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姫パーティは楽しくも楽じゃない  作者: 犬之 茜
名残し友への捧げ物
16/123

リザードの向こうの街

 オリヒメと距離を取り、ファイアリザードと対峙する。直近で見ると、かなり大きく、そして生臭い。


「うぅー」


 つい鼻を摘まんでしまう。このタイプのフィールドボスは一度戦えば、ノンアクティブに変わるらしいので、目的の物が無ければ再び戦うこともない。

 ただ、僕らはこのボスからのレアドロップを5つ集めないといけないので、この生臭さを我慢して挑み続けるしかなかった。


「リリ、まずは私がタゲ取るから。その後、背後からお願い。尻尾に注意」

「うん、わかった」


 グランラットよりも弱いと言っていたオリヒメだが、やはり初めての戦闘でもあり、侮るようなことはしていない。それ以上に、動作の一つ一つを見落とさないようにすでに視線は僕から外れている。


「いくよっ」


 ファイアリザードが感知して攻撃をしてくる境界をおおよその予想でもってケルドが教えてくれていた。その手前での最後のミーティングを終えると同時に、オリヒメが駆ける。

 境界を越えたからか、リザードも顔をこちらに向けて紫の舌をチロチロと出しながら突進をしてくる。


「遅い!」


 サイドステップを持って、猪突猛進な攻撃をオリヒメは余裕を持って避け、止まらないリザードの横腹を両手剣で横凪ぎに斬り付けていく。


「やっぱり、遅い?」


 僕もオリヒメが駆けると同時に、大回りでリザードの背後へ向かっている時に、突進により軌道修正を余儀なくされる。その間、オリヒメの攻撃が通ったことを確認。案外、柔らかいのかもしれないと、斬撃痕のエフェクトを見て予想する。

 今の通常攻撃でさえ、五%くらいを削っている。斬り付けが長かったのもあるだろうが、やはりレベルが上がったことと、グランラットという強敵を経験したからだと思う。


「このままじゃ、お姉ちゃんだけで終わりそう」


 推奨レベルはプレイヤーが設定した目安で、ソロでの討伐を前提にされている。プレイヤーのスタイルや装備などもあり、公式サイトなどのスレッドで毎日検証談義が行われている。つまり、それだけの人数がソロで討伐を行っていた。

 そして、オリヒメのレベルは推奨レベルに近く、両手剣と攻撃極振りのスタイルによってソロでも倒せる可能性がある。

 経験値と鍛練度は攻撃が当たって始めて貰えるので、僕も慌ててリザードの背後に移動する。

 余談だが、先程の五人パーティーが低レベルと言う訳ではなかった。むしろ同じか、僕たちよりも上だろう。単に高速周回をして、ソロよりも早く、そして安全に狩っている人達だ。この世界は時間制限が設けられているのだから、一秒でも無駄にしたくはないとプレイヤーは思って行動する。他のゲームより、効率厨にならざる追えないのかもしれない。


