入門!?ゼメス道場
ゼメスとの会話を中継した日から今日で三日。相変わらずゼメス先生の勉強を一日の終わり三十分を使い習っている。今回の中継は誰かが録画してスレッドに保存されているらしい。また、他の領でも住民から情報を貰う動きが出て、いくつかサイトにアップされていた。もちろん、カメラは肩越し視点で。
高校生活は本格的に始まり、授業も復習から高校の内容に移行しようとしている。部活はまだ決まっていない。
「では、LiLi。準備はいいか?」
「うん」
こちらの生活では、二日かけてノエン一家から《農業》を教えて貰い修得することに成功。これにも、ゼメスが仲立ちして貰えた。あの時、状況を見極めており、中立の立場にいたノエン一家だが信用は底辺だったはず。ゼメスがいなければ、習うことに少なからず時間を要したと思う。
それもノエンの奥さんであるエルンの説教とお仕置きにより、一先ず赦して貰えた。この村で一番強い女性であるエルンさんは三人の息子を育てただけあって、叱るときはすごく怖かった。お尻も壊れた。ただ、説教後には優しくしてくれる飴と鞭を使い分ける人でした。
修得した《農業》の中に《林業》まであることには驚いた。まあ、果樹園なんて造っていたら木を植えて育てるよね。同じく《畜産》も牛や羊がいるのだから覚える事が出来た。さすがに水産なんてものは含まれてはいないようだった。
さらに嬉しい事に、農家のリッキーを紹介してくれた。この人は、畑や僕が捕まった罠を仕掛けた人物で、農家になる前はヤオロズとして斥候役を勤めていたらしい。モグラの獣人で視力は弱いらしいが、代わりに各種探知系に優れた技能を持っており、僕にも探知系の講座と《罠師》の技能を教えて貰えた。もちろんお説教とおまけの罠の実体験付きで。
今日に至ってはファルから聞いていた《薬草栽培》を習うことも出来て、この二日は生産技能をひたすら修得することになった。お陰で技能が充実してきて満足です。
「まずはひたすら打ち込んでこい!」
基本、夕方か夜にログインする僕が二日と言う修得期間を要することにより、とうとう明日日曜日に大型アップデートを迎える事になった。いつもギリギリの生活だね。日曜日に仕事しなくてもいいのに。
僕がこの村に居ることを知ったプレイヤーが遠巻きに見に来るようにもなった。ネット上では僕の事とは別にファッション装備【新緑のワンピース】取得についての情報集めも始まったのもあるが、僕に殺到する前にオリヒメが情報を流してくれた。それにより僕を見に来るプレイヤーは減ったが、ゼロではない。それらもゼメスやエルンが払ってくれたお陰で、プレイヤーからは二人が僕の保護者認定される結果になった。オリヒメからは、キンリーのほうがお母さんとの評だけどね。
「集中しろ!」
「わっふ!ごめんなさい」
そしてファルと別れた現在はお父さん。いや、ゼメスによる実戦訓練。これは先達として教えてくれると言った《獣化》を少しでもモノにする為の指導。
中継により僕のプレイヤーによる所持属性認定も増えたけど、ゼメスも僕からしたら『お父さん・先生・師範』の三属性を贈りたい。僕のは秘密。いずれ教えるよ、たぶん。
今もフィールドに出たのにも関わらず、プレイヤーが三人見に来ている。気が散って、《獣化》が発動しない。早く任意で発動出来るようになりたいのに。
「LiLi、そんな単調な攻撃じゃいくらやっても一撃入れられないぞ」
発動しなければ、普通に戦闘訓練だ。しかもチュートリアルの時の様に手を抜いてはくれない。いや、本気でもないらしく僕の実力に合わせてくれている。本当に底が見えない。
「お前の武器は手のクローだけか。この間みたいに全身を使ってこい」
「う、んっ!じゃいくよ」
地面に四肢を着き、《獣走》によってゼメスに接近。ベモル戦で技能レベルが上がってデメリットが軽減された。この技能も使い込めば僕の主力技能になりそう。代わりに短剣の使用が少ない。
「直線的すぎる!もっと変化を取り入れろ!」
クローやファングの攻撃を余裕を持って躱され、反撃を尻尾で防御、一足距離を取り反転し《スタッブ》で突っ込むがあえなく防御される。
「はあ、はあー」
「どうした、そんなものか」
「まだっ!」
防御姿勢で止まっているゼメスの首筋に向かってジャンプしながら噛み付こうとする。身長差がこの場合隙を生む結果となった。
《スタッブ》を放った右腕をすぐさま掴み、体勢を崩され倒れた所を馬乗りされ、僕の首にクローをあてがわれた。
「また俺の勝ちだな」
「もう一回」
《獣化》にならなくても、こうして訓練を付けて貰えるのは嬉しい。もう、他のプレイヤーなんて気にしない。
ドクン。何かが、脳を駆け抜けた。
「なら、仕切り直しだ」
「ヴゥー」
「ほう。ようやく周囲を意識しなくなったか。だが、それだけで獣に成り下がるのも考えものだな」
走り、爪を振るい、噛み、駆け抜け、飛び掛かり、尻尾で腕を払い落とし、再び牙を突き刺す。
