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第三話「デバッグ無罪大作戦」

 翌朝、私は自室のベッドで天井を見上げながら、昨日の法廷を反芻していた。


 ・証言がループする

 ・立ち絵が入れ替わる

 ・裁判長がオウム

 ・証拠品ケーキが勝手に減る(※犯人はヒロイン)


 ……うん。どう考えても法廷じゃない。”お化け屋敷のアトラクション”だ。


「レオナ様ぁ~!」


 扉が勢いよく開いて、メイドが飛び込んでくる。


「王太子殿下が! 至急お呼びで!」


「分かったわ……今度は“視線が生意気”以外の罪状で呼ばれるといいんだけど」


「それは望み薄です!」


 望み薄なんだ。国の未来。



 ***



 王太子の執務室に通されると、ユリウス殿下が机の前で腕を組み、険しい顔で待っていた。


「レオナ」


「はい、殿下」


「……昨日の裁判は、どう見ても異常だった」


「やっと言葉にしてくれた!」


 殿下は苦い顔で続ける。


「だが、異常で済ませれば、君は“異常な裁判で断罪された女”になる」


「それ、悲しすぎますね?」


「だから――勝つ」


 殿下が言い切った瞬間、部屋の隅から「カサッ」と音がした。


 振り向くと、宮廷魔術師ロランがカーテンの陰から出てきた。

 出てきた……のだが、出方が変だ。妙に“スッ”と滑る。まるで舞台装置。


「おはようございます、レオナ嬢。昨日の件、興味深く拝見しました」


「見学してたんですか!? 止めてくださいよ!」


「止めてくださいよ!」


 ……今の、私の台詞を繰り返したの、私じゃない。

 ロランだ。


 私はゆっくりロランを見た。


「……ロラン様?」


 ロランは真顔で首を傾げた。


「ロラン様?」


「感染してる! バグが貴族に感染してる!」


 ユリウス殿下が額を押さえる。


「……ロラン、君まで変になるな」


「変になるな」


「やっぱり感染してる!?」


 この国、終わる。


 私は深呼吸して、机を叩いた。


「いいですか、ここは冷静に。ロラン様、繰り返すのは“裁判長だけ”です。あなたまで真似しなくていい」


 ロランは一瞬きょとんとして――次の瞬間、ぱちんと指を鳴らした。


「なるほど『復唱』のバグが局所的に発生している。では、原因は法廷の場そのものかもしれませんね」


 ……この人、研究者モードに入ると急に頼もしい。

 そして頼もしい顔で、さらっと怖いことを言う。


「法廷そのものが呪具化している可能性も」


「それはファンタジーで解決しないやつ!」


 殿下が椅子から立ち上がる。


「今から法廷へ行く。再開前に“異常の確認”をする」


「王太子が法廷の不具合検証する国、初めて見ました」


「国を救うのはいつだって現場だ」


 言ってることだけは格好いい。

 やってることはデバッグ。



 ***



 法廷はまだ誰もいない。

 朝の光が窓から差し込んで、昨日の“ざわ……”が嘘みたいに静かだった。


 ……静かすぎて逆に不気味だ。


 ロランが床に小さな光を散らし、空間を測るように歩いた。


「このあたり、魔力の歪みが強いですね」


「どのあたりです?」


 ロランが指さしたのは――証言台の前。


「ほら、ここ」


 私がそこに一歩踏み込むと、


「ざわ……」


 どこからともなく“ざわ”が鳴った。


「出た!」


 ユリウス殿下が目を細める。


「……誰もいないのに」


 私は手を叩いた。


 パン。


「ざわ……」


 もう一回。


 パン。


「ざわ……」


「反応する! 拍手に合わせて“ざわ”が鳴る!」


 ロランは嬉しそうに頷いた。


「音のトリガーが存在する。つまり、ここには“演出”が仕込まれているんですね」


「演出って言い方やめて」


 私は証言台に近づいて、昨日の“ループゾーン”を確かめるように見回した。


 すると、証言台の縁に――ほんの小さな傷があるのが見えた。

 いや、傷というより……刻印?