「尻尾も、おそいよっ!」


 まだブレイクしていないので、尻尾攻撃も単発で緩慢。威力があったとしても当たらなければ意味がない。

 今の所、オリヒメもダメージを貰っていないので、こちらも攻勢に出る。


「まずは尻尾!僕の武器になるか試させてもらうよ」


 憧れの尻尾攻撃。蜥蜴と犬で尻尾は違うが、その動きを頭に入れながら、そこに攻撃していく。

 時折、横や縦に振るわれる事で、鼠程ではないが縦横に振るえているのを確認して躱す。


「たあ!…………やっぱり、あんまり通らないや」


 聞いたとおり、鱗に覆われた皮膚は硬い。

 暫く尻尾の動きを見て、その動きを覚えながら攻撃を加えていく。


「そろそろいいかな」


 バックステップとサイドステップを交えてリザードから距離を取る。

 見るとオリヒメは噛みつきと頭突きを躱し、攻撃を頭に入れている。すでにリザードの左目には斬撃痕のエフェクトがあった。


「お姉ちゃん!僕も検証するねっ」

「ああっ。私も袋をっ」


 やや間があっての返答を聞いて、僕は姿勢を低くする。

 オリヒメが弱点部位と予想した火袋を斬りつけようとしている。

 僕も下腹部の柔らかそうな部分に潜る為に駆ける。

 オリヒメが斬りつけた部分が境界線のように、その上下でダメージの通りが違うようで、下部は鱗がない。

 地面に触れそうなくらいのお腹に潜るのに、僕もさらに身を低くして走る。四足疾走のように手がたまに地面に触れながらの移動。

 その時、インフォメーションが流れたようだが今はそんなところを確認する余裕がない。

 オリヒメが火袋を斬りつける。一気に二割近くもダメージが通ったのを視界に捉え、身体を反転。

 そろそろブレイクするだろう。下腹部に留まるのが危険なのはラットで学習している。

 地面と水平になるように身体を浮かせて、慣性での移動に身体を任せる。

 下腹部に到着と共に、クローの《ポイズンクロー》と続けざまに短剣の《ラッシュ》を撃ち込む。

 身体が大きいお陰で、通り過ぎる前に全斬撃が当たり、今まで短剣の毒付与が通じなかったのに、今回は毒を与える事に成功した。

 それを見届け、慣性が失われる前に再び身体を反転。四足疾走ですぐにリザードの下を横断する。

 ブレイク前に試しに《つむじ風》を一度当てるが、効果はかなり低い。一%も削れたかどうか。


「ふう。短剣よりも爪のほうが毒の確率高いのかな?」


 要検討と記憶し、リザードのLFを確認しようとして、すぐに必要ないと理解する。

 オリヒメへ五連撃の火の玉が吐き出された。残り四割になったのを確認して、下腹部への攻撃が有効だと確信する。

 どうやらオリヒメも火袋が弱点だと確信したのか、火の玉や噛みつき等を避けながら弱点攻撃へ撃って出る。


「よしっ、っわう!」


 気が弛んだ訳ではなかったが、こんな身体の横まで尻尾攻撃がくるとは思わなかった。

 先程より切れがよい攻撃を見るが、次の攻撃は届かなかった。少し離れるだけで届かないほどギリギリの場所に立っていたみたいだ。


「あっぶなーい。もう、終わらせるよ」


 毒で幾らかダメージを与えることに成功している。だけど次は…………。

 先程と同じく姿勢を地面スレスレで駆けて反転。


「てーーい!」


 クローの《スラッシュ》と短剣の《ラッシュ》を放つ。強化された《スラッシュ》は威力が上がっている。さらに短剣が意地を見せたのか、再び毒を与えることが出来た。


「オマケッ」


 短剣の投剣スキル《スローイング》で下腹部に深々と短剣が突き刺さる。毒が持続することを願うばかりだが、この場合の付与効果はどうなるのだろうか。


「リリ!あと一撃!」

「あ、うん!」


 オリヒメの掛け声と共に、再び走り今度はスライディングをする。

 右のクローで《ポイズンクロー》、間髪入れずに左で《スラッシュ》。おまけに最後に蹴りを放つ。


「今度は潰されないよ」


 ラットの消滅時に押し潰されたことを教訓に、急いで下腹部から抜け出す。どうやらオリヒメも、大業を火の玉を受けながらも火袋に当てたようだ。

 ゆっくりと崩れ、消滅していくファイアリザード。


「ふう、終わったー」


 空に向かって両手を突き上げる。そのまま深呼吸。


「頑張ったね。良い娘良い娘」


 若干発音が不穏な感じで、近づいたオリヒメに頭を撫でられた。毎回されているので、オリヒメのテクニックはかなりのものとなり、気持ちよすぎるレベルにまでなってしまっている。


