番外編「ウルの少女」
第9話「神々の黄昏」を受けてのシリーズ最初の
スピンオフになります。
端役として前話に登場させたウル族の少女マー二
がお気に入りになってしまい、熱にうかされる様に
9話脱稿した夜に書き上げた掌編です
それでは「ウルの少女」ご笑覧頂ければ幸いです
#プロローグ
少女は覚えたての南の言葉でゆっくり噛みしめるように
生まれて初めての<手紙>を父ヨルムが手配してくれた
木ペンと端切れの紙に書き記していく。
一文字一文字大切に想いが伝わるように、届け私の⋯
『ユキお元気ですか
マニはいっぱいさびしいです
でも毎日うれしいもあるので
いっぱい、いっぱい書きます
今日は⋯』
#狩りの日
『ユキ
マニ今日はヨルムはじめて
海じし狩りにつれてくいった
いっぱいうれしい書きます⋯』
少女は朝から興奮していた。
ヨククが籤択で海帰した日からヨルムの顔から笑顔が
消えたのには気付いていた。
だからマーニは、独り南の言葉も覚えたし、自分で白槍も持てる
ように毎日オル爺の所で樽担ぎもした。
変わったのはあの鉄船に乗って大好きなユキ達が来てからだ。
これからは籤択は無くなると聞かされた時のヨルクの顔は絶対
に忘れないようにしようとマーニは思っている。本当にユキ大好き。
その日を境にヨルムは白槍を毎日研ぐようになった。それも
ヨルム愛用の「雷神」だけでなくオル爺が新しく打った新しい少し短い白槍も。
そしてある朝ヨルムは言った
<マーニ 明日は 狩りに出るぞ。白槍の資格を得た自信はあるか
そして、ノルンに誓え。ウルの狩人は決して逃げない>
マーニは、母であるノルンの顔を知らない。
産後の肥立ちが悪かったという事と、ヨククにそっくりだった
という事だけ。
父であるヨルムに仕草や顔付きがそっくりなマーニは少しだけ、
その事に負い目に感じている面もあった。
とは言え口には出さずとも、ヨルムの自分に対する愛情の深さを感じ取れ
ないマーニでは無かった。
だからこそ少女が白槍を持つウルの誇りを継ぐ。その為の備えを怠った事は無かった。
翌朝、まだ海氷が割れる音もしない白い朝、
親子は母海に向かってカヤックを漕ぎだした。
岸から、百尋ほど進んだ頃、鷹の眼より敏いと
言われたヨルムの目が、海獅子の影を捉えた。
狩人特有の囁声で
<初獲物は獅子の群れか。手強いが行けるか、ウルの月よ>
<雷鷹よ、自明!>
ウル族の誇り高き狩人2人は、
波立つカヤックではなく、海氷を渡る選択をした。
海獅子の腹の毛を使った短靴の底は狩人が氷を踏む音を隠してくれる。
暫く2つの影は海豹よりも素早い動きで獲物達の待つ氷塊に取り付いた。
ここで雷鷹のヨルムが「大猿」の声を真似た叫びを上げる。
<!>
突然の大音声にたじろいだ群れは一斉に散り散りになる。
だが、ヨルム10人分の嵩はあるだろう群れの長と思われる巨体の海獅子は、少しもたじろいだ様子もなく、途方もない速度で、2人に突進してきた。
血走った目と、一尋以上はあろうかという牙が2人の狩人を襲った。
<月よ、行け>
誇り高き海豹は、子を千尋の海溝に投げ入れる。
<了>
裂帛の気合を込め、ウルの新しき白槍は正確に海獅子の眉間を貫いていた。
絶命しながら、体当たりしてきた海獅子にマーニは危うく落氷するところであったが、獅子の形相で、受け止めたヨルムのおかげで獲物も、少女も氷塊の
上に留まる事が出来たのだった。
氷の上に横たわる、ガーに劣らぬ巨体を見て、マーニの手は微かに震えだした。
<ウルの狩人は決して逃げない>
この初めての獲物の毛皮は大好きなユキにではなく母ノルンに捧げよう。そして、大好きなユキには、この立派な牙の細工を送ろうトールの像を手彫りして。
ちょっぴり大人になった表情の少女はそう思った。
FIN
#火入れ祭り
『ユキ
マニ今日は火のまつり行く
いっぱいいっぱいたのしい
