『アナスル』の廃坑
ロックタートルを討伐し、そのままオリヒメと共に炭鉱街『アナスル』へと踏み入れた。
「結構人多いね」
「プレイヤーの拠点の一つだし、ダンジョンがあるからね」
行き交う人々は首都に続く多さではないだろうか。
規模としては三番目の大きさだが、プレイヤー人口は二番目に多いと思う。オリヒメに聞けば、メインの最前線であり、フィールドボスの周回狙いも重なった結果ではないかと推測を交えて説明をしてくれる。
「獣人たちはみんな身体大きいね」
坑夫なのだろう獣人たちは、いままで出合ったNPCよりも筋肉が付いており、いかにも強そうだ。中には小動物の獣人もいるが、筋肉があることで酷く違和感がある。マッチョなウサギやリスなんて可愛くない。
「とりあえず、転移登録しよう」
「うん。どこにあるのかな?」
『アネサス』から『アナスル』まで素早さに補正がある獣人が走っても一時間も要してしまった。
今後のことを考えると、真っ先に転移装置の登録をすることが優先される。
二人で街を見て回るも見当たらず、通りすがりのプレイヤーに聞くと、どうやらダンジョンの手前にあるらしい。
お礼を述べて、ダンジョンへ向かう。
「そのダンジョンが、エンテさんの言っていたダンジョンかな?」
「んー、違うんじゃない?今行く所はメインで行くダンジョンみたいだしね」
近場に複数のダンジョンがあるのだろうか。
そんなことを考えながら、街の外れから続く道を五分も歩けば、ストーンサークルが見えてくる。
「あれだよね?」
「でしょうね。プレイヤーも多いし」
ダンジョンに挑まずに、その場で雑談や臨時パーティーの募集をしている人達。
今募集しているのはレベル15から20までのパーティーか。僕よりも低い。ファイアリザードもそのレベルなら、パーティーを組めば倒せるだろう。
「それにしても、女性が多いね」
「獣人は女性に人気だしね。まったり楽しむなら、好きな種族を選ぶでしょ。リリもでしょ?」
「うん。まあ、そうかな?」
獣人と言うよりも、素早さ補正の種族がそれだったので選んだだけ。でも、モフモフは正義だと思うよ。僕も動物好きだしね。
「んー、めぼしい女の子いないなー」
「…………はぁ」
この性癖がなかったら、オリヒメはかなり有能なプレイヤーなのに。今も幼女探しをしているのだろう。
基本的には僕と組んでいるので、別行動はあまり出来ていない。オリヒメに嬉しい出逢いは僕以外に今の所いないらしい。なんか、複雑だよ。
「とりあえず登録だよ、登録」
「そうね」
明らかな意気消沈。純粋に楽しもうよ。
「ほら、いくよ」
「はいはい」
オリヒメの手を引いて転移装置となるストーンサークルまで連れていく。何気に、主導権を取ったのは始めてではないだろうか?
