メインクエストと入学
【前回までのあらすじ】
治療のお礼として両手剣使いのオリヒメとパーティーを組んだLiLi。
二人で挑む事になったクエストは誰もクリアしたことの無いものだった。ろくな情報もない中で二人が力を合わせて一つずつ着実に課題をクリアしていく。そんな中で、LiLiはオリヒメの性癖に困惑しながらも確実に力を着けていく。
困難なボスに苦戦されながらも、それを撃破。とうとう未踏のクエストを達成することに成功する。
だけど、それはお礼が終わることを意味していた。LiLiは悩んだ末に、ソロ活動をすることを選びオリヒメと別れることを決意し、リアル共々新たな生活へとその足を進める。
オリヒメとのパーティーを解消した翌日。とうとう高校入学が明日に迫っていた。こうして思うとかなりギリギリにクエストを終わらせたことに気づかされる。まったりと狩りや検証をして過ごしたいと思っていたのに、そんな余裕も無さそうだ。常に時間に追われた数日の反動とでもいうように、大きな目的もなくダラダラと時間を消費していたいけど、明日から高校生活が始まるのでそろそろメインクエストも進めないとパーティーを組む必要が出た時に取り残され、組めないという自体になるかもしれない。それ以前に一日にどれだけログイン出来るかも不明。
「ぷはっ、でもなー」
冷たい井戸水を飲みながらフィールドを眺める。
エンテから別れて真っ先に行ったことは、念願の【水筒】を買う事だった。実際に店員に聞いた限りだと獣人領で初めての購入者との事で、不遇アイテムの一つらしい。
だけど僕には関係ない。元から不遇種族で不遇武器使いなのだから。
この【水筒】は子供向けなデザインをしている。ショルダー付きなので首に掛けながら移動も出来る優れもの。戦闘には邪魔だけどね。
黄色の背景に白い花柄がなんとも可愛いけど、その内容は侮れない。
【水筒】は鞄などと同じ貴重品に属しており、インベントリを圧迫しない。しかも、72時間中に入れた物が無くならない。つまり、どれだけでも飲んでも気にしなくて済む。貴重品扱いだからか耐久度もなく、空になればまた補充さえ行えば再び72時間飲み放題。そのせいで、お腹がチャプチャプする気がする。
「生産も覚えたいし、お金も稼ぎたいし。新しい技能欲しいし……。いやいや、その前にリアルだよね」
優柔不断?無節操?やりたい事が多いんだから仕方がないんだよ。ここまでこの世界が好きになるとも思わなかった。
「でも、メインも進めたいし。高校始まるし、そのあと大型アプデあるみたいだしなー」
入学初日は午前中だけなので、お昼からはログイン出来る。でも、それで良いのかとも思う。
「とりあえずメイン受けるだけ受けよう」
フィールドでのお散歩もそこそこに首都『アルナード』へ向かう。
「えっと族長のお家ってどこだっけ」
首都探索なんてろくに行っていないので、何処に何があるのか分からず街をさ迷う。別に迷子じゃないよ?探検だよ?
