廃坑調査
ゴールデンウィークも終わり、今日から学校も再開。月曜日ということで部活もあったが、保健委員の仕事として放課後を送った。
「よりによってテーマが性なんて。ほんとクジ運ないよね」
保健委員として特集を組むクジ引きが四月に行われた。その結果、僕とあーやは性の特集が担当と決まった。ちなみに今月は虫歯特集。
二年生と組んで行われるが、性特集は二回ある中で何れも外部講師を招くらしく、今日がその打ち合わせの日だった。
「六月に性感染で十一月は心と身体の性。あーや恥ずかしそうだったのに、上級生は平然としてたよね」
保健委員の仕事だからか、二年女子は平然と質疑応答をしていた。講習以外にもプリント作成などもさくさくと分担していくその姿は凛々しかった。
「今月は中間試験もあるし、あんまりゲーム出来ないかな?」
それでも時間があればやるけどね。進行倍率が上がった事でゲーム内に長くいられるけど、その分ログインしていないと向こう様子に差違が明確に現れることもある。一部クエストでは、住人の反応が変わったり新たな入荷品が増えたりしているらしい。
長くログインしていないと、生まれたギャップに戸惑う事が起きるとサイトには書かれていた。
「一時間でも二時間でも行けたらいいな」
部活に委員会、宿題と試験。これからはさらに忙しくなる。でも、向こうに行かないのも難しい。だって、軟膏作りだけでも楽しいのだから。
こちらも楽しいけど、向こうも同じく僕には大切な場所となってきている。
「昨日の事は忘れよう。うん」
連休最終日に桜たちと遊んだけど、楽しかったより恥ずかしかった。だから、忘れよう。
そして僕は『プリハ』へとその意識を移す。
***
「えっと、次のメインは炭鉱街だね」
首都の薬剤店で納品数を増やせないかの打診に十個追加納品を済ませて、今日はメインを進める為に移動する。
まさかプレイヤー間で僕の軟膏が転売されるなんて思わなかった。前線組以外に僕のファンと言うか、そんなプレイヤーが買っていると人伝に聞いた。
【LiLiの薬軟膏】も、【LiLiの魔軟膏】も現在のクエスト報酬を考えると高価である。だけど、前線組には重要な回復アイテム。軟膏の特性も売れる理由らしい。【LiLiの体水薬】はあるけど、高いのでまだ販売していない。売れなければ赤字になるだけだしね。
「炭鉱長に渡せば良かったよね」
族長からの依頼を遂行する為に街を回って捜す。この街の長は坑夫としても現役なので一ヶ所に留まっていない。そのために、毎回捜す必要がある。
「いた」
今日は鍜冶工房の前でスキンヘッドの隻眼豚さんと話していた。誰だろう?
「こんにちは」
「おう」
「こんにちは、嬢ちゃん」
炭鉱長と豚の住人がこちらを向いて挨拶をしてくれた。ガチムチな豚さんがなんとも言えないオーラを放っている。
「じゃ、俺は行くわ」
「ああ、よろしく」
話は終わったのか、僕に聞かれたくないのか二人の会話は終わり、僕と炭鉱長が残された。
「今日はどうした?」
「えと、族長からです」
預かっていた品を渡し、報酬に百リゼと【鉄鉱石】を一つ受けとる。
「ふむ。そうか……」
これで呆気なくメインクエストをクリア。次のメインはどこで受けるのだろうと思っていると、炭鉱長が僕を見てくる。
「発注は良いんだが、ちょい問題があってな」
次のフラグなのか、炭鉱長が難しい顔をする。
「ここは炭鉱がメインで元より鉄鉱石は少ないのだが……、ここに来て一番採掘される場所に蜘蛛どもが巣食ってな。数が多くてまだ退治しきれていない。良かったら間引いて来てくれないか?」
メインクエストの受諾するかのメッセージが流れる。やっぱりフラグだったみたい。
「うん、受けるよ」
蜘蛛ってあれだよね。ならもう慣れてきたから大丈夫だと思う。
「では五十匹間引いて来てほしい」
「らじゃー」
なんとなく敬礼をして移動しようとして、引き止められる。