ユキのむらにもまつりある⋯』
ウル族の邑には幾つもの小さな祭りはあるが、海の月に催される「火入れ祭り」が一番の大きさになる。
今年のマーニは、丁度海の10節を迎え、先日狩り初めまで済んでいるため、自慢の白槍「月光」を携えての披露会の主賓になる。
そして何より今年の祭りはガー神が昇天され、祭りの後に行われる籤択が不要になって初めての火入れ祭り。それも相まってか事前の盛り上がりも例年にないほどの盛況であった。
ヨルムがノルンの衣装をマーニ用に仕立て直した晴れの着の影響か、前里長の息子リグがマーニにいきなり求婚し、ヨルムに張り倒された一件など些細に思える程だった。
祭りの始まりは新里長のヨルムよる歌詠みで始まる。マーニの父の低く良い声が響く
「海の民よ誇りもて、我らは光そして影、忘れず励め、銀毛の同胞よ、そしていつか星辰に帰らん⋯」
幼い頃から幾度となく聞かされていた単調な節のこの詠唱も今のマーニには痛いほど意味が響いて来た。
詠唱の後、3節かけて作られる塔を模した精巧な組み木に火が灯され、宴席が始まる。月の娘の白槍披露もきっと素晴らしいものになるだろう。
そして火入れ祭りの夜は静かに、熱く過ぎて行った。
FIN
#太陽の像
『ユキ
ユキとトールさまできた
オルじいはりきりうれしい
見る、来る』
街一番の細工師オル爺は、実は南の地方でも知る人ぞ知る存在らしい。彼の彫り上げる王魚を咥えた海獅子は風に聞く噂では貴人の宅に必ず置かれる装飾品なのだそうだ。
マーニの自慢の白槍「月光」も元を正せばオル爺自ら槌打ちした逸品であるが、当のマーニには今ひとつ実感が湧いていなかった。「ヨルムがくれた大切なもの」と言う程度の認識となっている。オル爺ちと不憫である。
そのオル爺がこの1節の間文字通り寝食を忘れて取り組んでいたのが、鉄の船でここウルを訪れた、まれ人達の上に立つ太陽の姫と、その守り人である赤きトール神の立像であった。
「ふううう」
完成した像を前に胡座をかいて座り込んだ職人。満足げにうなずく
「完成じゃ」
その像を見あげた少女は、ちょっと呆然としている。
「ねえ、オル爺はユキの顔見たことってある?」
「何言ってるんじゃ、恐れ多い。
ソール神様の尊顔を直接見たりすればどんな神託が下るか知れん。ただまあ、最後に後ろ姿だけはチラッと見たぞい」
「ああ、そう⋯」
謎の脱力感に襲われた少女
目の前には、子供の石板によく描かれるソール神を模した、ふっくらふくよかな女神立像が逆光で神々しくそびえていた。
「大好きなユキ、今度邑に来たら絶対自分の像に手を触れて姿を確認しない方がいいと思う⋯」
と少女は切実に願っていた。
FIN
#遠き故郷 封印の間
『黒塗り』
ウル族の新しい狩人、マーニはその日、あの洞窟に歩を進めていた。
<あの出来事の後そこ>に行くのは邑では半ば禁忌とされていたが、何故か今日は自然と足が向いていたのだった。
窟内に入ると内部は小綺麗に片付けられ「花の乙女」達が安置されていた形跡も残っていなかった。
少女は道すがら摘んできた白く小さな花をヨククが居たと思しき場所に供え、背筋を伸ばし額に3本指を当てがい祈って
「ヨククまたいつかね」
今日の彼女がこの洞窟に来たのには実は別の目的が有った。あの日大好きなユキがソール神として座った玉座に自分も純粋に座ってみたかったのだ。
そして少し遠慮がちに玉座と呼ばれた台座にそっと腰を下ろす。少女はユキがした腕の動きを思い出しながら真似てみた。
するとどこかで微かにカチリという音がして奇跡は再び少女の眼前に降臨した。
今度はガー神の時とは違う小く四角い光の板が宙に結ばれ、やはり空気の揺らぎで意味が伝わって来る。
「おや小さき者よ、貴方は依子なのね
私は***によって作られた創造意思、そうねあなた方の言葉で言えば狩りする者、そう<ウル>と呼んでもらえるかしら」
「ウルは我らが名だ」
