彫金師の弟子
フィールドボス初討伐の翌日。
昨日決めていた待ち合わせ時間より五分遅れてオリヒメがインして、それから四時間近くフィールドボスであるファイアリザードの連戦を行った結果、指定数の【火袋】が集まった。
オリヒメの予想通り、あれからは僕ばかりレアドロップが出たけど、最後にはオリヒメが再びドロップしたことで終了。今日は周回プレイヤーがいなかったのも時間短縮になった。
「ふうー、疲れたよ」
「ほとんどぶっ続けだったしね。たまに街に行くプレイヤーがいた位だし、やっぱり獣人は少ないみたいね。渋滞しないから楽だけど」
周回プレイヤーがいなくても、始めて街に入ろうとするプレイヤーは当然のように存在した。
だが、ソロか多くても三人組だったので臨時パーティーを組んで休みなく戦闘を続け、予定よりも早く素材集めが終わったので結果良しとしよう。
「どうする?エンテの所に行くかな?」
「んー、確かにクエストは余裕持って進めたいけど。リリは彫金師に会いたいんでしょ?」
「うん、良かったら」
『アネサス』にいると思われる彫金師の居場所はまだ知らないので捜す所から始めないといけない。
そこからの進展が分からないので、二時間で足りるかどうか。そんな僕の思考を読んだのか、オリヒメが笑いながら頭を撫でてくる。
もう何度も撫でられ、僕自身も気持ちよさに弛緩してしまうくらい。ただ、耳の後ろは控えて欲しい。ヤバすぎる。
「私も習おうかな。自前で耐久度調べられるのは有用だし。女の子にプレゼント渡せるし。…………リリ、ヨダレ垂れてるよ」
「ふぁっ、んんっ、らって…」
最近はオリヒメのせいで意識が保たないことも増えてきている。どれだけ、撫でるテクニックが上がっているのだろう。これで尻尾も触られたらと思うと怖すぎる。
「もう、リリは可愛いんだから」
オリヒメの指でヨダレを拭われる。これも何度目だろうか。汚ないと言ったら激しく否定されるので、今は何も言わない。スクショも撮られ放題だろう。まあ、ネットに載せられないからいいや。気持ちいいし。
でもヨダレが流れるのはなんでだろう。涙はまだ分かるけど、以前に土が口に入った時には唾が吐けなかった。あと、汗も掻かないのでその境界が不明だ。
「なら、街に入ろう」
オリヒメが指を舐めているのを見ないようにして、『アネサス』へと歩いていく。
***
街に入り、手取り早くNPCの住人に聞いて捜すこと十分。
「ここがキンリーさんの工房かな」
聞いて訪れた場所はストーンサークルの近く。
裏路地から進んだ先に小さいながらも、白を基調とした綺麗な石積の家が建っていた。周りは木造なので目立っている。
「ここみたいだね。入ろっか」
「うん」
エンテから聞いていた偏屈婆の弟子がどういう人か気になり、緊張しながらノックする。
「……」
「……」
「…………返事ないね。留守かな?」
「さあ?あ、開いた」
「ちょっ、勝手に!」
オリヒメが扉を押すと鍵が掛かっていなかったのか、開いてしまった。
「中にいるんじゃない?」
「勝手に入ったら悪いよ!あー、もうっ。お邪魔しまーす」
ドカドカと入っていくオリヒメを追って中に入る。
獣人の家は玄関がなく、ここも漏れずに入り口左が竈や流し台があり、中央に机や椅子。右手には一段高くなっており、ゴザが敷いてある。中央から奥へと廊下があるが、ここからは先が見えない。
「なんか普通の家だね」
「ここのはずなんだけどなー」
お使いクエストで訪れた民家とそう変わりがない。工房と言うからもっと色々な物があり、大きな炉などが設置されていると思っていた。
この街の武器屋さんでは、店舗から工房が見えていたのでその影響なのだけど。
「こんにちはー」
挨拶するが静か。何処かに出掛けているのだろうか。無用心な。
「ん?今、物音した?」
「たぶん。奥からかな」
獣人補正か聴覚や嗅覚はいい。そのお陰で、この静かな空間から聞こえた物音を二人は聞き逃すこともなく、視線を奥へと続く廊下へと向ける。
「客かい?」