「それとな、前に言った廃坑の調査はどんな感じだ?」
え、まさかの催促?ゴーレムの発生調査を受けたまま放置してたけど、期限あったの?うん、受けたのに一向に報告ないのは心配するよね。
「えーと、その。ゴーレムに手間取ってまだ分かんないかな。えへへ」
可愛く笑って誤魔化す。
「そうか。無理はするなよ」
「うん。ありがとうね」
ごめんなさい。今日はそっちの調査するから、赦してね。こうして今日の予定が決まった。
「じゃ、いきましょー!おー!」
炭鉱長と別れて廃坑まで移動して、気合いを入れる。別に怖いからじゃないよ。ソロだから、気合い入れなきゃ負けちゃうからだよ。
「ゴーレムにさえ気を付ければ問題ないよね」
《獣走》と《夜目》でさくさく行こう。《気配察知》は敵意に反応するので、基本姿が見えたら解る。【光苔】が生えていても、ぼんやりと明るいだけなので今回は役立つのだけど、最近は《臭気探知》のお陰で死に技能となっていました。
「木箱の中身は復活してないんだ」
蜘蛛を倒しながら移動していると、始めの木箱が置いてあった。だけど、中身は空。その後も中身が入っていないので、以前回収したままになっているみたい。消滅も復活もしないのはリアルだけど、念のために調べる手間が大変。
「ゴーレムの核みたいなのってどんなのだろ」
蜘蛛以外にも鼠モブが湧くようになったけど、そこまで手こずることなく進む。
一部取り忘れの木箱や採掘ポイントでアイテムを回収していくが、変わった様子は見当たらない。
「う、モフモフ」
グレイポゥがコロコロピョンピョンと可愛く動いている。やっぱり僕には討伐なんて出来ない。
「またね」
グレイポゥを避けながら奥に進むと、マッドゴーレムが出現するが、魔術中心での戦闘に危なげなく勝利。問題はこの先にいるアイアンゴーレムだ。マッドよりも耐久度が上で攻撃力も高い。魔術中心だとしても、ソロには複数相手だと苦戦必須の危険なモブ。そこにマッドゴーレムの拘束技能が混ざれば死ぬ可能性は非常に高くなる。
廃坑も半ばを越えてからが本格的に難易度が上がる。坑道もこの先で道が細くなり回避が難しくなるし、行き止まりでの戦闘は逃げ場がなくなる。
「でも、僕ならなんとかなるかな」
小さい身体に《獣走》で地面スレスレの移動。魔術威力が下がるけども、愚鈍なゴーレム相手なら素早さで翻弄して物理も交えれば充分対処可能。
単体のアイアンゴーレムはなんとかなるが、それが二体、三体と増えていき、マッドゴーレムも混ざれば進行スピードが落ちていく。
「はふぅ。せめてセーフエリアまで行かなきゃ」
手作り軟膏を身体に塗りながら暫しの休憩。すでにプリハ時間で三時間経過している。そろそろ戻って寝ないと明日に響く。しかし、ここでログアウトすると廃坑入り口のセーフエリアからのやり直しで時間が無駄になる。
ゴーレム発生の原因がまだ掴めないので、ボス部屋にあると思う。そう考えれば、ソロ討伐は困難とも予想できる。
「セーフまで行って、明日ボス確認したら応援呼ばないといけないかな」
オリヒメも同じ依頼を受けているので、一緒に攻略は可能だと思う。ただ、向こうはギルメンと組んでいるのでなかなかパーティーになるのは難しいとは思う。
一度素材集めを手伝って貰えたが、それ以降はパーティーを組んでいない。定期的に素材を売ってくれるのでかなり助かっているが、やっぱりギルド加入を断っていると誘いにくくもある。
「ギルドかー。いつかは入るのかな?」
別にオリヒメのギルドが嫌な訳じゃない。ただ、始めくらいはソロで自由に動きたい。まだギルド加入のメリットも特にないしね。
「それよりも先に進まなきゃだね」
独り言が多いのはきっと閉鎖的だから、それを取り除く為だと思う。別に人恋しくはないんだからね。
LFとMSが完全回復したのを確認して立ち上がる。再び四肢を着いて移動を始める。
「また混成……」
