金策と薬品製作
「お姉ちゃん、金策に使えるクエストってサイトに掲載されている以外に知ってる?」
土地購入に意欲を出した僕だけど、目下の悩みは頭金すらないことだった。そして、これからも金欠確定だと思われる。
棟梁と別れてからは、とりあえず《製本》を修得して生産技能をコンプリート。これで、どんな事にも対応出来る。コンプリートした時に、新しい階位【なんでも屋】を授かった。授かり主が相変わらず不明ではあるけれど、効果は生産技能の成功率及び熟練度3%上昇という嬉しいものだった。
階位についてはサイトにもあまり出回っていないので、これもひょっとしたら修得者がいない可能性もある。生産技能コンプリートなんて普通しないもんね。
「えーと、リリは生産覚えているならそれ関連がいいかもね。討伐よりも時間的に効率いいかも。それよりリリ、金欠?」
そして、生産技能を覚えたことでいくつかお使いクエストをしてその日は終わった。
クエストとドロップ品をいくらか売った事で、所持金は五万リゼには達した。今までの所持金からして大金ではあるけど、頭金の半分にしかならない。
ログアウト後に、攻略サイトを巡ってみて金策方法を調べた結果は生産品をプレイヤーに売る事が一番効率的。とくに、小人領以外に於いて生産職は少ない。いや、圧倒的に涸渇している状況。
だけど、ここで一つ問題があった。
僕はプレイヤーのギルド勧誘から逃げていた身なので、プレイヤー販売は悪目立ちすることが充分予想できる。なのでこの方法は論外。
次にレアモブの討伐とドロップ品のトレードによる稼ぎが儲かるけど、基本的にソロで行動している僕には効率が悪すぎた。
ヴィーナスの護衛は昨日の夜に終了したのも影響があるかもしれない。だけど、ギルドメンバーの勧誘に一区切り付いたらしいので、引き留める事なんて出来ない。ただでさえ、善意から護衛をして貰っていたので、祝福と感謝を伝えてパーティーを解散した。
「ネットにある物しか知らないね。鉱石は高く売れたけど」
「うん、確かに高いけど。持ってる数少ないしね。わかった、ありがとう」
「また困ったら聞いて。こっちでも調べてみるから」
「ありがとうね。でも、頑張って聞き込みしてみるよ」
「別に、私も金欠しないようにする為だしね。機会があればまた組もう」
「うん。じゃあまたね」
そう言えば、オリヒメのギルド活動を聞くのを忘れた。だけど、まだ結成条件は不明なので動かないだけかもしれない。いくつかはギルドを匂わせる話が住民から聞く事が出来たみたいなので、直に判明するはず。僕には関係ないけどね。
「鉱石かー」
【鉄鉱石】や【銅鉱石】などは鍛冶屋関係には良い値段で売れるけど、入手手段が限られている。僕らはクエストを通じて少なからずの数を所持しているが、メインクエストの炭鉱では極稀にしか発見されていない。
僕は生産で使うこともあり、買い取り価格を知るのに各一個ずつ売っただけ。また廃坑に入ることは出来るけど、ゴーレムにクローは効果が薄い。ソロを考えると、もう少しレベルを上げてから挑みたいと思っている。
「そう考えると、軟膏とか水薬作りクエストかな」
首都では各軟膏製作、炭鉱街だと水薬作りのクエストを受ける事が出来る。
【薬師の軟膏】は販売価格が三十リゼ。買い取り価格が十五リゼ。クエストでは十個納品で二百リゼ。ただし、規格品よりも効果が高いと報酬アップ。
【術師の軟膏】は販売価格五十リゼ。買い取り価格三十リゼ。クエストでは五個納品で二百リゼ。規格品よりも効果が高いと報酬アップ。
【治癒水薬】は販売価格八十リゼ。買い取り価格五十リゼ。クエストでは三個納品で二百リゼ。規格品よりも効果が高いと報酬アップ。
「報酬価格同じなんだよね。五回で千リゼ……五万まで何個作れば良いんだろ」
でも、これが効率が良いらしい。一個製作よりも、大鍋で大量に作る方法で数回分のクエストが達成できるのは、小人領のプレイヤーが見つけた方法みたい。当然、素材はそれだけ必要だけどね。
「とりあえず、ファル先生の家借りれるか聞かなきゃ」
携帯生産キットは販売しているけど、価格は一万もする。消耗品は別料金なので、さらにお金が掛かる。
それに対して、工房を借りるには一時間五百リゼ。どちらが後々得かは考える必要もないけど、大鍋などの大きい物を使用するなら借りた方がいい。
「まあ、僕の技能レベルだと軟膏二種類しかまだ作れないんだけどね」
【治癒の水薬】までなら薬師スレッドにレシピが掲載されていたので、作ろうと思えば作れるとは思う。ただ、技能レベルの低さと素材場所が遠い。また、大鍋でも軟膏よりも量が作れないらしい。軟膏は圧縮されるからか一個あたりの量が少なく一気に作れるけど、水薬だと一個あたりの量が多いからみたい。
「とりあえずハジリ村に行かなきゃ」
