宝器
第1話 宝器
そもそも自然界に存在する不思議な物体の正体は何なのだろうか。現代においてそれらは、オーパーツと総称される。オーパーツは「それらが発見された場所や時代とはまったくそぐわないと考えられる物品」と定義されている。つまり、そこにあってはならないものである。そこに存在する可能性は、いくつかあげられる。1つは、地球上の超古代文明が産したものだ。1つは、地球外生命体が、齎したものだ。
この物語の設定では、自然界が産したものとしている。それらを宝器と呼ぶ事にしている。対して、人が産したものを道具と呼ぶ事にしている。しかしながら、オーパーツには、ものではなく、事象を指すものも存在する。これらは、宝器とは別な扱いとしたい。
さて、義経らが世界を統一した後150年程が過ぎていた。現代で言うならば15世紀後半というところであろうか。しかし、義経とテムジンは年号を変えていた。今は、丁度「新与100年」になる。年号を新与とした理由があった。自分達は「何者かに生かされている」と実感している義経達は、何者かに新しく与えられた世界という意味で年号を決めたのだった。何者かとは、自然そのものなのかもしれない。義経らは、絶対的な掟を持っていた。それは「自然の理に従う」という事だった。
義経らが統一した世界の住民は、世界中のいたるところに住むようになった。それぞれの民族が自治を行い、義経らが司法権を発動する事は、今までなかった。義経らの居住する中央には、開発庁と教育庁が存在した。各自治体は、決められた道具以外を用いて自然の開発を進める事を禁じられていた。学ぶ事とそれを応用して自然界に影響を与える事は、異なる事だという義経らの理念があったためである。宝器「霊樹の与」に選ばれた者や学びを望むものには、教育庁が指導や監督を行った。
開発庁の相談役は、タイム・トラベラー「R」であった。ここでは、数々の道具が開発され義経らの判断の元に実用化されていった。テムジンは、Rが未来から運び込んだ4門艦に搭乗し、宇宙を探検する事に夢中だった。必然と内政は、義経に任せられた。劉基・耶律楚材・大江広元らが、補佐役としている。現段階では、Rの指導による開発が主だが、近い将来にRを越す道具を開発出来る者が、現れるかもしれない。
宇宙を探検しているテムジンの拠点は、太陽系の隣の恒星系の1つの惑星だった。かつて、帝国軍団の兵だった者達も家族と共にここに移住している。Rの指導で開発した4門艦より、2周りくらい小さな宇宙艦が12隻あった。彼らは、それに搭乗し、近恒星系を探検して歩いていた。
第2話 水晶ドクロ
水晶は、石英の1種類である。石英は、二酸化ケイ素 (SiO2) が結晶となってできた鉱物である。六角柱状のきれいな自形結晶をなすことが多い。その中の無色透明なものを水晶と呼ぶ。
結晶とは原子や分子が空間的に繰り返しパターンを持って配列しているような物質である。尚、クリスタルは、多義的に使われるので注意が必要である。結晶には、原子を分子化する時の結合方法がいくつかあるとされている。水晶(石英)は、共有結合であるとされる。
しかしながら、厳密にいうと「空間的に繰り返しパターン」は、離散的(不連続的)であると言われている。これは、原子核の周りにある電子の存在(または軌道)が不確定的であるためと思われる。この電子の存在の不確定さは、タンパク質の折り畳みや染色体の2重螺旋構造にも影響を与えているとされる。
さて、水晶ドクロは、筆者を含めた我々の時代で「19個以上が発見されている」といわれるが、中には明らかな贋物が存在するようだ。多くの水晶ドクロは、マヤ文明やアステカ文明、インカ帝国といった中南米の考古遺物とされている。そして、本物が13個揃った時に、何かが起きるという伝承がある。
また、水晶を加工するためには、結晶の持つパターンを維持しながら行わなければならない。精密に加工するためには、相当な技術力が必要と思われる。元々が離散的な構造をとるため、現代の技術では予期せぬ失敗の起こる事が予測される。この本物の水晶ドクロを作成した者は、その技術を持っていたのであろうか。この物語の設定では、自然が加工したものとなる。
