グリグリ甘える
翌日起きても自己嫌悪。
自分が思っていた以上にストレスになっており、昨日それが爆発しての幼児退行。
最近はずっと書類の申請受理と視察がほとんどだったからね。以前の里周辺の環境調査や家畜の追加捕獲も住民やプレイヤーが行うようになって、里に引きこもっていた状態だったからね。
「はぁ……」
今日もアリスンと遊ぶ約束があるけど、どんな顔をしたらいいかな。
昨日に続き遊ぶことは変わらない。アリスンとの約束は破りたくはないけど、会いにくいのは確か。お昼からだし、まだ気持ちの整理を付ける時間はあるから、なんとかなるかな。
お昼を食べて、約束の一時に待ち合わせ場所の人間領首都にいるけど、まだどこかモヤモヤする。
周囲の人間たちは珍しいのか僕を見ているけど、いまはあまり気にすることも出来ない。
アリスンに早く会いたい。
どんな顔で会うかはまだ解らないけど、会いにくいから早く会いたいって気持ちにはなった。なら、昨日のことを謝っていっぱい遊ぼうとやや前向きな考えになった。
メールでは心配してくれたけど、アリスンはどんな表情でくるかな。許してくれるかなと、朝からアリスンのことばかり考えてしまう。
はやく会いたいよ。
「あ、いた。待った?」
待ち合わせの大型転移装置の前にアリスンが現れて、声が聞こえた瞬間に無意識に突撃してしまった。
驚きながらも受け止めてくれたアリスンのお腹についグリグリと頭をこすりつけてしまう。
いまは人化して幼女姿だから、アリスンの腰に手を回して固定しながらグリグリと頭を押し付けていると安心する。
アリスンの匂いもすごく落ち着く。
「LiLi? 大丈夫?」
「うん、ごめん」
反射的に言葉が出るけど、しばらくこのままでいさせてほしい。
その願いが通じたのか、グリグリ動く頭を退かすこともなく、頭ごと抱き締めて撫でてくれる。
すっごくあったかい。モヤモヤも消えていく。好き。
「落ち着いた?」
「ごめんね。それに昨日も」
「びっくりしたけど大丈夫」
やはりアリスンはどこか大人びている。僕よりも断然。
どれだけ二人で抱き合っていたのかはわからないが、こんな公衆の面前、一番賑わう場所でハグしあっていたことに、すこし恥ずかしくなってくる。
二人して近くのベンチに避難すると、アリスンに倒されて膝枕する状態になってしまった。
「LiLiが何か悩んでいるなら聞くよ。今日はイベント休んで、街を見て回ろう」
頭を撫でながら優しい声が降ってくる。
その気遣いが嬉しくて、膝にグリグリしてしまう。そのせいでアリスンのエプロンドレスが乱れるけど、構わずに甘やかせてくれる。
本当は年上の僕がアリスンを甘えさせたいけど、どうしても今は甘えてしまう。
そうしてリアルで三十分は甘え続けてしまった。
今日は僕以外のペットは預けられているから、クールさんの呆れた目も、二匹の嫉妬やちょっかいもなくたっぷり甘えられた。
アリスンのエプロンドレスのミニスカは大変なことになったけど、怒らないでくれた。大丈夫、僕の頭が邪魔して他の誰かに下着が見られる心配はない。
「そろそろ行こっか」
「えと、どこに行くの?」
「ブラブラしてからカフェでお話しよっ」
本来はイベントのミニゲームで遊ぶ予定だったけど、昨日のこともあってミニゲームも辞めて出歩いて気分転換をする為、予定は白紙に戻っていた。
でもアリスンとブラブラするだけでも好きだし。……二人だけの初めてのデート?