周りのプレイヤーは邪魔にならない場所にいるので、すんなりと転移装置まで辿り着く。
何人かが僕らを見るが、興味がないのかそれぞれの相手に向き直る。
内心ホッとしている自分がいた。ヴィーナスのせいで、また噂が広まると思っていたが、どうやら杞憂に終わってくれて安心する。
それを感じ取ったのか、オリヒメが優しく頭を撫でてくれる。
「んっふぅ」
基本は面倒見の良いお姉さん。僕には兄弟姉妹がいないので、なんだか新鮮。オリヒメの撫でテクニックはかなりのものだが、キンリーには負ける。あのレベルにまでなっても困るけどね。
「さて、登録完了。リリ、いつまで惚けてるの」
「あっ、もう、撫でないで。すぐ、登録するから」
気持ちよさに酔って、登録の手が止まっていた。素早く手を翳して、登録を済ませる。
「じゃ、戻って狙いのダンジョンの情報集めようか」
「うん」
***
「ああ?廃坑だ?危険だから封鎖されてるぞ」
「あそこには魔物が住み着ちまったから入れないぞ」
坑夫に話を聞いていくうちに、エンテの言っていたと思われる炭坑は既に廃坑となり封鎖されているとの情報が集まる。
まだ取り尽くす前に魔物が住み着いてしまった為にやむ無く封鎖したとのことだ。メインのダンジョンも魔物がいるそうだが、そちらは弱いので討伐依頼を募っているそうだ。
「昆虫系はメインダンジョンにもいるみたいだけど、ゴーレムがいるんだね。物理にはキツい相手だね」
話の中で魔物の情報も教えて貰えた。
廃坑にした理由は、攻守共に高いゴーレムが出現した為。ロックタートルで攻守共に高いモブは相手にしたが、複数のモブに囲まれた戦闘ではなかったので比較的対処は可能だった。しかし、ゴーレムは時として複数の群れで現れるらしい。
「とりあえず炭鉱長に話を聞きに行きましょうか」
「うん。なんとか入れてもらわなくちゃね」
封鎖ダンジョンには鍵が掛かっており、その鍵は炭坑長が管理していると聞いたので、居場所を教えてもらい移動する。
「なんだ、小娘たちが」
黒い剛毛に覆われた山男?たぶん、ゴリラだろう人物が仲間と共に鉱石の仕分けをしていた。
「えと、廃坑について聞きたいんだけど……」
自分の倍以上の体格をもった男性に気負わされ、最後は小声になってしまった。
「廃坑に入れない?依頼で行かなくちゃならなくなったんだけど」
「依頼?ゴーレム討伐の依頼は出してないはずだが?」
ゴーレムが出た当初は討伐をしていたらしいが、周りの岩などからすぐに生まれる為、現在は封鎖にするしかなくなったと聞いていた。外には出ないようなので、封鎖だけで済んでいるらしい。
さらに出現原因も、炭坑なら稀にあるとのこと。地層に眠っていた魔石が大気に触れて活性化する結果。魔石は大地の力を永い年月を経て蓄えた物と、ファンタジーにありそうな内容。魔力溜まりとか、そう言うものだろうか。
「ある人からの依頼よ。そこに紅水晶があるって聞いて」
「…………ああ、ある。希少だが、ある。しかし、それを知っている人物はもう少ないはずだが」
「えと、お願いします。入らせてください」
ゴーレムの強さは分からない。ダンジョンのモブも人間領と異なっている可能性がある。
だけど、エンテの願いを叶えたいと思っているのだ。頭を下げてお願いする。
「そこの女の子。頭を上げな。本当は入れる訳にはいかないが、どうやら炭鉱を古くから知っている人物からの依頼らしいな。なら、危険も承知で、なおさら大丈夫と思ったお前らさんが来たんだろう。特別に許可しよう」
なんともあっさりと許可が出た。でも、エンテは廃坑になっていることも、ゴーレムがいることも知らないのです。
「廃坑になって、久しいから中はどうなっているか分からんぞ。俺も一度しか入ってないが、崩れている所もあるから気を付けろよ」
「ええ。もし、鉱石とかあったら所有権は?」
エンテの依頼品は鉱石らしい水晶も入っている。例え見つけても、この街への返却義務があると入手は難しくなる。渡した後に購入もできるだろうけど、お金はあまりかけたくはない。
「廃坑だからな。もう採集権利は持っとらん。危険だから、封鎖管理をしているだけだしな。中の物は持っていっていい。売ってくれるなら助かるがな」
どうやら、中のものは好きに持っていっていいらしい。それを聞いて二人で笑みを浮かべる。