「うふふ、じゃあお揃いね」
「お前は、何だ?何者だ?」
「だから言っているでしょう、創造意思だと。あなたが思っていること、やりたい事への助けに殆どに応えて上げられると思うわ
でも今日は1000ヨルクほど眠って起きた所なので最低10000ミヌテほど情報収集させて貰って、その後貴方にお仕えするわ」
「お仕えとは何だ?」
「いやだ、貴方って***の後裔なのでしょう。だから私は貴方に仕えるように作られたのよ、マスター。
あら、この呼び方も久しぶりね。
では私は少しお休みさせてもらいます、また後でねマスタ⋯」
四角い光板は嘘のように消失した。
今のは何だったのか、疑問に思いながら、家路につくマーニであった。
少女マーニが後の時代に「知の使役者マニ」と呼ばれるのはまた別の物語である
FIN
#少女の気持ち
『黒塗り』
「ウル、明日の天気はどう?」
おなじみになった光る板には、
音声に合わせ明滅を繰り返す虹色
の輪が表示されていた
「明日は、少し雨が降るわね
って、マスターマーニさま、
いつもこの場所に来ては、同じ
天気のことだけ聞いてお帰り
になられますよね〜」
「うん。だって便利だよ?
依子の能力もそれほど自由に
使えるわけでは無いし」
「うーん、マスター⋯貴方は
自分がどれほどの力を自分が
手にされたか本当に自覚されて
居ないのね」
「だが、狩りにとって空の様子
は本当に大事だ」
「あ~マスターの頭の中って
本当に狩りのことと、何て
言ったかしら、そのユキって言う
女神?の事しか無いのねえ〜
まあウル族だから狩りついては
仕方無いとして」
「ユキは私の半分だ」
「それもいつも聞いてる
で、ヨルムお父様がもう半分
なのでしたっけ? ふう」
「まあ良いでしょう
所でマスターマーニ、その台座に
嵌った赤い石は分かるかしら?」
「うん、これだな、3つのうち
どれの事を言っている?」
「どれでも良いわ、ひとまず真ん中の石を外して手で持ってみて」
少女は声の言うがままに、卵ほどの
大きさの綺麗な石飾りを手にした
「では石を握ったまま目を瞑って
みて」
「お、おお頭の中にウルの声が響くな!」
「どう?便利でしょ?この石だと
貴方方の言葉だと10億尋程の距離なら私とお話出来るの?凄くない?」
約10万キロである。
「マーニはそんな数を知らない」
それとマーニには足がある、ウルと話したければここに来る」
「良いから首飾りにでもして
いつも持っていなさい
いつかマスターの助けになると思うわ」
今日も今ひとつ確かな理解を
持たないまま洞窟を後にする月の娘で有った。
FIN
#次代里長南へ
『ユキ
今日はヨルム南の本くれた
大きいうれしいマニにこにこ⋯』
最近少女には大切な宝物がもう一つ増えた。
ある朝ヨルムが、突然<紙>を何枚かを糸で綴った束を2つマーニに差し出して来たのだ。
「お前にやる」
あいも変わらず愛情表現の下手な父だったが、それが南の言葉で書かれた何かだと悟った娘の満面の笑顔に心は完全に打ち倒されていた。
後にウル石が教えてくれた<本>と言う紙束には、掠れて見えない部分もあったが「初めてのことば遊び」
「アンデ**ン童話集」と南の言葉とは少し違う<系統言語>で書いてあるらしかった。それらの事をウル石は困惑顔の月の娘に根気よく教えてくれた。
その日からマーニは<本>に夢中になった。貴重な海獅子ろうそくの煙で天井を煤けさせ、ヨルムのげんこつを食らおうと、少女の貪欲な知識欲は日々燃えあがるばかりであった。
そして今や書見台と化した毛皮製枕の横にはいつもウル石が有った。
ある朝の朝食の席で少女は突然
父に伝えた。
「南への旅に出たい!?」
食べていた海獅子肉のシチューを吹き出す寸前まで驚いた<ふり>をしたヨルムだったが、娘にひと言だけ告げた。
「そうか」
不器用な父娘であったが、お互いを思い合う2人である。意思が伝わっていないはずが無かった。
