同中出身者と生産技能
僕らが二組の廊下まで移動すると、丁度教室から出てきた女子生徒が僕らを見てそう口を開いた。正確には僕を見ての発言。
「やっぱりユリちゃんだ」
僕の顔を見て確信したのか、にっこりと笑う。あーやとウサミミは知らない人物から話し掛けられ困惑している。それは僕も同じだった。彼女がこの学校を受験し、入学するとは思わなかったのだから。
「久しぶり、桜」
雨宮桜。中学二年と三年の時のクラスメイトにして、女子テニス部部長だった人物。テニスの腕前はかなり高く個人成績も県内上位。それ故に満光同様の学校を目指すと思っていた。例え志望校に落ちたとしても、この学校より実力のある学校もあるのだし、ここで再会するとは思わなかった。
「ユリちゃんもこの学校だったんだね」
桜が僕の頭を撫でてくる。中学時代からのスキンシップだけど、別に変な関係はない。身長が170はあるだろう彼女にとって、僕の身長は撫でやすい高さなだけだと思う。例え移動教室を一緒に移動したりする間柄でも付き合っている訳ではなかった。それよりも、彼女に怨みを抱いたこともある。黒歴史に関わる人物なのだから。
「ユーリ、だれ?」
「えと、同じ中学の時のクラスメイト」
「え、なに他人行儀なの?私とユリちゃんの仲なのに」
「もしかして彼女?」
「違うよっ」
あーやとウサミミが変な勘繰りをしてくる。男女が仲良さそうだと、そう見えるのかな。それなら、二人にも当てはまるはずなのに。
「私たちはただの友達。ユリちゃんのクラスメイト?私は雨宮桜。よろしくね」
「あ、ユーリの友達の木実彩音です」
「私は宇佐美瑞樹。ウサミミって呼ばれてまっす。ユーリの事、詳しく」
なんだか女子三人が仲良く話始める。ウサミミ、人見知りって言ってなかった?
「私はユリちゃんと部活も同じだったから親しくなっただけだよ。男女別れてたけど、ある事件もあったしね」
「ある事件?」
「あー!遊びに行くんだよね。行こう!」
「ごめんね。秘密みたい」
何とか誤魔化せたかな。
「なら、どこ行く?」
結局、僕の発言で遊びに行く事が決定してしまい、そこに桜も加わることになった。
昼食もまだだったので、それを兼用する形でカラオケに行き、久しぶりに唄った。制服のままだったけど、特に咎められなかったのは田舎だからか、店員が面倒だったからか。
「あー、唄った」
「ウサミミ、音痴だね」
「ユリちゃんも人の事言えないんじゃない?」
「桜さんは上手かったですね」
お互いに感想を言いながら店を出る。会計の時は年配の店員が何か言いたそうにしていた。きっと、学校帰りだったことを注意したかったのだろう。
三時間の利用だったので中途半端な時間となり、今度はバーガーチェーン店でドリンクとパイを注文して再び雑談に花を咲かせ、今度の休みは服を見に行くことになった。僕、必要なのかな?
夕方になり、お互いにアドレスを交換して別れる。
「まさかユリちゃんと同じ学校だと思わなかった」
「僕こそ。桜は供越に行くと思ってたよ。テニス辞めるの?」
「テニスは続けるよ。ただ、成績よりも楽しみたいだけだからね。続けられるなら、それで良いかなって。ユリちゃんこそ、部長と同じ学校に行くと思ってたよ。親友なんでしょ?」
帰り道は短いながらも桜と同じ方向なので、中学の時の話などをしながらの帰途。
「親友でも、僕もそこまでテニスに熱中してなかったからね」
「高校は?続けるの?」
「分かんないかな。見てからだと思う」
そう。僕はテニスを続けるのかも決めていない。中学三年間も続けたテニスだけど、たぶん満光がいたから続いたのだと思う。やるからには頑張るけど、一度接点が切れると再熱するまで時間が掛かりそう。今は、『プリハ』にその熱は注がれている。
「ユリちゃんも副部長になるだけの腕があるのに」
「それだって満光が部長になったから、セット扱いでなっただけだよ。それに、今はちょっと別の事に時間使いたいし」
「別の事?」
ゲームに熱中していると言ったら、引かれるだろうか。いや、ここはテニス部と関わらないように引かれようか。高校のテニス部はあの事件と関係ないけど。そう思えば、僕はテニス部に入らないのかな。心がズキッとした。
僕もテニスは好きだったのかな。
「うん。いま、樹に誘われてゲーム始めたんだけど、それが面白くて」
