【蜜蝋の樹】の仇
「こんにちはー。どんな感じですか?」
「こんにちは」
オリヒメは臆することなく、二つのパーティーに近づいていく。僕はある噂からあまり他のプレイヤーと会話を今までしていない。それどころか、首都では逃げるように移動していたので、少しドキドキしながらオリヒメの後ろから様子を見る。
「ん?ああ、今戦ってるパーティーはもうすぐ終わるだろうな。その次が、そこの二人パーティー」
五人組の内、身体の大きな男性が答えてくれる。顔はまあまあだが、受け答えが確りしており、いかにもリーダーぽい。恐らく社会人だろう。
その五人組は男性二人に女性三人の最大人数。女性が多いのは、種族的に人気が女性よりだからだろう。
「ちは。君たちも始めて?」
「こんにちは。可愛い女の子ね」
二人組のパーティーは男女のペア。リア充だろうか。
いかにも軽そうな男性と、おっとりしたソバカスの女性。なぜか、手を伸ばし頭を撫でられる。僕って、そんなに撫でやすい身長なのかな。
撫でられる度に、耳がピクピクと動いてしまう。くすぐったい。他のプレイヤーから見れば、尻尾もフリフリ揺れているのが確かめられた。
「お姉ちゃんとやってるのかな?あ、これ食べる?」
見せられたのは、以前に食べた【蜜蝋の樹】だった。
「うんっ」
まだインベントリに一つ入っているが、つい頷いてしまった。
「じゃ、どうぞっ」
トレード申請が着て、タダで良いと言われたが幾つか【滋養の葉】を渡し受け取る。
期待に満ちた眼を向けられ、せっかく貰ったので口にする。
「ぅあ、可愛い…」
「リリが餌付けされてる。スッゴい尻尾振ってる。撮らなきゃ」
久しぶりの甘味は、変わらず優しい甘さ。頭を撫でられているのを忘れて吸っていると、周りも僕を見ていた。何人かがスクショを撮っていたのか、事後報告をしてくる。
「あー、戦闘終わったぞ。そのまま街に入ったみたいだな。お前らは始めてなら、気を付けろよ。パターン見てたなら分かるだろうけど」
先程のリーダーらしい男性が二人組パーティーに話し掛ける。なんだか、空気を壊したなんて仲間から言われていた。
「よしっ、セリ。いくぞ。攻撃魔術は使うなよ。回復に専念してくれ」
「はーい。マルスも油断しないでね。じゃーね、仔犬ちゃん」
僕にそう言い残して、セリとマルスはファイアリザードの元へ行き、戦闘が始まった。
「お前らも始めてなんだろ?」
「ええ、そうよ」
「うん」
蜜を吸いながら頷くなんて、行儀が悪いだろうか。
「一応自己紹介しとくか。この臨時パーティーのリーダーをしているケルドだ」
「臨時パーティー?」
「ああ、こっちの男…マイケルと元は組んでた。ここの周回をする為に募集して、そっちの女三人と今は組んでる」
ケルドが女性三人へ視線を向けると、それぞれ反応が返ってくる。
「そっちの女とはなによ。あんたが募集してたから組んだけど、その言われ方はないわ」
「まあまあ、スルトさん。私たちも効率重視で選んだだけだし。あ、私、ユカリと言います」
「えーと、フワフワって名前です」
どうやらスルトと言う女性が三人のリーダーらしく、少し男性組とは折が合わないのだろうか。
ユカリは仲裁役なのか、マイケルと共にお互いのリーダーに何か言っている。フワフワは……うん。名前通りに見える。空ばかり見ていた。
そして僕たちも自己紹介をしてから、オリヒメが質問をする。
「周回って、レアドロップ狙い?」
オリヒメの予想通りに、周回プレイヤーはこうして存在したので、集めるまで時間が掛かるかもしれない。
「ああ、火袋ってヤツだ。武器に使えるか不明だけど、防具に使えば火耐性がつくからな。まだ、使うような敵はこのボスだけだが」
どうやら依頼品はよりによってレアドロップ品だったようだ。余計に時間が掛かる。
