもを見る眼で。

 そうして移動していると、目的のお店が見えたのかオリヒメが指を指した。


「あれがシャル魔導店だよ」


 いつの間にか手を引かれていたが、また迷子にならないようにとの事だった。迷子なんてなっていないが。

 魔導店には多くのプレイヤーが出入りしている。クエスト以外にも利用するので、店前もプレイヤーが多い。


「えっと、シャルさんいますか?」

「シャル?ちょっと待っててねお嬢さん」


 店員の獣人が他のお客の声が途切れた所で奥に声が聞こえた。

 どうやら購入などの過程はNPCに声を掛けてからは画面で行うようだ。

 始めの村は実際に店員が置いていたが、首都ほど人が多いと半ば自動化が必要だからだろう。ただ、こちらからは見えないが、各プレイヤーは見えているようで、端からみたら奇妙な光景だった。


「あれ、笑えるよね。私たちも同じ事してるんだけどね」


 どうやら始めの村でも、そう見えていただけで自分もあんなことをしていたのかと恥ずかしく思う。

 どれだけ進化してもこういう所まではカバー出来ないようだった。


「アイテムとプレイヤーメイド、あとは装飾品以外はトレード不可だからね。みんな真剣に選ぶんでしょ」

「あんたか、俺を呼んだのは」


 オリヒメも購入画面を眺めながら話していると奥から体格の大きい虎柄の男性獣人が現れた。どうやらこの人がシャルらしい。


「えっと、ムルーガ村長からです」


 始めの村で手渡された貴重品の古文書をシャルに渡す。


「ほう、これが見つかったのか。ありがとうなお嬢ちゃん。こんな遠くまで持ってきてくれて」


 クエスト完了のメッセージが表れ、ついで報酬を受けとる。

 【術師の軟膏】というMS(精神力)回復薬だった。また軟膏かと、オリヒメを見ると目があった。


「なに、塗って欲しいの?」


 全力で首を降る。


「残念。いちよ、商品見ていく?この時間なら他に何も出来ないし。私はこの時間なら大抵いるから。フレンドリストみたらログインしてるかわかるからね。それじゃ、今日はここまでかな。楽しかったわ」


『パーティを解散しました』


 オリヒメがもう一度頭を撫でて店から出ていった。

 撫でやすい身長差ではあるが、流石に撫ですぎではないか。


「あ、男性か聞くの忘れた」


 男性なら男性で怖い。脳波を利用してロリコンしているのだから。

 でも女性なら。ただの可愛いものとして女の子好きなのか、百合なのか。どちらも、自分の身の危機ではありそうだが。


「い、いまは商品見よう!」


 怖い未来を振り払って、店員に声を掛ける。

 いまの自分も他のプレイヤーと同じようにパントマイムみたいにしているのだろうと思いながら画面を見ていく。


 高い。そして、種類も少ない。

 聞いていた魔導書は二冊。頑張れば買えそうだが、水筒は五千リゼもする。到底買える物ではなかった。


「いつか絶対に買って、いっぱい飲んでやるー!」


 気合いをいれたと同時に強制ログアウト十分前のアラームが鳴った。


「うー。六時間短い」


 こうして、開始三日目に首都に着き、泣いて裸になり、怪しいフレンドが出来た。

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