だけど、どれもあと一歩で肉に届かない。
「一旦墜ちれ」
「ガッ!」
痛い。あ、また負けたんだ。僕はフィールドの草原に寝ていた。どうなったんだっけ。
「《獣化》にはなれたが、まだまだだな。今の感覚が残っている間にもう一度やるぞ。早く起きろ。」
よく解らないけど、起き上がる。少し、痛みが芯に残っている。
それからは何度も草原で横になっていることに気が付き、ようやく技能が発動していることを知る。だけど、僕からしたらまったく記憶にない。
「ほら、立て」
「う、うん」
回数が重なる度に身体の痛みが酷くなってくる。ゼメスにやられた痛みじゃなく、筋肉痛のような感じ。副作用かな。
今日は土曜日なので、フルでログインする積もりでいたけど、《薬草栽培》の三十分とは別に、戦闘から三時間経っても未だに感覚が掴めていない。その代わり、獣系の技能やまた新たに技能を修得した。
何十度目か。ふと、視界が、思考がクリアになってくる。
「ガアァァァッ!」
僕の声とは思えない咆哮と共に、ゼメスの腕に食らい付こうとしていた。
「ッ!」
「ん?このまま戦え!」
ゼメスの蹴りが顔面に向けて放たれる。それを咄嗟に腕を交差させて吹き飛ぶ。飛び掛かりでの無防備な姿勢だったけど、なんとか防御が間に合った。
吹っ飛びながらも姿勢を整え、四肢を用いて着地。そのまま《獣走》で駆けて、飛び付いて噛み付こうとする。単発なら、クローよりファングのほうが威力がある。ゼメスもそれを知ってか顔面を殴って来ようとする。女の子の顔を何度も狙うのはどうなんだろうね。
でも、これはフェイク。殴られる前に身体を丸めて、尻尾で腕を払い上げて着地。狙うは足首。うん、機動力を削るのは基本だよね。
「甘い」
「ゴギャッ!キャウンッ」
蹴られた。また地面に転がる。そこに追撃のように爪が振り降ろされ、慌てて地面を転がり回避。
後方に《跳躍》し、距離を取り仕切り直し。それから五戦をなんとか《獣化》にまで至ることが出来た。
「大分慣れてきたな。なら、自力発動出来るか試してみるか」
「……うん」
精神を落ち着ける。この《獣化》は精神が昂る状態で発動と持続性を持つみたいだと、なんとなく理解する。発動は難しそうだけど、発動中は今みたいに制御出来るかな。まだ確率的に半々だけど。ゼメスは自己暗示みたいなので発動に持って行ってるのかな?
「こい」
「いくよっ」
地面を駆け抜け、今度は唐突に二足歩行に切り換え攻撃しようとするが。
「べぎゃ!」
「…………何をしたかった」
バランスを崩し、ゼメスに届く前に地面に顔面ダイブ。痛いし、なにより恥ずかしい。
『条件を満たしました。階位【ドジっ子】を授かりました』
だから、授かるって誰に‼それに、こんな称号いらないよ!
なに?これも一定回数ドジ踏むと修得出来るとか?いらないよ!
「どうした?」
「なんでもないよっ!」
「いや、泣いているが」
「ないったら、ない!いくよっ」
心配して近付いてきたゼメスに返答を聞く前に攻撃を仕掛けようと地面から起き上がろうとして、背中を踏まれて再び地面に帰還。ただいま。
「そんな状態では、《獣化》に至れないだろう。何があった」
「ふぐー」
足を退けて、しゃがみこみ僕の視線に合わせようとしてくる。言いたくはなかったけど、先に進まないと思い、渋々話すと笑われる所か呆れられた。呆れた対象も僕じゃないのが、余計に精神にくる。
「なんだ、そんなこととっくに知っていたが。今更だろうに」
「……ガウッ!」
落ち込み、怒りなどで《獣化》をなんなく発動。始めてゼメスの手に噛み付いた所で意識がクリアになってくる。
「やった!」
喜ぶと同時に発動解除。発動が中途半端だったのかな。なんとも難しい技能なんだろ。しかも、攻撃判定じゃなく《甘噛み》なんて修得してしまった……。なにこれ。
「LiLi。今のは攻撃か?」
「えーと、どうなんだろ?」
《甘噛み》:対象へのなつき度を小増加。
なんなんだろうね。なつき度?なに、それ。
「どうした?」
「えーと、なんでもない……のかな?」
本当になんなんだろ。よく分からない技能とか修得してしまってるよ。こんな技能持っている人いないよね?
「どうする?まだ、続けるか?」
「うーん、残り二時間切ったから…………あの、なんでゼメスさっきから頭撫でてくるの?」
「ふむ。撫でたいからじゃダメか?」
そんな子供が欲しいものをねだるような眼をしなくても。
「べつに。撫でても、いいよ?」
「そうか」
以前のような乱暴な感じではないけど、ゴツゴツした大きな手でお世辞にも上手ではない手つき。気持ちいい訳じゃないけど、なんだかホワッと落ち着く。
「ふぁぁふ」
暖かな日差しでゼメスの膝に腰掛け、フィールドに足を投げ出し撫でられる。ここはセーフエリアでもないのに、今はモブが湧いて来ていない。
「眠いなら寝てもいいぞ」
「んー」
一定のリズムで頭を撫でられ、いつしかそれが気持ち良くなり僕は眠った。
目覚めたらリアルに戻ってきていた。