害獣と謝罪
意識を失う直前、僕は戦闘で負けて死んだと思った。ベモルと良いとこまで戦えていたのに、結局多勢に無勢だったんだ。これで害獣認定されたと薄れていく意識の中で思い、ごめんなさいと呟こうとして結局叶わなかった。
だけどいつまで経ってもゾンビ部屋で目覚めない。夢を見ているような感覚がしばらく続いた。ゼメスが溜め息を吐いて誰かと話している夢を。
「…………んんっ」
目が覚めると身体が動かない。まだ夢を見ているのかと思っていると、ゼメスがやって来た。
「目覚めたか」
「んんっ、んっ!?」
口まで封じられて、話すことも出来ない。なんで、どういう状況?
ああ、そっか。僕、処分されちゃうんだ。
「んー…………」
「泣いてるのか?……どうやら正気に戻ったようだな」
ゼメスがそっと涙を指で拭ってくれる。
「一応確認だ。お前はLiLiだと自分で解るか?」
質問の意味が解らないけど、頷く。涙はまだ止まらない。
「俺を攻撃してきた事は覚えるか?」
「んんっ?んんーん!」
なんで僕がゼメスを攻撃しなきゃいけないの?だって、ベモルに負けて……あれ。負けたっけ?
「……獣化」
「ん?」
「今は正気だな」
首を縦に振ろうにも首までも固定されており、僅かに頷く。いま、何かの台に身体を縛られていて、これから解体される気分に身体から熱が引いていた。
「分かった。今から縄を解く」
ゼメスが僕に近付いて、まずは口を封じていた布を取り外してくれた。
「ぷはっ。えと、ゼメスさん?」
「説明は後だ。かなりきつく縛ったから、外す時痛いと思うがじっとしておけ」
「うん」
縄を解く時に、一時的に食い込む時があり痛いが順番に身体が自由になっていく。
「無理せずに寝たまま聞いておけ」
「……でも」
自由になり身体を起こそうとして、身体が筋肉痛みたいな痛みを感じ、顔を顰める。今まで、こんなこと無かったのに。
「まずは何から話そうか」
「…………あ、時間」
今何時ごろだろ。戦闘までに一時間は掛かって無かったはず。移動から戦闘してる時間を合わせても二時間くらいかな。その後、どれだけ眠っていたのか。タイムリミット大丈夫かな。それより、お母さんに怒られるかも。
どこか現実逃避にゼメスからの死刑宣告を待つ。だって、僕もう害獣なんだよね?
「時間か。お前が倒れてから一時間程だな。拘束して五分位で目覚めたしな」
「一時間。合わせて三時間くらい」
晩ご飯の時間が大体七時だから、あ、確実に怒られる。あれ、でもお肉食べたような?夢だったかな。
「LiLi、話すぞ。ちゃんと聞け」
「あ、ごめんなさい」
流石に現実逃避ばかりもしておけない。例え害獣になったとしても皆には謝っておきたいよ。
僕が軽はずみな行動を取って、皆に迷惑をかけたのは確かだから。
「始めに、LiLi。お前はまず、害獣とはされないだろう」
「え、…………よかったー」
まだ確定じゃないみたいなので安心できないけど、それでもそう言って貰えて安堵の涙が零れる。
「ぐすっ、よかった」
「ああ、ベモルの拠点から果物の皮や種。野菜の屑。それに子羊の毛と骨を見つけた。今は他の住民が確認に行っている。あとは、お前がきちんと謝れば赦されるだろう。何も子供だからって訳じゃないが、あいつらも相当被害を受けていて気が立ってたからな。ベモルが討伐されて少しは落ち着くだろう。それと、お前を庇ってくれた住民たちにも感謝するべきだろうな」
庇ってくれていなかったら、ログアウト中に処分されていた可能性もあったと教えてくれる。
「うん。ありがとう」
「俺じゃなく、皆に言うべきだ」
「ううん。ゼメスさんも、気を使ってもらったし。やっぱり、ありがとうだよ」
「そうか」
事実、ゼメスが中立の立場で場を仕切っていたとしても、しっかり僕の事情を聞いてくれた。それに、最後には励ましてくれた。それが、どんなに嬉しかったか。
「あとは、LiLi。それとは別のことを話すぞ」
「ん?」
ゼメスがなんとも言えない顔をし、そしてじっと僕を見つめてくる。
「どう話せばいいか。ああ、LiLi。戦闘中に何か変わった事はあったか?」
「うーん。無いかな。身体が軽くなった気はするけど」
それだって技能のレベルが上がっただけだと思うし。
「あ、階位ってので闘犬を授かったかな」
そうだ、誰に授かったんだろって疑問に思ったんだっけ。すぐに思考を戦闘に引き戻したけど。
それにゼメスに階位って言って解るかな。
「闘犬か。LiLi、お前は暴走とは違うが俺を襲った」
「えっ!」
「まあ、そこは気にするな。仔犬程度軽く服従させられる」
いや、気になるよ!