現れたのは犬の獣人。声や服装から女性だろう。
「リリの仲間?」
「違うと思うよ、たぶん」
同じ犬の獣人なのでそんなことを聞いてくる。僕もなんだか親近感が湧いてくる。
「えと、キンリーさんですか?」
「そうよ。何か注文かい?」
名前から男性だと思っていたが、姐さんみたいな感じだ。変な性格じゃないことを祈るばかり。
「彫金師で間違いない?」
「なんだい。知らずに来たのかい?それにしちゃ名前を知ってるし、なんなんだい」
オリヒメの質問の答えはなかったが、内容でこの人で間違えてはいないようだ。
「その、僕たちを弟子にしてくだひゃい!」
緊張のせいで口が回らなかった。オリヒメも習いたいと言っていたので、二人の弟子入り希望。
「奇特な奴もいるもんだね。なに、弟子入りは本当かい?」
今までの獣人よりも色んな反応がある。いや、初日より徐々に向上しているとも聞いていたので、別におかしくはないのか。いつか、プレイヤー並みに反応が来るのだろうか。姿が同じならきっと見分けが付かなくなって混乱が起きるだろう。運営はそれを見越していたのかと、全く違うことを考えているとオリヒメが代わりに返事を返してくれていた。
「そうかい」
キンリーが僕たちを上から下まで観察するように見てくる。弟子入りにフラグがいるのかと思い、エンテの言葉を思い出す。
「あ、あのっ。エンテが偏屈婆……」
ここまで言って偏屈婆の名前を聞いていなかったことを失念していた。
「誰だいそれ」
そしてエンテのことを知らなかった!フラグじゃなかったみたいだ。
「だけど、偏屈婆ね。師匠を馬鹿にするんかい」
キンリーの眼が鋭くなっている。敵対フラグ!?
「リリ」
街中での戦闘は不可能なはずだが、オリヒメが危機を察知して両手剣に触れる。
「たしかにキルミルは偏屈婆だけどね。娘として大変だったね」
キンリーの怒気が収まる。どうやら、本気で怒ってはいなかったようで、オリヒメも剣の柄から手を離す。
「昔馴染みからの紹介かい。着いてきな」
弟子入りフラグだったようだ。なんとも心臓に悪い。
「効率悪いね。エンテの紹介なくても弟子入りできたのかな」
オリヒメが言うように、エンテのクエストを受けていないと生産を覚えられないのは、効率云々を抜かしても難易度が高い。今回の紹介が今後の展開に関係があるのか、その検証のしようもない。
「ほら、早くしな」
キンリーの後に慌てて着いていくと、そこは工房だった。
木製の机にはペンチや木槌などの道具。リングやブレスレットの完成品や失敗作。鉱石や宝石などの素材。
その中で眼を引いたのは……。
「井戸!ね、ね。井戸だよ。井戸!これ、飲める!?」
尻尾全開。ワクワクとキンリーを見つめる。
ハジリ村に行った時に、不覚にも時間に追われてすっかり忘れていた。だけど、目の前に井戸があるのだ。嬉しくもなる。
「あ、ああ」
「リリって、やっぱり残念だね」
そんな言葉など耳に入ることもなく、カラカラと滑車を鳴らし桶に水を入れて汲む。
「うん!味がない!旨いよっ!」
回復効果があるのか不明だけど、飲めること自体が今は重要なのだ。とりあえずお腹一杯になるまで井戸水を堪能する。
「満足かい」
「はっ!えと、うん。ありがとう」
そして二人がいたことを思い出す。恥ずかしい。ついでに、何か湿っていた。
「チビが満足したことだし、とりあえず装飾品と魔導具のどっちを習いたいか聞こうか」
二人に生暖かい眼で見つめられながら、キンリーが話を進める。
「えーと、僕は両方かな。先に装飾品かな」
「私は装飾品だけ」
それぞれ覚えたい生産内容を伝える。魔導具は魔術師向けの装飾品という位置付けみたいなので、魔術も使うのでぜひ覚えておきたい。
「基本は同じだから、そう難しくないさね。ああ、二人の名前をまだ聞いてなかったね」
「オリヒメ」
「LiLiです」
エンテの時同様に自己紹介。これからもこういう自己紹介は幾度もしていくだろう。
「オリヒメとチビだね」
「え?」
そう言えば、先程もそう呼ばれていたような?