装備品には物によって特殊効果を付加することが可能だが、それが幾つ可能かは実際にやってみないと分からない。壊れることはないが、失敗すれば素材と料金が消え、適当に着けたら外せないらしい。
「ま、この先これが高騰しそうだから、レベル上げの次いでだな。獣人は人口少なくて、狩りの待ち時間少ないのはメリットだし」
僕たちが話している間に、新たなプレイヤーがやってくる気配はない。それだけ、全体から見てプレイヤー人口は少なく、それがメリットとなって狩り場が渋滞しなくて済んでいるとケルドが話してくれる。
「まだ、他のプレイヤーはここまで来てない?」
「通った奴らは次の街に入ったか、手前のフィールドボスで周回だろうな。て、いうか。お前ら情報持ってないのか?」
ある程度、首都等にいたら情報が入ってくるようだが、生憎とそこまでの余裕はなかった。
「まだメイン受けてないのよね。サブやってる変わり種だと思っていいわ」
「いや、やり方は色々あるから文句はないがな。どうせ、この先で情報は入るだろうし、あいつらの戦闘見ながら聞くか?」
現在マルスが盾で攻撃を防ぎ、カウンターで片手剣を振るっている。まだ、動作がぎこちないように思える。
セリは魔術師なのか、相性が悪いからか攻撃を行っていない。変わりにマルスが攻撃を受けると、すぐに回復をしているが、明らかに手持ち無沙汰な感じで効率が悪いように思えた。
「タダなら聞かせて」
「タダだよ。アネサスの先にはアナスルって街がある。途中の街道から山道になっていて、山頂近くにある小さな村だ。その手前にロックタートルって言うフィールドボスがいる。攻撃自体はリザードの方が厄介だけど、そこは見てくれ。経験値効率は普通だが、特性から鍛練効率はいいらしいな。レアドロップは盾だから、それ狙いもあって周回プレイヤーは多いって話だ」
「話だって、ことは」
「俺たち全員まだ誰も挑んでない。こっちの方が時間効率がいいからな。時間効率が良かったら、全体に効率いいって考えられるし。先を見据えてレアドロップ集めしているのは、俺たちくらいだろう」
そういって、少年のように笑う。初めの印象よりも若く見えた。相手も緊張していたのだろうか。
「あいつら、ヤバいな」
視線を戦闘に戻すと、リザードの動きが機敏になりレアドロップ由来なのか火の玉を立て続けに吐き出していた。
接近よりも遠距離の方が躱すのは大変だろう。セリが回復に専念出来ず、躱すことに意識が向いているのが見て取れる。
「LFが四割切るとああして遠距離を潰そうとしてくる。接近には尻尾を大きくしならせて凪ぎはらってくる」
それを証明するように、太い尻尾がマルスを吹き飛ばした。慌てて回復しようとして、火の玉に詠唱を邪魔されている。
その様子を見て、あの爪は強化に使えるのかな。尻尾攻撃は有効だね。と、自分の戦闘スタイルに重ねて観察する。
「ボスは最低一回はブレイクするようだな。さっき言ったロックタートルもあるみたいだしな。さて、そろそろ準備するぞ」
そう言いながら、各自会話を交えて立ち上がる。
もう、戦闘終了だと分かっているのだろうか。
「あいつらはそろそろ倒れるな。初回じゃしょうがないさ」
それから一分も経つかどうか。マルスが再びぶっ飛んで倒れる。火の玉に追われていたセリも、気が付けばリザード近くにまで誘導されており、太い爪で切り裂かれた。それから三十秒。それぞれ光の粒子となり消滅した。
「さて、行きますか。やり方は変わらない。二人に俺たちの実力見せつけようぜ」
「そういうこと言うからトラブルになるっていってるのに」
「ま、攻略のヒントにはなるでしょうし」
「二人は仲が良いのか悪いのか分かんなくなるわ」
「がんばろー」
ケルド、マイケル、スルト、ユカリ、フワフワの順で話し、ボスに向かってフォーメーションを組んで戦闘が始まった。