軟膏素材は村周辺で補充できるので、収集しながらも速歩で移動していく。もうね、ヴィーナスとのフィールド生活で二足歩行での移動が面倒になったんだよね。だって遅いし、僕の能力を活かせないし。
戦闘と採取を交えながら四十分掛けて首都から村まで移動を終える。そのまま歩みを変えずにファルの家まで移動。プレイヤーを避けながらの移動にも慣れてきた。悲しくはないもん。
「こんにちはー」
「いらっしゃい」
しばらく待ってファルが相変わらずの白衣姿で出てくる。やっぱり鼠姿のファルが、薬を作るのは自虐にしか見えない。
「今日はどうしたんだい」
「えっと、工房を貸して貰えませんか?」
キンリーのようにタダで貸してくれる人はいないけど、基本は貸してくれる。
「携帯用は販売しているけど、それじゃダメかい?」
「んと、大鍋使いたいから……」
「じゃあ、僕の邪魔しないならいいよ。ただ、白衣は着てね」
「ありがとう」
使用時間を伝えて料金を払う。とりあえず二時間で千リゼ。代わりに特殊貸与【白衣】を受けとり着用。
「じゃ、僕は奥の部屋にいるから。ここの物なら使っていいよ。消耗品は後で使った分は請求するから」
そう言い残してファルが奥の部屋へ向かい、扉が閉まった。こちらは調剤室で、奥が実験室だと基礎講習の時に聞いている。
「よし。まずは実験」
特殊貸与以外の装備解除をしても【ヌーディスト】効果が発揮するのかどうか。だって、ファルはいないし、ステータス二.五倍なんだよ?器用さと運が生産に左右されるなら、使わない手はない。幸いにも前は隠せるしね。
「あ、効果出てる」
貴重品でもあるから、装備品には該当しないのかもしれない。それならば、【水筒】や各鞄も身に付けれるね。
「よし、さっそく頑張っていこー。おー!」
一人で気合いを入れて、素材を出していく。
【薬師の軟膏】一個あたりの素材は【滋養の葉】一枚、【緑蛇の精油】一個、【活力水】となっている。なんと無料回復する井戸水が【活力水】というアイテムだったことには驚いた。僕とは何かと縁があるのかもしれない。
この井戸水の量は決まっていない。この量によっても品質が変わるみたいだけど、さすがに比率は公開されていない。それがこの調剤室には、貯水樽に大量に置かれている。無料だから、使い放題。飲み放題。うぷっ、飲みすぎた……。
【術師の軟膏】一個あたりの素材は【滋養の葉】二枚、【黄蜂の蜜】一個、【活力水】と似通った内容となっている。
【滋養の葉】はフィールド全体に自生している薬草で採取で入手できる。【緑蛇の精油】はグリースネークから、【黄蜂の蜜】はイエロービーからいずれも高確率でのドロップ品。『ハジリ村』周辺で入手できるのは《製薬》を考慮してなのかは不明だけど、足りなくなればすぐに取りに行ける気軽さ。
「よーし、頑張ろう」
現在、材料は各二百から二百五十個はある。
インベントリの枠は四百九十九個。同一の物なら一枠に九十九個まで。同一と言っても、装備は一枠に一個しか入らないけどね。それ以外に鞄二種に合わせて五十五個。今は充分な空き容量があるので、効果が変わった軟膏も気にせず作っていける。
「えーと、まずは基本の作り方。全部まとめて粘り気が出るまでかき混ぜる。うん、雑だね」
【薬師の軟膏】十個分の素材を大鍋に容れてかき混ぜる。この時の【活力水】は一個あたり100cc─百シル─なので、ビーカーで計りながら満たした。これが地味に面倒。
五分もかき混ぜていたら、撹拌棒が重くなったので火を消して余熱を取り除き、氷室でさらに五分。
「成功。やっぱり階位二重ブースト凄いね」
普通は失敗するみたいだけど、階位【なんでも屋】と【ヌーディスト】によって、技能とステータスにプラス補正が加わるとかなりズルいね。
標準的な【薬師の軟膏】の効能はこんな感じ。
十秒おきに2%のLFを回復。最大回復量30%。分割使用三回。
「あとは、技能で時間短縮する方法と薬草を乾燥させたり、水の調節とかかー」
それから、薬草を乾燥させる《速乾》や一気に温める《急騰》、一気に冷ます《急冷》、消毒の《殺菌》、不純物除去アイテム【濾紙】を使った濾過。他に、治癒魔術《応急手当》を使ってみた。魔術は意味がなかった。
その他では水分量を変えた結果、基準より多いと固まらずに失敗か効能が薄い。少ないと、効能が高いものの完成品の個数は少なくなることが解った。
「どうかな?そろそろ二時間経…………なんて格好しているんだね」
「へっ?」
自分の格好を見下ろす。うん、全身失敗した軟膏の溶液でドロドロだね。なんで消えないんだろ。あー、【ローション】なんてアイテムがレシピにある。うん、オリヒメには秘密にしなきゃ。
「なんで裸?白衣だけって……」
「ん?…………あー!忘れてた!」
