水間
今日もいつもと変わらない尾原田市。これといって何か優れた特産物や、有名な芸能人の出身地というのもない、まるで俺のような普通の街。そんな閑静な街も少しずつだが確実に寒気を漂わすようになっていた。
話は変わって、昨夜は壮絶だった。
母親曰く、昨晩のアンタは泣いたり叫んだりしていて止めることもできなかった、とのこと。心当たりがないわけでもないが……。変な夢を見た気もするが内容を覚えているはずもなく、しかし何か大切なものを一度にたくさん無くした気がした。曖昧でよくわからないって?律儀にそんな事をいちいち覚えてられるほど、俺の脳みそは従順になってくれないのさ。良い医者がいるなら是非とも教えてもらいたいとこだね。きっと不治の病だろうけど……。
昨晩の記憶と奮闘している間に、俺は朝支度を終え、行きたくもない高校に行くための通過点である、自宅の最寄り駅にいた。
今日は昨日とは打って変わって、地球の傾きが真冬時くらいになってしまったのかというくらい寒い。真冬は言い過ぎか。
いつもと変わらない、車内からみる街の風景。ローカル線に乗り換えた後は、それなりに人がいないのでやっと座席につくことができる。こんな時、いつも俺は感慨にふけてしまう。俺の街とはちょっと違う風景が視界いっぱいに広がっている。もちろん、これらもいつもと変わらない。変わっていてはならない。でも変わってもほしい。俺は遺伝子レベル上、曖昧な表現が好きな性格なのかもしれない。そんな俺でも、それなりの公立高校に入学して、それなりに普通授業を受け、それなりの生活を送ることができている。全国、いや、全世界の子供たちに俺のこの殊勝な行いを見せてやりたい。きっとバッシングの嵐かもな。
そんな馬鹿げた考えを脳内に巡らせている間に、片道全電車通学を終え、第二段階の通学手段である歩行にとりかかろうとしていた。大抵の芦野高校生徒は終点であり最寄りの駅でもある台雄山駅から高校までをバスを使って登校するが、俺は異端児なので、あえて歩行を選ばせてもらった。というのは冗談で、本当のところは、親に猛反対されたからである。さすがに、電車の定期代とバス代を合わせたら一ヶ月いくらになるか考えたら恐ろしくなったので、俺もその反対は快く受け入れた。
学校に着くなり、俺は足早と教室を目指して早歩きをする。いつもギリギリの時間に到着するため、四階にある教室までノロノロと歩いていたら遅刻確定、確信犯になってしまうからだ。
教室に着くと、俺は窓側一番後ろの席に向かう。理由? 俺の席だからに決まってるだろ。
アニメ、漫画でいったら、よく主人公に当てはまる席だ。しかし当の俺は、主人公には不適役の陰キャラであり、特別な力を持っているというオプション付きでもない。普通だ。
さてここで、俺の高校生活を一段と味気のあるものにしてくれているものを教えておこう。
それは俺の前の席に鎮座している、若干茶髪ポニーテール女である。
多分好意とかではなく、ただ単にこいつは面白く、そこに惹かれている。
まずこいつの名前は水間カレン、不覚にも、不幸にも俺と同じ名字である。親戚とかではない。そしてこいつは誰とも絡もうとしない。中学の頃どうだったかは知らないが、今見ている限りは、クラスの男女誰とも絡もうとしない。だがしかし、俺はよくこいつと話す。優越感とかではないが、なぜだろう。
カレンとの出会いはもちろん、この教室で、まだ俺は入学したてで緊張していた時期、多分魔が差したんだろう、前の席の彼女に声をかけた。
「な、なあ中学どこだったんだ?」
多分こんな感じだったと思う。
しかし、返答が驚きだった。
「なんでアンタにそれを教えなきゃいけないの? どこのお偉いさんなのよ」
正直感動すらしたね。俗に言うツンデレってやつですかね。デレデレはしてないけど。
「いや、偉くはないけどさ……」
「よくわからない男ね、はぁ」
そういって頬杖をついて前を向いてしまった。よくわかんないのはお前の方だっつうの。
それからというもの、何かある度に俺に話しかけてきやがるようになった。
「なんでxとyなんていうのを昔の数学者は考えたのかしら、ほんっとややこしくて頭にくるわ」
「じゃあお前はなんだったら満足するんだ」
「そうね……幾何学模様とかかしら!」
アホかこいつ。
「もっとややこしくなる気がするけどな」
「あたしの感性にいちいち文句つけないでよね、あくまで例だから」
文句もなにも、正論だと思うんだが……。
「じゃあお前が将来数学者になって、その案を全世界の他の数学者に唱えればいいさ。」
きっとバッシングの嵐だがな。
「そうね、考えとくわ」
冗談なのにな、はぁ……。
、とまぁこんな感じの会話をたまにしている。いつもではない。こんな会話を常時していたら頭がおかしくなっちまう。
でも、カレンのおかげで俺は学校に来るのが少し楽しい。今日はどんな馬鹿な話しをしてくるのか。もう一度、念のために言っておくが、好意ではないからな。付き合うなんか考えられん。それに、俺はブサイクだから、きっと告白しても撃沈、というのがオチだ。考えただけで死にたくなってきた。
そんな思い出に浸っているうちに、朝の読書時間が終わり、ホームルームへと移行していった。