知的地球外生命体
第1話 シリウス
シリウスの過去に向かった4門艦とS2(8機)は、驚くべき事実を知った。そして、それは教訓となった。それぞれ1000年ほどの間隔で過去に向かった。シリウスには、惑星が1つしか無かった。1万5千年前のシリウスは、12人の領主の連邦制が採られていた。しかし、この惑星の領主を始めとした人々は、エゴイストが多かった。自ずと惑星としての発展は遅れる。そして、8千年程前、些細な事から2人の領主の間で戦争が始まった。その戦争は、他の領主を巻き込み、惑星を滅亡へと追いやった。
この惑星は、土星の2倍くらいの質量があった。オリハルコンの技術開発が進んだのは
その理由からだった。住人の体力は凄まじい。表面重力が地球の10倍以上あるのだ。一度争いが始まれば、破壊力は天井知らずとなった。
現在のシリウスに人は、数万人程住んでいる。しかし、かつての繁栄は陰を潜めていた。彼らも学んだのだろう。発展と富だけが、全てではない事を。
月に住んでいるシリウス人は、故郷に戻る事を望んだ。残った人々に希望を与えたいと思ったのだ。希望とは、地球の事だった。彼らは、現在のシリウス人を説得して歩いた。じょじょにだが、賛同者が集まっていた。全く見えない希望よりも、微かな希望を求めた。残る者達にとっての最大のネックは「地球人が信用出来るか」だった。
義経は、シリウスに向かった。しかし、彼らを説得する事はしなかった。ただ「地球を訪ねて見てくれ」と言って、そのまま戻った。シリウス人の希望者は、地球に向かった。義経は、全ての場所への立ち入りを認めた。たとえ、地球人にとっての立ち入り禁止区域であっても許可した。しかし、シリウス人の心が直ぐに開く事は無かった。義経は、彼らへの支援を約束して、時間が解決してくれる事を期待した。
幸いにも、シリウスのかつての繁栄の原動力は、オリハルコンだった。核の技術や遺伝子の操作は、行っていない。時間と共に人口が増え、繁栄を取り戻す日が来るかもしれない。それは、地球にとっても嬉しい事だ。地球にとって、初めてと言える地球外生命体との遭遇だ。その繁栄を喜ばない事の方がおかしい。
この惑星に宝器は存在しないのだろうか。もしそうならば、ブランチ・ワールドの存在も有り得ない。宝器は、選ばれた星にのみ存在するのだろうか。
第2話 素粒子
中央の学校で学ぶ生徒に、今年18歳になるアダムスキーという少年がいた。彼は、初歩の物理に興味を覚え、素粒子学の世界へ進んだ。後に彼が、素粒子学の第一人者となるが、未だ先の事だ。
素粒子は、次の2種類に分類される。尚、この物語の設定は、現在の理論と異なる。
1 フェルミ粒子:物質を構成する粒子。陽子や中性子は、バリオン(ハドロン)と呼ばれ、この粒子の複合体とされる。電子もこの仲間である。
2 ボース粒子:物質そのものではない。代表的なのは、フェルミ粒子を結合させる力を媒介させる粒子がある。光子もこの仲間である。
フェルミ粒子は、次の2種類に分類される。
1-1 クォーク:原子核を構成する陽子や中性子の要素となる。重粒子。
1-2 レプトン:電子などの、クォークより遥かに小さい粒子である。軽粒子。
クォークについては、以前述べたので省略する。
レプトンは、次の6種類に分類される。
1-2-1 電子:荷電粒子。第一世代。
1-2-2 ミュー粒子:荷電粒子。第二世代。
1-2-3 タウ粒子:荷電粒子。第三世代。
1-2-4 電子ニュートリノ:非荷電粒子。第一世代。
1-2-5 ミューニュートリノ:非荷電粒子。第二世代。
1-2-6 タウニュートリノ:非荷電粒子。第三世代。
ボース粒子は、次の2種類に分類される。
2-1 ゲージ粒子:力を媒介する粒子。
2-2 スカラー粒子:質量に関係する。実体は不明。
ゲージ粒子は、次の4種類に分類される。
2-2-1 光子:電磁相互作用を媒介。