そうだった。階位の為に装備外していたんだった。
そうして、二時間が経ち特殊貸与【白衣】は自然に消えた。
「早く着なさい。子供でも女の子なんだから」
「あ、うん」
装備を整え、誤魔化すように笑う。
うん、ファルは女の子に発情するような変態でなくて良かった。
「あ、ファル先生。一応見てもらえるかな?」
「いいよ。どれ?」
【薬師の軟膏】の回復速度は温度によって差が出来た。急激な温度変化は品質悪化に繋がったのか、余計に時間が掛かる結果になった。
乾燥は十秒起きの回復量が最大5%に。ただし、乾燥させ過ぎると粉々になり薬草が消えた。
殺菌と濾過はそれぞれ最大回復量が40%まで上がった。こちらもやり過ぎると、有効成分まで消して失敗。
水分量が十シル増えると効能が薄い代わりに分割使用量が増え、百二十シルで最大五回までに増やせた。それ以上だと、【ローション】に変わった。少ないと、十個分の素材で八個の完成となったけど効果は上昇。こちらは八十シル未満だと端に【薬滓】となって失敗。
「どれも面白いね。でも、商品には向かないかもね」
どれも一種類ずつテストした軟膏ばかりを避けていく。そして、残ったのは二種類。一つは基本とした既製品と同じ効能、もう一つは……。
「でも、これは凄いね。別の種類と言ってもいいかもね」
最後の一つ。何故か製作者名が付けられた恥ずかしい一品である【LiLiの薬軟膏】。
テストも一通り終えて、良いところ取り制作の結果出来たもの。階位がないと失敗していたと思う。それか、テスト中にレベル2にならなかったら完成しないと思われる。
【LiLiの薬軟膏】:薬師LiLiにより作られた一品。
効能:十秒おきに5%のLF回復。最大回復量50%。分割使用回数二回。
うん、チート軟膏です。とくにこんな序盤だと過剰すぎて封印指定だと思う。素材十個分で半分の五個が出来たけど、それでも酷いと初心者ながら怖くなる。なんでこうなった。
まあ、僕に出来たんだからガチ生産者はもっと効能が高いもの作るよね。他のゲームやノベルで知っている基本的な事しかしていないし。あとで、小人領や生産系のスレッド見てみよう。
「相談だが、一つ千リゼ……この五つ全部で六千リゼで売ってくれないか?もちろん、この値段は今回限りだが。値段は決めておいた方がいい。なんなら、相談にものる。今回は濾紙もサービスしてあげる」
なんだか、ファルの一言一言にやけに熱が籠っていて怖い。これが研究者の狂気なのだろうか。
うん、ごめんなさい。なんだか、テスト感覚でこんなの作ってしまって。
「う、うん。また、作ったらね。とりあえず、全部売るね」
こんな反応されると手元に置くのは気が引ける。しばらくは作らない方がいいかも。まあ、少し効能が高いものなら大丈夫だよね。
「ありがとうな。少し待っててくれ、お金を持ってくる。いや、先に水浴びしたいよな?」
僕を見てくる。うん、服を着たのは失敗だったかもね。頭の先から、足の先までドロドロのままだからね。
「うん、水浴びしてから素材取りにいくから。そのあとにまた来るね」
「ああ」
軟膏を全てインベントリに閉まってから、愛用の井戸へと向かう。うん、プレイヤーはいないね、プレイヤーは。
「LiLiかい?なんだ、そのドロドロは」
「あはは」
井戸では、エルンと主婦たち住民が井戸端会議をしていた。そして、主婦たちに捕まり洗われた。なんかもう、完全に子供扱い。僕が言うのも何だけど、村の中で平然と脱がす人たち。エルンの息子や他の主婦の子供も泥だらけになったら、性別関係なく芋洗いしていたみたいだから仕方がない。
「ありがとう」
「LiLiは私の娘みたいなもんだからね。このくらい普通さ」
そう言う発言が、プレイヤーたちに僕の母親なんて言わせる結果になっているんだからね。
「それじゃ、僕は少し出掛けるね」
「ああ、気を付けてね」
やや気恥ずかしさを残しながらフィールドで必要な素材を五時間は集めて、ファルの家へ戻る。
軟膏とお金を交換して、また工房を借りる。うん六千リゼの内、二千リゼは消えた。
「少し加減して頑張ろう!!」
四時間の結果、良いものが出来た。レベル2に上がったお陰か、かき混ぜる時間が短縮出来たし、ゆっくり火力を上げれば失敗せずに時間短縮にも繋がった。
【薬師の良軟膏】効能:十秒おきに4%のLF回復。最大回復量40%。分割使用回数二回。
【術師の良軟膏】効能:十秒おきに2%のMS回復。最大回復量20%。分割使用回数二回。
「今日はありがとう、ファル先生」
「いや、僕の方こそ素敵な薬を見れて感謝を言いたい。これで、僕の研究意欲がさらに増したからね。ありがとう」
ファルと握手を交わして別れる。タイムリミットまでに首都には戻れるけど、素材集めも必要だったのでそちらに時間を使いログアウトを迎えた。