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鈴は真夜中に鳴る

作者: 黒瀬クロエ
掲載日:2026/07/18

 挿絵(By みてみん)

 ――ちりん。


 鈴の音がした。


 小さい。


 それでいて、冬の静寂には不釣り合いなほど耳に残る音だった。


 深夜。


 紫は雅也の家の二階、客間の布団で眠っていた。


 夢と現実の境目が曖昧だった。


 身体は眠っている。


 意識だけがゆっくりと浮かび上がる。


 ――ちりん。


 また鳴る。


 今度は少し近い。


 最近は怪異を見ることにも慣れてしまった。


 鎧武者、般若、針女。


 ろくでもない連中ばかり見てきた。


 それでも怖いものは怖い。


 慣れることと、恐怖を感じなくなることは別だった。


 廊下から、二つの足音が聞こえる。


 男の声。


「ここで間違いないか?」


 女が答える。


「ええ。確かにここのはずよ。」


 ――ちりん。


 音は部屋の中へ入ってきた。


 障子は開いていない。


 足音だけが近づいてくる。


 そして。


 音は枕元で止まった。


 身体が動かない。


 金縛りだ。


 嫌な汗が首筋を伝う。


(先生……)


 恐怖だけが先に立ち、身体はまだ言うことを聞かない。


 それでも、指先がわずかに動いた。


 次の瞬間には、もう全身が動いていた。


 紫は歯を食いしばり、力任せに身体を起こす。


 布団を跳ね飛ばし、そのまま飛び起きる。


 目の前には赤い服の大男。


 金髭。


 外国人。


 思考が追いつくより早く、脚が出ていた。


 前蹴り。


 つま先が男のみぞおちへ深く突き刺さる。


「ブフォッ!」


 男は盛大に吐しゃ物をまき散らしながら畳へ転がった。


「スティーブ!」


 茶色い服を着た金髪の女が慌てて駆け寄る。


「大丈夫?」


「オー……元気なボーイですねぇ……。」


「誰がボーイだ。」


 紫は構えを崩さない。


「次は顔にいくけど。」


「ジョーク、ジョーク。」


 男は腹を押さえながら立ち上がる。


「見れば分かるでしょう。」


 胸を張る。


「サンタクロースです。」


 沈黙。


「僕はスティーブ。」


「私はトナカイのジャニカ。」


 二人がぺこりと頭を下げた。


 紫は数秒考えたあと、


「……今、一月だけど。」


 二人も黙る。


 スティーブがゆっくりジャニカを見る。


「今日、何月って?」


「一月……。」


「オー、シット。どういう事だいジャニカ」


 頭を抱えるスティーブ。


「オ-、多分、旧正月の関係とかでずれたのかも。」


「たぶん違うと思うけど。」


「まぁいいデス。」


 スティーブは切り替えるように咳払いをひとつした。


「大切なのは気持ちデース、相手を思いやる気持ちがあれば無問題デス。」


「それ、自分で言っちゃうんだ。」


「細かい事は気にしちゃダメデス。こういうのはノリデスヨ」


「メリークリスマース!」


スティーブとジャニカがクラッカーを鳴らす。


「なにこれ。」


 紫は呆れた。


「プレゼントです。」


 スティーブは大きな袋を差し出した。


「本物のサンタからプレゼント。あなた、とてもラッキーデス。」


「……何が入ってるの?」


「見れば分かります。」


 紫は袋を覗き込む。


 真っ暗だった。


 底がない。


 暗闇が続いている。


 いや。


 暗闇がこちらを見返している。


 身体が袋へ引き寄せられる。


(まずい。)


 抗おうとした足が、逆に一歩、前へ出た。


 そのときだった。


 銃声が家中へ響いた。


 轟音。


 袋の吸引が止まる。


 紫は転がるように飛び退いた。


 スティーブが胸を押さえて膝をつく。


「日本人はせっかちデスネ、いきなり撃つんデスねぇ……。」


 煙草の煙が漂う。


 書斎の戸口には雅也が立っていた。


 片手に拳銃。


 口には煙草。


「アホ言え。」


 紫煙を吐く。


「アメリカやったら不法侵入で撃たれても文句言えへんぞ。」


 スティーブは真顔でうなずいた。


「……確かに。これは一本取られました。」


「学びを得ましたね、スティーブ。」


 ジャニカは肩をすくめる。


「来年はもうちょっと考える必要がありそうデスネ」


「ええ、心掛けや。」


 雅也が呆れる。


「デショウ?」


「お前らに『次』があったらな。」


雅也は再び二人へ銃を構える。


 スティーブとジャニカは顔を見合わせ、小さく肩をすくめた。


「では来年はちゃんと12月に来ます。」


「もう来んでええ。」


 雅也が引き金を引く。轟音が再び響く。


 ――ちりん。


 鈴が鳴る。


 二人の姿は冬の夜気へ溶けるように薄れ、やがて跡形もなく消えた。


 静寂が戻る。


 紫は深く息を吐いた。


「……先生。」


「なんや。」


「あれ、本当にサンタだったの?」


 雅也は煙草に火をつける苦笑した。


「知らん。それっぽかったが妙にパチモン感があったな。」


 そのとき。


 誰もいない廊下の奥から。


 ――ちりん。


 鈴の音だけが、もう一度静かに響き、音は徐々に遠のいて行った。

この作品は僕の連載作である「 暴力少女とヤクザな作家 」の一編です。もし、興味を持たれたらこちらもぜひ。


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