悪役令嬢は追放されたい!
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「知らない天井だ」
思わずつぶやいてしまった。目が覚めてドキドキした。
目に映るのは中世の豪奢な宮殿のような一室。
これはまさかひょっとして、とうとう私にもきちゃったか。
でもまだ安心はできないぞ、なんの作品で自分はどのキャラか。
いろんな期待を持って近くの鏡台で姿を確認する。
そして私は絶叫して気絶した。
目覚めて、あれは夢だったのか、とほっとして、恐る恐る鏡を確認する。
「――ぎゃあああああああああああっ!!」
夢じゃなかった。
鏡の中にいたのは、人間ではなかった。
緑色の肌、飛び出した牙、異様に大きな鼻。
そしてつぶらどころかぎょろりとした目。
どう見てもゴブリンだった。いや、ただのゴブリンではない。
髪には宝石が編み込まれ、金細工の髪飾りをつけている。
絹のドレスを身にまとい、耳には高価そうな装飾品。
言うなれば、ゴブリン令嬢。
そんな言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、私は再び意識を失った。
三度目を覚ました時、周囲には数人のゴブリンがいた。
「リリアーナ!」「お姉様!」「大丈夫か!」
全員ゴブリン。もちろん私もゴブリン。
軽い地獄である。
―― 嘘でしょ……宮殿っぽいのになんでゴブリンなのよ!
私は震える手を握りしめ、混乱する頭の記憶を確認した。
どうやらここはゴブリン王国、私は公爵令嬢リリアーナ。
そして、この世界は前世で読んだライトノベルのような世界で、私は悪役令嬢ポジションに転生してしまったらしい。
主人公は後妻の娘である義妹エミリア。私は彼女をいじめ抜き、最終的には婚約者である王太子から断罪され、婚約破棄される運命だ。
―― そこまではいい。
よくないけど、それ以上の問題があるのでいったん置いておく。
問題は、全員ゴブリンなことである。
父はゴブリン、義妹もゴブリン。婚約者の王太子もゴブリンで国民全部ゴブリン。なんなら王城の肖像画も全部ゴブリンだし、犬みたいな魔物もゴブリンっぽい。
「……うわ、気持ち悪い」
私は心の底から思った。
―― 帰りたい。
いや、正確には
―― 人間になりたい。
今の私以上に某妖怪の気持ちが分かるゴブリンはいないだろう。
数日後、私は義妹エミリアと対面した。
「お姉様……」
おずおずと話しかけてくるゴブリン少女。原作では、この子をいじめる。
しかし私は思った。
―― 別にいじめる理由ないよね
「おはよう」
「え?」
「え?」
二人して固まった。
原作のリリアーナはもっと高圧的らしい。しかし私はそんな気力もなかった。
というか、近づかれると少し怖いから、近づかないで欲しい。
毎日毎日、ゴブリンだらけ。食事もよく分からない巨大キノコとかだ。
舞踏会もゴブリン、お茶会もゴブリン、婚約者との会食もゴブリン。
ホント地獄である。
失礼なのは百も承知だが、前世が人間だった私からすれば、周囲のゴブリンたちがどうしても受け入れられない。ゴブリン基準でイケメンの王太子が迫ってくるのを想像しただけで鳥肌が立つ。
いじめ? 断罪? そんなことより、私は一刻も早くこの家を出たい。
婚約解消? 望むところだ。お願いだから一人にして! 誰もいない静かなところで、ただ平穏に暮らしたい。
私は本気でそう願うようになった。
半年後、私はすっかり有名になっていた。「何もしない公爵令嬢」として。
義妹がいようがいまいが完全に無視。王太子が話しかけてきても、冷たい視線を向けて一言も喋らない。
「ゴブリンと関わりたくない」という一心での塩対応だったが、周囲の受け止め方は違った。
「可哀想に」
「義妹が来て居場所を失ったのだ」
「本当は寂しいのだろう」
違う、一人になりたいだけだ。
「お姉様……私が至らないばかりに、何もお話ししてくださらないのね……」
義妹は「何もしていないのに嫌われて悲しい」と、被害者面で涙を流す(緑色の顔で)。
そして運命の日。王城の大広間で王太子ゴブドレックが私を見下ろしていた。
もちろんゴブリンだ。立派な牙を持つ、ゴブリン基準で超絶美形ゴブリンらしい。
私には分からない。分かりたくもない。
「お前のように冷酷な女は、我が国の王妃にふさわしくない! 本日をもって、お前との婚約を解消する!」
王太子が私の前に進み出て、声を荒らげた(低いゴブリンボイスで)。
―― キターーー!! 待ちに待った断罪イベント!