「ああ、依頼されてるなら《採掘》の技術は持ってるんだろ?ピッケルやツルハシは持って来ているんだろうな」
「え?」
「《採集》とは違うの?」
ここに来てスキルが必要なことを知って、お互いに固まる。《採集》は採集エリアから薬草など摘んだり、石を拾ったりしていることになっている。ランダムなので、そう言う設定だけなんだけど。
そして、これはスキルには表示されていない。標準装備だったためだろうが、便宜的にスキルとしてプレイヤーが区分したに過ぎなかった。
「なんだ、修得しとらんのか?それなのに依頼をだすのか」
ゴリラ……ラーゴさんという。ラーゴさんは溜め息を吐いている。僕たちも溜め息を吐いている。
「これも何かの縁か。古い良縁は切るなと言われてるし、俺が教えてやろう」
ラーゴさんたちがいる場所の近くに立て掛けてあるツルハシや、置かれているピッケルを持って僕達に渡してくる。
オリヒメにはツルハシを、僕にはピッケルを。オリヒメが、何か言いたそうな顔をしている。うん、明らかに力仕事の比率がオリヒメに傾いているように感じるよ。
「基本は《採集》と変わりがない。鉱石などがあれば、淡く発光しているからそこを掘れ。ただし、力加減を間違えると鉱石が砕けて使い物にならなくなる。掘るにはツルハシかピッケルが必要だな。どちらも耐久値があるから状態確認は怠るなよ。補修もやってないから壊れたら買うしかないな」
力加減とか難しい。変わりがないと言いながら、かなり難しいのではないのだろうか。
そして、それぞれの道具の特徴も教えてもらう。
「ツルハシは一気に掘れるが力加減が難しくて、細かく掘ることも出来ん。ピッケルは一撃が弱いが丁寧に掘れるから品質が高い状態で採掘できる。ただ、時間は掛かるがな。基本はツルハシで周りを掘ってから、ピッケルに替えて掘り出す。お前らなら、今渡したので良いだろう」
「つまり、私は力任せで大雑把っていいたいの?」
「見る感じそうだろ」
言い返すことが出来ず、オリヒメがぐぬっている。どうやら図星のようだ。
『生産技能《採掘》を修得しました』
このタイミングで修得のお知らせがきた。
「では、案内してやるから着いてこい」
ラーゴさんが周囲の獣人たちに指示を出してから、移動したので慌てて着いていく。
炭鉱街からは岩場に向けて複数の道が枝分かれしており、メインダンジョンへ通じる道とは逆方向へ歩き、今通っている道は人の往来がほとんどないのか、山野草が生えている。薬草とかはないので、ただの野草なのだろう。空には飛行モブが翔んでいるが、今は襲ってこない。イベント中だから?
徒歩で十五分も歩いた先に、まだ設置して時間が経っていない柵と、朽ちて木片が山野草から見える元柵と思われる物が落ちている。柵には立ち入り禁止の文字。
その柵を避けて三人がさらに奥へ進む。かなり街から離れている。
「ここが紅水晶が採れていた場所だ。いま開ける」
廃坑の入り口は大きな木と鉄板で作られた扉で封鎖されている。その手前に太い鎖とゴツイ南京錠が二つ。
ラーゴが解錠している間に、二人で廃坑入り口にあるセーフエリアを登録しておく。次にログインした時には、ここからスタートとなる。
「開いたぞ。くれぐれも気を付けろよ。出たらすぐに俺に知らせろ。それと、これはお願いだが、魔石を見つけたら知らせて欲しい」
ラーゴはそう言うなり街に帰っていく。
「えと、鍵どうするんだろ」
「探索終わるまで出入り自由なんじゃない?」
「それだと、他のプレイヤーこないかな」
プレイヤーは未開の場所が有れば行こうとするもの。きっとすでに、ここを含めた枝分かれの道全てを調べたはずだ。この後もプレイヤーが散策に来ないとも限らない。
「大丈夫でしょ。このイベント進めてないとシステムロック掛かって入れないはずだからね」
「んー、そういうのが、まだ慣れないよ」
お店やメニューリストのパントマイムしかり、目前のプレイヤーが行ったエリアに行けないとかの矛盾にはまだ違和感がある。
今回の場合は、封鎖されている場所なのに僕らは入れる。他にプレイヤーがいたなら、洞窟に消えた様に見えるのだろうか。
「とりあえず気合い入れて行ってみよう」
「うん。エンテさんも待ってるしね」
最後のお使い。そのダンジョンに挑む。