2-2-2 ウィークボソン:弱い相互作用を媒介。
2-2-3 グルーオン:強い相互作用を媒介。
2-2-4 重力子:重力相互作用を媒介。
スカラー粒子は、ヒッグス粒子などが、候補として存在するが、実体は不明である。
放射能は、直接的にこれらの素粒子とは関係しない。放射能とは、原子核が崩壊して放射線を出す能力のことである。放射能の単位はベクレル(Bq)であり、1Bqは1秒間に1個の原子核が崩壊することである。また、放射能もいくつかの種類に分類される。
第3話 象
再び、宝器の探索に出発したRとアインは、西欧に向かった。最初に向かったのは、ボスニアのピラミッドだった。この地で得るものは無かったが、Rは昔呼んだ事のある本の事を思い出していた。それは、酒井勝軍の「太古日本のピラミッド」であった。日本を含め世界各地にピラミッドは存在する。Rは、その理由を僅かながら考えた事がある。
以前、ピラミッド・パワーの存在が主張された事がある。Rは、あながち根拠のないものではないと考えている。それは、物質には、その形状や配列によって力の相互作用が異なると考えるからだ。この物語の中で、何度か述べたが、原子核の周りの電子の存在は、不確定とされている。そして、電子は電荷を持っており、お互いにクーロン力が働く。形状や配列によって、このクーロン力の働き方が違うと考えている。
ここで、オームの法則を考えて見る。今、電圧と電流を対象とし、抵抗は考えない事にする。ここで、電圧を力、電流を容量と考えて見る。電圧が高い時、瞬発的な力が発生するが、容量はその分減るため、長時間は持続しない。また、電流回路には、直列回路と並列回路が存在する。直列回路は、電圧を高める。物質の形状は、この回路を形成しているのではないだろうか。故に、形状によって、力の強弱が決まるのではないだろうか。これは、未だRの些細な仮説に過ぎない。
更に、ややこしい問題がある。それは、コンデンサだ。コンデンサは電流を溜め、瞬発的に電圧を高め強力な電流を流す。しかし、直列回路の方がコンデンサの能力が低い。これは、直列回路と並列回路のどちらが、瞬発力が高いのか理解を不能にする。いずれにしろ、Rの仮説は、諸についたばかりだ。
故に、ピラミッドと電流回路の関係は不明だ。もしかしたら、アインの独創的発想が解決してくれるかもしれない。
Rは、また本の事を思い出した。それは「東日流外三郡誌」である。この書物によれば、十三湊(現青森県)は、安東氏政権が蝦夷地に存在していた時の事実上の首都と捉えられ、満洲や中国・朝鮮・欧州・アラビア・東南アジアとの貿易で栄え、欧州人向けのカトリック教会があり、中国人・インド人・アラビア人・欧州人などが多数の異人館を営んでいたとされる。
また、石川県宝達志水町には、「十戒」で有名なモーゼの墓がある。古代世界の成り立ちが記された 『竹内文献』 によると、今からおよそ3430年前、モーゼは船で日本の能登に渡来したとされる。583歳という長寿を全うし、最期は宝達山のふもとにある三ツ子塚に葬られた。それが現在も宝達志水町に残されているモーゼの墓であるとされている。
第4話 恒星への旅立ち
テムジンは、地球から20光年以内にある恒星系を訪れて見る事にした。義経は、心配したがテムジンは言う事を聞かない。義経は、条件を出した。それは、過去を調査してから、その恒星系を訪れるというものだった。
プロキシマ・ケンタウリは、ケンタウルス座に属し、太陽系から最も近い恒星である。現在、惑星は1つ確認されている。その惑星は地球の1.1~1.2倍の質量を持つ。ここが、テムジンらの根拠地となっている。
プロキシマは、赤色矮星である。赤色矮星は、質量が小さい。プロキシマは、我らの太陽質量の12%くらいだった。そして、リギル(仮称)とトリマン(仮称)と共に三重連星を構成している。主星がどれになるのか明らかとされていないらしい。この物語では、主星をトリマン・第一伴星をリギル・第二伴星をプロキシマとする。そして、上述のようにこの三重連星は、惑星を1つしか持っていない。いや、発見されていない。