「二人とも、まずは説明するよ。そこの箱にでも座りな」
「うん」
「簡単に頼むわ」
僕の疑問が解決しない内に話を進められる。オリヒメも突っ込んでよ。
「生産にはそれぞれ決まった専門があることは知ってるね。例えば《彫金》を覚えれば装飾品を作れるし、未鑑定の装飾品や素材になる鉱石や宝石が鑑定できる。耐久度は専門知識がなくても、どの種類でも鑑定できるけどね」
耐久度については既に聞いており、生産分野も予想が着いていた。しかし、耐久度同様に未鑑定品を鑑定できると思っていただけに、予定が狂いそうだ。
元は耐久度を知るために修得しようとしていたが、いろいろ生産に対して考えている間にしっかりと技術を身に付けたいと思うようになった。
それとは別に、採集品は全て未鑑定。今まではお店でして貰っていたが、耐久度と違い有料であった。それを解消するためにも装飾品など一種類は覚えたかった。
採集で多いのは薬草系。つまり、ここの生産では鑑定が出来ないと言うことだ。宝箱や一部のモブからも未鑑定品が出るようし。
「全部の生産覚えようかな」
かなりの労力だが、覚えてしまえば後は鑑定にお金は掛からないのは魅力。だが、すごく非効率だろう。ただ鑑定の為に覚えるなら、生産プレイヤーと知り合えばいいのだし、有料と言っても一品が百リゼと安いのだから。
「チビ、ちゃんと聞いてるかい」
「いたっ!」
金づちの柄で叩かれた。なんて酷い。
「子どもだからって容赦ないよ。オリヒメも笑ってるんじゃない」
この人、怖い。いや、エンテも話を聞かないと怒ると言っていたので、普通なのか?僕も無視は良くないと思う。ただ、いきなり叩かなくても。
そして、僕が他の事を考えている内に大まかな説明が終わっていた。よく、思考に没頭する癖が難点です。無視じゃないよ?
「さて、あんたら時間は?」
問われて慌てて時間を確認。また叩かれるのは御免だ。
「あと一時間ちょっとなら」
「私も同じくらいね」
少し余裕を確保して伝える。早く終わるなら素振りでもしておきたい。
「簡単なリングなら作れる……始めてなら足りないかい」
独り言を呟きながら、机に道具を並べていく。
結構僕らのことを気にかけてくれているのだろうか。
「さて、鉄を整形して指輪を作ろうかいね」
キンリーがそう言い僕らに鉱石を手渡した。
「まずはそれを鑑定して、純度が高い物を選ぶんだよ。低いものは別に使うから、捨てるんじゃないよ」
ここでインフォメーションが流れた。
『生産技能《彫金・鑑定》を修得しました』
どうやら、製造過程で覚えていくみたいだ。
「《鑑定》」
隣ではオリヒメも同様にスキルを発動して、次々に鉱石を鑑定していく。
純度は高・中・低・無の四種類。無はただの石らしい。順に品質を見て、四種類に仕分ける。
オリヒメは見ては無造作に隣へ移動させており、純度が高いものだけ手元に置いている。性格が現れるね。
「ふう。これで終わりかな」
オリヒメに遅れること、最後の鉱石を鑑定し終える。慣れていないので神経を使う。
「高いものをこの容器に入れな。炉に入れて還元して製錬するよ」
意味が分からないまま、言われたように容器に高純度鉱石を入れて、炉に投入。再びのインフォメーションが流れた。
『生産技能《彫金・製錬》を修得しました』
「《製錬》」
リアルの専門知識がないので、スキル頼みに行程が進んでいく。
「《形成》」
