委員の仕事と部活見学
なんとか『プリハ』内でのトラブルを回避し、リアルでも叱られた翌日。
僕らは男女に別れて体操服に着替えている。
「ユーリ……ちゃん。先に保健室に行こう」
「うん。それで、なんでちゃん付けなの?」
あーやが少し恥ずかしそうにはにかんだ。可愛い。
「えと、仲良くなったから。ダメかな?」
「ダメじゃないよ。今までユーリって呼び捨てだったから、驚いただけ」
普通は呼び捨ての方が仲良さそうな感じだけど、あーやは親しくなるとちゃん付けになるみたい。他の生徒には名字で話しているので、友達と親友の違いなのかな。早いような気がしなくもないけど、嬉しいのは確か。
「早くいこ」
だからって手を繋いでくるかな。ひょっとして、男に見られてない?まさかね。
「女子は人数多いから体育館だっけ」
「うん。でも、記録用紙とか取りに行かないといけないから。男子の検査始まる前に入らないと」
赤くなっているあーや。そりゃあ、遭遇したくないよね。
「すぐに福祉科から測定だもんね。なら、急ごう」
「そうだね。でもユーリちゃんの方が一クラスだけなんて良いな」
「あーやは全クラス終わるまでだもんね」
女子は人数が多く、測定する項目も多い。ウサミミから催促されていた部位などだ。
一学期と言うことで、身長体重の基本と視力や聴力がある。外部より、献血希望者の採血もある。二学期以降は身長体重のみ。最近は高校で二学期以降は行わないとこもあるらしい。
「ユーリちゃんもこっち来てくれれば良いのに」
「いやいや、それダメだよ」
「ウサミミちゃんからは、ユーリちゃんのも知りたいって……」
「それ、誰得なの。あと、皆のサイズも教えたらダメだよっ」
「うん。お金を積まれても教えないよ」
早歩きで保健室に辿り着き、記録用紙を貰い保健室を退出ていくあーやを見送る。
僕はここで二組男子が半数も測定が終われば教室に呼びに行くまで待機。そう思っていたら、仕事があった。待機中は最後の方にある身長や体重の記録の手伝い。うん、遊ばせておく必要はないよね。担任の説明が不十分なだけで。
そうこうしていると、福祉科が入ってくる。まずは体重の記録から。二組の測定が始まると身長の記録に移らなくてはならない。
「えと、よろしくお願いします」
体重測定の教員に挨拶をして、椅子へ座る。程なくして男子が体重を量り、記録をする単純な作業。え、これで終わり?九人しかいなかったけど。
すぐに二組が入ってきて、慌てて身長の記録に移る。男子少ないよ!でも、普通科でも男子は二組の方がやや多い。それでも半数だと、あっという間。
情報科の男子に引き継いで、騒々しくクラスメイトを呼びに行く。
「はい、次」
さっきまで記録していた側が、される側なのに違和感を感じながら検査を受ける。
視力は変化がないけど、聴力が上がったような気がする。中学の記録なんて覚えてないけどね。
体重も四十四キロと太っていなかった。よかった。そして身長は残念ながら変化はなかった。制服を仕立てる時にも、全体も測定してたから分かっていたけど、なんかね。二組の記録では僕より低い生徒はいない。僕に近くても五センチは差があったよ。まあ、LiLiを通して、小さいのは悪い事ばかりじゃないのは知っているから大丈夫。負け惜しみじゃないよ?
「あ、僕と同じくらい……」
情報科の生徒に僕と近い身長の男子がいるのを見つけた。話す暇もなく、これからも接点があるか分からないけど、何だか安心する。
こうして身体測定は終わった。余談だが、献血を行う生徒は半数もいないようだった。僕もしていない。注射が怖いわけじゃなく、あの抜かれる感覚が気持ち悪くなるから。うん、怖くはないんだよ。
***
それからは普通に授業を消化して、放課後。
測定から女子が戻ってきた時からウサミミは気分が沈んでしたけど、今は回復している。
あーやの話から、大きくなってなかったことに嘆いていたみたい。うん、僕は大きいより控えめな方がいいと思うよ。凶器なんて身に付けちゃいけないからね。
「で、桜はなんでいるの?」
「だって部活見学行くんでしょ」
さも当然だと、放課後に桜が合流している。
クラスが違う上に、テニス部に入ると思っていたのに。
「あー、ユリちゃんにテニス部も見学させようかなって」
すでに昨日の段階で見学には行っていたらしく、今日は一応他の部活も見学してみたいとのこと。強制しないけど、テニス部をついでに僕に見学させたいらしい。そんなに一緒にしたいのかな?