そのまま皿の中身を食べ終わるとヨルムは無言で自分と娘の白槍を研ぎ始めた。
海氷がまだ割れる音もしない
白い朝、父娘は入り江にいた。
少女はお気に入りの海獅子の短上着と短靴に身を包み、父は寒さにも関わらず常の里長の正装である貫頭衣で。
入江に係留されたカヤックには数日分の食料と簡素な荷をまとめた布袋が載っていた。
父娘の別れはあっけないほどだった。狩人は余分な言葉を持たないのだ。
「行く」
「ああ」
そしてヨルムが娘に向かって小さな細長い包みを差し出した。
娘が細紐を解くと、包み中には白い槍状の小刀が入っていた。
「これは<月光>?」
「オル爺がどうしてもと言ってな」
「!」
少女の心が決壊する、
父の心は⋯
海氷がまだ割れる音もしない海岸で
2匹の海豹は固く抱きしめ合いながら慟哭していた。
FIN
#エピローグ 再会inパリ
『ユキ
ユキ
ユキ いっぱい大好き』
「はいは~い。どこに行くのかしらそこのお登りさ〜ん」
耳のいい人間が周囲に居たら目を丸くして驚いたであろう。なにせ花の都パリ、シャンゼリゼ通りを歩く毛皮の短上着という田舎者丸出しの少女が、何の変哲もない赤い石の首飾りと会話をしているのだ。
「ウルの言葉はよく分からん」
ショーウィンドウに、鉄の尖塔に、路々で立ち止まっては田舎者の大盤振る舞いをする少女に、赤いペンダントが突っ込むという道中が続く中、狩人の鋭い鼻が獲物の匂いを嗅ぎつける。
「ユキの匂い?」
「まさかあ、私のセンサーでも⋯」
「ユキー!」マーニはウルの突っ込みにも耳を貸さず2ブロック先の角にいる人物に駆け出す脱兎の如く。
「あらやだ本当に居た?」
嘯くペンダント
「ユキだ、ユキだ、ユキだ!」
突然抱きつかれた黒髪の少女は、驚きながらも毛皮の娘を柔らかく両の腕で包み込んでいた
「マニ、本当にマニなの?この街に着いてから、貴方に会えるような予感がしてたんだけどまさか」
ユキ子の胸ポケットから声が響く
「あの時のウル族の少女か?だが
どうもその首飾りから妙な気配がするな」
「あら無粋ね、その感じはUの一族かしら。せっかくお友達同士が感動の再会をしてるんだから邪魔しちゃダメよ」
「ああお前***の*か、」
「おんやあ、珍しい所で珍しい皆様にお会いできました〜ね」
「その声はアランさん」
「そうですよ〜 お若いマドモアゼル。そして、お久しぶり〜ね小竹」
「げ、本部出張に来てみれば⋯」
「皆さんが何をしに来られたのかは、ちょっと分かりかねま〜すけど。私は何も見てませんよ〜
お目溢し、お目溢しぃ
それと箱の人にはお友達から伝言、ギムレーでの一杯お忘れなくですって」
「あいつぅ 忘れろぉ」
「ユキ、ユキ、ユキ大好き」
空気読まない3号の抱きつきに頭を撫でながら応える黒髪の娘であった。
混乱の中そんな一日は過ぎていく
そして再会の約束を交し、心で結ばれた二人の少女はそれぞれ自分達の道に戻っていく⋯
この日を境に赤き守り人が付き従う太陽の娘と後にウル族の里長になる月の娘が実際に向かい合い交錯する事は無かった。だが彼らの筆による交感は太陽の娘が空に旅立つ日まで続いたと言う。
そして田舎娘マーニが後日、ある偶然の出会いから知の殿堂ソルボンヌ大学に特別編入され、稀代の天才「知の使役者マニ」と呼ばれるようになる話はまた別の日に語られるべきであろう
FIN
参考までに今回のキャラクターのネーミングは
実際の北欧神話から取らせて頂いています
本編の主人公格「マーニ」は「月」
「ソール」は「太陽」から来ています。
ほかのキャラもそれぞれ由来がありますが
詳細は避けます。お気に召して頂けたら無常の
喜びです
さて第10話は少しコメディタッチの回に
なります。ウルの余韻を壊さないといいの
ですが次話「ユキ子対ユキコ」
お読み頂けたら大変うれしいです