「技能で獣化を覚えていないか。あれは、本能を引き出して獣そのものになる、先祖返りの技能だ」
ゼメスに促され技能を確認すると、《獣化》を修得していた。それ以外にもレベルがあがったり、新しい技能を修得したりしている。
「あるみたい」
《獣化》の能力を見ると、所謂バーサーク状態になるらしい。獣系技能と身体系技能は使えるけど、魔術は使えない。
記憶がない以上、暴走と変わらない使いどころが難しい技能。たぶん、目に入るものに攻撃をしたんじゃないかな。敵味方関係なく。
「やはりな。それは味方がいる時は使うな。あとは、戦闘中も自分をしっかり保つように。慣れれば、意識を保ったまま扱えるようになる」
ゼメスの説明に耳を傾け、技能について考える。
あの時、僕の意思で技能は発動させていない。修得したインフォメーションは途中から無視したから、知らないのだし使える訳がない。それなのに発動した。
「疑問に思っているな。慣れれば別だが、始めは戦闘に集中しすぎたり、戦いに快感を覚えると自然と発動する厄介な技能だ」
「……なんでそんなに詳しいの?」
当然の疑問。聞いただけの知識とは思えない説明なのだから。
「俺も修得しているからな。闘犬とかは知らないが、獣化は慣れるまでは一人で鍛えた方がいい。ものにしたら、実に有用だし、恐れず特訓に励め」
「う、うん」
ゼメスは過去に仲間に攻撃したことあるのかな。たぶん、あるんだろうね。
にしても、慣れるまでは勝手に発動してただ攻撃するだけの狂戦士技能。慣れたら、自分の意思で発動もできて、物理攻撃特化のブースト技能。そして、一番厄介なのは技能レベルがないこと。本当に感覚で慣れる必要があるみたい。
「なんなら、先達として特訓には付き合ってやる。一般常識も欠けているようだから、それも含めてな」
それは、夜に人の敷地に入った事に対しての皮肉だよね。否定出来ないけど。
「お願いします」
「ああ、まずはきちんと無実を証明してから、無断侵入に関して謝罪するところからだな」
「うん」
それから、まずは一般常識を説教混じりに教えられること二十分。キンリーなら、たぶんすでに数百回お尻を叩いているけど、ゼメスはただ真摯に教示してくれた。
「ゼメスさん、いいですか」
部屋の向こうから男性の声が聞こえ、ゼメスが退出する。話を聞くと、ここはゼメスの家らしい。いつも広場に立っているけど、きちんと家はあるみたいで良かった。僕が縛られていたのはゼメス本人のベッド。お陰で匂いを覚えた。
「LiLi。ベモルの確認を終えた。村長の家の前まで行くぞ」
「うんっ」
ゼメスと報告に来たノエンに挟まれて移動する。
どうやら、単独犯の可能性も一応はなくなった。僕がベモルを討伐したら、それが自己証明になるように話をきちんと持っていってくれたらしい。罠に掛かった以外の証拠がないので、情状酌量の余地があるみたい。うん、きちんと謝ろう。
「来ましたね」
村長であるハンガスを始め、住民が集まっていた。
「LiLiさん。ベモルの討伐ご苦労様でした。これで、害獣ではないことを証明されました」
僕の判決を言い渡され、ホッと力が抜けた。
ゼメスを襲ったことは、伏せてくれているみたい。
「ごめんなさい。夜に人の敷地に入って、迷惑かけてごめんなさい。あと、庇ってくれた人、ありがとう。ありがとうございます」
膝を付き、再び溢れる涙を拭わずに懺悔と感謝を精一杯伝える。綺麗にこの事が忘れられるとは思わない。しこりは残ると思う。だけど、僕はきちんと謝りたい。いつかは赦して貰いたい。
「ごめんなさい。ありがとうございます」
もう、どれだけ言葉を繰り返したか。唐突に頭を乱暴に撫でられた。
「このようにLiLiは反省しています。一般常識が欠けているようなので、俺が責任を持って教育します」
「そうだな。皆も彼女の事は赦してやってくれないかな」