マッドゴーレム三体にアイアンゴーレム二体。狭い通路を防ぐように一塊にいるのを確認。
素材集めで貯まった【白石】を《投擲術》で投げて意識を反らせる。これは先日ようやく修得した技能で、物理耐性が高いゴーレムには注意を反らせるくらいの効果しかない。
だけどその一瞬の隙を《獣走》で接近して、立て続けにマッドゴーレムに《つむじ風》を放つ。まず倒すのは拘束技能を持っている方から。これで全滅したことがあるから、油断は出来ない。
「《突進》」
一旦距離を取り、アイアンゴーレムに《突進》でバランスを崩し一体を転倒させる事に成功。そして魔術でマッドゴーレムに追撃をして二体撃破。一体は仕留め損ない、二分割になった。このまま融合しなければ、その泥に身体を捉えられる罠となるので経過を見る。
二分割になった泥は徐々に近より融合し、またマッドゴーレムの形を作る。これで接近も可能となった。
「《突進》……《つむじ風》」
先程と同じコンボでマッドゴーレムは討伐できたが、アイアンゴーレムの転倒には至らなかった。もう一体もようやく起き上がった。
残りはアイアンゴーレム二体のみ。
「速攻で一体は行けるかな?」
転倒したゴーレムの方が僅かにLFの減りは大きい。魔術に弱くても一回の接近じゃ無理かな。無理だよね。
「集中攻撃はしなきゃね」
オリヒメの話だと、ゴーレムは防御力があるだけではなく、武器の耐久値の減りが大きい様なことを言っていた。短剣だけじゃなく、牙や爪にも影響があるのか不明だけどあまり物理攻撃はしたくない。でも、魔術のみだとすぐにMSが枯渇してしまう。
「折れたりしたくないよ。あ、頭蓋骨陥没とかないよね?」
ここまでもアイアンゴーレム対策に《突進》を活用してきた。耐久値回復アイテムもあるが、戦闘中にそんな事態に陥りたくはない。
やっぱり身体武器の耐久度が見えないのは辛い。いつ身体が壊れるかと思うと怖い。でも、リアルじゃそれが当たり前なんだよね。数値として見える物がある為、比較しようとしてしまう。まあ、定期的にケア行えばいいはずなのだから、ここから出たらたっぷりケアしよう。
「はああ!」
集中攻撃するに辺りに、業名は発音せずに口は魔術詠唱に費やす。
《突進》からの拳による《ライトインパクト》。距離を取りながら《つむじ風》を放ち、再び《突進》からのコンボによって集中的に攻撃していく。
「はあはあ」
二体の攻撃を掻い潜り、コンボを決める神経疲労に息が上がる。システム的スタミナはまだあるけど、脳の負担から発するスタミナは削られる。
だがそのかいあって一体を沈めて、もう一体もあと一回のコンボで終わると思う。ここまでも連戦してきた疲労が現れてきている。はやくセーフまで行かないと、強制ログアウトになるかもしれない。
「ふぅぅ、ラスト」
疲れるけど、不快ではない。なんだか、テニスの試合のように心が静まっていく様な感覚。
いや、さらに意識が広く強く、鋭くなっていくような感覚すらある。
「《獣化》」
そして、意識的にそれは発動することが出来た。今まで無意識でしか発動出来なかった技能を、ようやく発動する事の悦びを抱く事もなく物理による蹂躙が始まる。
「ぐるう」
口からは獣のうなり声が漏れてしまうが、意識は確保出来ている。自分の意思で身体を動かし、ゴーレムを力業で砕いていく。
とっくに手負いのゴーレムを突破し、先のゴーレムの群れに喰らい付く。
何体倒したか、ようやくセーフエリアが見えてきた。
「がうっ!」
最後のアイアンゴーレムを倒し、セーフエリアに到着。
なんとか意識が保てた。かなり、辛いけど充足している。
「ふぅ、疲れたー」
寝転がり、今日はここまでにする。
時間を見ると《獣化》からそこまで経っていない。ブースト技能は強いけど疲れるね。スタミナもかなり減っている。
「帰って寝よ」
使えなかった技能に関する収穫があったことに満足して、この日は眠った。