Rは、この水晶ドクロの事を知っていた。Rの世界から飛散したものであるという。これが13個揃った時、自動的に一定の配列が決まるそうである。そして、1個目に特定の波長の光を当てた時、その光エネルギーは次々と増幅され、強力なエネルギーとなるようである。Rは言う。
「これを集めれば、無尽蔵とさえいえる動力が得られる。クリーンなエネルギーが確保出来る」
義経には理解出来なかったが、探索隊を編成する事にした。探知機は、Rが用意してくれるという。この宝器の探索は、比較的に簡単だった。1個だけでは、何の効力も持たないため、危険は無い。探索の前に確認出来ている本物は、3個だけだった。(もっとも、贋物が現れるのは、20世紀の事だが。)エルサレムとバチカン、南米から持ち帰ったものの3個である。エルサレムとバチカンからは、借り受ける事にした。世界統一から150年経った今では、かつての宗教への信仰が薄れてきている。義経らケムの者達に求心力が集まり始めていた。
第3話 デリーの鉄柱
デリーの鉄柱は、インド・デリー市郊外の世界遺産クトゥブ・ミナール内にある錆びない鉄柱のことである。チャンドラヴァルマンの柱とも呼ばれる。約1600年の間、錆びが進行しなかったようだ。
錆びの原因は、鉄(Fe)が酸素(O)と結合するためである。この鉄柱が錆びない理由の仮説は、いくつか存在する。その中で、ナノチューブ構造体を使って製作されているという仮説が、もっとも興味深い。
現代には、ステンレス鋼という、鉄とクロムやニッケルの合金鋼が存在する。錆びの原因を取り除くためには、鉄と酸素が直接的な化学反応を起こしにくくすればよいのだと理解している。いずれにしろ、現時点で、この鉄柱が錆びにくい原因は明確となっていないようだ。また、中国の秦の時代の鉄剣にクロムメッキが施されていたらしい。
もう1つ、鉱物関連で、古代中国や2万年前のルーマニアの地層からアルミニウム合金が発見されたらしい。この事とは、直接関係ないが、筆者が興味を引いたので、記述したい。それは、酸化アルミニウム(Al2O3)(通称アルミナ)(α-アルミナ)についてになる。アルミナは、天然にはコランダム(鋼玉)、ルビー、サファイアとして産出する。硬度が高く、高融点であるため、耐火物としての用途もある。
Rが、提案した。
「太平洋に人工島を造ろう。我らの文明が開発した合金で浮島を造ろうではないか。そして、そこに13個の水晶ドクロを集めては、どうだろうか」
義経は、浮島に違和感を持った。あまりにも人の手が加わり過ぎ、自然の理と異なるような気がするのだ。
「中東の砂漠に施設を造ろう。ドクロはそこに集める」
Rに否やはない。出来るからといって、してはならないのだ。自らの体験で嫌というほど味わってきたではないか。義経に再度教えられたような気がしていた。Rは、そこから必要な場所にエネルギーを転送する技術を持っている。しかし、それも多用してはならないのだ。
Rは、1万年以上生きて来ている。しかし、彼は仙道などの類ではない。独自の科学理論によって、自分の生命を維持している。技術の粋を集めたような人間だった。彼は、自分の持つ技術の少しだけを他の人に伝えた事がある。その者達は、技術に溺れ、自滅して行った。義経ならば、全てを伝えてもよいのではないだろうか。しかし、その時、自分は無用の者となるのであろうか。いや、きっと、そうはならないだろう。
第4話 探索への旅立ち
絶対時間の存在を大前提とするこの物語は、オーパーツのいくつかをタイム・トラベラーが齎したものとして、解釈する事にする。この物語の中では、異なるブランチ・ワールドからの訪問者がインドにいた事実がある。デリーの錆びない鉄柱も、その1つだと解釈する事にする。
多くの宝器を見て来た「R」にとって、それが宝器なのか道具なのかを見分ける事は容易い。何故ならば、宝器の発するエネルギーを検知する装置を持っているからだ。Rの検知装置は、宝器が発する共通するエネルギーの検出器のようだ。しかし、Rにも判断がつかない時があるらしい。検出器が時々、不定値を出す時があるようだ。Rは、1つとして、宝器の仕組みを解明した事は無いようだ。それは、Rに宝器と同じものの製作を依頼する事は出来ない事も意味する。