「……樹って、ユリちゃんの親友だっけ?あれ、元彼だっけ」
「恋人じゃないよ!あれは普通に友チョコだっただけ!男同士でバレンタインでチョコ渡すのも今普通でしょ。なんで、僕らだけそんな風に言われるかな」
「それはユリちゃんだから。それで、なんてゲーム?」
「えう?あ、『プリハ』ってVRゲーム。『プリズムハーツ・カルテット』て名前のRPGかな」
そう言うなり、桜はネットでゲームを検索する。PVを観るなり、「ふーん」とそっけない感想。
「ユリちゃんは、獣人が似合いそう」
なんとも確信をつく発言。
「獣人だよ。犬の獣人」
「あ、解る。ユリちゃん、犬っぽいもんね」
頭をポンポンと優しく叩かれる。むー。
「そ、そんな訳でたぶんテニス部には入らないかな」
「……そっか。一緒に出来たら楽しかったのにね」
「あんな事、されたくないしね」
「あれは男子部員が悪いんでしょ。女テニは悪くないよ」
「どっちも悪いよ。なんで、僕が被害者になんないといけないんだよ」
「連帯責任。部長か副部長が責任とんないとね」
「まだ、三年がいたのに。僕たちは、まだ引き継ぎ前の候補だったのに」
「それこそ男テニがユリちゃんを選んだようなものでしょ」
「うー」
そんな過去と今からを話ながら二人で歩き、そして別れる。
そして一人、これからの部活動に対して考えながら帰途に着いた。高一は必ず部活に加入しなければいけないのも、悩みの種になりそうだ。明日から一週間の見学と仮入部をどうしようか悩みながら、入浴と食事を済ませる。
***
「ゲーム起動」
家族との団欒もそこそこに獣人領首都『アルナード』の地へと降り立つ。
族長の家の前からまずはメインクエストを進める為、『ハジリ村』へと駆け出す。以前よりも素早さが上がっているお陰で十分程度で到着。開始した当初は徒歩一時間は掛かったことを考えると、かなり時間が短縮された。徒歩と疾走の違いはあるけど、この先さらにステータスが上がることを考えると怖く感じる。街移動が一分とかどんなチートになるのかな。
「えっと、村長の家はあっちだったね」
以前クエストを受注した時の事を思い出しながら、ゼメスや村人に挨拶をしながら向かう。
「こんにちはー」
村長の家族は実にアットホームで、僕たちのことも毎回暖かく迎えてくれる。そんな村長一家との挨拶もそこそこに【族長の手紙】を一通手渡す。
「ありがとうな。小さいのに偉いね」
こうして誉められるのも、さすがに照れるけど慣れてくる。えへへ、と笑うと撫でられる一連の動作にももう戸惑いはない。
「あ、そうだ。この村で教えて貰える生産は何かありますか?」
せっかく各街にお使いに行くのだ。それなら次いでに生産も修得していこう。一石二鳥。首都の生産は最後で良いかな。
「生産か。この村で教えられる腕前なのは薬師のファルと農家のノエン一家だろう。ファルからは《製薬》とノエン一家からは《農林業》を学べるだろうから、頑張ってな」
村長に居場所を教えて貰い、お礼を伝えてから家を出る。
「ファルさんの家とノエンさんの家が近くて良かったー」
話を聞いた限りだと、ファルもノエン一家から畑作りを習い、薬草園を作ったらしい。畑や牧草地などは村の端に集中しているので、その近くに農家などは家も建てるそうだ。プレイヤー向けの土地も販売しているらしく、管理は村長がしており、建築は首都の職人に任せていると話してくれた。
「プレイヤーハウス。いつか欲しいなー。生産するなら、工房とか畑とかも欲しいし。幾らになるんだろう」
値段を聞き聳えたけど、こんな序盤で買える訳ないよね。
そんなことを考えながら、まずはファルの家に着いた。今度は迷わなかった。たぶん。
「こんにちはー。ファルさんいますか?」
そして、出てきた人は別人。どうやら隣の家みたいだった。なんか慰められた。
「ごめんなさい。失礼します」
「いいのよ。良かったら、いつか遊びにいらっしゃい」
狸のお婆ちゃんがそう言って送り出してくれた。うん、しばらく通う事になったら、遊びに来よう。
「こんにちはー。ファルさんのお家ですか?」
今度は間違えないように家を確認して挨拶をする。
「ああ、私がファルだ。嬢ちゃんどうしたかな」
現れたのは鼠の男性。モルモットかな?自虐キャラ?