未だに頭を撫でられて、顔は見えないがゼメスの助けとハンガスからの沙汰により、住民から赦してくれる言葉が次々と聞こえる。
この場に居たのは、被害を受けた住民と僕を擁護してくれていた住民たち。赦しは被害を受けた農家の人たちが伝えてくれた。
「さて、ジゼルは彼女を赦してやってくれるか」
「俺は……まだ、単独犯の可能性は否定出来ない」
「そうか」
ゼメスが小声で、今回一番被害を受けた人物だと教えてくれる。僕を真っ先に処分しようと提案した人物でもある。
「だが、現場のベモルの毛。それと、俺の畑からはその子供の足跡は見つかっていない」
「そうじゃったな」
「だから、赦す赦さないは俺には資格がない。処分を言ったのは俺の八つ当たりも含めてだった。そこは謝る。すまん。ただ、まだ信用は出来ない」
「ああ、それは仕方がないかもな。そこは彼女の今後の動向で判断したらいい」
住民の怒りや困惑などをきちんと理解し、ハンガスはそう結論をだす。
「ありがとう。あと、迷惑かけてごめんなさい」
「あ、ああ。女子供でも、もし盗みをしたら容赦はしない。だが、俺も怒りの矛先をよく確認せずにお前にぶつけていた。大人げなかった、俺のほうも、その……ごめんな」
ジゼルが僕に謝罪してくれる。例え信用には値しなくても、きちんと自分の非を謝罪するジゼルにもう一度感謝する。
「では、これにて今回の件は終了。ベモルの生き残りをしばらく警戒するように」
ハンガスが最後に村長らしく締めて解散。
擁護派の住民が、よく頑張ったと頭を撫でて励まして帰っていく。一人ずつ、感謝を改めて伝えて僕とゼメス、ハンガスが残る。
「ゼメス、あとはよろしくな。ワシはもう寝る」
そう言ってハンガスはあくびを噛み殺して家へと入っていく。
「えと、あとはって?」
「お前に装備を返さないといけないだろ。そのままは嫌だろ」
そう言って【害獣の衣】を指さしてくる。この装備は貴重品(特殊貸与)に分類されており、どうやら魔術妨害系の特殊付与がされているみたいだった。今も魔術は使えない。
「あ、うん」
武器や防具、ファッション装備は全解除され、それがゼメスの家で保管されているらしい。
ゼメスと家に向かおうとすると、止められた。
「LiLi、お前はまず井戸で身体を拭いてから来い。この村に公衆浴場なんてないからな」
え、僕の身体を狙ってる?
「言っておくが、お前は今相当匂うぞ。ベモルの体臭や血などの体液。移動での泥汚れ。あとは、そのな、漏らした匂いとかな」
「すぐ洗ってくる!」
恥ずかしい。そんな状態で皆に会ってたなんて、穴があったら入りたい。
ああ、ゼメスのベッドに匂い残ってないかな。どうしよう。
回復井戸まで走って、【害獣の衣】を脱ぐ。脱げることに安堵する。幸い、夜なので誰もいない。ただ冷たい井戸水を浴びて手で洗う。うう、布でも買っとけば良かった。あと、石鹸も。
そう言えば、インベントリなども使用出来るのかなと開くと、きちんと開いた。ついでに【水筒】にも補充して、【害獣の衣】も念の為手洗いしてから生乾きのまま着る。装備などは濡れると能力低下や透けるなどの効果があるみたい。
戦闘で減っていたLFはいつの間にか全回復していたので、ここで飲む必要なくそのままゼメスの家にやや迷いながら辿り着く。
「ああ、戻って来たか」
「う、うん。それで、まだ匂う?」
「…………少しな。だが、石鹸で洗うなり香水で誤魔化せるだろう」
そんなに鼻を近付けて匂い嗅がないで!恥ずかしすぎる。あと、正直すぎるよ。
「それと、ベッドの匂い大丈夫?」
「ああ、敷布は捨てるからな」
「そ、そう。良かった」
ゼメスがオリヒメのような性癖がなくて良かった。
「装備を返す。LiLiもそれを脱いでくれ」
「えーと、ここで?」
「ん?ああ、恥ずかしいか。俺の部屋で脱いでくれてもいい。今、装備を取ってくる」
