旅準備
翌日もインしてから慌ただしく村を駆け回る。
追われているわけではない。いや、時間に追われていた。
「えっと、牙はだれだっけ」
顎に手を当てて、メニューを開きクエストを確認する。昨日の残り時間は僅かで、村人に聞き込みをして知識とクエストを蓄えた。そこで時間切れとなり、リアルへ戻っていた。ゼメスの初クエストが思いの外時間が掛かっていた為だ。
「やっぱ戦うの下手だなー。あと、まだ弱いし」
一人で反省会を開き、レベルアップと共にお金を稼ぎ、装備を充実させる。その次いでに戦いにも慣れるはずだ。
節約の為にアイテムは購入せずに、毎回お腹一杯まで井戸水を飲み回復を行う。
その方針を決めて、今日は前日に受けたクエストを消化しながら技術とレベルを向上させていく。
「ああ、助かった。少ないがこれを受け取ってくれ」
依頼主から金銭を受けとる。
これで三つめのクエストを終了したことになる。残りは一つだが、これは村単一のお使いクエストではなかった為、今は保留するしかなかった。
取りあえず金銭とアイテムも手に入った。
報酬には【薬師の軟膏】と言う回復アイテムも二つ手に入れた。そのアイテムは即効性はないが、受傷箇所に塗ればジワジワと少量のHPを回復する効果がある。採集で手に入る【滋養の葉】はこの軟膏の材料だったらしい。
そしてクエスト報酬と素材を売ったことで、所持金は五百五十リゼ近くまで増えている。この世界の物価的には安い物しか買えない。とってもブラックな報酬だった。
それよりもレベルが5になったのでフィールラットは安定して狩れるようにはなった。
『LiLi』
レベル5
成長率29
種族:獣人
階位:なし
生命力180
精神力70
攻撃力19
防御力18
智力9
命中力18
素早さ19
器用さ9
運7
現在のステータスを見て強くなった実感が客観的にも分かる。ついにやけてしまう。
5レベルになり種族ボーナスも入り、フリーで振れるポイントも素早さと命中に降った。攻撃力が頼りなく、1を振り分けてしまったが。
別に王道通りの極振りなどはする気にはならない。好きに振るから個性が出るんだ。
「ふふふっ」
危ない女の子が村を歩く。それを村人の獣人が遠巻きに眺めていた。近づきたくない雰囲気は新たにこの世界にやって来たプレイヤーにも伝播していく。
視点を変えればプレゼントを貰って喜んでいる幼女にも見えるだろう。だれも声を掛けないのが不思議な位に可愛い、それこそリアルでは男と想像できない可憐さを振り撒いていた。
「とーちゃく!」
その女の子LiLiは村に一件しかない雑貨屋にやって来た。
昨日は買えなかった物が買える嬉しさ。店のカウンターに肘を乗せると足が少し浮きパタパタと動かす。どう見てもお使いを頼まれた幼女でしかなかった。
「じいちゃん、みせてー」
本人は気付いていない。精神が引っ張られているのかは不明だが、これが本来の自分なのかも知れなかった。
「ああ、気を付けてな」
NPCすらホッコリする様子だった。
「んー、どれにしよう」
レベルも上がり、クエストでも隣にある首都へ行く用事が出来た。ならば、いよいよ旅をしなくてはと雑貨屋にて装備を整えようと思ったのだ。
ここで我慢して首都へ行けば、さらに上質の装備は手に入るだろう。だが、道程はフィールラットだけとは限らない。
能力的にはヒットアンドウェイが基本なので、一撃の攻防を補うには装備を充足させる必要がある。
「いろいろあるなー。いいなーいいなー」
発言まであざとくなっていくが、本人は無意識に発していた。尻尾が歓喜に振っている様にさらなる拍車が掛かっている。意思に関係なく感情に連動して動くので始末に終えない。
目の前には様々な武器と、三種類の防具があった。
両手剣、片手剣、短剣、斧、槌、槍、杖、弓、鞭、本。小盾、羽根つき帽子、鞣し革の胸当て。