「えと、《製薬》を教えて欲しいです」
「嬢ちゃんがか?まあ、教えるのはいいけど、嬢ちゃんに解るか?」
「頑張るよ」
子供が覚えられるのかってことかな。
「そうか。なら、こっちに来てくれるか?」
白衣を翻してファルは奥へ入っていく。
「おじゃましまーす」
玄関からは獣人特有の土間などの生活空間が続いている。高床式の家は土間なんてないけど、大体の配置は同じ。高床式の家のほうが、小さいけどね。
「これを着て」
そう言って手渡されたのは【白衣】。だけど、装備にもファッションにもデータに変換された【白衣】は見当たらない。いや、ファッションなら今のワンピースを脱ぐ必要が出るし。裸白衣なんてマニアック過ぎるからないはず。探すと貴重品に【白衣(特殊貸与)】という表記があり、それを使用する。ワンピースの上に丈の長い【白衣】が表れる。袖とかブカブカなんだけど。
「嬢ちゃんには大きかったな。ちょい袖を折り畳むからじっとして」
ファルが間近にくる。薬品の臭いが強くなるけど、不快な臭いじゃない。クンクンと嗅いでいると《嗅覚強化》を取得した旨のメッセージが流れ、恥ずかしくなる。
「よし、これでいいだろ。ん?どうした」
「ひゃいっ!にゃ、なんでもないですっ!」
「そうか?んじゃ、裾も縛ってから教えるな」
「あいっ!」
うー、顔が熱い。
あわあわしながらも、ファルに《製薬》を順調に教えて貰い、終わる頃には熱さも引いていた。ただ、《嗅覚強化》により薬品の臭いとファルの匂いが終始鼻腔を刺激した。意識すればするだけ《嗅覚強化》は解除出来ないばかりかより精度が上がり、最終的にファルの匂いを覚えてしまった。
「《臭気探知》と《嗅覚追跡》って」
連動して覚えた技能は、記憶した匂いを探る内容。過去に一定量嗅いだ人物もリストに乗っており、オリヒメとキンリーの名前まであった。
「LiLiちゃん。大丈夫か?」
「はいっ、大丈夫!覚えました!」
「ああ。また分からなかったら聞きにくるといい。道具や素材は余っているものならタダではないが、売って上げることも出来る」
「うん、ありがとう。次は《農業》を習いに行くから、今度買いにくるね」
どこで何が必要か分からないので、今は購入を控える。
「そうか。なら、《農業》を習ったらまた来たらいい。私も習った身だが、《薬草栽培》なら教えて上げる事ができるから」
なんと、基礎講習だけだと修得しない技能があるみたいだと初めて知った。講習が終了すると、【白衣】が消えたのには驚いた。本当に一時貸し出しみたい。
「うん。ありがとう先生」
見た目教授だけど、「先生」と言う方が言いやすくそう始めに呼んだら苦笑しながらも否定されなかったので、途中からそう呼ぶようになった。キンリーは「おふくろ」とか「おばちゃん」て呼んだら容赦なくお尻を百回も叩かれたから愛称で呼んでない。あの時も、粗相しちゃったのは二人の秘密。どういう基準なんだろ。
「また後で来るね」
時間にして一時間くらい経過した。講習は簡略化されているので、実際に生産するにはもっと時間が掛かるかも。時間は夜の九時。現実世界とリンクしている今、この時間に訪ねるのは失礼だよね。村長さん家族やファルにも迷惑な時間だったかもしれない。大型アプデが来たら、時間経過が二倍に引き延ばされるみたいだけど。
「どうしようかな。少し畑見て回っても良いかな」
獣人領は自然が多いから、月と星明かりだけでも結構明るい。戦闘は厳しいけど、散歩くらいなら余裕の明るさ。サイトに載っていた《夜目》も修得するかもしれないしね。
「その前に日課からかな」
まだ修得していない技能の為に、素振りと反復横跳びを行う。早口言葉は歩きながらも出きるので、移動中に行っている。そのせいで、オリヒメに変な眼で見られていたけど、今は気楽なソロ。誰に気兼ねする必要もない。独り言も増えちゃったけどね。
日課に大体三十分を掛けてから、今日の予定に移る。
「薬草園。先生の薬草たちだね」
まずはファルの家の裏にある薬草園へとやって来る。《製薬》関連の鑑定が薬草の種類を教えてくれる。技能レベルが足らず半分以上は鑑定失敗に終わったけど、それでも知らない薬草が多い。