恥ずかしいけど、部屋で脱いでも結局は装備を受けとる時に見られるんじゃ。いや、トレードすれば。いやいや、ゼメス相手ならトレード機能は使えないかも。ど、どうしよう。
「こう言ってはなんだが、すでにお前の裸くらい見ているぞ」
「へ?」
「俺は子供に発情なんてしないから気にするな」
「いや、発情されても困るよ!それより、見たって何を!?」
さっきまでのシリアス展開はどこにいったのかな。
いやいやいや、これも一大事だよね。だって、女性ならともかく男性に見られるなんて恥ずかしすぎて顔なんて見れないよ。
「お前の裸を見たって言っているが」
「だから、なんでっ!どこで、いつっ!」
「……お前の装備を外して、危険物を排除するときにだが」
「ゼメスが脱がしたの!?女性じゃないの?」
「いや、俺だが。なにか、変か?危険人物として、皆警戒していたのだから、当然だと思うが」
「いや、ゼメスが強いのは知ってるよ。でも、ここは女性だよね。なんで男のゼメスが僕の服脱がすのさっ。女性にも強い人いるよねっ」
もう呼び捨てだけど、仕方がないよね。
「まあ、ノエンの奥さんが村で一番強い女性だな。だが、お前と面識はないし、向こうは家畜の世話で家を空けていたからな」
「…………むー。でも、だからって」
「お前がそんなにマセているとは思わなかった。誰も子供になんか発情する訳ないだろ」
オリヒメって言う人がいなかったら信じられるかもしれないけど、生憎僕はオリヒメに散々触られたりしたんだよ。女性だしそういう過激なスキンシップもあるってテレビで放送していたし、性癖を考えても女性だからまだ赦せた範囲。でも、男の人に見られて、危険物がないかまさぐられるなんて。ああ、ゼメスって無自覚の変態さんだったのかな。
「おい、何か失礼な事を考えていないか」
「見た上に、まさぐられたら変に考えるよっ!」
「まさぐってはいないが。……害獣って言うより淫獣だったのか?その歳で発情期の訳ないしな」
「なに、その新しい単語!」
「……で、装備は返して欲しいのか?」
「欲しいに決まってるよ!」
「じゃあ、脱げ。それは特殊な加工を施しているから、そう数はないんだ。早く洗わないと、色んな匂いも染み込んでしまう」
「匂いって、もう変態だよ!」
「…………実力行使するが?怒らないと思っているなら、考えを改めた方がいいぞ」
先に装備を受けとり、部屋で着替えてから渡すなんて当たり前のことを思い出していたならこんな事にはならなかった。
結局、テンパった僕はゼメスに脱がされて装備を突き返された。
もう、お嫁にいけない。
「はあ、こんなのが…………なんて」
羞恥で泣きながら装備を整えていると、ゼメスが溜め息と共に何かを呟いた。まあ、どうせ貧乳とか言ってるんだ。いいもん、まだ子供だから。これからだもん。オリヒメみたいな凶器はいらないけど。
「おい、冷静になったか」
「…………変態」
「そうか、お仕置きが必用か。言うこと聞かない子供にはきちんと教育しないとな」
この日、獣人のお仕置きがお尻叩きだと学習した。あれ、キンリーだけのお仕置きじゃないんだね。
こういうお仕置きは、システム保護を受けないでリアルに痛い。
「ごめんなさい。今日はもう寝る」
「ああ」
お尻がジンジンとするのを我慢しながら、散々謝ってようやく開放された。キンリーよりも、叩く力が強く十数回でもうお尻が悲鳴をあげた。それでもすぐには赦してくれなかったけど。
「今日はありがとう」
一応、今日の騒動に感謝を述べて、返事を聞く前にログアウトをした。思考がリアルに近付いてくるのを感じながら、部屋を自去する。
そして、お母さんにゲームやりすぎだとこってり怒られた。今日は謝ってばかりだ。
冷めたご飯を温めて食す。お風呂に入り、つい自分の匂いを嗅いでしまった。うん、臭くないよね。