「これ、文字?」


 ロランが身を屈めて目を細める。


「……古い契約術式の一部ですね。恐らく、儀式の台に使われた木材を再利用したのでしょう」


「再利用の方向性が最悪すぎる」


 ユリウス殿下が唇を噛む。


「つまり、ここは……元々“台詞を繰り返す”性質があった?」


 ロランは頷いた。


「儀式の詠唱は、繰り返しが力になりますからね……それが裁判に混ざったようです」


 私は両手で顔を覆った。


「法廷が詠唱用の台を使ってるせいで証言がループするとか……誰が予想するのよ!」


 ロランが軽い調子で言う。


「予算削減の結果ですね」


「ファンタジーにも予算削減ってあるんだ!?」


 殿下が咳払いをした。


「……対策は?」


 ロランは指を立てる。


「二つ。儀式の刻印を無効化するか、逆に利用するか」


「利用しましょう!」


 私は即答した。

 殿下とロランが同時に私を見る。


「無効化できるならとっくに誰かやってるはず! でもそれができないからバグってるのよ! なら、バグの穴を使って勝ちましょう!」


 ロランが楽しそうに笑った。


「良いですね。では、“ループする台詞”をこちらの都合の良いところで切り替えましょう」


「切り替えられるんですか?」


「できます。タイミングと、問いの形を選べば」


 私は腕を組む。


「問いの形?」


 ロランはさらっと言った。


「ループしている者は、長い文章を出力できない。なら――””はい”か”いいえ**で答えさせるんです」


 ……あ。


 私は口元に手を当てた。


「閉じた質問で、ループの“次”を強制する……!」


 殿下が小さく頷く。


「証言が『ケーキを……』で止まるなら、『ケーキを食べたのはあなたか、はい/いいえ』と聞けばいい」


「殿下、頭いい。たまに」


「たまにとは何だ」


「昨日のメイド姿の件は忘れません」


 殿下が一瞬固まった。


「……忘れてくれ」


 忘れない。



 ***



 そこへ、法廷の扉がぎぃっと開いた。


「……あれ?」


 入ってきたのは騎士団長カイン。

 彼は鎧姿のまま、きょろきょろと辺りを見回していた。


「殿下、ここで何を?」


「現場確認だ」


 カインは頷き――次の瞬間、なぜか証言台に向かって行進し始めた。


「カイン?」


 止まらない。止まらない。

 足取りが妙に規則正しくて、行進曲が聞こえそう。


 そして証言台の前でピタッと止まり、真顔で言った。


「被告レオナは――」


「やめて! ここはまだ本番じゃない!」


 カインは一拍置いて、


「被告レオナは――」


「止まって! “証言モード”に入らないで!」


 ロランが小声で言う。


「この場所に入ると、特定の人物が“証言者”として起動するようですね」


「起動って言わない!」


 私は何かを探るためにカインの前に立ち、はっきりと問いかけた。


「カイン。質問です。”はい”か”いいえ”で答えて」


 カインの目がすっと一点に定まった。

 ……怖い。

 人がNPCみたいになる瞬間、怖い。


「昨日の『廊下で走り幅跳び』の証言。あなたは本当に見ましたか? ”はい/いいえ”」


 カインは、すぐに答えた。


「はい」


「くっ……見られてた……!」


 殿下が口元を押さえた。


「やったことがあるのか……」


「殿下、事情があるんです!」


 私は続けて、さらに突っ込む。


「では、私が誰かを傷つけましたか? ”はい/いいえ”」


 カインは言った。


「いいえ」


「よし!!」


 ロランが目を輝かせる。


「見ましたか、殿下。閉じた問いには応じる。ループから抜けられるんです」


 殿下が頷いた。


「これなら裁判で――」


 私は、さらに試すため、第三の問いを投げた。


「カイン。昨日のケーキ証拠品が勝手に減っていた。食べたのは私ですか? ”はい/いいえ”」


 カインは、なぜか一瞬だけ眉をひそめた。


 そして、重々しく言った。


「……いいえ」


 私は勝ち誇ってユーフェミアの顔を思い出した。

 口元のクリーム。

 無垢な瞳。

 罪深い食欲。


「ほら! 私じゃない!」


 その瞬間、法廷のどこかで小さく「んっ」と声がして――


 柱の影からユーフェミアがひょこっと顔を出した。


「……えへ」


「なんでそこに!?」


 ユーフェミアは両手を合わせて、悪びれない笑顔を見せる。


「だって……証拠品が“おいしそう”だったので……!」


「それ、司法の根幹を揺るがす食欲!」


 殿下が頭を抱えた。


「ユーフェミア……君は被害者側だろう……」


 ユーフェミアは首を傾げた。


「でも、レオナ様は悪い人じゃないです」


「今それ言われても、嬉しいけど複雑!」


 ロランが真面目な顔で言う。


「彼女の存在もまた……仕様外です。通常、ヒロインは断罪を後押しする」


 ユーフェミアは胸を張る。


「わたくし、後押しより、お菓子が好きです!」


「ヒロインの価値観が平和すぎる!」


 でも――私は、そこに“違和感”を覚えた。


 昨日からずっと、ユーフェミアは私に優しい。

 優しすぎる。

 本来なら私は“悪役令嬢”で、彼女は“正義の象徴”のはずなのに。


(これも……バグ?)