アリスンとは里や獣人領で散歩に連れて行って貰うけど、他の三匹も常に一緒にいるからね。他の人にはデートより、散歩にみえるけどね。
相変わらず首輪から伸びるリードを引いてくれるけど、僕からしたらそれがすごく幸せ。繋がったリードの先にアリスンがいる。手を繋いでいるのと同じで幸せ。
端から見ると、布面積が極小の水着を着たほぼ全裸の幼女に首輪を着けて散歩している、同じく幼女のこの光景に周囲の人間達が指さすけど、僕たちは気にしない。
里では日常風景だし、獣人領全体でも見慣れた風景。仔犬化での散歩くらいしかしていない人間領だと、違和感があるのかな。ただのペットの散歩……いや、デート。つい、僕も散歩と思ってしまう。アリスンもかな。一方的にデートと言ってるだけだしね。
「この鞭どうかな」
初めは普通にウインドウショッピングをしたり、スクショをねだられて仕方がなく撮影されたりしたけど、いつの間にかテイマー専門店に来ていた。
ペットショップではなく、テイマーのプレイヤーが開いているテイマー限定のお店らしい。アリスンは常連らしく、軽く話をして入店し、僕は初めてなのでついキョロキョロしてしまう。
店長のモフナートさんが、僕をじっと観察している。いや、さっきまで仔犬化していっぱいモフられたし、人化ではたくさんスクショを撮られたけど、まだまだ観察している。
「モフさん、これとこれ。あと新作のこれも試し打ちいい?」
アリスンの手には新しい鞭が三本。今までのも、ここで買っているんだね。
「ああ、いいよ。ついでに見させて貰っても?」
「はい。LiLi行くよ」
武器の試用コーナーには、他にもう一人が鞭ではなく鎖を使った攻撃をしていた。鎖での攻撃ってオリヒメの専売特許じゃなかったんだ。
「おー、アリス。今日は鞭か?」
「はい、メインの鞭です。まだ鎖や派生元の縄も上手く使えないですし」
どうやらテイマー同士で知り合いみたい。アリスンの新しい人脈を見れて嬉しい反面、少しムッとしてしまう。
それよりも、アリスンは縄や鎖も仕えるんだ。オリヒメの話だと、特殊な方法じゃないと武器として使えなかったと言っていたのに。代表的なのが、オリヒメの階位。
アリスンも緊縛とかするのかな。興味あるかも。いや、されてみたいなと思っていると呼ばれた。
「LiLi、その姿のままでいいから4つん這いになって」
アリスンにいつものご褒美姿勢を命令された。試し打ちと聞いて期待したわけじゃないけど、他のプレイヤーも見ている前でこの姿勢を要求するんだ。……いや、今までも何回もあるけど基本犬の姿だったし。嫌じゃないけど。
「これからの参考にするからね」
一つは調教鞭。短く平たい打撃面が広い打撃威力はそこそこだが、連撃と小回りが聞くタイプ。
一つは普通の鞭タイプ。長く中距離メインの威力も高く、これはさらに先端の威力が出るように改良されたもの。
一つは新作の茨鞭。要は刺々増し増しなローズウィップ。打撃属性以外に刺突属性もあり、出血のデバフも与えるもの。
「それじゃあ、調教鞭からね」
それからリアル一時間はたっぷり楽しめた。店長も満足な結果を得られて、新作が出たら意見が欲しいと僕らに協力要請がきたので、打つのがアリスン限定ならと承諾。アリスンも購入時に割引してくれることでメリットになる。
もう一人のテイマーが羨ましそうにみていたが、そっちはそっちでやってもらうしかない。僕の飼い主はアリスンだけだし。
「さいごにカフェに行こっか」
思いの外、専門店に長く居たのでペット可のカフェに向かう。
相変わらず通りすがりの人がジロジロ見てくるけど、今に始まったことじゃないし大して気にならない。
「ここ、ケーキも美味しいしペットフードも好評なんだよ」
そう連れて来られたのは、テイマーではないけど動物が大好きな住民のお店だった。ここもアリスンの常連店みたいで、知らない一面がまた見られて嬉しい。
アリスンのペットとなったけど、学校があるとすれ違いが多いし、生活サイクルで時間が合わないことも多かったから今日こんな一面が見られて幸せ。
僕以外の三匹が常に一緒なのに嫉妬しちゃうけど、今日は二人っきりだから許しちゃう。たまにあればいいな。
「ここにしよ」
アリスンはよくオープンテラスで外の空気を感じながらゆっくりするのが好きみたい。