筆者は、遅ればせながら気が付いた。それは、星座を構成する星は、地球上から見た平面的観測(星の明るさなど)を元にしており、地球からの距離は考慮されていない。
アインは、未だ星の質量を正確に測定する観測機器の開発に成功していない。そのため、アインの学びの間、星の質量(大きさ)は、概算となる。
テムジンは、根拠地プロキシマの惑星を離れ、バーナード星に向かった。惑星の名をコアイ・マラルとしたのは、亡くなった妻ボルテを偲んでの事だった。コアイ・マラルは「白い鹿」を意味する。
バーナード星は、へびつかい座に属し、地球から約6光年離れている。赤色矮星で、太陽質量の17%ほどの大きさだ。ここで、簡便のために1太陽質量=1SGとする。この恒星は、プロキシマの三重連星に次いで、地球から近い恒星である。この恒星にも惑星は1つあった。ここでも、簡便のために1地球質量=1AGとする。この惑星は、0.3AGだった。生命体の存在は認められない。ここでも、アインの技術力の未熟さが影響している。彼は、未だ生命体の検出を精密に行えない。
そして、しし座のウォルフ359・ラランド21185を経由して、シリウスに向かった。ラランドには、惑星が4つ確認された。更に、簡便のために1木星質量=318AG=1JGとする。恒星の外側を周る3つの惑星は0.9~1.6JGだった。一番内側の惑星は、ほぼ1AGであり、ハビタブルゾーン(生命居住可能領域)に存在する。しかし、知的生命体は存在しないようだ。確認のため、要再調査とした。
シリウスに近付いたテムジンは、ここの惑星に物資の支援と称して着陸した。義経は、定期的にシリウスに物資の支援を行っている。テムジンは、この地の人々を刺激する事を避け、早々に飛び立った。シリウスは、二重連星である。そして白色矮星である。白色矮星は、恒星が進化の終末期にとりうる形態の一つである。質量は0.3SG~1.4SGだが、密度が高い。シリウスは、1.06SGだが、表面重力は太陽の約4,100倍、地球と比較すると約11万6000倍となる。
第5話 レイライン
西欧にいるRとアインは、不思議なものを発見した。それは、ピリ・レイスの地図がヒントになっていた。その地図は、作成時には知り得ない世界地図を、南極大陸や南北アメリカ大陸を含めて作成したものだった。しかし、Rとアインにとって、それは謎ではない。彼らの興味は、ストーン・サークルに移っていた。それは、世界各地に見られる未だ解明されていない構造物だ。2人は、タイム・トラベラーか地球外生命体が作成したと考えられる地図をヒントに、ストーン・サークルの位置を世界地図にプロットして行った。すると、その点がランダムでは無く、直線上に存在する事に気が付いた。更に、古代遺跡と思われる場所もプロットした。ほとんどが、直線上に並ぶ。これは、20世紀に主張されたレイラインと似たものだった。しかし、2人の作成した地図の方がより厳密だ。
アインが、推測した。
「これは、電流の直列回路と同じものではないでしょうか。更に個々の遺跡もサークル状のものが多く、加速器を連想させます。これらのレイラインを発動させるスイッチが何処かに存在すると思います」
「地球上だけで考えれば、莫大なエネルギーを産すると考えられる。しかし、余所から来た者達にとっては、莫大とはいえない。これは、地球を訪問し、何らかの事故に会い遭難した余所者の苦肉の遺物ではないだろうか」
アインのいう加速器とは、20・21世紀に建造された素粒子の研究施設と似ている。石の配列がサークル状であったり、構造物の屋根がドーム型であったりする事がそれを連想させる。他の(例えば、ピラミッドなど)構造物も意味を持つのであろうが、今のアインには理解出来ない。