1万年以上生きて来たRは、自然(宇宙)の理を解明する事を生き甲斐としている。そのRに助手が出来た。それは、役小角が連れて来た童子だった。その童子は、幼い時に「霊樹の与」から「理」の文字を授けられ、現在150歳を過ぎた。しかし、見た眼は童子だった。この童子の名を「アイン」と名付けた。これは、ユダヤの長の命名だった。名前の由来ははっきりしないが、この童子がユダヤの長に可愛がられていたため、童子が名付けを頼んだのだそうだ。丁度、成人の儀を行う時に名付けて貰った。
このアインが、Rの助手となり、学んでいる。しかし、時々Rが驚くべき論理を展開するようだ。Rは、アインを後継者にしたいと思っていた。いや、共に理を追求する仲間になるのであろうと思う。アインは、欲を持たない童子だった。何かを発見しても、それは子供がおもちゃを見つけたようなもので、実社会に影響を与えるような技術化は行わなかった。これが、もっともRの気にいっているところだった。人は、何かを発見すると試したくなる。そして、世界の中で、どのくらい凄い事なのか評価して貰いたいと思う。この事が、周囲の人々を巻き込み災いを引き起こしてきた事例を、Rは数多く見てきている。
Rはアインと共に、オーパーツの鑑定の旅に出る事にした。絶対時間とタイム・トラベルを想定すると多くのオーパーツの意義が失われるかもしれない。しかし、宝器の真贋を確かめる事は重要である。宝器が自分達に幸運を齎すのか、災いを齎すのかは分からない。今のところ宝器は、義経らに好意を持っているように感じられる。しかし、不測の事態を思うと、宝器の所在を明らかにしておきたい。しかし、この世界に存在する宝器が、全て見つかるとは、限らない。何故なら、不活性の宝器も存在するからである。義経の周りの多くの者が、思っている。
「分からないから面白いのだ。分かってしまったらつまらなくなる」
第5話 マハーバーラタ
Rとアインの探索は、インドから始められた。この地には、かつて異なるブランチ・ワールドの住人が存在していた。この世界にどの程度影響を与えたのかも知る必要がある。そして、この地は「ブランチ・ワールドの欠片」だと、あの者達が言っていた。その意味とあの者達が為した事、そして結果も知りたい。
しかし、今の世界にこの事を覚えている人はいない。手掛かりとなるのは、この地に残る2つの叙事詩の記述だけだろう。2つの叙事詩とは「マハーバーラタ」「ラーマーヤナ」である。これらは、ヒンドゥー教徒の拠り所となっている。キリスト教は「聖書」イスラム教は「コーラン」という聖典を持つが、ヒンドゥー教の聖典は、この2つの叙事詩かもしれない。
マハーバーラタは「偉大なバラタ族の物語」という意味を持つ。この叙事詩は、インドのグプタ朝(BC3世紀~AC6世紀)に成立したものと考えられている。
ラーマーヤナは「ラーマ王行状記」と意味いう意味を持つ。この作者は、ヴァールミーキとされている。彼は、ガンジス川流域のコーサラ国(紀元前6世紀頃)の人であったといわれている。
マハーバーラタの序章は、バラタ王の子孫のクル族の末裔の王位継承のお家騒動だと思う。この時、戦争が始まり18日間続いた。しかし、戦争の様が14日目から大きく変わる。インドラ神がカルナ王子に授けた「インドラ神の持つ最強の槍シャクティ」を使用して、攻撃を掛けた。また、不思議な宝石の話も出てくる。この宝石の名前は、明らかではないが「どんな敵にも、どんな災害にも、どんな飢えにも悩まされることがない」と言われていた。簡単過ぎるあらすじだが、深い内容の物語であると思うため、機会を見つけて読破したいと思う。また、訳者によっては、内容の異なるものがあるようだ。
この叙事詩の中で目を引く宝物は、最強の槍シャクティと不思議な宝石である。しかし、詳細がよく分からない。宝器であるのかも、道具であるのかもしれない。直感だけで言えば、インドラ神とはタイム・トラベラーであり、2つの宝物はそのもの達の道具であると思われる。Rとアインは、ラーマーヤナへと目を移した。
第6話 ラーマーヤナ