「このまま街に行く?」

「んー、五人に挨拶してから行こう」


 時間的に早く終わったこともあり、頑張ればもう一戦できそうだったが、当初の目的は一戦してから街に入ることにしていたので、それに異存はない。

 ただ五人が観察していたので、客観的な意見も聞きたかったし、なにより挨拶しないで立ち去るのは気が引けた。

 短剣を回収して、五人の元へ戻るとそれぞれ感想を寄越してくれた。


「お疲れー。早かったな」

「そっちも周回?」

「ワンコ、かっこよかったよ」

「不遇武器じゃないよね」

「…………ふぁぁ」


 それぞれにオリヒメが返してくれる。フワフワだけは、なんだか眠っているのか、頭が揺れていた。


「でもワンコ、ホントにスゴいよ。時間も私達と違わない……数分、そっちのほうが早いし」

「え、えと、ありがと」


 スルトに頭だけじゃなく、尻尾も撫でられてゾクゾクッとする。ただ、触りたいだけな感じだが耳以上に敏感な尻尾を触るのは止めて欲しい。

 あ、尻尾攻撃の弱点かな。敏感て。

 五人より早く終わったのは、オリヒメの攻撃極振りと毒の継続ダメージによるところか。


「オリヒメさんも凄いな。一回も回復してないだろ」

「ええ、取得してないし。アイテム使う余裕はなかったしね」

「それで躱すって……」


 どうやらオリヒメとケルドは同じ両手剣使いで話が盛り上がっている。いつの間にか僕を触る手が増えており、ユカリも嬉しそうにしていた。


「あー、お前ら行くぞ」

「もう、三十分きる?」


 マイケルの制止とフワフワのタイムリミット申告で会話が止まる。


「よし、フワが落ちる前にもう一戦頑張るぞ」

「話に盛り上がって時間潰したあなたがそれ言う?」

「ワンコなで回してた連中には言われたくない」


 どうやら、この五人の僕に対しての呼び方はワンコで固定なのだろうか。


「あ、フレだけいいか?オリヒメさんとはまたスタイルについて話したいし」

「私の身体が目当て?通報するよ?」

「そっちのスタイルじゃねぇよ。戦闘スタイルだよっ」


 …………あれ戦闘前とケルドの感じが違う?


「ほら、早くしていくよ」

「ワンコ、私たちもいい?」


 そして、七人でフレンド登録をして五人はそのままファイアリザードとの戦闘を始めた。

 僕たちはそれを見ながら、いよいよ『アネサス』へと足を踏み入れた。



     ***



 『アネサス』は獣人の集落において、首都に続く大きな街だ。

 今現在のプレイヤーの拠点の一つとなっており、街の中は活気に満ち溢れている。

 この街を拠点にする理由は様々。オリヒメは拠点を決めていないのだろうが、僕としたら暫くはここに拠点を構える可能性があるので、今まで以上に細部を観察してしまう。

 拠点理由は装飾品の生産スキルの取得と練習。工房の幾つかはお金さえ払えば借りられることをエンテから聞いていたので、時間があれば技術を磨きたいと思っている。

 種族選択の弊害により、生産職が不足しているのだ。出来るなら、自分の為だけの一品を作りたいと思っている。


「でも、なんで生産職を個別で種族に振り分けるんだろ」


 本来、生産と戦闘職は対等であり、共存してようやく攻略が進む。それなのに、ここではそれが困難である。別に僕のように取ろうと思えば取れるはずなのだが、元から生産をしたいプレイヤーは小人族になっているのがほとんど。だけど、買い手もいない生産品を作ることに辟易して、キャラ情報をリセットして種族選択をやり直す人が出てきている。

 そのお陰か、少しずつ他の種族領にも生産職は現れているが、そこは不遇種族。この獣人領にはいまだに生産職を名乗るプレイヤーが存在していない。

 とくに、造ることだけが好きなガチ生産者は小人族のままがほとんど。それはフィールドの採集に恵まれているからだろう。そんな情報をスレッドで集めているオリヒメが説明してくれたが、種族に関しての答えは流石に持ち合わせていなかった。


「リリの師匠を探す前に、転移装置を登録しなきゃ」


 オリヒメから聞きなれない単語が出て、首を傾げる。


「あれ、転移装置知らない?説明すると、街から街に瞬間移動が出来る装置ね。中にはダンジョンにも通じるのもあるはずだけど、私達には時間制限があるでしょ?移動だけで時間が潰れないように、要所に設けてあるらしくてね。今の所、首都と『アネサス』と『アナスル』が確認されてるらしいよ。でも、一回でもそこに行って登録しないと行き来ができないらしいから、今から行くよ」


 他のゲームでも、同じように転移装置や転移魔法が存在したので理解は出来るが、この世界の背景(バックグラウンド)はどうなっているのだろう。オリヒメが言ったような時間節約の為なんて、なんだか嫌だ。だけど、転移とは時間や労力の節約に使うんだろうなと考え、背後自体も強ち間違えていないのかもしれない。


「確かこっちだったかな」


 オリヒメに手を引かれながら、中央の巨大な木彫り像を素通りして北西へ歩いていく。

 街中は首都と変わらず、木造や石積の家ばかりだ。獣人の家の特徴なのだろう。道も舗装などなく、硬く踏みしめられているだけ。ただ、歩きにくいことはなく、かなり平坦に整備されている。

 プレイヤーとNPCが行き交う中、途中で鳥の串焼きをNPC屋台でそれぞれ購入し、食べ歩きながら目的の場所に到着する。

 街の中だけど、地面は芝に覆われており、その中心に石のモニュメントが複数。


「えーと、こう言うのなんて言ったかな」

「ストーンサークルだね。首都はゾンビハウスの近くにあるよ」


 ゾンビハウスとプレイヤーが呼ぶ蘇生部屋。デスペナを受けて蘇り、その効果により倦怠感でふらつくプレイヤーや暗い表情のプレイヤー、活気がなく動きも緩慢なまさにゾンビ。よってゾンビハウス。