Rは、テムジンと連絡を取り、4門艦の1隻を借り受けた。これらの遺跡の過去を調査するためだった。調査に向かったノアは、20組ほどの人々を連れて戻って来た。推測通り、全ての者達が遭難者だった。その時代は、数千年~数万年と広範囲に及んでいる。しかも、中には海賊も含まれていた。彼らは、皆構造物の直列回路と加速装置の原理を知っていた。
Rにとって、そして義経やテムジンにとって思わぬ拾いものだった。過去とはいえ、様々な情報が得られる。彼らを月に連れて行き、数々の情報を得た。元海賊達も大人しくなり、情報を提供した。むしろ、海賊達の方が情報を多く持っていた。
この事が、義経の今後への指針に影響し、テムジンの旅にも影響する。
第6話 地球外生命体
最初に、簡便のために単位を導入したい。この単位は、天文学の分野で現代でも使用されているものである。それは、パーセクである。パーセクの語源は、parallax(視差)と second(秒)にある。(視差は、写真測量の基本となっている。詳細は、機会があれば述べたい)故にパーセク=psとしたい。1 psは約3.26光年である。尚、地球質量を現わす単位が存在するようである。しかし、その単位記号は、この文中に記述出来ない特殊文字なので、agで通す事にしたい。また、筆者の参考のために、太陽と木星の質量比を調べたい。太陽は、木星の約1,047倍のようだ。
ノアが過去から保護して来たグループは、23組あった。その中の3組が、地球外生命体だった。彼らの母星は遠くとも5 ps以内のようだ。海賊は、7組いた。その海賊達が保証した。5 ps以内にシリウスを除けば、知的生命体の存在する恒星系は、その3つだけのようだ。もっとも、最新の情報で、8千年前という事になるが。他の10組は、タイム・トラベラーだ。彼らの遭難は、ここ200年以内のものが多かった。あの時の余波が彼らを遭難させたのかもしれない。
地球外生命体の情報は、テムジンに伝えられた。テムジンは、その事を考慮しながら航行を続けた。その地球外生命体と遭遇した時、テムジンの率いる艦隊は防御可能なのであろうか。彼らが、攻撃して来ないという保証はない。その3つの地球外生命体の住む星まで、それぞれ3.23ps、3.65ps、4.36psとなる。シリウスは、2.63 psだ。それほど遠くない星に彼らは住んでいる。
Rと義経を載せた「白虎」(艦長ノア)は、最も近い恒星系エリダヌス座イプシロン星(0.85sg・3.2 ps)の1万年前に向かった。この時代のイプシロン人は、温厚そうで、強力な武器を所持していなかった。しかし、この時代には、オリハルコンの技術を除いて全ての技術力は、現在の地球より優れていた。5千年前に向かった。技術の進歩は、それほど無さそうだ。住人に倦怠感が見えるような気がする。2千年前に向かった。繁栄が崩れかけている。何が、彼らをそうさせたのだろうか。この星は、王制政治を行っていた。ここ8千年の間に10人の王の代替わりが行われた。やや繁栄度が上向きになる時もあったが、ほとんどが、下落して行った。原因は、王や増え過ぎた王族の搾取にあった。いくら、働いても、技術を進歩させても搾取に会う。この時代には、反乱の兆しが見えていた。1千年前に向かった。国家体制が民主化されていた。おそらく、クーデターが起きたのであろう。しかし、今度はクーデターの指導者達の抑圧が始まっていた。今まで、王制しか見て来ていないのだ。どのような政治がこの星に適しているのか分からない。クーデターは、反発心だけからのものだった。民衆から苦情が寄せられると反発心のみが沸き起こる。技術力は、1万年前より落ちてさえいるようだ。