悪魔であるラーヴァナ王は、全能神ブラフマーへの祈りを「神々にも悪魔にも殺されない存在となれるように」とささげ、そして叶えられた。その事に、神々の中でヴイシュヌとその妻ラクシュミーが心を痛め、人間に転生してラーヴァナを退治しようと思いたった。ヴイシュヌは、コーサラ国の王に神酒を飲ませ、その王子ラーマとなって転生をした。ミテイラー国のジャナカ王のシーターという娘は、ラクシュミーの化身であり、ラーマと結ばれる事になる。ジャナカ王の布告に「シヴァ神の強弓」をひくことができるものに娘を与えるというものがあった。それが、ラーマだった。しかし、ラーヴァナの妹シュールパナカーの企みで、シーターは「金色のレイヨウ」を手に入れる事を欲し、それを探しに向かったラーマの隙を狙い、ラーヴァナは、シーターを誘拐する。これを目撃したハゲワシの王ジャターユスが、助けようとするが、逆に瀕死の重傷を負ってしまう。猿軍の王スグリーヴァはラーマと同盟を結ぶ。そして、猿軍の将軍ハヌマーンは、風神の子とされ魔法の力を持っていた。ラーマは海の神に祈り大軍が渡れる橋を架けてもらい、猿の軍勢を率いて悪魔の国へ攻め込んだ。ラーマ王子と魔王ラーヴァナとの戦いが始まり、最期はインドラ神の助けを得て「神の刃」と呼ばれる必殺の矢を放ちラーヴァナを倒す。ラーマはシーターと手を取り合ってコーサラ国に戻り、目出度く王に即位する。ラーマ王の治世は末永く続き、コーサラ国はいつまでも平和な国として栄えた。
この物語では、神をタイム・トラベラーとして扱いたい。ハゲワシの王や猿軍の王、そしてハヌマーンは、ケムの者であったのであろうか。異なるブランチ・ワールドからの来訪者は、新たに築かれるブランチ・ワールドを阻止する事が目的だったようだ。ブランチ・ワールドとケムの者は深い係わりがあるのかもしれない。
2つの叙事詩には、ヴィマーナ・アストラ・アグネアの武器などの兵器の描写があるようだ。ヴィマーナは、空を自由に飛行する飛行物体。アストラはミサイルを連想させる。アグネアの武器は、核兵器あるいはそれ以上の破壊力を持つものかもしれない。
Rは、考えていた。この時代より遥か未来の者なら、そのような兵器の開発は可能であろう。しかし、それでブランチ・ワールドを阻止する事が出来たのだろうか。あの者達は、インドは「ブランチ・ワールドの欠片」だと言った。問題が2つある。1つは、兵器の開発を行う必要があるのだろうか。これは、義経に相談してみよう。1つは、欠片とは何を意味するのだろうか。
第7話 ガラス化地帯
インダス文明の中心都市とされるモヘンジョダロは、ユネスコ世界遺産に(1980年)文化遺産として「モヘンジョダロの考古遺跡」の名で登録されている。この都市は紀元前2500~1800年にかけて繁栄したとされる。しかし、その衰退、あるいは滅亡の理由は謎とされている。特徴は、高度な計画都市だった事だ。しかし、この都市は、現地の言葉で「死の丘」を意味する。この都市から数キロ離れた場所に広範囲なガラス化地帯が見られる。これを含め、いくつかの傍証から古代に核戦争があったのではないかと推測する人達が多数存在するようだ。
そもそも、ガラス化とはどういう現象なのだろうか。ガラス化には、いくつかの方法があるようだ。暮らしに役だってきたガラスの主成分は、ケイ素(Si)である。ケイ酸化合物として食器などが生産されてきた。今回の核とガラス化の関係を調べてみた。これは、核爆発によるガラス転移現象の事を示唆しているものと思われる。元素によって、ガラス化の基準が異なるようだ。例えば、融点がある。ある物質がガラス化するためには、融点を遥かに超えた温度で物質を溶かし、急激に冷やす必要がある。しかし、現代の科学でも何故ガラス化するのかは明らかとされていない。何故ならば、そのような状態になった時、物質は非平衡状態となるからだ。現代の科学で解明されている現象は平衡状態での実験や観察のみとなる。
ガラスの分子状態も結論的な理論は存在しないようだ。やはり、電子の存在の不確定さに問題があるのだろうか。
筆者は、核エネルギー相当では、広範囲のガラス化地帯を創る事は不可能だと思う。ビーカーの中の平衡状態ならば可能かもしれないが。これは、やろうと思えば不可能な事ではないと思う。但し、ガラス化に興味を持つ科学者が存在するという条件がつくが。
岩手の北上山系の地下がリニアコライダーの候補地に挙がっている。この規模が、ヨーロッパのCERNと比較してどの程度なのか筆者には明確ではない。この施設の目的は、素粒子の研究にある。山系の地下に円形状のトンネルを造り、そのトンネル内を例えば、2個の電子を加速させながら衝突させるという実験を行う。非常に興味深い実験であるが、微かな不安もある(反物質反応の実験も予定されている)。分からない事を確かめるとは、そういう事なのだろうか。