ケルドは両手剣を使い、重装備で防御無視の攻撃を繰り出しているが、自己回復を施しLFを一定で保ちながらヘイトを集めている。その自己管理能力は大したもので、オリヒメも感心している。オリヒメも回復を習得すれば、同じようにやれるはずなのに。
マイケルは片手剣での二刀流。左右共に同じ剣のようだ。軽装鎧と、獣人特有の素早さでのヒットアンドウェイ。スキルに二刀流はまだないようなので、交互にスキルを発動させているのだろうか。
スルトは弓を使い攻撃をしているが、果して効果はどのくらいか。オリヒメ曰く、弓は初期武器らしく唯一の弓矢セットらしい。初期武器だけの、ゲームらしい当たり前の無限矢。尽きることのない矢を出し惜しみなどなく射る。もとは魔術師なのか、背中には杖も装備している。時折、回復を使っているので習得はしているようだが、杖の恩恵もないので気休め程度なのか顔を顰めることがある。
ユカリは盾で防御しながら、細剣で穿いていく。その正確さ。何度も同じ箇所に細剣を突き立てている。ダメージ増加があるかは不明だが、その技術はパーティー随一。
フワフワは本を片手に適宜回復を飛ばしている。顔の向きから、視界左上に見えるパーティ情報を見ているのだろうか。顔も動いたら、情報も追随するのに。だけどLF管理が上手でパーティーは今の所、窮地に陥っていない。一重にケルドとスルトも回復を使うので、それほど負荷にもなっていないのかもしれないが。
「すごく連係が取れてるね」
「うん、上手すぎだね。どれだけ組んでるんだろ」
今日組んだ訳ではないのだろう。お互いの動きを理解して動いている。掛け声も最低限。ケルドとスルトの雰囲気も先程と違い、信じているようにも取れる。
「パーティーの観察も大事だけど、ボスの観察もね。リリはどこか気になる?」
「うーん。ラットよりは緩慢に見えるし、攻撃も似た感じかな?なら、お腹や尻尾が弱点?」
リザードも爪や牙、尻尾での攻撃を多様しており、突進などは頭を前に向けているので硬い部位なのかもしれない。
「尻尾は攻撃しているけど、それほど効いてないように見えるね。お腹は……私はあんな隙間無理かな。リリならいける?」
「たぶん、大丈夫かな」
ファイアリザードは見た目が巨大なコモドオオトカゲだ。そのお腹は地面に近く、立ったままの攻撃は不可能だろう。僕でさえ、膝を曲げなければ行けないほど、地面とお腹は近い。
膝立で攻撃は出来ても、回避は出来ないだろう。寝ながら攻撃をして、転がりることで回避するしか思い付かない。魔術が使えればもう少しやりようはありそうなのに、今回は物理のみでやるしかない。
「お姉ちゃんは?」
「私はヘイトを稼ぐから、回復と遊撃はお願いね。ま、ラットみたくでいいでしょ。あと、あの大きな眼と火袋が気になるから突いてみるよ。火袋なんていかにも弱点そう」
ボスの攻撃手段で、レアドロップの火袋は喉に垂れ下がっている。現在は半分くらい膨らんでいるだろうか。あれが膨れて、吐き出される時がLF四割を切った証になる。
「先に切り落とせたら、そのまま手に入らないかな。そしたら、五回戦うだけでいいし」
「そんなこと、出来ないでしょー。出来ないよね?」
VRMMORPGなら、出来てしまいそうでつい聞いてしまう。
「こんな序盤に部位破壊があるか分からないけど、可能かな」
「そう、なんだ」
そういうことなら、爪とか剥がせばそのままドロップになるのだろうか。ランダムドロップよりも効率がよさそうだが、そんな簡単な訳じゃないはずだ。
「四割切ったね」
先程よりも膨らんだ火袋が、一度破裂しそうなくらいに大きくなり、火の玉を一つ出す度に徐々に小さくなっていく。
火袋が萎むには、最大五発の火の玉を吐いており、再度膨らみ吐き出すまで約十秒。
火の玉も連続で出したり、一発ずつだったりと調節が可能なようだ。もし、分けずに一気に吐き出したらどうなるのだろう。
「十秒か。充分な時間あるね」
