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cottoncolor  作者: 杜若
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九話

「前田先生、これを小鉢科長に渡していただけますか」

病院の女子更衣室から出てきた霧子にまるで待ち伏せていたかのようにタイミング良くこそこそと近づいてきた毛利が素早く茶封筒を手渡す。

「あら、なんでしょう毛利事務長」

小首を傾げわざとらしく尋ねると、毛利はい、いえ大したものじゃないんです。

必ず本人に手渡ししてください。

と暑くもないのに汗の滲んだ広い額を拭きながら素早く周りを見回して、そそくさと去っていった。

その後ろ姿を見て霧子は嗤う。

偶然とはいえ実に理想の下僕が手に入った。

薬を飲ませ、朦朧としていた北山を毛利の運転するベンツに曳き殺させてから五日が経過していた。

十二月も半ばを過ぎ、世の中が少しづつ慌ただしくなっていく。

最近の携帯電話のカメラは本当に大したものだ。光源はちらつくネオンサイン。しかも

かなり乱暴な動作でシャッターを切ったのに車のナンバーと地面に横たわる北山の姿が

鮮明に移っていた。

ひき逃げの決定的な証拠。これが警察の手に渡れば毛利は今まで築き上げてきた社会的地位を一瞬で失ってしまうだろう。

霧子は周りに人気がないことを確かめると北山にゆっくりと近寄った。後頭部をもろに曳かれたらしくタイヤの幅に頭蓋骨が陥没し、かつて顔だったところは単なる血肉の塊になっている。

これは車の方にもかなりの衝撃があったはずだが、酔っていたので気がつかなかったのだろうか。

まあ、その時はそんな悠長なことを考えている暇はなかった。

北山の死体を何とかしなければ、警察が来る。

いくらこの街が警察より暴力団の方が幅を利かせている歓楽街だとしても、ひき逃げ死体をそのままにしておくわけがない。

警察に毛利がつかまってしまっては困る。

そこで霧子は、北山のまだ生温かい腕を自分の首に回した。暗がりなら酔い潰れたツレを引きずって歩いているように見えるだろう。

誰かにすれ違わないように願いながら少し先の古ぼけたビルまで歩く。

窓が少なく、入口には幾つもに区切られた大きな看板がある。この街にはよくあるタイプだが、その看板には店の名前が一枚もかけられておらず狭い入口も闇に沈んでいる。何度か放火目的で街をうろついている時に見つけたもので、利権問題か老朽化かどちらかで無人となったものだった。

二週間の間それなりに観察していたが、誰かが出入りしている様子はなかった。

霧子はそのまま北山の死がいを二階まで担ぎあげる。北山も決して大柄というわけではないが死体になれば女性が運ぶのはなかなか辛い。

吐く息が白くなるほどの寒さだというのに、目的の場所まで北山を引きずっていった時には汗だくになっていた。

廊下の一番奥まった場所にある共同トイレ。店舗スペースにはがっちりと鍵がかけられていたがここは自由に出入りできるようになっている。

霧子は女子トイレの一番奥の個室に北山を無造作に突っ込むと、中から鍵をかけ自分は便器の上によじ登って隣の個室へと移る。

こうしておけばしばらく発見される事はないだろう。別に永久に発見されない必要はないのだ。腐敗が進み、死因の特定が難しくなるまでの

時間が稼げればそれでいいのだ。

一瞬で北山を殺してしまったのは後悔が残るが、その分役に立ってもらおう。

明け方、家に戻った霧子は携帯の写真をパソコンに転送し何枚も印刷した。

引き延ばしてみれば毛利の車のタイヤには白い骨片らしきものも認められる。

これを見せられたらいい訳はできまい。

霧子はそれをありふれたB5サイズの茶封筒にいれると、少し早めに出勤した際に毛利事務長のメールボックスに放り込んでおいた。

坪内総合病院規模の事務長だと個人あての郵便物もそれなりの量になる。ここに入れておけば明日の朝には事務員が本人に手渡してくれるだろう。

さらに、その夜一人になった医局で霧子はパソコンに向かった。

この病院では職員同士がメールでやり取りできるように一人一人にイントラネット用のメールアドレスが支給されている。

と言っても、バイトの霧子は対象外だ。

「だったら拝借すればいいわ」

呟きながら、霧子は8ケタの数字を打ちこむ。と、現れたのは小鉢科長のメールボックスだ。

パソコンにそれ程興味のない人間は、恐ろしいほどセキュリティには無頓着だ。

そして小鉢は自分のパスワードをポストイットに書きこんで、無造作にモニターの脇に貼っておくタイプだった。

メールボックスの中には無論毛利事務長のアドレスもある。

「メールボックスに入れておいた写真は見ていただけましたか?私は明後日の朝あれを警察に提出する予定です。それが嫌だというのでしたら、前田医師から渡された封筒の中身の指示に従って下さい」

書き手の特徴がでないように要点のみを書いた文章を小鉢の名前で毛利に送る。

翌日の夕方毛利事務長が真っ青な顔で救急科の入り口のあたりをうろうろしているのを見つけて、霧子はにんまりとした。

ハンドバックから封筒を取り出し、何も知らないふうに毛利に手渡す。

その返事が今返ってきた。

彼はきっと自分がしでかした事の重大さに怯え、それをもみ消すことに全精力を注いでいるのだろう。

だから、なぜ小鉢があの写真をとれたのか。イントラネットやメールボックスなど他の職員の目につきやすい手段で接触してきたのか。

さらに、どうして自分を通して必要な物のやり取りをするのかなどの疑問は思い浮かばないに

違いない。

はやる心を抑えて、霧子は医局にひとりきりになった時を見計らってそっと茶封筒を開けた。

そこにはここ一ヶ月に救急科を受診した人間の住所氏名と電話番号が記載されている。

事務方が管理する患者の個人情報。小鉢の名前で要求した、もの。

「これで、遊びがやりやすくなったわ」

A4用紙に印刷されたそれを何度も読み返しながら、霧子はうっとりと呟いた。


続く。










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