現代に向かった。しかし、向かったのはRでも義経でもない。あの遭難したイプシロン人達だった。そして、その先頭にいるのは、静だった。彼らは、艦を使わずに転送機でこの星に降り立った。未だ可憐な静かの口元に添えられた笛から奏でられる音色は、全てのイプシロン人の心を穏やかにした。
その時、遭難した者達の隊長が、1つの刻印を翳した。その刻印は、2万年前の伝説の王「プレドイオス」の刻印だった。この星で、この刻印を知らない者はいない。隊長は、自分の名を名乗った。「我は、スレンドック」彼も、伝説の冒険家だった。
第7話 銀河系
Rは、丁度いい機会に巡り合えたと思っていた。義経もテムジンもここにいる。主だった者達が一度に集う事は珍しい。Rは、銀河系と地球の位置関係の説明を始めた。
R:「私達は、銀河系という星々の集団の中の1つの太陽系に産まれました。銀河系は、上から見れば円盤状をしており、その直径は約30,000 psあります。太陽系は、その中心から約8,600 ps離れた所に存在します。私達は、この銀河に飛び立つために位置を座標として持たなければなりません」
テムジン:「何と広大な事よ」
ここで、Rの補足をしたい。銀河系は、英語では Milky Way または the Galaxyと呼ばれる。宇宙には、数えきれないほどの銀河系や銀河団が存在する。その中で、我々の住む銀河系を「天の川銀河」と呼ぶ。紛れの無い時は、単に銀河系と呼ぶ。我々の住む銀河系は、棒渦巻銀河であるとする説が有力である。Rのいう上が何処か分からないが、円盤状をしているらしい。中心部は厚さ4,600 psあり、端の方では、300 psであると考えられている。また「天の川銀河」には、2000億~4000億個の恒星が含まれていると考えられている。
イプシロンでは、伝説の王「プレドイオス」の刻印と、伝説の冒険家「スレンドック」にあてられた形となっていた。スレンドックが、頼まなくとも講演の依頼が暇なく来る。彼は、その講演の中で地球に一度行ってみる事を勧めていた。見習えとは言わない。この星を導いて行くのは、イプシロン人なのだ。そもそも、テムジンらと同行したいのが、彼の本音だった。政治家としての能力が無い事は、本人がよく知っていた。イプシロン人の中に指導者が現れ、己の足で歩く事を願うスレンドックであった。
さて、イプシロンには、惑星が2つある。1つは、皆が居住するほぼ地球と同じ環境の星である。1つは、1.6jgある木星型の惑星であった。彼らが、地球を友として認め、留学生交換や貿易が始まれば、この星の繁栄も遠くないだろう。地球が持っていない技術をこの星は、持っている。逆もそうだ。この星では、古代の文明の方が発達している部分がある。Rらの助力で、それらを復活させる事も可能かもしれない。万事がうまく行っているわけではないが、友好関係を結べそうな星が、シリウスに加えて1つ増えた。義経にとっては、こういう事が嬉しいのだった。
久しぶりにのんびりとしていた義経の所に、劉基とマハーヴィーラがやって来た。
「これからの銀河の旅路には、テムジン様に義経様を始めとしたケムの者全ての同行が必要かと存じます。今回の静様の働きが、それを証明しています。もちろん、我ら2人も同行致します。R様とアインには、地球での仕事が未だ残っています。地球では、数名の天才的な技術者が芽を吹き始め、第3世代の技術の完成も目と鼻の先となっております」
第8話 反物質
太陽系では、第3世代の技術開発が行われていた。そこでは、次代を担うであろう若者達が育っていた。素粒子学の路に進んだアダムスキー・エネルギー学の柳・数学のアハマドなど数人が、目覚ましい成果を出していた。