「で、二人は何か予定はあるの?」
「私は中学でバドしていたから、様子見てからバドを選ぶかも」
あーやは見た目に反して身体を動かすことが好きみたいで、運動部中心に見学したいようだ。
「私は帰宅部の予定だったのに。楽な文化系にしようかな」
ウサミミは文化系。帰宅部が不可な事を知らなかったようで、部活見学の説明時に落ち込んでいた。
今はあーやの胸を睨んでいる。運動して、なんでそんなにあるのかって感じで。ちなみに、あーや〉桜〉〉〉ウサミミの順。なにがだろうね。そういう意味では、あーやは僕にとっても敵になりそう。窒息兵器をつい睨んでしまった。
「ユーリ、仲良くしよう」
「へっ?」
ウサミミに仲間認定の堅い握手をされた。耳元で「抜け駆けしたら、赦さないから」と言われて背筋が震えた。眼が真剣だったのもある。
「や、僕男だから」
このメンバーは、男子なのに気持ち悪いって意識はないみたいだけど、いささか男と認識されてない雰囲気がある。まあ、今のところ危害はないから良いんだけどね。桜には注意して。
そんな事を話ながら、運動部から順に見ていく。サッカーや野球は早々に切り上げる。男子しか加入しておらず、興味もなかったようだ。
桜に誘われてテニス部へ。
久しぶりにやってみたくもあるけど制服のままだ。それに、女子しかいない。うん、入りにくいかな。
「えっと、昨日来てた子だよね」
「はい。雨宮桜です。今日も見学大丈夫ですか?」
「いいわよ。そっちの子達も見ていってね」
「はい、ありがとうございます」
僕ら三人が挨拶をすると、女子部員は桜を再び見やる。
「興味あるなら、少ししていく?」
「でも、制服なので」
「大丈夫よ。軽く打ち合ってみるだけ」
「うーん。それなら。あ、この子もいいですか?」
桜に手を引かれた。さらっと巻き込まないで!ほら、僕を見てくるし。
「ええ、いいわよ。なら二人同じコートに入って、交互に返して上げるから」
そこに他の部員が近づき、何かを耳打ちしてからこちらを振り向く。
「良かったら、他の二人も空いてるコートでやってみる?身体測定してたなら、体操服あるよね」
どうやら先ほど耳打ちで体操服があると教えて貰ったみたい。だけど、他にも見て回りたい事を告げてなんとか制服で軽く打ち合うだけに話を持っていく。
「残念。部員が増えると思ったのに」
どうやらまだ部員は集まっていないようだ。まだ申請期間はあるけど、早く集めたいのかな。
「じゃあ、二人でいい?」
「はい、お願いします」
「……うん」
また流されている気がしないでもないが、久しぶりにしてもみたかった。それなら、軽く打ち合うこのチャンスは嬉しい。
「あれ、ユリちゃん本気?」
ブレザーを脱いでワイシャツを腕捲りしてコートに入ると桜は驚いていた。まあ、無理矢理誘ったようなものだし、怒られるとは思うよね。僕も後から軽く怒るつもりだけど。
「久しぶりだしね。半年くらいはブランクあるけど」
まあ、ゲームで身体は動かしているから感覚は取り戻しているはず。VRゲーム内で、ある程度の感覚は取り戻したり、身体の使い方を学んだりは実際にあるみたいだから大丈夫だと思う。
「私も少し頑張ろうかな。ところで、ダブルスみたいな感じでやらせてもらう?」
「向こうは一人だし、あの人にきちんと返すだけで良くないかな。疲れさせても可哀想だし」
同じ場所に返すのは大変だけど、僕らは三年間テニスを続けて大会でもそれなりの成績を残しているので、これくらいなら余裕だ。相手の技術は不明だけど、それで完全素人とは思われないはず。桜が入部した際に少なからずアドバンテージになれば良い。
「二人ともいい?いくよー」
ラケットを借りてコートに立つと、女子部員が楽しそうに話してくる。それだけで、テニスが好きなんだと思えた。
「まず男の子から!」
男扱いしてくれた。いや、普通なんだけどね。
スナップを返して打ち返す。あ、回転加えてしまった!