 幸運なことにまだデスペナを経験していない為に、その部屋に入ることも、その周辺を探索することもなかった。その近くに同じようなストーンサークルがあるらしい。


「僕、首都まともに見てなかった」


 クエスト中心だった為に落ち着いて散策することがなかったと思い出す。

 首都で知っているのは武器屋さんと魔導具屋さん。薬屋さんと【蜜蝋の木】の屋台。残るはエンテの小屋くらいしか知らなかった。メインの始点となる族長の家すら知らなかったことに愕然とする。

 確かにそれだけ知っていれば困る事もなかった。だけど、それは勿体ない。


「クエスト終わったら、ゆっくりしよ」

「ん?ソロに戻るの?」

「うん。始めはソロの予定だったし」

「そっか。まあ、これから会える時間も変わりそうだしね」


 てっきり一緒に行こうと提案されるとばかり思っていた。

 でも僕よりも大人なオリヒメはちゃんと理解しているのだろう。僕が春休みと言うか、高校が始まれば必然とログインが減るか時間がズレるかすることを。オリヒメも実習などあるようなことを言っていたので、それこそなかなか会えなくなるはずだ。

 だから、高校入学までにこのクエストを終わらせる必要があった。


「いつかギルド作ったらリリを誘うね。それよりも、今は登録だよ」


 今現在もプレイヤーがストーンサークルの中心から現れて、また他のプレイヤーが消えていく。


「どうやるのかな?」

「たしかストーンに触れると登録だったかな。そのあと中心に行けば、登録している中から選択して転移だったはずだよ」

「そうなんだ。やってみよ」


 近づき、天に湾曲して伸びる石の一つに触れるとインフォメーションが流れて、見ると無事に登録が完了したようだった。


「あ、そう言えば……」

「どうしたの?」


 戦闘中になにかインフォメーションが流れていたのを思い出す。インフォメーションのログを遡ると新たなスキルを修得したらしい。

 そしてドロップ確認をしていなかったことも思いだし、まずは目的のドロップがないかを確認。


「ドロップしてないや」


 レアドロップは流石に一度目にはなかった。【愚鈍な鱗】が一つのみだった。


「そっか、私も確認してなかった。ちょっと待って…………あ、火袋ゲット。マジ?運良くて怖い」


 どうやら、オリヒメは物欲センサーに引っ掛かるタイプらしく、困った顔をしていた。そこは喜ぼうよ。


「なら残り四つだね」

「うーん。嫌な予感。ずっと出なかったりして」


 そんなフラグは折って欲しい。配分の話をして、レアドロップ以外はそのまま貰った人が所持することになった。鱗は鎧系素材の可能性があるみたい。


「あと、新しいスキル覚えたみたいだよ。これ、レベル制のはずなのに、スキル制みたいな覚えかただね」

「様々なゲームを参考にしているって、雑誌に載ってたから良いとこ取り?批判もあるけど、私はこっちのほうが楽しいかな。それよりどんなスキル?」


 改めてスキルを見てみる。これは補助スキルだろうか。


「《獣走》って補助スキルかな。四足移動時に素早さのアップと攻撃増加。ただ、防御と智力の低下」

「…………リリ。どこ目指してるの?本当の犬になるの?私に飼われたいの?」


 ジト目なのに、その目が輝くという器用と言うより身の危険を感じる。


「そんなんじゃないよ。地面スレスレで走っていた時に取得したから偶々だよ」


 手も使っての地面移動がスキル取得条件なのだが、リリは戦闘中だったのでそこまでは気が付いていない。


「たしかに動物系のスキルばっかだけど」


 《クロー》に《ファング》、今回取得した《獣走》。さらに尻尾攻撃を検証しようとしているのだから、まんま獣系のモブと変わらない。突進も《獣走》を使えば出来そうだし。


「リリには必要そうなスキルだから、取得して損はないだろうけど…………」


 そこまで言ってオリヒメは口を閉じた。呆れてしまったのだろうか。


「えーと、狙った訳じゃないからね」

「リリだもんね」


 それ、どういう意味かなっ。突っ込むのはやぶ蛇だと思い、なんとか言葉を飲み込む。


「少し、スキルについて黙ってたことあってね。リリのばかり聞くのは不公平だからね」


 頭をポンポンと叩かれ、申し訳なさそうに笑う。


「少し前に私もスキル取得したんだよね。パッシブスキル」