研究施設は、木星の宇宙ステーションに移設されている。これは、義経の方針である。義経は「そこにあるべきものでないものは、そこに持ち込むべきではない」という考えを持っていた。オリハルコンは、第二世代のクォークから構成されている。そのクォークは、地球に存在しない。我らの太陽系での主産地は、木星である。義経は、構造的に安定したオリハルコン以外の素材の地球への持ち込みを禁じた。必然と、オリハルコンを用いる道具の製作工場も木星となる。その変わりというわけではないが、義経は、木星に巨大な粒子加速器を建造させた。この粒子加速器はCERNの規模を10倍以上大きくしたものだった。
アダムスキーは、この粒子加速器で、反物質の研究を行っていた。クォークとレプトンは、反物質を持つ。反物質とは、構造は全て同じだが、電荷が逆転しているものを言う。レプトンである電子は、負の電荷を持つ。これに対して、反物質である陽電子は正の電荷を持つ。この反物質の取り扱いには注意が必要だ。同種の素粒子の反物質をクーロン力の及ぶ距離まで近付けると、互いに引き合い接触してしまうと巨大な爆発を起こす。そして接触した素粒子は消滅する。この時のエネルギー量は、核の比ではない。尚、義経は核開発を禁じている。上述と同じ理由からだ。核反応は、恒星でのみ行われるべきだと考えている。但し、1箇所だけ例外がある。それは、アフリカのオクロ鉱山だ。この鉱山は、天然の原子炉であり、それをエネルギーとして活用する事に成功している。義経は、アインに核廃棄物の処理の研究を依頼しているが、未だ応えは貰っていない。
アダムスキーは、2つの研究成果を出していた。1つは、鉄型オリハルコンの開発だ。今までのオリハルコンは、水素型だった。物質は、3つの相を持つ。固体・液体・気体だ。それぞれの相の遷移には温度が関係する。融点と沸点だ。水素型オリハルコンは、地球上の水素の300倍の質量を持つため通常の相は固体となる。鉄型オリハルコンも相は固体である。しかし、融点が桁外れに違う。理論的には、融点45万℃となる。
もう1つの成果は、ヘキサクォークの開発だ。これは、3つアップクォーク・2つのダウンクォーク・1つの反ストレンジクォークから構成される電荷+1のバリオン(陽子)である。質量は、1,306となる。これは、オリハルコン・バリオンの2,708より小さい。しかし、この研究成果がダイバリオンの開発への入り口となる。
エネルギー学の柳は、酸素型オリハルコンの開発に成功した。酸素は、二重結合による2原子分子を構成し、電荷が-4となる。つまり、電力が水素型の4倍となる。予測できないのは、二重結合による相乗効果だ。期待している電力が減る事はないと思われる。もしろ、増えるのではないかと期待いている。
数学のアハマドは、計算量の問題に取り組んでいるが、未だ成果は上がっていない。
第9話 義経の危惧
ここで、簡便の為に、地球の事をSelf Blue(SB)、太陽の事をSelf Sun(SS)と呼びたい。義経は、SBから第三世代の技術開発が終わり、生産段階に入ったとの報告を受けた。しかし、義経は、1つの危惧を持っていた。
それは、オリハルコンと地球上の元素とが化学反応を起こした時の予測が付かない事であった。通常状態であれば、それは起こらない。元素質量232~238のウランの融点は、約1,1130℃、沸点は約4,100℃である。水素型オリハルコンの元素質量は300とされる。この事について、シリウスに質問した。
すると、シリウスからの返答は「その問題は、おそらくクリア出来ます」との事だった。義経と同じ危惧を抱いたシリウス人は、コーティングの技術をかつて、開発した。(余談になるが、義経の疑問が1つ消えた。シリウス産のオリハルコンは眩く光を放つ。SS産のオリハルコンは白銀色だ)シリウス人の理論によると、コーティングされたオリハルコンの融点は、2~3万℃、沸点は10万℃とされる。この技術はSSに伝えられた。
木星では、第三世代の艦の建造が始まっていた。しかし、アダムスキーは不満だった。彼は、恒星に向かえる艦を製作したかった。太陽の表層は、推定200万℃ある。核となれば、1,500万℃とされる。現在の技術では、45万℃が限界だ。彼は、第四世代候補のダイバリオンの研究に没頭した。