「どうしたの?」
三毛猫のおばちゃんが声を掛けてきた。なんだか心配そうに僕と視線を合わせて頭を撫でられた。
「えっと、族長のお家何処ですか?」
「お使いかい?小さいのに偉いね」
迷子には見られなかったけど、子供のお使いには見えるらしい。だけど、これにはもう慣れました。なんか、悲しいよ。
「分かりやすいけど、着いて来て。教えて上げるね」
おばちゃんが僕の手を引いて歩き出したので、僕も慌てて引かれるままに着いていくこと一分くらい。
「ほら、ここだよ。族長さんは忙しいから、中の人にまず声を掛けるんだよ」
「うん、ありがとう」
もう一度頭を撫でられ、おばちゃんと別れる。やっぱり、頭を撫でられることが多い。
「とりあえず、入ろう」
明日に入学式を控えている身からして、今日はあまり長居せずに準備をする必要があるので、速やかに行動に移す。最近は毎日フルで来ていたので両親から小言を言われることもあったし、前日くらいはね。入学準備は終えているので確認くらいだけど。
「いらっしゃい」
「あ、こんにちは。えと、族長いますか?」
黒猫?黒豹?のけっこう格好いいおじさんが出迎えてくれた。うん、獣人でもイケメンの部類だと思う。細身なのにしっかりした肉付きなのは服越しにも分かる。でも、むさい感じはなく毛艶も美しくて若い時はかなりモテたんじゃないかなと思う。今も、渋い声と見た目でモテそう。
「ああ、いるよ」
やっぱり頭を撫でられた。はう。なんか顔が熱い。
「ふふ。そう固くならなくても取って食べたりはしないから。今話を通してくるから、そこで待っていてくれるか」
「…………うん」
促されるままに中に通され、近くの椅子に腰かける。まだ、熱い。どうしたのかな。
待つこと五分くらいだろうか。先程のイケメンおじさんが顔を見せた。待っている間に、若い女性が水を持ってきてくれたけど、きっとおじさんの娘さんだよ。黒豹?だし、遺伝なのか綺麗なお姉さんだった。
「待たせたね。奥で待っているから、入ってきてくれるかい?」
「はい」
木製のコップを机に置いて、奥の部屋に入る。
族長の部屋なのか、謁見する場所なのか不明だけども、なんとも質素な部屋だ。
床に大型獣の毛皮が敷いてある以外には、簡素なテーブルと椅子。棚には紙の束がかなり乱雑に陳列されている。
「よく来た。小さい仔」
「こんにちは」
眼鏡を掛けたライオン?獅子?どっちも同じ意味だったかな。
「何の用か」
「え、と。何か困っていることないですか?」
言ってから、あー!て思い直すけど言葉は取り消せない。
族長に向かっていきなり困っていること聞くことは失礼だよね。いくらテンプレな起句だけど、族長なんだしこんな子供に相談しないよね。
「ふむ。お手伝いではなく、ヤオロズ見習いか?こんな小さいのに関心だな」
どうやら通ったみたい。ヤオロズとは冒険者みたいな感じかな。違うのは獣人たち住民も行っていることかな。
「それで俺から依頼を聞きたいと」
「え、はい」
族長なんだから、相談や依頼なんて信頼している兵士さんやさっきのイケメンおじさんなりにするよね。こんないきなり知らない人に任せることなんてないよね。サイトでは成立しているけど、なんか不安になってくる。
「簡単な依頼を頼もうか。セシル」
「はい」
セシルさんと言う方を呼ぶと、イケメンおじさんがやって来た。名前も素敵。
「あの手紙を持ってきてくれ」
「すぐにお持ちいたします」
セシルが退出すると、族長が僕を見て口を開く。
「これから手紙を幾つか渡す。それをそれぞれの街の統治者に渡してくれ。くれぐれも中を見るなよ?」
「はい!」
「お待たせしました」
「ああ。渡してやってくれ」
セシルから手紙を四つ貰う。族長同様に中を見ないように念を押された。見たらクエスト失敗だけで済むのかな。
四つの手紙は貴重品として消えるとクエスト受諾のメッセージが流れた。
「くれぐれも丁重に扱うように」
「はいっ」
「俺からの依頼はそれくらいだ。他になにかあるか?」
「大丈夫です」
族長の見た目と話し方で緊張してしまったが、これにてセシルと共に退出を許された。
「お疲れさまです。そんなに緊張しなくても、族長は子供好きなので危害は加えませんよ。溺愛することはありますが…………」
「え?」
「いえ。こんな小さな女の子がヤオロズとして活動していて驚きました。……少し、孤児や街の様子でも見てきますか」