 ロランが口を開く。


「ともかく、作戦は固まりました。裁判で重要なのは、証言者を“閉じた質問”で縛り、矛盾を引き出すこと」


 殿下が頷いた。


「そして、証拠品の管理不備を突く」


 私は拳を握った。


「さらに、罪状そのものがイチャモンだって突く」


 ユーフェミアが小さく手を挙げる。


「あと、ケーキはおいしいって言います!」


「それは言わなくていい!」



 ***



 その日の午後。

 裁判再開の鐘が鳴る。


 傍聴席が埋まり、法廷はまた“それっぽい空気”を取り戻した――ように見えた。

 でも私は知っている。

 この空気の下に、壊れた仕掛けが潜んでいることを。


 裁判長が木槌を叩く。


 コン、コン。


 また同じ音。完全一致。

 相変わらずの機械感。


「審理を再開する。被告レオナ――」


 裁判長が私を見て、威厳たっぷりに言った。


「罪状は――”空気を乱した罪”」


 私は天を仰いだ。


「空気!? この法廷の空気、そもそもバグってますけど!?」


 傍聴席が「ざわ……」と鳴る。


 裁判長が続ける。


「証人を呼ぶ――学園の庭師」


 庭師?

 急に庶民枠が来た。


 年配の庭師が証言台に立ち、咳払いをする。


「レオナ様は……庭で……」


 よし、来る。ループの気配。


「レオナ様は……庭で……」


 来た。


 私はすぐさま立ち上がり、宣言した。


「異議あり。証人に質問します。”はい/いいえ”で答えてください」


 裁判長が一瞬止まった。

 ……処理が重い。よし。


 私は庭師に向き直る。


「私が庭で“何かを盗みましたか”? ”はい/いいえ”」


 庭師は目をぱちぱちさせ、ゆっくり言った。


「……はい」


「ほう?」


 私はすぐ続けた。


「では、盗んだものは“具体的に存在しますか”? ”はい/いいえ”」


 庭師は口を開き――


「……レオナ様は……庭で……」


 戻った!


「戻るなぁぁぁ!!」


 私は机を叩き、畳みかけるように言った。


「証人が具体を言えない以上、“盗み”の成立は不可能です! それに庭の物を盗むって何ですか!? 土!? 石!? それとも――」


 私は庭師を見据えて、思いついた最後の一手を投げた。


「盗んだのは“太陽”ですか? ”はい/いいえ”」


 庭師が、はっきり言った。


「……はい」


 法廷が静まった。


 ユリウス殿下が、真顔で私を見た。


 ロランが、口元を押さえて震えている。笑いをこらえている。


 私はゆっくり、裁判長に向き直った。


「……裁判長。今の証言、採用するんですか?」


 裁判長は威厳のまま頷いた。


「採用する」


「太陽泥棒で断罪される悪役令嬢、前代未聞すぎるでしょ!」


 傍聴席の“ざわ”が、今日はやけにテンポ良く鳴った。


「ざわ……」

「ざわ……」

「ざわ……」


 私は胸の奥で確信する。


(いける。これは勝てる)


 だって――この裁判は壊れている。

 壊れているなら、私はその壊れ方を使って、無罪へ滑り込むだけ。


 私は小さく笑って、もう一度言った。


「異議あり――太陽は、今も空にあります」


 裁判長が一拍遅れて言う。


「太陽は、今も空にあります」


「裁判長、あなたは味方なの? 敵なの? どっちなの!?」


 法廷がまた“ざわ……”と鳴る中、私は心の中で作戦を組み直した。


 次は――証拠。

 証拠品が消えるなら、消えること自体を証拠にする。

 存在しないものを証拠にして、存在しない罪を崩す。


(よし、次の手で――決定打を作る)


 私は証言台を見つめた。

 また誰かが、ありえないことを言う。

 その瞬間を、私は逃さない。


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