「値段バラバラなんだよね。買えるのは片手剣と短剣……防具もなら短剣だけなんだよね。ダガー好きだけど」
どれも初期の武器なのでデザインにも惹かれない。それに自分にはクローもあるので、どちらかはサブになるだろう。それなら防具を揃えるべきか。
「うー、もう少し稼いでたら良かったかな。でも、早く行ってみたいし。うーー」
動物が不満そうに唸っているように聞こえる。獣人なので間違えではないのだが。
「やっぱ、ダガー……短剣買お‼」
昔からゲームで愛用しているものを選ぶ。クローのリーチの短さを補うことも出来ない武器だが、好きなのだから仕方がない。
それに投剣も出来るかも知れないし。回収前提だろうけど。
そう思いながら購入画面で短剣を購入する。
「あとは……帽子しか買えないや。いっか、買っちゃお」
そして代金を支払い所持金は殆ど0になった。
「そうびっ、そーびっ!」
プレゼントを開けるような満面の笑みで装備画面を操作していく。右手に短剣と頭に帽子が現れた。武器に関しては装備画面に触れなくても、持てば装備状態になるらしく、既に装備されていた。
「おー」
シュシュっと短剣を振り回し確かめる。そして、短剣スキルを修得したメッセージが表示された。
「これ、全部買えば武器スキル制覇?」
そんなに甘くはない。まず金銭問題。そして鍛練度の問題があった。買っただけのスキルなんてチュートリアル後の僅かな期間しか使えないだろう。そして、全部を鍛えるのは実質的でもなかった。
「ファッションじゃなくても帽子表示されるんだ」
まだ本人は知らないが、重複しない部位はそのまま表示される。また、実践向きとファッション双方にセットできる装備もあった。羽根つき帽子もその一つだった。
軽装鎧ならばファッションの上からでも表示されるのだが、そこは設定で不可視にも出来る。それを知ったのはログアウト後なのだが、今は新しい装備に心が弾んでいた。
残念ながら帽子は防具の役割はなかったのだが。
【草鼠の骨剣】:攻撃力5
【羽根つき帽子】:素早さ3
また素早さが上がってしまった。だが、今までの自分のスタイルには合っているだろう。
これで準備は整った。出来れば井戸水を持って行きたいが、水筒は残念ながら売っていなかった。試しにバッグに直接入れたら、普通に漏れて濡れただけだった。
「よーし、首都にごー!」
***
「遠いよ…」
勢いよく村を旅立って一時間は経つがまだ着かなかった。タイムリミットがそろそろ一時間に迫る。
「デスペナはいやだなー」
僕のLFはすでに黄色になっており赤に届きそう。
単体のフィールラットならば問題なかったが、村が見えなくなると二匹か三匹の群れで襲ってきた。あの村の周辺だけアクティブではなかったようだ。
さらにグリースネークと言う緑蛇の動きが攻撃を交わし、茂みからの奇襲で徐々にダメージを蓄積していった。
「井戸水のみたーい」
お腹が一杯になるのに、今は無性に飲みたい。あれは、常習性のある魔の水だった。
地面を這う蛇になんとか《スラッシュ》を叩き込み葬る。これが群れでないのは好運だった。
街道沿いでもこれだ。いや、街道から外れて歩くのが行けないのだが。
レベル上げと素材集めを兼ねながらの旅は優しくはなかった。
死にたくもないので街道を歩くとモンスターが現れない。極稀に単体で出てくるくらいだ。そこから十分も歩けば首都が見えてきた。
どうやら遠いのではなく、戦闘に時間が掛かっていたせいだと判明した。それだけ街道をスムーズに歩けた。ステータスのお陰もあるだろう。倍以上の時間を掛けて僕は門番に声を掛けて問題なく首都に入ることが出来た。
白い木造の平屋と高床式の建物が草原にそのまま存在している。首都の周りは逆茂木でバリケードが成されている。
獣人たちの首都『アルナード』。
そこにようやく辿り着いた。
僕は大きく一歩を踏み出して、駆け出した。
「井戸水どこー!」