ドロドロに融解した鉄を鋳型に入れてスキルを発動。今回は指輪型の鋳型に直接入れて《形成》だが、本来はインゴットにして保存し、使用する時に融解してから《形成》するようだ。指輪も棒状にしたものから制作するようなので、今回の鋳型は初心者向けなのだろう。残った銀の溶解液はキンリーが手早くインゴットにしてくれた。固まると再び炉に入れないといけないので、スピードが命だ。
「ほら、チビ。手が止まってるよ」
また柄で小突かれる。撫でられるのは慣れたが、これは慣れることはないだろう。
スキル発動なので手が止まっても問題ないのに、理不尽だ。オリヒメは要領よく過程を終えていくのは、実習などを体験しスイッチの切り替えが出来るからだろうか。
「出来たようだね」
鋳型から外された鉄は冷えて固まっており、キレイに円形の形になっている。ただ、流し込んだ部分が少し突起となっていた。
「最後に研磨と仕上げだよ」
『生産技能《彫金・研磨》《彫金・鏡面仕上げ》を修得しました』
再びの修得メッセージに合わせてスキルを発動。
「わ、きれい」
「シンプルだけどいいね。リリ、交換しない?」
「いいよー」
シンプルな【鉄の指輪】は性能が同じなのか、どちらも防御力2が付与されていた。製作者お互いの名前になっている。
聞けば純度中ならば防御力1で、それ以下の純度は失敗するようだ。もちろん、これに更なる宝石などの加工を加えると性能は上がるらしいが、熟練度によっては失敗する。鉱石の種類にもよるらしいのは当然か。
今作れるのはこの一品。
「リリ、左手出して」
「うん」
そして、オリヒメ制作の指輪が左手薬指に嵌まった。プレイヤーメイドはトレードして所有権が移るが、まずは雰囲気を出したいみたい。
「リリも着けて」
同じように、差し出された左手薬指に指輪を着ける。指によって何か意味があったような気がするけど、忘れた。
「ふふっ、リリ。綺麗だよ」
「ふぁ、あ、ありがと。お姉ちゃんも似合ってるよ」
お互いに左手を見せ合うだけなのに、なんだかすごく照れくさい。
「……オリヒメ、チビ」
「わふっん!」
「……せっかくいい雰囲気なのに」
キンリーが冷めた眼で見てくるのは気のせいだろうか。
とりあえず、トレードにて再び左手薬指に指輪を装備する。
「さて、最後に品質が低いものを使うよ」
なんだか、居づらいよ。この空気。キンリーの冷ややかな空気とオリヒメの熱視線。身が危ないと本能が警鐘を鳴らしているような気がしてならない。
「始めの過程で精練して、純度を上げるよ」
製錬?同じスキルだろうか。
『生産技能《彫金・精練》を修得しました』
どうやら発音が同じ別スキルらしい。ややこしい。
「《精練》」
中純度五個が発光して一つの高純度品が完成。低純度も五個で中一つ。ただの石は変化なし。
オリヒメは始めに仕分けをしていなかったので、再び《鑑定》からやり直すはめになっていた。
「出来たようだね。始めてにしては上出来かい。鉱石が多いなら腕輪も出来るだろうね。品質が低いものは粉にして使うのもありだよ」
形成段階でインゴットや鉄粉に選択が可能らしく、粉は補修に使えると教えて貰い、これにて終了。
「特別にここの工房を貸してあげるかい。弟子だからね。ただ、アタシャが使ってない時だけね」
今度は小突かれずに、始めてキンリーに撫でられる。
「くわぁん」
変な声出た。同じ犬だからか、気持ちいい場所を熟知しているのか、オリヒメの比ではなかった。とんだダークホース。犬だけど。
そして僅かな時間は腰砕けになったまま、キンリーのなすがまま。オリヒメは最後までスクショの連写でした。
嬉ション?なにそれ。別にしてないから!てか、なんでシステムにあるのさっ!井戸見つけた時もしてないからね!