アリスンが椅子に座り、僕はいつものようにリードをテラス席に繋がれ床にお座りする。
「LiLiはどれがいい? 私はミルクレープかな」
「うーん」
どれも美味しそうで迷う。あ、これが良さそう。
「ペットケーキの一口盛り合わせかな」
色んな種類が一口ずつ皿に盛り合わされていて、人間用よりもお得。ペット用ミルクも次いでに頼んでもらう。
「お待たせしました。ミルクレープとココアになります。ペットちゃんのは……」
「あ、そこの床で」
流石に店員は迷うよね。注文をとりに来たときもだけど、人間に見えるけど、僕は犬だからね。
困り顔で僕の前にケーキが盛り付けられた皿にペット用のミルクカップも添えてくれる。
美味しそう。
「LiLi、待て。……お手。伏せ。ちんちん。お座り。……、……よしっ」
一通り犬芸をしてから合図が来た。犬芸も慣れたもの、指示されるのも褒められるのも大好きな時間。
さて、どれから食べよう。ペットフードで分けられてるけど、ペットの種類でアレルギーの差は基本ないみたいだからね。プリハはリアルに近いけど、流石にここは妥協したみたい。広告として協賛している実際のペットフードは細かくリアルに味は近付けているけどね。
「うまっ」
まずはやはりショートケーキ。ペット用で砂糖は控えめだけど、それでも美味しい。生クリームがフワッとして溶けて後味もしつこくない。イチゴは瑞々しく甘酸っぱい。
チョコケーキはややビターなチョコが層に挟まれてアクセントになり、甘いだけじゃない。
マンゴープリンは滑らかで、スルッと喉に消えた。
ミルクレープは生地が確りしているのにしっとり。イチゴジャムもペット用に別で作られている感じ。
その他にもモンブラン、シフォンケーキ、ババロアなど一口だけど満足がいくものばかり。
ペット用ミルクも薄すぎて水っぽいと言うわけでもなく、リアルに売られているものよりも美味しい。
「LiLiどうだった?」
「すっごく美味しい。また、来たいね」
アリスンに口を拭いて貰いながら、何度も来たいと願望まで言ってしまった。アリスンが常連になるのが解るほど美味しいうえに高すぎない。
「回りの人間には刺激強かったみたいだけどね」
口を拭いて貰いながら回りを見てみると、住民・プレイヤー問わず何人もが足を止めて見ていた。店員まで。
「LiLiが犬喰いしてたからね」
「……あー」
ほぼ全裸の見た目人間な幼女が四肢を地面に付いて皿に顔を突っ込んで食べてたらね。隣で椅子に座って食べている幼女がいるのに。たまにその幼女に裸足で踏まれながらも気にせずに食べてたら気になるよね。
「LiLiは嫌?」
「えっ、全然! 床で食べるのは普通だし、踏まれるのは嬉しいし、見られるのも好きだよ」
「……出会った時以上に変態」
「そっかなー」
普通じゃない? 大好きな飼い主に構われるのが嫌な訳ないし、見られるのはドキドキするし、犬だから直皿で食べるのは普通だし。変じゃないよね。むしろ普通、当たり前じゃないかな。
「もうそろそろ私落ちるね。タイムリミット前の警告音鳴ったし」
「え、もう?」
「みたいだね」
もうリアルで三時間も経ったんだ。プリハだと六時間でも、アリスンと一緒だといつも時間が過ぎるのが早い。
お会計を済ませて店先に出ると、明日の約束をして別れる。
明日も会える喜びに、僕もそのままログアウト。
周囲では未だに僕たちの話がされており、ネットではスクショやムービーが貼られたのは知らないこと。
翌日は僕含めてペット四匹を引き連れてイベント会場のミニゲームコーナー。
雪合戦では僕だけアリスンのチームから外され、毎回敵として僕に集中砲火。
アリスンも僕が甘えっぱなしだからストレス溜まっていたのかも。なんか、会ってから顔赤かったから内心怒っていたみたい。
謝ったら、なぜかさらに怒って三匹と協力して僕を首から下を雪に埋めてログアウトしちゃったし。
「LiLiのばーか。また明日っ」
そう言い残して。
よく分からないまま、さらに翌日ビビりながら会うと普段と変わらず、数日掛けて正月限定アイテムも手に入れてイベントは終わった。
雪合戦の日がよく分からなかったけど、それ以外はずっと楽しく、こんなにアリスンと一緒に過ごせてすごく幸せだった。冬休みもっと続けばいいのにな。