話を元に戻す。ガラス化地帯は、モヘンジョダロに限らず世界中に存在するようだ。筆者の説は、現在の人類が知らない自然現象だと思う。1つだけ、興味深い鉱山があった。それは、アフリカのガボン共和国のオクロ鉱山だ。この鉱山は、天然の原子炉と言われる。このウラン鉱山に誰かが、20億年前に核分裂反応を起こしたとしか考えられないようである。いずれにしろ、知らない自然現象は数多存在するのであろう。
第8話 ブランチの欠片
Rは、インドの人達を見て違和感を覚えていた。それは、決して嫌な感じのものではなく、新鮮なものといった方が正しいのだろう。Rは、それについて仮説を持っていた。
「ブランチ・ワールドが、何故構築されるのかは分からない。しかし、ブランチ・ワールドは、いくつかのテーマを持って誕生するのではないだろうか。それ故に、義経に教えられる事があったり、インドの人達に違和感を覚えたりするのではないだろうか。産まれた時からの思考方法や感性、価値観がまるで違うのだろう」
しかし、義経らのテーマを知る事は出来ない。謙虚さを持って、学んで行く事は出来るかもしれない。1万年生きて来た私には、それも難しいかもしれない。既成概念が強過ぎるかもしれない。新しい事を学ぶためには、長く生き過ぎたのかもしれない。アインに全てを託す日が来るのだろうか。私は、私の役割を考えて行かなければならないのだろう。
インドの人々は、問題を発見するのが得意なように感じられる。彼らは、数学的思考や論理性に富み、それが裏打ちとなっているのだろうか。一見すると、いい加減さが目立つような気がするのだが、それは私と彼らとの価値観の違いなのだろう。彼らの行動は、極端にも見える。それは、大切なものとそうでないものへのウエイトのかけ方の違いなのだろうか。
Rとアインが、村落を巡っている時、一人の男と出会った。彼は、気軽に近付いてきて名前を名乗った。
「私は、マハーヴィーラといいます。貴方達は、この村を通り過ぎると大切なものを拾い損ねるかもしれませんよ」
ほとんどの人々がR達を神と崇め、近付いてくることも、ましてや話しかけられることなども初めてだった。Rは、彼に「何が望みですか」と訊ねた。
「私の話を聞いて貰えますか」
彼は、マハーバーラタとラーマーヤナについて、話し始めた。その内容は、Rの予測と8割くらいが合致していた。Rは、驚いた。何処からその根拠が来るのだ。その理由が知りたかった。
「簡単です。もし、今があの時の延長上の世界なら、あの書物に書かれている品々は、残っているはずです。残っていないのは、今があの時の延長ではないからです。考えられるのは、時間が違うという事だけです」
無茶な論法だが、彼の頭の中は言葉に現わせないものを多く持っているのだろう。Rが、どの程度の知識を持っているのか知らない彼は、単純に説明しただけだった。彼の持つ数学や論理のレベルは、21世紀のものを遥かに上回っていた。彼は、この先義経にとって、欠かすことの出来ない人物になる。彼は、リスク回避者となる。予知能力を持っているのではなく、問題発生予測能力が抜きんでていた。
第9話 ノアの方舟
旧約聖書『創世記』には、『神は地上に増えた人々が悪を行っているのを見て、これを洪水で滅ぼすと「神と共に歩んだ正しい人」であったノアに告げ、ノアに箱舟の建設を命じた』と記述されている。この方舟は「ゴフェルの木」でつくられたとされているが、この素材が不明である。どの文献を探しても「ゴフェル」が見つからないようである。そして、方舟は、トルコのアララト山の上にとまったとされている。
洪水伝説は、世界各地に存在するようであるが、これは自然現象であり、何ら不思議はないと思う。大昔の人達が、自然を敬い、畏れてきた事が、こういう伝説を生んだのではないかと考える。しかし、この物語では、方舟は宇宙船ないしは、巨大な飛行艇だったとする。ノアがその舟で逃げた理由は本人の話から分かる事になる。