先程の二人は一人が攻撃、一人が回復と自分たちに似た感じだが、セリは遠距離からの攻撃魔術ばかりで安全に今まで来ていたのか、自分がターゲットになったら、とたんに詠唱が出来なくなっていた。戦闘馴れしていないようだった。
「あの二人はレベルも足りなかったでしょうね。獣人補正で素早さがある程度上がるんだし、火の玉は避けることは難しくないはずだから。レベルに達してなくても、リリみたいな振り方で回避あげられるんだしね」
恐らく、二人とも攻撃や智力にしか振っていなかったのだろう。オリヒメのように攻撃全振りも悪くないが、オリヒメの場合は状況を見て回避や防御に徹することもしている。だけど、先程の戦闘では最低限の防御を盾で受けており、少なからずノックバックで隙も生まれていた。こればかりは、経験やプレイヤースキルによるので、悪くは言えない。
「流石に慣れてるね。前二つのパーティーより早く終わるね」
パーティ最大人数と、周回での討伐でこうも効率が違うのだろうかと、半分の時間で戦闘が終わりそうな雰囲気から思う。
いや、連係が上手いからか。どんなに、人数を増やし、回数をこなしてもパーティーとして機能していないと、潰走だってありうるのだから。
「さて、私たちも準備しようか。すぐ終わるでしょ」
「うん、わかったよ」
戦闘前に貰った【蜜蝋の樹】は消滅した。どうやら、限界まで蜜を吸ったようだ。
「蜜蝋の仇を取らないと」
「確かにね」
オリヒメが苦笑している。
「リリ、噛みつきや足のクローはなるべく控えた方がいいよ。毒付与は、向こうから見えないから大丈夫だろうけどね」
「ん?なんでかな」
「自分の情報をあげる必要ないでしょ。倒せるなら、奥の手を残したほうがいいよ」
「そんなものなの?」
「そんなものなんだよ」
戦闘スタイルの秘匿の重要性をまだ理解出来ない内に、とうとうリザードが光の粒子となり消滅した。
「ま、私が警戒しすぎなだけかもしれないけどね。同じ獣人なんだし」
「うん?」
オリヒメは何を想定して言っているのか、自己完結で話を打ち切られた。
戦闘が終わった五人は再び戦闘をするためか、僕たちに近づいてくる。その顔は皆、明るい。
「やー、終わった終わった」
「連戦は飽きてくるなー」
「私は、あんまりメイン系が育たないから、次に行った方が楽かな?」
「スルトは魔術使えないしね。サブの弓が上がるから良いんじゃない?」
「次で最後。タイムリミット近い」
各々雑談を交えながら帰ってきた。
「頑張れよ」
「ええ」
オリヒメが両手剣を引き抜き笑い返す。僕も短剣を左手に持つ。短剣を交互の手で使うのは、どちらでも攻撃ができるようにと僕なりに考えている為だ。ただ、反対もクローがあるので両手を使うことに変わりはない。利き手の方が、攻撃しやすい面は確かにあるが、戦闘スタイル的に両手使いが利に叶っているので、こうして短剣を交互に持ち替える。
「あれ、ワンコは短剣使うんだ」
スルトが僕のことを見ながらそう聞いてくる。確かに、見た目は犬の獣人だけど。
「うん、短剣とクローが武器だよ」
「えっ」
「リーチ変わらなくないか?」
「つか、クロー使う奴あんま見ないんだが」
「獣人なのに、攻撃力低いしね」
それぞれクローを使わないのは、はやりリーチの短さと攻撃力の低さだろう。不遇武器とされるクローと短剣。だけど、今なら状態異常やスタイルによって僕には欠かせない武器だ。
フィールドにいる時は、足技を鍛える為に今も素足でいる。オリヒメに言われたが、クローの可能性を見せつけてやりたいと思う。それと同時に、秘密にして自分だけで楽しみたいとも思ってしまう。
オリヒメもそう言う意味で言ったのだろうか。
「リリを侮らない方がいいよ」
オリヒメが不敵に笑い、僕の手を引いてファイアリザードの前に移動する。
何人かは不安な顔をしていたが、武器やスタイルについては個人の自由なので、それ以上何かを言うことはなかった。