Beautiful Dreamer【a day dream】
朝、目が覚めると私は記憶を無くしていた。
それでも、起き上がると手足は進み、服を着替え、支度をし、私はどこかへ出掛けて行った。
果たして、私はどこかの建物の中へ入って行った。
そこは学校だった。私はどうやらそこの英語教師で、そこで得る収入によっていきながらえているらしい。同僚に、自分の身に起こったことを話そうかどうか迷ったが、授業に何ら差しつかえないことが分かったので、私はこのスリルをしばらく満喫しようとたくらんだ。
何の問題もなく、一日が終わった。
私はクラスや部活動の担当はしていないようだったので、定時に帰宅することができた。
家に帰って少し経つと、私は何かを忘れてしまっているような気がした。元々記憶を失っているのだから、忘れていて当然なのだが、「忘れていること」を思い出しかけていた。焦燥感を感じている自分に戸惑った。
多分記憶を無くす前の私が感じていた気分だろう。
その結論に至った時、電話が鳴った。
出ると、なんと私の恋人らしき人だった。私には、恋人がいたのか...
会いたい、とのことだったので、私はすぐに出掛けた。
気候が暑いので、今は夏なのだろう。それに夕方がとても長かった。
出掛けたのはいいが、相手の顔が全く分からない。会った時に彼かどうか分かるか不安だったが、待ち合わせの場所に、すでに彼はいた。
私を見つけると、私に笑顔を向けた。
その顔は、私の中に滞っている、私の記憶の一片を、そっとつかんだ。
私たちは近くをブラブラ歩いた。私は無意識に彼の手を握っていた。彼は当然のように私の手を握り返し、何事もないように歩き続けた。
私は、記憶をなくしたことを彼に伝えようと決めた。
「あの」
声が震えた。深呼吸した。胸の高鳴りが静まらない。彼の不思議そうな顔。
「私、朝起きたら、記憶が無いの。あなたのことも、思い出せないの。」
彼は私の目を見つめた。それからクックッと喉の奥で笑った。
私は慌てた。
「変なこと言ってるかもしれないけど、本当なの。」
彼は急に真顔になった。そして言った。
「知っているよ。俺もそうなんだ。」
「え」
「俺たちだけじゃない。ここにいる人たちはみんな、記憶がないのに何となく生きている。だってここは」
そこで、目が覚めた。
今度は、本当の本当に。
私はカーテンの隙間から漏れる朝の光を見つめた。起き上がり、カーテンを思い切りひいて、太陽の光を部屋に取り込む。
今、目覚まし時計が鳴った。
なんだか滑稽で、微笑んだ。
私は伸びをして、朝の匂いを吸い込んだ。
朝食を食べていると、「彼」のことを思い出した。
「夢、だったんだ」
つぶやいた。
すると、エプロンをかけた父親が、
「何か言ったか」
と読んでいた新聞からこちらへ視線を移した。
「お父さん、私、英語の先生になる」
私は父に宣言した。
「そうか、頑張りなさい」
父は新聞に視線を戻した。
「行ってきます」
今日は燃えるごみの日なので、ごみを出してから学校へ向かった。
空は晴れ、青い色をしていた。
私は「彼」の顔をすっかり忘れてしまったが、笑顔が良かったことや、つないだ手のぬくもりを覚えていた。
夢の通りに、英語の教師になったら、彼にまた会えるかもしれない。
そんな不純な動機で、私は進路を決めた。
あの時見た夢が、正夢になることを信じて。