最後の方は《聴覚強化》があるのに聞こえなかった。パッシブじゃないから、意識を向けないと聴こえないから仕方がないけど。
「それでは頑張ってください。これからの活躍を期待してますよ」
「うん。任せて!」
セシルにお礼を伝えてから族長の家を出る。迷った末にそのままログアウトを行う。お散歩がてら狩りと採取もしていたので、かれこれ二時間以上入っていたこともあり、キリの良い所でリアルへと戻る。
お昼からは明日の確認をして、友達と電話して時間を過ごした。小学校はもう始まっているので、カードで遊べなかったのは残念。まあ、春休み中に三回も会っていたから良しとしよう。
こうして、短く楽しい休み期間が終わった。
***
四月九日月曜日
晴れて僕は高校生となる日がやって来た。特に感慨もなくの入学。だって、家から近いって理由だけで選んだ学校。
僕が通う事にした学校は、片道五キロも離れていない私立聖華高等学校。その普通科を選んだ。
両親が今後の成長期を期待して、制服のブレザーはややブカブカ。指先が見える程度って、男の僕を見たら誰得なんだろう。ズボンは裾あげで引きずることはないけど、ブレザーはボタンがあるから詰めることも出来ない。
学校に着くと、ブレザーよりも女子のセーラー服の割合の方がやや多い。事前に知らされていた教室を案内に従って移動しても、これから過ごす教室に辿り着いても男女比が2:3の割合。昔は女子高だったみたいだけど、その名残はないはず。でも、女子が多いのは福祉科と情報科がある為か。やはり過去の歴史故か。そこまでは分からない。
式が始まるまでに生徒が揃うけど、見たような気がする生徒はいても知っている生徒がいない疎外感。自分の名前が貼ってある机は五十音順なのか、廊下側最後尾。うん、居眠りするのに人気の席だね。しないけど。 前と横の生徒も当然知らない女子。
「皆来ているか?」
知らない生徒ばかりで話し相手がいない状態で席にて呆と過ごしていると、男性教師が入ってきて一同を見渡す。
「始めまして。工藤 恭吾と言う。一年間担任となったのでよろしく」
丁寧なのか大雑把なのか判断に困る簡潔な自己紹介で僕らの担任が挨拶をして、このあとの流れを説明される。
三十半の担任の説明は簡潔。二十分後に廊下に整列して体育館へ移動した後に入学式が始まる。終了後に再び教室へ帰って、そのあと学校施設内の案内。終了後は教室にてホームルームをして解散。うん、覚えやすいね。
「それまで静かに交流でもしておけ。一人ずつ自己紹介なんて面倒だろうし、高校生になったんだから自分で判断も出来るだろ」
なんて投げやりな言葉と同時に担任は教卓の椅子に座り何かを読み始めた。面倒なのは担任も同じなんじゃないかな。取り繕った自己紹介なんて意味がないのもあるし。
見ると、今まで知り合いがいる生徒はそのグレープで話していたが、今は席の周りの人たちと話している。でも、やっぱりなのか男女で別れている。
「あの……」
「え、僕?」
「はい」
それなのに僕は隣の女子から話し掛けられた。
「えっと、みんな自己紹介してるみたいだから。私、木実彩音って言います。突然ごめんね。周り知らない人ばっかだし」
「あ、ううん。大丈夫だよ、僕も知り合いいないし。僕は小沢優理。よろしくね」
木実は黒髪のストレート。背中まである髪をそのまま下ろしている。美人かと言えば失礼だけど、普通。いや、美人の基準から言えば整った顔立ちから美人なのかもしれないけど、クラスにはもっと美人や可愛いに分類されそうな女子がいる。パッとしない顔立ちが普通と言えばいいのか。こういう表現や区別は苦手だ。
「ね、私も混ぜて貰っていい?」
木実と出身中学などを話していると、前の席の女子もこちらを振り返って混ざってくる。うん、こっちの女子のほうが美人よりだと思う。
「私も知り合いいなくてね。あ、宇佐美瑞樹。中学じゃ、ウサミミって呼ばれてた。ちなみに、兎耳好きって訳じゃないからね。小動物好きなだけ」
この女子の親はなんでそんな名前を娘に与えたんだろう。その名前をネタにしているくらいにこの女子は気にしてないみたいだけど。過去や本心は分からないけど、見た限りはそんな雰囲気はない。むしろ、名前が好きで自慢しているような感じ。
僕よりちょい長いくらいのセミロングでやや癖なのか跳ねているのが、より元気で明るい印象を与える。木実は色白でお嬢様っぽい感じ。髪は染めたら違反だけど、髪型は個性として禁止されていないので僕の長さも問題ない。