周囲のゴブリン貴族たちがヒソヒソと囁き合う中、私は内心で盛大なガッツポーズを決めていた。嬉しすぎて、思わず口元がニヤけそうになるのを必死で堪える。
王太子は続ける。
「君はあまりにも冷たい。全く私を見ようとしない」
―― だってゴブリンだし。
「エミリアにも心を開かない」
―― だってゴブリンだし。
「私は努力した」
―― そんなこと知らないしどうでもいい。
「だが君は最後まで私を拒絶した」
―― 拒絶というか、視線を合わせるのがアレだっただけだ。
でも、そんなことは言えない。
私は静かに頭を下げた。
「承知いたしました。そのお言葉、謹んでお受けいたします」
私はこれ以上ないほど晴れやかな声を絞り出した。
そんな私の態度に大広間がざわついた。もっと取り乱すと思われていたらしい。
私は深く息を吸った。そして。
「私は自らの行いを恥じ、この国を去ります。…… これより、私は追放されます!」
「……は?」
王太子が間抜けな声を出した。
「誰も来ない森に行きます」
「いや、追放は――」
「ありがとうございます!」
「待て」
「さようなら!!」
私は満面の笑みで頭を下げた。
そして、困惑する王太子や家族の声を背に、私はドレスの裾を翻して、光の速さで宮殿を飛び出したのだった。
その日、私は今までのゴブリン人生で一番幸せだった。
三日後。
私は荷物を背負って誰も近寄らないという深い森の中を歩いていた。
あの気味の悪いゴブリン社会から解放され、一人きりの自給自足生活。
自由である。誰もいない。ゴブリンもいない。
最高だ。
ただ一つ、川の水面に映る自分の緑色の顔を除けば。
「やっぱり、人間の姿になりたいなぁ……」
そんなゴブリンサバイバルライフをおくっていたある日、森の奥で一軒の怪しげな小屋を見つけた。
小さな木造の家で、煙突から煙が上がっている。
「珍しいねぇ」
しわがれた声がして、振り向くと老婆がいた。
黒いローブに長い杖。
そこに住んでいたのは、本物の人間の魔女だった。
突然現れたゴブリンに最初は驚いた魔女だったが、それ以上に私も驚いた。
―― 人間だ、人間がいる!
ゴブリン令嬢だった時に見た物語とか歴史書に出てきたけど、実際に見たことはなかったので、ひょっとしたら人間がいない世界なのかと、諦めていたのだ。
―― ありがとうございます、神様!!
魔女は私のこれまでの話を聞いてくれた。
転生したこと、目が覚めたらゴブリンだったこと、人間になりたいこと、全部。
聞き終わると、魔女は大笑いした。
「そんな願いで泣く奴は初めて見たよ!」
「私は真剣なんです!」
ひとしきり笑った後、魔女は言った。
「人間になりたいかい?」
「なれるもんならなりたいです!」
「ならしてやろう」
「え?」
「代償は不要。でも、人間になった後、どうなったかだけ教えておくれ」
そう言われ、魔女から手渡された怪しい薬をゴクリと飲み干し眠った。
翌朝、鏡を見た私は三度目の気絶をしかけた。
そこにいたのは、緑色ではない肌、丸い耳、普通の鼻、普通の目。
人間の少女だった。
「ひ、人間……!」
感動で涙が出た。本当に、心の底から。
遅い、遅すぎる。最初からこの姿だったら!