 常時発動のスキルは今のところ、レベル15になった際に取得した《勘》のみ。レベル以外でも取得するとは知らなかった。


「リリも取得出来るはずだよ。サイトに載ってないけど、私と同じことしてる人はいるはずだしね」

「んと、どういうことかな」


 なんとも回りくどく、話が見えない。


「私が取得したのは《攻撃増加・小》。威力補正は小さいけど、かなり重宝するよ」


 パッシブなので、スキルだけではなく通常攻撃にも反映するそれは、補正が低くても前衛には必要なスキルでもある。それも、こんな序盤なので隠すのも頷ける。アドバンテージは必要なのだから。

 そこまで思い、リザード戦前にオリヒメが言っていたことも理解する。自分のスタイルを十全に発揮するのは、本当に危険な時。何においても全てを教える必要はない。いざと言う時の切り札。精神的にも、まだ手があるという余裕も必要なのだと。


「確実ではないけど、ほぼ確定だと思うから言うね。リリも覚えて損はないし。私はログインするとなるべく剣を振る練習をしているのよ。剣を腕として扱えるようにね。素振りは一日百から百五十くらいかな。正確には数えてないけど、千回ほどやり終わったら取得したんだよね」

「そんな事で覚えるんだ」


 確かにレベルや鍛練度でスキルを覚える以上に僕自体も行動の結果取得している。しかし、それは戦闘中ばかりの話だ。

 素振りと言うことは戦闘中ではないだろう。そう言う鍛え方はリアルでは存在するが、ここではスキルという形で現れるとは思わなかった。


「スキル取得の法則は不明だね。リリの牙や走り方は一回で取得だし、私の素振りやリリの投剣は何回もやって取得。格闘系もリリは覚えそうだけど取得してないしね」

「んー、格闘なら組み手の練習とか?」

「確かにありそうだね。たぶん身に付けているか、どうかの違いなのかな?ゼメスの話だと、本能とか言っていたし……」

「格闘は身体だけど、本能じゃないから?獣の闘い方じゃないからかな」

「決めつけもよくないけど、それなら辻褄が合うかな。残り時間少ないから素振りでもする?師匠探しても中途半端になりそうだし」


 時間を確認して、もうそろそろタイムリミットまで三十分近くしか残されていない。


「うん、試してみるよ。他になにか出来そうかな?」


 素振りで攻撃増加なら、防御増加には何が当てはまるのだろうか。

 素早さなら走り込み?それは距離?いや、今まで移動でかなり走っているのに取得していないことを考えると距離ではない。素早さとは何か。反射神経なのだろうか。すぐに思い付くのは反復横跳びだ。

 それ以外に思い付いたのは、詠唱は口頭なので早口言葉。これで詠唱速度か智力に影響しないだろうか。

 命中は、ダーツの的当てか?器用さは知恵の輪?どちらも道具がない。運に当てはまるのも良く分からない。


「リリ?」


 つい思考により反応が無くなったようで、オリヒメが心配そうに尋ねてくる。


「大丈夫。少し他の組合わせ考えてただけだから。他に反復横跳びと早口言葉を試してみるよ」


 ストーンサークルから距離をとり、短剣を右手に反復横跳びを始めてみる。その間に、短剣を上下に振りながら「生麦生米……」と早口言葉の三つを同時に行う。

 オリヒメがすっごく他人の振りをし始めた。むぅ。


「はあ、はあ、なまごめ、なま、たまぎゃうっ!」


 動きながらの早口言葉は危ない。舌を思いっきり噛み、モブの攻撃以上、いやリアルと変わらないくらいの痛みを覚え、その痛みで足が(もつ)れてバランスを取ろうとして、逆に顔面から地面に激突。幸い短剣は離さなかったので、身体に刺さらなかった。


「ーーーっ!」


 痛すぎて声にならない。蛙のように地面に張り付き、痛みに耐える。


「リリって、やっぱり残念な娘だね」


 そんな冷ややかな声が降ってきた。


 みんなも手を抜かずに、一つずつしましょう。うん、ほんとに。

 結局、痛みが引いてくれたのはタイムリミット十分前。素振りだけに絞って行いました。

 そして、ただ上下に振るだけが素振りではないとオリヒメに指導を受けて、ギリギリまで短剣を三次元的に振っていた。

 ストーンサークルの近くだったので、好奇の目もあったが、スレッドに載ることはなかった。

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