「はー、話しやすくて良かった」
そう言って宇佐美が笑う。友達は県立に行って寂しかったらしい。そして、やや人見知りでかなり緊張しながら僕らに話し掛けたと笑いながら説明してくれた。
その中で、名字だと他人行儀だからと木実が『あーや』、僕は元からの『ユーリ』、宇佐美は自己紹介通り『ウサミミ』と呼ぶようになった。一度打ち解けると、かなり人懐っこくて、さらに仕切るタイプなウサミミと、相手を気遣うあーや。この短時間で友人認定されてしまった、流されやすい僕。いや、友人が出来るのは嬉しいけどね。
「あー、そろそろ時間だ。続きは放課後にでもして廊下に出席順に並べ」
担任が見ていた物を持って廊下に出て、それに従い僕らも二列で並び移動する。
そのあとは特に挙げるようなものもなく、滞りなく入学式が終了。
校内説明のプリントを貰って、校内案内。中学よりも実習室が多いし、慣れない内は迷わない様に気を付けないといけない。購買や食堂は案内に入っていなかったので、プリントで場所を覚える必要がありそう。所々に可愛い絵画や彫刻が飾られているのが、女子に人気がある理由なのかなと見学していて思った。表札も可愛いデザインだったしね。制服もセーラーだけど可愛く、白を基調にした校舎も人気に拍車を駆けている理由だとようやく理解する。普通はそこまで気にして調べないよね?近いって理由で選んだ僕だけかな。
あとは、トイレは女子トイレのほうが多い。うん、比率からして多いのは仕方がないね。
「広い……」
「ユーリは覚えるの苦手?」
二列での移動なので、隣にはウサミミがいる。出席番号五番と六番。こうしてみると、あ行が多いね。
「ちょっと」
「なら、迷子にならないように移動教室は私らと行こう」
「うん、ありがとう」
あれ、今の僕はリア充ですか?今までは樹と満光の二人とばっか組んでたし。いや、クラスが別々になった時は女子ともこうして移動していたから、やっぱり普通かな。
「初日に友だちが出来てよかったよ」
「僕もだよ。友だちとは別々になったから」
こうして、友人と別々になると改めて高校生になったことや、友人の大切さみたいなものを実感する。あーやも同じく友人と離れ離れになったみたいだし、僕らは初日に仲良くなれて運が良かったのかも知れない。ちなみに、あーやの前席の男子は友人と入学したらしいことを、ちらっと本人に聞いた。
ウサミミと会話を挟みながら、徐々に全体の会話する音量が大きくなる度に担任に叱られながらも教室に戻ってくる。
「明日は、クラス委員やらを決めるからな。その後は早速授業が始まるから準備しておくように。タブレットも忘れるなよ」
タブレットとは、そのままタブレット端末のこと。各種テキストとは別にタブレットにもテキストがダウンロードされている。学校毎にテキストは違うので、テキストにはダウンロードソフトも付属しておりそれを各自ダウンロードする仕様になっている。テキストはテキストで活用できる。ノートもタブレットで代用。レポート系の宿題も回線を通して提出出来るし、電子黒板を通してそのまま資料を表示して発表することも可能。学校関連のお知らせもタブレットに届くし、クラスの緊急連絡用に専用アドレスを担任が管理している。
「タブレットを使うのに、今から生徒証を渡す。これを挿入しないと認証されないしな。他にもえーと、映画館やバスとかの年齢確認にも使えるから無くすなよ。再発行出来るが、時間も掛かるし何より高いぞ。その間はタブレットは使えない。テキストとノートや筆記用具を持ってくるなんて面倒だろ。だから、無くすなよ」
これはフラグですか?
そんなことしないけどね。中学までは義務教育として手書きをしていたので、たぶんほとんどの生徒はノートくらい持って来てるはず。筆記用具は、すでに皆持って来ている。
「それじゃあ、今日はこれで終わり。日直は……明日からだな。よし、解散」
担任が出て行かないので、皆止まっていると「帰っていいぞ」と言われ、みんな散り散りに席を立つ。何人かは教室に残っていたけど、僕ら三人は教室から出る事にした。
「どうする?遊びにいく?」
「えと、私は良いけど。この辺りのこと知らないよ」
「そこは地元のユーリに任せよう」
「僕はまだ何も言ってないけどね」
そう言いながら三組の教室から、二組の教室の前の廊下を歩いていると声が掛かった。
「……ユリちゃん?」