でも、もうよいのだ。人間になれたから。
「ありがとうございます!女神様!!」
それから私は、人間の住む街へと向かった。
人間として、新しい人生を始めるために、冒険者ギルドの扉を開く。
「冒険者になりたいんですが」
すると受付嬢が笑顔を向けてくれる。人間だった。私は感動した。
「どうされました?」
「いえ……」
やばい、思わず涙ぐんでしまった。
「人間っていいなって」
「?」
受付嬢は不思議そうな顔をした。
私は意外にも冒険者としてそれなりに成功した。
ゴブリンの国で一応受けていた公爵令嬢としての英才教育に、森での生活。
それに(認めたくはないが)ゴブリン特有のちょっとした身体能力の高さもあったらしい。
任務はサクサクとこなせた。
何より、周囲にいるのが「まともな人間」という環境が、私の心を限界まで癒やしてくれた。
ただそれだけで、俄然、やる気がわいてきた。
「おい、新人。次の依頼、一緒にどうだ?」
「あ、はい! 喜んで!」
冒険者になって三年。
順調に依頼をこなし、仲間ができ、信頼できる友人ができ、そして恋人もできた。
名前はカイル。剣士で、優しくて、真面目で、笑顔が素敵。
もちろん人間である。そこ重要。すごく重要。イケメンじゃなくても全く問題はない。
そんなカイルと順調に付き合い、ついにプロポーズされた。
本来なら幸せの絶頂だが、私は悩んでいた。とても、ものすごく、深刻に。
「いやか?」
カイルが心配そうに尋ねてきた。
「ううん、そうじゃないの。すごくうれしい!」
……言えない、言えるわけがない。
もし子供がゴブリンだったらどうしよう、なんて。絶対に言えない。
その夜、私は眠れなかった。天井を見上げながら考える。
私は元ゴブリンだ。正確にはゴブリン公爵令嬢だった。
今は魔女の魔法で人間になっている。
でも、もし本質はゴブリンのままだったら?
もし遺伝したら?
もし生まれた赤ん坊が――
『ぎゃー!』
緑色だったら?
『おぎゃー!』
牙が生えていたら?
『おぎゃー!』
ゴブリン王国の王族みたいな顔だったら?
「無理ぃぃぃぃ!」
私は飛び起きて、夜にも関わらず全力で走って森へ向かった。
目指すは魔女の家。数年ぶりだった。
「おや、久しぶりだねぇ」
翌日の昼、魔女は私を見るなり笑った。
「結婚でもするのかい?」
「なんで分かったんですか!?」
「顔に書いてある」
魔女は紅茶を差し出した。
「それで?」
「子供がゴブリンだったらどうしましょう」
魔女は沈黙した。そして、
「ぶふっ!」
吹いた。
「真面目なんです!」
「ははははは!」
大爆笑だった。失礼すぎる。
ひとしきり笑った後、魔女は言った。
「安心しな。お前さん、完全に人間になってるよ」
「本当に?」「本当に」
「ゴブリン遺伝子とか」「ない」
「隔世遺伝で」「ない」
「突然変異で」「ない」
「でも――」「ない」
即答だった。
でも不安はぬぐい切れない。イグアナの娘という前例もある。
私は恐る恐る聞く。
「じゃあ、子供が生まれても……」「人間だよ」
「緑色になったり」「しない」
「牙が生えたり」「しない」
「ゴブリン王国の王太子みたいな顔に」「ならない」
魔女は肩を震わせながら答えた。まだ笑っている。
「そもそもね」
魔女が言った。
「そんなに嫌だったのかい?」「嫌でした」
「即答だね」「嫌でした」
「家族も?」「嫌でした」
「婚約者も?」「嫌でした」
「国も?」「嫌でした」
魔女はとうとう椅子から転げ落ちた。
その帰り道、私は数年ぶりに心の底から安心していた。
―― 子供は人間
よかった。本当によかった!
そして翌日。カイルにプロポーズの答えをしに行った。
「魔女のところに行ったの?」
カイルが首を傾げた。
「何を聞きに行ったんだ?」「秘密」
「気になるんだけど」「秘密」
絶対に言わない。墓まで持っていく。元ゴブリンだったなんて。
そんな黒歴史、絶対に知られたくない。
ちなみに数年後。
生まれた子は金髪碧眼の可愛らしい女の子だった。
私は産声を聞いた瞬間に泣いた。感動で、安心で。
そして何より。
「人間だぁ……」
助産師も夫も、なぜ泣いているのか最後まで分からなかったという。
―― 平和だ。幸せだ。
夕暮れ時に、庭の椅子に腰掛けて子どもを抱きながら、私は空を見上げた。
前世では普通の会社員だった。
今世ではゴブリン公爵令嬢に生まれた。
そして今は人間の冒険者。
ずいぶん遠回りした気がする。それでも。
「まあ、結果オーライかな」
誰もいない空へ向かってそう呟く。
あのゴブリン王国がその後どうなったのか、私は知らない。
知りたいとも思わない。
だって私はもう――人間として、幸せに暮らしているのだから。
色々楽しかった。
イグアナの娘が伝わるか不安。