白い小さな花を咲かせているもの。淡く発光しているもの。燃えるように赤い葉っぱが目立つものなど、見ているだけで楽しい。それらの薬草を区切るように細く用水が巡っている。柵で囲われた場所の土は乾いていたり、腐葉土が多かったりと薬草の種類によって分けられている。石には苔が覆い尽くしているけど、これも薬の素材かな。【光苔】は見当たらないけど、あれは洞窟とかでしか育たない種類なのかもしれない。
こうして見ると、薬草園だけでもかなりの敷地になっている。しかも、細かい管理が必要。生産拠点付きプレイヤーハウスはかなりハードルが高いかもしれない。街中じゃ、こんな広い土地無理だよね。それこそハジリ村じゃないと扱っていないかもしれない。
「先の事より、今は畑見学だね」
薬草園から堀と塀を挟んだ向かい側には様々な野菜が植えられている。薬草じゃないから鑑定は出来ないようで正確に野菜かは不明だけど、明らかにキャベツやネギみたいなものが顔を覗かせている。菜の花が揺らめいており、その先には苺の棟。
「美味しそう」
食べたい。けど苺泥棒はダメだよね。
なんとか視界から遠ざけつつ、《嗅覚強化》を避ける為鼻をつまみ移動する。
《臭気探知》に薬草や食材などの項目が追加されているけど、まだ充分嗅ぎ取っていないからリストは空白。苺はそのうち嗅いで覚えよう。
「野菜と果物。ここも用水が引かれてる。あ、井戸まである」
そう言えば【水筒】への補充も近いうちにしないといけない。三日って短いね。新たに追加すると、内容が上書きされるみたいだし、明日汲もう。全部の井戸が回復能力あるわけじゃないみたいだし。
「井戸も欲しいなー。回復能力あったらもっといいな。あと、応用で温泉掘れないかな。どこかの生産で覚えられるかな」
夢のマイホームがどんどん肥大化していく。節操なくても、夢見るくらいはいいよね。
「あ、こっちは動物いるのかな」
苺から離れたので手を放し歩いていると、動物っぽい臭いと鳴き声が聞こえてくる。
歩いていくと、背の高い柵が二重になっており中には入れない。放牧地なのかかなり先まで柵が続いている。
「ここかな」
柵に沿って《聴覚強化》と《嗅覚強化》を意識して向かって行くと建物が見えた。けど、壁に囲われて中が見えない。鳴き声は牛みたいだけど。
建物を回って見ても、中が見えない。柵の入り口も閉められ錠が掛かっている。
「気になるけど、明日見に来よう」
明日から一日学校だけど、夕方には帰れるよね。でも、部活見学したら時間使っちゃうし。よし、明日はすぐ帰って来よう。
「他に何かあるかな」
柵に沿って移動すると、奥に木が幾つも見えてくる。村から出て林にでも出たかなと思ったけど、どうやら規則的に立っているようで人工林かなと興味が湧いた。
「あ、甘い」
匂い。いや、香りが甘い。なんだろう。
歩く速度を早めて辿り着くと、より甘い香りが鼻腔を擽る。
「果樹園だ」
木に実っているのは桃だろうか。なんだか黒っぽく見えるけど、夜だしそう見えるのかな。よく嗅ぐと桃みたいな感じだし。
桃って春に実ったかなと思いながら、果樹園の中に足を踏み入れる。見渡す限りの桃。どうやら、桃のみの果樹園みたいだ。
「うー、嗅覚オフ。嗅覚オフ」
再び鼻をつまみ歩いていると、足に何かが引っ掛かりそのまま足に絡み付く。
「うぎゃっ!」
身体が宙に浮く。逆バンジーみたいに身体が宙を上下に数回シャッフルされ、そのまま逆さで停止。地面から二メートル近く離れており、手が届かない。
「罠、だよね」
ワンピースが捲れて下着が丸見えなんて今はどうでもいい。どうでも良くないけど、今は夜だし見られないから恥ずかしいのは我慢できる。だけど、それと同時に発見されるまでこの状態だってことも、以前オリヒメに縛られた経験から推測できる。
「ど、どうしよう」
恥を覚悟でオリヒメに救援を求めようかと思って、フレンドリストを開くとこういう時に限ってログインしていない。他のフレンドとは数回話しただけで、そこまで親しくもない。
「ど、どうしよう」
これ、野性の動物とか用の罠だよね。討伐されるのかな。
逆さまのまま、鍬とか斧で滅多切りにされる想像をして、あまりの怖さに頭を振って嫌な光景を追い出す。
「どうしよー」
この時、常に裸足だったことを思い出していたら片足が自由な事を利用して足のクローでロープを切れたかもしれなかった。ただ、まだ村の中なので結局武器として意味は果たせなかったかもしれなかったが。
三十分宙吊りのまま、仕方がなくそのままログアウトした。