エネルギー学の柳の課題は、回路となっていた。効率性と爆発性を求めた新型のコンデンサ型バッテリー(CS)の開発を行い始めた。
数学のアハマドの持論は「宇宙を36回畳めば1光年の大きさになる」だった。現在、人類が観測可能な宇宙の大きさは、半径約465億光年である。これに対数を適用したのが、上記の発言である。彼の命題は、計算量の問題である。彼の基礎は、グラフ理論にある。グラフ理論は、18世紀のオイラーが起源とされる。しかし、彼がその事を知る由もない。彼が独自に構築した理論だった。グラフ理論の特徴は、その表記方法の簡便さにあった。この理論が何かを導いてくれる事はない。もう1つ、19世紀のエトムント・ランダウとポール・バッハマンが提唱したランダウの漸近式(O記法)がある。これは、多項式において、変数の値を増加して行った時、もっとも変量の多い項のみをその多項式の漸近式として採用するというものだ。これをO(n^2)と記述すると、多項式の中で最も変量の多い項は、n^2だと直感的に理解出来る。現在知られている最大の計算量は、O(n!)=nの階乗である。アハマドは、今この段階である。つまり、直接的な技術開発に携わる事が出来ないレベルである。
もう1人、波の研究をしている陳という若者がいるが、彼もまた、レベルが未だ低い。
第10話 くじら座タウ星
2つ目の恒星に向かっていた義経らは、手順通り、この星の1万年前に偵察機を飛ばした。くじら座タウ星(0.85sg・3.6 ps)は、5つの惑星を持っている。質量順に並べると2.0、3.1、3.6、4.3、6.6 agとなる。これらの惑星の外側を宇宙塵が取り巻いていた。ほどなく、気が付くがこの宇宙塵が、タウ人の繁栄の源となっていた。1万年前のタウは、居住惑星が1つだけだった。その惑星に100を超す国家があり、お互いに武力を行使する事も無く、貿易収入を競い合っていた。安全だと考えた義経は、一気に5千前に偵察隊を送った。タウの居住惑星は、5つに増えていた。そして、それぞれが100を超す国家を持ち、合計すると800国家くらい存在した。相変わらず、貿易収入を競い合っていた。
どうやら、その様が変わり始めたのが、3千年くらい前のようだ。惑星の外側を取り巻く宇宙塵の中にレアメタルなどのお宝が眠っている事に気が付いたようだ。全ての国家がこの宇宙塵に向かった。暫くすると、国家主導型の海賊が現れ始めた。武力の差で、宇宙塵に向かう事の出来ない国家が急増した。そこが、タウの繁栄と悲劇の始まりだった。国家に格差が訪れるようになった。大別すると、超大国家7、先進国家23、中立国家52、残りの国家は植民地となった。植民地となった国家では、武装蜂起が頻発した。しかし、独立を勝ち取る事の出来る国家は存在しなかった。タウのモラルは、貨幣と化していた。しかし、彼らも愚かではなかった。独立国家82で、連邦制度をとった。直接的な武力衝突を避けたのだ。
更に悲劇は続いた。宇宙塵のパイは、限られている。連邦内で、相場組織が作られた。言い換えれば、国家間でギャンブルが始まった。ありもしないバブルを作り、見せ掛けの財産を抵当にし、倒壊して行く国家が増えた。その中で、繁栄と共に技術力も上げて行く国家が5つ存在した。今のタウは、この5つの国家の連邦制となっている。800もあった国家には、階級が付けられ、超大国5つの民の中にも階級が付けられていた。階級の基準は富であった。バブルを経験しているタウでは、見せ掛けの富は見破られて行った。富は実在するものだけとなった。
そこに、電脳の急激な発達が齎され、実在する富が翻弄されていた。電脳の発達は、実在しない富を人々に認めさせ、混乱を招いていた。そこに、越モラル派や脱モラル派が現れ始めていた。双方の共通点は「電脳と富に支配されるな」だった。