「っと!女の子!」
部員はやや驚きながらも、きちんと桜に向けて打ち込む。そこからは、徐々に球速が上がり、変化まで加えていった。結局、ダブルスのようになり充足した時間だったとだけ言っておく。うん、ごめんなさい。なるべく中心に返してはいたけど、女子部員は疲れ果ててコートで寝ている。
「あなたたち経験者だったのね。去年から始めた二年じゃ厳しいわね」
今まで見ていたのか、新しい女子部員がやってくる。
「私は部長の神乃月よ。さっきまで相手していたのは、二年の釣沙紀亜。二人なら、いつでも歓迎よ」
部長を名乗った神乃はにっこりと笑ってくる。
「私はたぶん入らせて貰います。その時はお願いします」
「僕は……まだ分かりません」
「そっか。でもいつでも歓迎だからね。それから…」
「雨宮桜です、先輩」
「もし入ってくれたら嬉しいわ」
二人で良い笑顔を向け合っている。ちょうど良い疲労感と、汗が貼り付いて気持ち悪い僕はそこまで笑えないでいた。
あーやとウサミミを放置も悪いので、間に入らせて貰おう。
「すいません、先輩。他も見て回りたいので」
「ごめんなさい。大丈夫よ。また機会が会ったら寄ってね」
神乃部長と別れて僕らは体育館に向かう。背後から対戦した釣の悲鳴が聞こえた。
「とりあえずバドだけ見て、文化部かな」
「はい。バドは第二体育館だと聞きました」
第一体育館はバスケットとバレー部が使用しているみたい。
第二体育館の一階は室内グラウンドのように使われているので、二階に上がりバドミントン部を見学する。
あーやは本気だった。僕らのを見て身体を動かしたくなったみたいで、いきなりセーラー服を脱いだのには驚いた。いくら下に体操服を着用していても、衆目の中で脱ぐのはどうかな。脱ぐなら、フィールドだけにしようよ。…………あれ?
長く続くラリーの果てにあーやが打ち漏らし終了。きっと入部するんだろうなって感じを醸し出していた。
「すっきりしました」
「あー、うん。皆運動得意なんだね」
唯一ウサミミが圧倒されていた。友達の変貌と、皆が運動上手なことに。
「あ、ごめんなさい。私、つい」
「私もごめんなさい。ユリちゃんまで巻き込んだし」
「そこは怒りたいけど、でも楽しかった」
怒る気も実際に身体を動かしてなくなってしまった。
部員にお礼を伝えて体育館をでる。そのままプリントを見ながら、雑談混じりに実習棟へ向かう。ここの一部実習教室と、三階の部室に文化部は基本的に集まっている。
「ブラバンは飛ばすの?」
桜の質問にウサミミは視線を反らす。
「だって、音痴だし」
「楽器演奏に関係ある?」
「あるよ。中学の音楽最低成績だったからね!」
「なんか、ごめんなさい」
威張るように宣言するウサミミに素直に謝る桜。その返しはダメだよ、桜。ほら、落ち込んだ。
「えーと、調理部だって」
「いい匂いがしますねっ」
「お菓子でも作ってるのかな」
「……ユーリも音痴なくせに」
ウサミミと仲良く落ち込みながら、各部活を見学していく。正直、あまり記憶に残っていない。
「創作部だって」
「何か作る部活でしょうか」
「どうでもいいよ」
「もう、帰りたい」
調理部で二人して小麦粉を被ったので、まだ白い。僕らがさらに落ち込むのには充分でした。
「えーと、あ、閉まってるね」
「残念。なら、帰りましょうか」
「そうですね」
僕らを放置で話が進んでいく。
まあ、こんな僕らを奇異の目で見られながらも案内してくれた二人には感謝はするけど。なんていうか、優しくされると泣きたくなるね。
「ユーリ、あの二人は敵だよ。リア充だよ。私たちは、どこまでも運命共同体の貧乳仲間だからね。B以上は敵だからね」
「う、うん。あはは…」
ショックでウサミミが壊れている。あと、僕は貧乳じゃないからね。
「じゃあ、帰りましょうか」
そうして、僕らは学校を後にした。
帰りに、二人とも「ドジで貧乳なのも価値があるよ」と、桜に慰められた。それ、ウサミミに言おうね。僕はどっちも当てはまらないから。
家に帰って、着替える際に胸を見てみると、男らしくぺったんこだった。なぜか、溜め息が出た。