Rは、探知機を積んだ小型艇で、アララト山の上空を飛んでいた。反応は直ぐにあった。墜落したと思われる宇宙船がステルス・シールドを張った状態で見つかった。Rの暮らした世界とよく似た構造の宇宙船だった。その船は、中破状態というところか。何者かに、攻撃されたものと思われる。Rは、マザー・ブレーンと接触した時に驚くべき事が分かった。この船は、Rの世界から派遣されたものだった。元の世界で、時空遭難はほとんど無かったが、稀におきる事があった。自分の世界のマザー・ブレーンの制御ならお手の物だ。船内に入ったRは、冷凍睡眠カプセル内の人々を見つけた。マザー・ブレーンに指示を出し、覚醒の処置を行った。ほどなく、覚醒した一人が、Rを見つけた。
「どうしてここに。何かエネルギー反応でもあったのでしょうか」
そう言った一人は、この世界では「ノア」と呼ばれた人物だった。彼は、宝器探索のために紀元前に派遣されていた。当時、行方の分からなくなったノアをRは案じた。トラブルの発生する事は稀だった。そのノアが、あの時代であった出来ごとを語り始めた。
「海賊に襲われたのです。それは、突然の事でした。おそらく、我らの探知装置を上回るステルス装置を装備していたのでしょう。我々は、仲間を集め、この船に乗り込みました。しかし、5、6隻いた船の1つが、追撃をかけてきたのです。我々の持つ技術は、探知と防御が主です。敵を攻撃する兵器をほとんど持っていません。我らは、この地で撃墜され、今に至ります」
「何故、海賊だと思うのかね」
「それは、この地球から進化した世界のタイム・トラベラーなら、あのようなことをしないでしょう。また、海賊行為を働いても益のない事を知っているでしょう」
「その海賊は、地球外生命体だと思うのだな」
「はい、そうとしか考えられません。この地球を旅の途中で偶然発見したのかもしれません。しかし、かなり高度な科学技術を持っていました」
「海賊だとすれば、何処かの集団に属している可能性は少ないな。この世界の略奪が損を産むだけだとう事も知ったはずだ。何もないのだから。しかし、再度偶然という事もありえる。義経に相談してみよう」
第10話 平衡状態
現代の科学の実験は、ほとんどが平衡状態で行われる。平衡状態とは、対象物AとBがあり、それらを反応させる時、外部からの影響を限り無くゼロに近付けるという事である。こうする事によって、対象物AとBの反応結果の情報が雑音無しに得られる。しかしながら、それは自然界に適応出来ない。自然は常にお互いに影響し合い存在する。また、それは時間と全体・部分の問題とも係わりがある。
1つ例をあげたい。ここに生石灰(酸化カルシウム)(CaO)と水(H2O)が存在したとする。これらを混ぜ合わせると高熱を発する事が知られている。少量の混合物であれば、大きな問題とならない。ここに500リットルの水の入ったタンクと10キロの生石灰があったとする。10キロの生石灰の全てを1度にタンクに投入したならば、どういう現象が起こるであろうか。最悪、爆発が起こると予想される。軽くとも投入者は重度の火傷を負うだろう。これは、部分的に反応している生石灰と水の反応が終了する前に、次の生石灰が投入されているためと考える。また、発した熱を空気中に逃がしてやる時間が足りないためとも考えられる。この状況では、外部の温度や湿度、気圧などが影響して、予測の付かない結果を生むのだろう。何年前から禁止になったのか分からないが、ホームセンターで生石灰の販売が行われなくなった。入手するためには、特別な手続きが必要なのだろうか。
蛇足になるが、食品などに入っている乾燥材の正体はこの生石灰である。相当量の水を与えた乾燥材をゴミ箱に捨てれば、火事になる可能性がある。
さて、ホームセンターでは今、消石灰(水酸化カルシウム)(Ca(OH)2)を販売している。工場で予め生石灰と水を反応させ化合物としたものだ。これには、危険な要素は含まれていない。ただ、目に入ると痛いが。とても痛い。
この消石灰は、農業用の肥料や消毒薬として使われる。微生物(細菌など)は、強アルカリ性を示す消石灰の水溶液に抵抗出来ないのだろう。現在は、見たことがないが、筆者の若かりし時、火事の現場あとに消石灰が散布されていた。おそらく、消毒のためであろう。
余談になるが、畑の土壌は弱アルカリ性(目安としてpH6.0-6.5)に維持される。これは、多くの植物が酸性を嫌う性質があるためだ。